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異世界の愚か『もの』 ~世界よ変われ~  作者: ahahaha
デルト王国 ~望んだ望まぬ名声~
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62話 彼が望むコト⑨ 『涙』




 ガイアスは、令の背中が夜の闇に溶け込んでいくのを眺め、そして見えなくなったところで事態の収拾に動き始める。


 ……とはいかなかった。


「あ~、やってられるか。

 あんな野郎初めてだ」


 その場にどかりと腰を据え、疲れたようにため息を吐く男。

 手渡された凍った右腕を弄び、どうするべきか思案している。

 そんなガイアスに、ガルディオルを除いて目を見張る。


「あの、陛下。

 帰城なさらないのですか?

 この場に陣取られては私たちが仕事にいけないのですが」


 困惑気味に問われたガイアスは苦笑を浮かべ、代わりにガルディオルが答える。


「要らぬ心配だ。

 そもそもそやつにこの件を片付ける気はない」


 彼が槍を肩に担ぎながらそう軽く告げると、ガイアスとガルディオル以外の全員が疑問符を浮かべる。

 どういうことか理解していない彼らに、ガルディオルは説明を続ける。


「先ほどの命令は、あやつに対しての『そちらの言うことに今は従う』という意思表示に過ぎん。

 明日になって奴が動かないならば、こちらは対処するために国を動かすことになる。

 無駄なことに労力を割く余裕はない」


「まあ、杞憂に終わるに越したことはないんだがな」


 ガイアスはをため息を吐きながら、自分の上着を脱いでそれで腕を包む。

 そのまま持ち歩けばどんな噂が囁かれるかわかったものではないので、とりあえず隠すことにしたらしい。

 

 彼らの言葉に、周りの者は理解の色を広げる。


 犯罪者の確保、それも国の重要施設を破壊したほどの重罪人。

 それほどの者ならば、一刻も早く捕まえなければならない。

 となると、一番適しているのは国を挙げての捜索及び捕獲。


 しかし、ガイアスたちは今日のことで、令の危険度を痛いほど理解した。

 これまで散々常識を打ち砕いてくれているあの男が、こんなありきたりな策を読んでいないはずがない。

 それでも、王国側としては最も効果的な方策を取るしかない。

 とすれば、彼らは少しでも確保できる確率を上げるために、力を温存したいと考えるのが自然。

 これからあの男に言ったとおり、この件の処理をするのは、時間と労力の無駄でしかない。


「それでは私たちがすることは、国境の封鎖ぐらいでしょうね。

 私が後でやっておきましょうか?」


「そうなるな。

 頼んだぞ、オルハウスト。

 とはいえ、急いでやる必要はないんだが」


 本来であれば、封鎖するならばこの王都であるべきだ。

 だが、どうせ今からやっても、始めから令が逃げる気であればもう王都を脱出しているだろうし、そもそも、準備を綿密にしていなければ力づくで突破されてしまうのは明白。

 であれば、敢えて包囲網を可能な限り広く、確実に囲い込めるものとしておいたほうがまだましである。


「ままならんものだな……」


 そんな次善策しかとることができない自分に、ガイアスはため息を吐く。

 ガイアスはこの一日、令にいいようにやられてしまっていることにどうしようもない苛立ちを感じていた。


 あの男に自分が劣っているとは思わない。

 ただ、公平な立場で争うには、良くも悪くも立場が違いすぎるのだ。

 王と一般人。

 国と個人。

 どちらも一見、前者が圧倒的に有利に思える。

 だがそれは、状況によりけりだ。

 令は、その自分に相応な状況を恐ろしいほど正確に作り上げ、そして逆に、ガイアスには自身の力を発揮しきれない場を無理矢理押し付けるのだ。


 今、この時の、この場のように。


 そしてそれは、ガイアスが自身の立場を生かしきれていないことを意味する。

 もしできていれば、少なくとも同格の『人』として、対等に話ができていたはずなのだから。


 ガイアスは、そのことが分かっているが故に己を恥じることしかできなかった。


「ところで、貴方はよくあそこで何もしませんでしたね。

 あれだけ力を蓄えていたのに」


「ん、ああ」


 それでもガイアスは、周囲にそのことをおくびにも漏らすことはなかった。

 自分が迷ってしまえば、それこそあの男の思う壺だろう。

 この国を背負うものとして、それは決して許されない。


 彼は気づいていないが、この想いの強さこそ令が彼を敬意を払うべき人間と定めた所以であった。


 事実、この中でただ一人周りの施された仕掛けに気づきながらも動揺を表に見せないその強さは尋常ではない。


「まあ確かに、あの状況は圧倒的に不利ではあったが絶体絶命ではなかったが。

 手はいくつか残されてたからな」


 ガイアスは今の自分の佩剣を二三度軽く振るう。


 そして一瞬だけ瞑目し―――


「ヒュッ」


 短い呼気と共に、その場から全く足を動かさず、剣を一閃する。


 そしてその一撃は、瓦礫の山から美麗な石材へと大変身を遂げた数メートルほどの山を、あっさりと切り裂いた。

 それだけでもありえないというのに、驚くべきことに、山は崩れるどころか身じろぎすらしない。

 自身の発した力を、すべて『破壊』ではなく『断つ』ことに変換したが故の、超人的とも言える絶技。


 令はガイアスに剣を突きつけたとき、足を抑えたことで踏ん張りが効かないと言っていた。

 普通であればそのとおりである。

 胴体などの体幹がすべての動作の起点ならば、足は力の源だ。

 あらゆる動作は、作用・反作用の法則により、地に足をつけて踏ん張りが効き、その上で動作に最善の足運びを行って初めてその力を発揮する。

 足を固定されれば、人はその動作を制限され、力を発揮できないのだ。


 だが、それは一般の人間での話。

 ここにいる者たちは、そのような些事を容易く踏みにじる。


 例え足が動かなくとも、膝の屈伸運動、上半身の捻転、腕の振り、それにより全身の力を伝導し、常態と変わりない渾身の一撃を繰り出すことができるのだ。


 ガイアスと『四剣』は、それをいつでも実行できた。

 令に気取られないよう密かに、しかし確実に力を蓄え、非常時に備えていたのだ。

 アリエルはそれでも驚きを隠せず、秘めた想いを晒してしまったが、それでも令への対処を忘れず、いつでも仕留められるようにしていたのは流石は『四剣』といったところか。


 つまり、令はあの時ガイアスを追い詰めていたが、実際のところ同時に自分も追い詰められた状態だったのだ。


「あっちが何かしてきたらヤルつもりだったが、結局は何もしてこなかったからな。

 しかも、他に策がないとも限らないから下手に動くわけにも行かなかったということもある」


 腰の鞘へ剣を納めながら、ガイアスは言い訳とも取れる発言をする。

 だがその言葉にだれも意義を唱えない。

 全員が、その懸念が考えすぎのものではなく実際に起こりうるものだと理解しているからだ。


 迂闊に反撃をして、令がさらに隠し球を披露していたとしたら、本当にどうしようもない状況となってしまっていたことだろう。


 彼らは誰も、あの時、あの状況で、令を殺す、という未来が信じられなかった。

 それは根拠も何もない、ただの勘。

 だが、彼らはその勘が、時に何よりも頼りにできる確証だということを知っている。


「……結局、その心配は紛れもなく正しかったんだよなあ」


 そのことが彼らを間違いなく救っていたのだ。


 唯一人気がついていたガイアスは、呆れとそれ以上の感嘆を込めて『それ』をみる。

 そのガイアスの動作に釣られ、全員がその視線の先を追う。


 そして、目にする。


「マジかよ……」


「いつの間に……」


 

 呆然としたザルツとアリエルの声が静かに夜空に響く。


 彼らは、先ほどまで周りを瓦礫に囲まれて視界を塞がれていた。

 そのために気づかなかったのだが、瓦礫の外側に、建物が彼らを囲むように存在していたのだ。


 そして、その瓦礫が石材へと姿を変え体積を減じ、視界が開けたことで、彼らはそれを目の当たりにする。


 周囲の建物を、まるで蟻の行列のように横切る、その白い物体。

 その正体を、夜にもかかわらず彼らははっきりと視認できた。


 札、札、札、札、札、ひたすらに札。


 何枚、何十枚、何百枚。

 それほどの数の紙切れが、彼らを傲然と見下ろしている。

 その光景は彼らに、無機質な圧迫感と不気味さを与えてきた。


「いつ、という問いの答えとしては、恐らく大聖堂をぶっ壊した一撃で発生した土煙に紛れて準備したんだろう。

 アリエル、多分だがあいつ、土煙から出てくるのに少し時間をかけてなかったか?」


「な!? 確かにそうですけど、少し待ってください!

 それはつまり、あの男は私たちが今、この場所で、あの男を追い詰めることをあの時から予測していたということですか!?」


 普段の無表情をかなぐり捨て、アリエルは思わずガイアスに詰め寄る。


 あの大聖堂があった土地と、この場はそれなりに離れている。

 にも関わらず、今ここに、令の細工の跡が見える。


 つまりは、今のこの状態を令は始めから予想しており、彼にとって彼らの行動は本当に『予定通り』でしかなかったのだ。


 それでは自分たちはまるで道化ではないか。

 そんな思いが、彼女の脳裏をよぎる。


「事実なのだから仕方がない。

 それに加え、オルハウストが流させた大量の血から揮発して、この場は奴の魔力に満ちている。

 もしどちらかが行動に起こして、その結果争ったとしたら、倒れたのは果たしてどちらだったのだろうな。

 まあ、だからこそあいつも引いたんだろうが」


 一方のガイアスは特に気にした風もなく、むしろ安心したかのような表情を浮かべる。

 事実彼は、心から安堵していた。


 片や、世界で最高の練度を誇る軍を保持する猛者の国、その中でもさらに別格の力を誇り、さらには『神器』という人知を超越した兵器まで備えている超人たち。


 片や、完全な自分の領域(テリトリー)を構築し、さらにはこの世界の人知を超えた『理』を揮う者。


 どちらに軍配が上がるのか、そもそも決着がつくのか、つくとすればどれだけの被害が出るのか、一切が不明。


 そんな戦いを、一体誰が望むだろう。

 だからこそ、令は多少無茶をしてまで場を収めたのだ。

 あの解決策は、その異常さにさえ目を背ければ、実に効率的かつ建設的な方法だった。

 事実、双方に被害――命、という意味でだが――はなかったのだから。


「とんでもないですね……」


 畏怖と、感嘆が等分に混ざった呟き。

 それはオルハウストの心の底からの思いだったのだろう。

 たった一日で、ここまで国を引っ掻き回してくれた男への。

 それを誰も否定できなかった。

 ガイアスにしてもそれは同じであり、だからこそ追従する。


「ああ、とんでもない奴だよ。

 国を手玉に取る頭脳だけではなく、俺たちに対抗できるだけの力も――」


 しかし、ある、と続けようとしたところでガイアスは奇妙な感覚に囚われる。


 まるで、自分が全くの見当違いな認識をしているかのような、落書きをされた鏡を見ていながらその汚れに気づいていないかのような、そんな感覚。

 思い返してみれば、これと似たような感覚は令を初めて見た時から抱いていた。

 その思いがなんなのか分からず、ガイアスは考え込む。


 と、そこでアリエルが妙な表情を浮かべていることに気づく。


「どうしたんだ、アリエル」


「あ……、いえ、何でもないです。

 今は関係なさそうなことですので」


 ガイアスが声をかけると、アリエルは悩んだような顔をしたあと、言葉をにごした。

 普段であれば意志を尊重して見逃しただろうが、今のガイアスは少しでも情報が欲しかった。


「どんな些細なことでも教えてくれ。

 今は少しでも、奴のことを知りたい」


 ガイアスは真摯に尋ねる。

 そこまで言われては、アリエルに逆らう術はなかった。

 言いづらそうにしながらも、彼女は口にする。


「……あの男、レイですが、セフィリア殿が倒れる直前に表情を歪めていたんです」


 その言葉に、周囲は困惑する。

 別に人間なのだから、表情を歪めるくらいどうということはなく思えた。


「お忘れですか?

 あの男がオルハウストの奇襲を受けて、どんな反応をしていたか」


 だが、続く言葉に、その異常さに気づかされる。

 オルハウストの奇襲を受け、令は死んでもおかしくない重症を受けた。

 にもかかわらず、あの男は、平然と歩いて彼らの元へやってきたのだ。

 苦悶の色も、声も、一切を見せず。

 挙句、片腕を切り落とした時でさえ、冷や汗を流すのみだった。


 それほどの男が、表情を歪めていたという。


「確かか?」


「はい。

 さらに言えば、精神的なものが原因ではありません。

 その時の呼吸の様子や顔色からして間違いなく何らかの痛みによるものでした」


 アリエルのさらなる指摘に、完全に場が沈黙する。

 ガイアスが先ほど抱いた奇妙な感覚を、今はこの場の全員が抱いている。


「……なんだろうな。

 このちぐはぐな感じは……」


 そんなガイアスの言葉に、誰も、何も言うことが出来なかった。

 全員がその想いを共有し、口を噤む。


 唯一人を除いて。


「父様、ちょっといい?」


 その声に、この場すべての視線が集まる。

 炎のような赤髪に、勝気そうな、軽く釣り上がった目。

 戦女神を彷彿とさせるその美貌。

 デルト王国第一王女、フレイナ・デルト・エルデルフィアが、その視線の先に立っていた。


「お前がしゃしゃり出てくると、大抵ろくなことにならんのだがな」


「なによ、ガル爺。

 何か文句ある?」


「……ガル爺はやめろと何度も言っているだろうが」


「別にいいじゃない。

 昔からそう呼んでるんだもの、今更変えられないわよ」


「……このじゃじゃ馬が」


 なにやらフレイナとガルディオルの間の空気が不穏なものに化していく。


「や、止めてください二人とも。

 何故いつも喧嘩するんですか貴方たちは……」


「相性の問題だろうよ。

 極硬生真面目爺と、いい加減唯我独尊女。

 これで仲が良かったら奇跡だぜ」


「余計なこと言わないで、ザルツ。

 以前もそうやって殴り合いになって、城の一室の調度品を全滅させたんだから」


 それを止めようとしているのか、煽ろうとしているもかわからないことを吐かす面々。

 先ほどの沈黙から一転、いきなり場が騒がしくなる。

 深刻だった空気が、いつの間にか弛緩していた。

 そんな急展開にガイアスは呆れる。

 そして、そういえば、と思い出し娘に尋ねる。


「おい、フレイナ」


「何? 父様。

 私も聞きたいことがあるんだけど」


「最初から気になってたんだが、お前、オルトバーンはどうした。

 あいつがお前をおとなしく見逃すとは思えん」


 そう聞かれてフレイナは視線を逸らした。

 そしてしばらく皆が無言で彼女を見つめる。

 その視線に耐えられなくなったのか、冷や汗を流しながらフレイナはその重い口を動かした。


「……大きな音がして、見てみたら聖堂が崩れていて、それが気になって飛び出そうとしたら止められて。

 それがちょっと頭に来て――」


「頭に来て?」


 フレイナは答えた。


「――殴ったら……気絶した」


「「「じゃじゃ馬が」」」


 光の速さで罵倒するガイアス、ガルディオル、ザルツ。


「何が気絶した、だ。

 気絶させた、の間違いだろうが馬鹿娘」


「なによ! 気になったんだからしょうがないじゃない!

 そもそもあれだけの爆発が起きて何の反応も示さない方がどうかしているわよ!」


「お、落ち着いてください、殿下。

 皆様も、えっと、以前の街に出没した泥棒を捕まえに飛び出していったときよりは良く……はないですね」


「あ、あの、三日前の私の着替え中に間違ってザルツが入ってきたと聞いたときのお転婆ぶりよりはましだと思いますよ?」


「あんたらもうるさい!

 ああもう! いいから、私の話を聞きなさいって言ってるの!」


 オルハウストとアリエルも、どうにかフォローをしようとするのだが、普段の行いが行いだけに、全く助けになってない。

 この彼らの様子から、普段のフレイナがどんな振る舞いをしているのかよく分かる。


 そんな彼らに、フレイナは感情のまま叫ぶ。

 その叫びによってようやく収拾がつき、ガイアスたちはフレイナの話を聞く姿勢を整えた。

 皆馬鹿にしたような態度をとったり、巫山戯倒したりしていたが、それは本心ではない。

 フレイナがこのような時、鋭い意見を口にすることが多く、その観察力はだれもが認めるところなのだ。


「それで、なんなんだ」


 ガイアスのそんな真意を隠したどうでもよさげな返答に、フレイナはまた眉をひそめそうになるが、それを意志の力で押さえ込み。深呼吸をし息を整える。


 これから話すことに比べれば、自分の感情など些事なのだから。


「……さっきまでのことを見ていて思ったんだけど」


 顔を挙げたフレイナの顔を見て、誰もが息をのむ。

 そこには、今までにないほど強い意志を感じさせる瞳があった。


 そして、何かを探るように続ける。


「あの男の使う魔法、いえ、技術そのもの。

 そのどれもが、あまりにも節操がなさすぎない?」


 その言葉の意味を、ガイアスたちは考える。


 強さを求める場合、その方法はある程度固定している。

 闘気と魔力、その二つから己に合うものを選び、それから自分の戦術を組み上げ、それを突き詰めていくのだ。

 故に人々は大抵の場合、自分の専門とする一芸を特化させ、それ以外を切り捨てる。


 このことを踏まえると、令の非常識さがよく分かる。

 闘気と魔力の並行使用。

 そして魔法だけでも、大規模破壊、支援補助、治癒快復、あまりにも多岐に渡っている。

 それに、謎の障壁、未知の索敵技術、多種多様な兵器道具を用いた複合戦術が加わる。

 あまりに万能な力の傾向。



 確かに節操がないといえばその通りだろう。

 だが、それがどうしたというのか。


「その通りだとは思うぞ。

 しかしそれは別におかしなことでもあるまい。

 おそらく、あいつの力の源はその多様な技術にあるのだからな」


 その思いから、ガイアスは訝しげに返す。

 周囲の『四剣』も、首を傾げ、不思議そうにする。


 一つに縛られないがゆえに、すべてにまんべんなく対応ができ、決して弱点を晒さない。

 その戦術の多様性こそが、令という人間の、最大の武器であると彼らは考えていた。

 そして、先ほども言ったように自分の武器を突き詰めることは至極当然のこと。

 だからこそ、誰も令の技術が節操無いほど多種多様であろうと、おかしいとは思えなかった。


「……やっぱりおかしいわ」


 しかし、フレイナはその表情を歪め小さく吐き捨てる。

 

「父様それにみんな。

 自分が今、どれだけ有り得ないことを言ったか、思ってるか、ちゃんとわかってる?」


 その責めるような視線に、周りは困惑するばかり。


「一体何を言ってるんだ、姫さん。

 さっぱりわからんぞ」


 ザルツの言葉に、フレイナは端的に告げる。


「闘気と魔力の、『同時不究の大原則』」


 そして、その言葉だけで、空気が塗り替わる。

 疑念から驚愕へ。

 フレイナが何を言いたいのか、すべてを理解した。

 何故、今まで気づかなかったのか。

 彼らにとって、あまりにも基本的な常識だというのに。


「ずっと気になってた。

 あの男がすることを見て、聞いて、それでもこの気持ちが捨てきれなかった」


 そして、告げる。

 自身の確信に似た疑問を。




「あの男、本当に強いのかしら」











 男は歩いていた。

 ただただ、自分の目的地へと。

 無言のまま、男の靴音だけが夜の闇へと融けていく。


 と、これまで前だけを見据えていた男は腕の中の女性に目を向ける。

 彼女は動かない。

 痛みと傷のため不規則だった呼吸は、今では穏やかな寝息へと変わっている。

 その青い髪が彼の顔に触れて、花のような香りが彼の鼻腔をくすぐる。


 その寝顔を如何なる思いでか、ジッと眺めた後、彼は女性を抱き上げた手で、器用に懐から紙を取り出す。

 そして紙が発光を始め数秒後。


『何のようだ疫病神』


 極めて不機嫌そうな、それでいて地の底から這い出てきているかのような、おどろおどろしい老人の声が響く。

 その声に驚くこともなく、歩みも止めない。


「斬新な第一声をありがとう、ディック殿。

 そちらは随分と絞られたようですね」


『今日の午後だけで一月分の仕事をこなすはめになった。

 それもこれもすべて貴様のお陰だ、どうもありがとう』


 皮肉がこれでもかというほど籠められた言葉に男、令は苦笑する。


「まあ今はそんなものでしょうね。

 ですがこの布石がなくてはこれから先が詰んでしまうんです、我慢してください」


 確信の籠められた言葉を聞いて、符の向こうの人物はしばらく黙り込む。


『……何があった』


 探るような声音が令の耳朶をうつ。

 ある意味想像通りともいえるその言葉。


「何が、とは?

 こっちは二つを除いて完全に予定通りに進んでいるが。

 人々へ日常への疑問を植えつけた。 

 素顔を晒し、力を示した。

 《武御雷》の戦力誤認もさせた。

 いけ好かないというよりは存在すら許せない腐れた教会の破壊も終えた。

 そして《魔》と《天》の、実戦による試験運用も完了した。

 《天》は交戦中の使用にはまだ早いようだから調整の必要があるみたいだがな。

 とまあ、こんな具合に、そちらに心配されるようなことはない」


『……儂にとって半分も理解できない内容の上に、国と儂自身にとてつもなく不穏な単語が聞こえた気がするが、まあそれは今はおいておこう。

 というか置かせてくれ、今はこれ以上大変な目に合うなど考えたくない』


 一つ息を吐く。

 そしてディックは先ほどの自分にとって災いとなりそうな発言を聞かなかったことにした。


『それで、やはりおかしいな、今のお前は。

 いつもあった、遊びとも取れる余裕が感じられない。

 むしろ、何かにイラついているようにすら感じる。

 先ほどのような八つ当たり気味の言動など、まったくらしくない』


 令はごまかせると期待してはいなかった。

 それでも意地から出た言葉だった。

 それは当然切って捨てられる。

 

 令はため息を一つ吐く。


「やっぱり、アリエル殿を弄った位では気分転換には程遠い、か。

 本当に自分に嫌気が差すよ」


『よおし、儂は『四剣』の名など聞かなかった。

 そして貴様が弄るなどという喧嘩を売るような真似をしたことも知らなかった』


「失礼な。

 冷淡冷酷で有名な彼女の秘めた恋心を暴露させてやっただけだ。

 感謝されこそすれ、文句を言われるなど有り得ない」


『……糞餓鬼。

 セフィリアにもし儂が暗殺されたらお前の隣にいるクズを殺して仇をとってくれ、という遺言を伝えてくれ。

 それと金庫の中身は自由にしろとも』


 紙からまるで何かを悟ったかのように穏やかな声が届いた。

 内容は悟りというものからは程遠いものだったが。


「まあアリエル殿は確かに暗殺のプロフェッショナルとして有名ですけど、暗殺されるとしたら私ですし、貴方まではいかないと思いますがね。

 その辺の逆恨みなんかの感情はキチンと割り切ってそうなものでしたが」


『甘いんだよ糞餓鬼が。

 女の恋などというものが男と同じものだとでも思ったのか。

 本当にその感情から暴走した奴らは時に論理も理屈も超越した行動をとるぞ』


「……なんだかやけに実感が篭ってますね」


『……いろいろあったのだよ。

 儂も若いころは、命知らずだったのだ』


 令はそのディックの哀愁を感じさせる声に追求するのを止めた。


『とまあ、雑談はこんなところでいいだろう。

 それで、本題は何なのだ。

 何の用があって儂に連絡を取った』


 そしてディックも、令の時間稼ぎに付き合うのを止めた。

 ごまかしは許さないという気迫が籠った強い言葉。


「……私はですね、これからする無茶に自分だけで挑もうと思っていたんですが、何の因果か、どこから予定が狂い始めたのか、厄介なことになりましてね」


『ふむ』


 そして令は、申し訳なさを押し隠して告げる。


「セフィリアさん……セリア殿を、これから危険に晒すことになりそうです」


 沈黙。

 令の歩く足音のみが、響き続ける。


『……そうか』


 そして返ってきたのは諦めと、安堵の入り混じった言葉。


「怒らないのですね」


 その反応は令にとって、酷く意外だった。

 孫娘を危険に晒すと言って、この爺馬鹿な老人が何も言ってこないなど誰が想像できようか。


『侮るなよ若造が。

 儂がお前がどんな心境か想像できないとでも思ったか』


 それなのに、返ってくるのは自信に満ちた言葉。


『どうせ、あいつが無茶を言ったのだろうよ。

 でなければ、お前がそのようなことをするわけがないからな』


「私が賭けに負けた。

 それだけのことです」


 思わず右手で自身の胸を抑えようとする。

 しかし当然、存在しない腕はその任を果たすことはない。

 その様子は向こうには見えてなどいないが、それでもその空気の重さは感じただろう。

 ディックはため息を吐き、言う。


『すまんな、レイ』


「……何故貴方が謝罪を?」


『どうやら、セフィリアはお主の意地だけではなく、根幹まで攻撃してしまったようだからな。

 その分だ』


「……………………」


 令は、肯定しない。

 だが、否定もしない。


『セフィリアはもともと他人の感情に敏感な奴だった。

 だが他人に踏み込むことを躊躇う嫌いがあるために、どうしても成長できなかった』


 ただ、黙って聞く。

 喜びと申し訳なさが等分に入り混じったその言葉を。


『どうやらやっとひと皮剥けたようだな、お前の様子からして。

 とはいえ初めて深く他人に踏み入ろうとしたために、どこで止めていいのか判断がつかなかったというところか。

 本当にすまなかった』


 令はほんの微かに、唇を噛み締める。


「私がいつもやっていることをやられただけだよ。

 彼女に非はない」


 事実、令の様子がおかしいのはセフィリアの責任ではない。

 どちらかと言えばこれは令自身の問題なのだ。

 だからこそ、令は特にセフィリアに対して思うところはない。


『そう言ってもらえるのならば、もうこの話は御終いだ。

 どっちももう気にする必要はない、それでいいだろう』


「……ええ」


 令は老人の言葉が、自分を気遣ったものだと正しく理解した。

 そしてその心遣いを、大人しく受け取る。

 そしてディックは話題を変えてくる。


『ところで予定外の二つというのは、一つはそのセフィリアのことなのだろうが、もう一つはなんだ。

 お前ほどの者が予想できなかったものということで、少々興味が惹かれるのだが』


「ああ、そのことですか」


 からかい半分に聞いてきたディックに、令は軽く答える。


「恐らくですが、私の欠点がデルト上層部にバレました」


 沈黙。

 その間も令は淡々と歩き続ける。


『……洒落になっとらんように聞こえるが?』


 やっと返事が飛んで来たと思ったら、かなり強張っていた。

 顔を引き攣らせている様子が容易に想像できる。

 こんな時にもかかわらず、それが令には少し可笑しかった。


「最後に見たあの女の顔、青ざめてはいたが何か怪訝な色が濃く出ていた。

 接点が一番少なかったとはいえ、思考の誘導に侵されていないとは流石に予想外だったよ。

 お飾りのお姫様ではなかったようだ」


『いや、せめて儂の質問に答えて欲しいのだがな。

 本当に大丈夫なのか?』


 全く深刻そうに思えない令に、ディックのほうが焦りを覚えてしまう。


 欠点を知られるというのは、戦いを知る者には絶対にあってはならないことだ。

 どんな強者も、その対処法さえ分かってしまえば驚異とはなりえない。


「ねえディック殿。

 貴方にとっては、『欠点』とは『弱点』と同義なのですか」

 

 だというのに、この男は揺るがない。


「『欠けている』というのは、その部分に足りないものがあるということではあるが、それは決してその部分が『弱い』ということを意味しない。

 いや、むしろその先入観がある分危険とすら言えるね。

 安全だと思って触ったら、皿の欠けたところで怪我をした、なんてことよくありませんか」


 この時、令はいつもの表情を少しだけ取り戻していた。

 まるで獲物が藻掻く様を楽しむかのような、薄い笑みを。

 その様を、ディックが目にすることはない。


「……お前がそう考えているならば、儂は何も言うまい」


 だが雰囲気だけでそれが伝わってしまったのか、その返答は微かに震えていた。


「……………………」


『……………………』


 そして、何度目になるかわからない、静かで緩やかな時が過ぎる。

 どちらも何も言わない。

 かと言って、お互いに接続を切ろうとする気配も存在しない。

 まるで何かの儀式のように。


 そして、片方が唐突に呟く。


「……私は、……優しいそうです」


『む?』


「救いがあってもいいんだそうです」


『……ふむ』


 ディックには、令が何を言いたいのか分からないのだろう。

 ただ相槌を打つだけ。


「ねえ、ディック殿」


 そして。


「『救い』とは、なんですか」


 この問いには、相槌を打つことさえ出来なかった。

 息を呑む雰囲気が、符越しでも伝わってくる。


「そんなにイイモノなのですか。

 セリア殿が、命を賭けてまで伝えようとするほどのモノなのですか」


 令はそれを気にしない。


「私はそれを望んだことが、一度もない。

 いえ、望めないのです。

 それがなんなのか、ワカラナイから」


 もとより、答えが帰ってくることを期待などしていないのだから。


「恐らく、こんなことを聞くのはおかしなことなのでしょうね。

 それほど根本的なこと。

 ですが――」


 ただ、『普通』の人が、これを聞いたらどんな反応をするのかを、知りたかっただけ。


「そんなコトすらわからないほど、私はコワレテしまった」


 そう、ただ知りたかった。


 符の向こうの、『普通』の凄い人は、この愚かな人間にどのような答えを返してくれるのかを。

 その思いで、気がつけば言葉を半ば夢心地で垂れ流していた。


『……『救い』か。

 なるほど、あやつの言いそうなことだ』


 そして、ディックはその思いを受け、静かに語り始める。


『……儂は、お前のことをほとんど知らん。

 お前の仲間たちよりも。

 セフィリアよりも。

 だからこそ、軽い気持ちでお主に言葉をかけるべきではないのだろう。

 だがな、これだけは分かる』


「それは一体?」


『お主は、対人関係で最も大切なことを見失っている』


 その言葉は、不思議と令の奥に響いた。


「大事なこと……。

 恋慕、愛情、そんなものでしょうか」


『残念ながらそんな程度の高いものではない。

 もっと根本的で、馬鹿馬鹿しいほど単純なもの。

 人が生きていくなかで、最も早くから得るある『認識』だ』


 令は考えるも、やはりどういうことなのかは理解出来なかった。

 

「覚えておきます」


 だから、そう答えて場を濁した。


 そして一瞬訪れる間。

 次の話題へと移るための小休止。

 それを先に破ったのは老人の方。


『令。

 頼みがある』


 唐突に言う。


「ものによりますが、この会話の分だけはお聞きしますよ」


 令はこの行動を多少訝しみながらも、遠まわしに肯定の意を示す。

 そしてディックは言う。


『どうかセフィリアを、お主の近くに置いてやってはくれんか』


 少しだけ、目を見開いた。

 全く予想だにしていなかった頼み。

 セフィリアを連れて行くことは、既に令の側としては決定事項だった。

 賭けに負けて、それを自身が認めてしまった以上はそうするしかない。


「何故今更そのようなことを?

 その話は既に終わった話では」


 だから困惑気味にそう返す。

 終わったことをわざわざ蒸し返す必要が理解出来なかったのだ。


『それはあくまで、あやつの願いであって儂の望みではない。

 だからこそ、改めて儂自身の願いとして言わせて欲しい』


 ディックはその疑問の答えを口にする。


『儂ではあやつを、お主のように変えることは出来なかった』


 その声は、自身の無力さを嘆いていた。


『自身の……息子とその伴侶を、過去の亡霊に殺されて、そのことを悔やむあやつを見せつけられていながら、何も手を出すことが出来なかった……』


 その声は、自身の愚かさに激怒していた。


「……だから、私に彼女を『救え』、と。

 ディオセリクス・ルーナハイト殿」


 それを受け、返す言葉は不自然なほど平坦なもの。

 そしてその理由を老人は理解していた。


 『救い』を理解できず、彷徨う『もの』にそれをなせという。

 大事にしている孫娘に、そのような無意味なことを押し付けるのか。

 そのことが令の逆鱗に触れかかった。


『違う』


 だからこそ。

 家名を知られていたことを驚く前に。

 それだけの激情の源泉である、青年の過去を疑問に思う前に。

 何よりも早く、否定の意を返してくる。


『儂はもはや、エリュシオンとはなんの関わりも持たぬ、ただのディックという老いぼれだ。

 そしてお主に求めるのは、セフィリアを傍に置くという一点のみ』


「……それで何が得られるのですか」


『セフィリアはお主という『個』を知る。

 そしてお主は儂の言った、忘れてしまったものの答えを得る』


 一瞬。

 令の顔に、驚きと、そしてほんの微かな、希望の色が覗く。

 この時、初めて歩みを止めた。

 目的地に着くと同時に、止めさせられた。


『これは言葉で説明できるようなものではない。

 だがこれだけは断言できる。

 お主がセフィリアと行動して、決して損はない』


 瞑目。

 訝しく思うと同時、捨てきれない期待を背負わされた。

 その感情の処理に、一時的にすべての力を回す。

 その間にも、不自然に思われないように口は動く。


「……お互いの利益のため、そのためには国を弄ぶ咎人まで利用するか。

 しかも既に決定事項として決まっていたことを蒸し返し、俺と孫娘の思いまでも飲み込む。

 思ったより汚いじゃないか、元エリュシオン三公家の一角が」


『それだけお主を買っているということだと思ってくれ。

 儂にはもはや、こうするしかセフィリアにしてやれる道がない』


 そして驚異的な速さで思考を纏めた令は、己の考えを口にする。


「いいや、責めているわけではないよご老人。

 利害関係はこの世で最も信頼できる人間関係の一つだ』


 形としてわかる明確な利益がお互いにあるがために、その目的が達成されるか、それ以上の利益が提示されない限り人は決して裏切らない。

 だから令は、老人の言葉を受け入れる。


『……そこまで穿った見方をされるとは思わなかったが……』


 唖然とした声がする符に、令は苦笑する。


 あまりにも合理的で、綻びがない論理という壁。

 感情という不確定な要素が絡まないが故、それはあまりにも堅牢で、そして非情だった。


 だが、それでいいと令は思う。


「いいんですよ、それで。

 利益を求めることの何が悪い。

 なしたいことを為そうとして何がおかしい。

 己の希望を実現させるために利益という餌は絶対に不可欠だ。

 それを拒否するのは努力の侮辱だ、希望の否定だ。

 そんな覚悟で己が成せるか」


 目を開き、夜空を見やる。


「そんなことで、人の『想い』が保てるものか」


 先ほどと一転し、感情の籠った声。


『……そうか』


 あらゆる想いを肯定するかのようなそれに答えるのは、ただ一言。

 だがその言葉より伝わるのは、万の言葉で語り尽くせない想い。


『……令』


 だから老人は、最後にか細く、空気を震わした。


『頼んだ』


 何を、とは言わない。

 どうする、とも聞かない。

 そんな、余人には誰一人として理解されない言葉を最後に、符の輝きは収まった。


「……………………ははっ」


 残るのは、佇む一人の男。

 しばらくの間動きを見せなかった彼は、唐突に笑う。


「頼むだってさ……」


 自分を、嗤う。


「こんな俺に、何を期待するというんだか。

 ねえ、貴女もそう思いませんか」


 自嘲を続けながら、彼は腕の中の女性を見やる。


 そして彼女を抱き寄せた左手で、彼女の目元に指を伸ばす。


「貴女にそんな顔をさせた、この俺に、さ……」


 触れた指先は、微かに濡れていた。

 彼女の涙によって。


 令は、自分の感情を持て余していた。

 だからこそ、アリエルを弄り、ディックに棘のある対応をしてしまった。

 その理由はただ一つ。

 

 セフィリアが、泣いていた。


 その身を地に倒すその寸前に見せた涙と、泣き顔。


 それにどうしようもなく衝撃を受けた。

 自己防衛により、無表情になってしまうほどに。

 そして、あまりにも情けない一撃を受けてしまうほどに。

 


 ただ泣き顔を見ただけならば、そのような無様は晒さなかっただろう。

 そのような事態になったのは、彼女の向こうに、ある人物を見てしまったから。


「ああ、ほんと……」


 ため息が混じる。


「なんでこんなにも貴女と貴方が被るのだろうな」


 いつの間にか、吐露していく。


「性別も、体格も、性格も、趣味嗜好も、何もかもが違い何一つ一片たりとも同じところなど存在しないはずなのにどうして―――」


 自身の心の内を。


「どうして――」


 自身の弱さを。


「――どうして、貴女は、貴方と同じことができたんだ」


 腕の中の女性を、今にも崩れ落ちてしまいそうな儚さで睨みつけながら。

 そうせざるを得ないほど、今日の彼女は『彼』と同じだったのだ。


「無遠慮に人のことを暴いて」


 どちらも、隠し通していたことを言い当てた。


「戦ってみれば、どうしようもないほどに脆弱で」


 どちらも、なんの抵抗も見せられずに一方的にやられた。


「それでもその憧れ、そして憎んだ瞳だけは変わらないで」


 どちらも、いくら痛めつけてもその意志だけは失わなかった。

 

 ―――そして。


「最後には、勝ってみせた」


 どちらも、同じ方法で、自分に負けを認めさせた。


「それなのに。

 どうして貴方は笑っていて、貴女は泣いていたんだ」


 ただ一つ違うのは、最後に見せたその表情だけだった。

 そして、それこそが令の感情を持て余している原因。


 『彼』とセフィリアは、同じように令に対処して見せた。

 ならば、もしこれがセフィリアではなく、『彼』だったならば、『彼』も同じ反応をして見せたのだろうか。


 ―――つまり。


「貴方も、今の俺を見たら……泣くのか……悲しむのか……?」


 それがただ、令にとって耐え難かった。


 いつも笑って、自分の傍に居てくれた『彼』が、嘆く。

 そして、自分に失望する。


「いやだなあ……ほんと」


 ただひたすらに、嫌だった。


 それでも、立ち止まるわけにはいかない自分が。


 もう一度、懐に手をいれる。


 そして通信符をしまい、あるものを取り出す。


 取り出したのは、長方形の掌大の箱。

 短辺の一方がボタンで開閉できるようになっており、それをセフィリアを抱き上げたままの左手で外す。


 男は眼下を見やる。


 その目に映るのは、人々の営みが失われ、闇に堕ちた世界。

 ごくたまに居る警備であろう人の姿が、米粒のように小さく見える。


 男がいるのは、デルト王国の王都デルトライン。


 の、はるか上空。


 一番高い王城の頂点よりもさらに高い、街の中心部。


 そこで男は、女性を腕から肩に担ぎなおす。

 女性の身体に負担がかからないよう、丁寧に。


 そして空いた左手を、夜空に向い、水平に一閃する。

 遠心力により、左手の箱から何かが飛び出す。


 それは、大量の紙切れ。

 空気抵抗により分散し、夜空に広がり、落ちていく。

 さながら、これから飛び立つ鳳から舞い散る、羽根のように。


「俺は、それでも立ち止まるわけにはいかない」


 それを見届けながら。

 男は、顔を上げる。


「ここで止めたら、俺は何も変わっていないことになる」


 そこにあるのは、迷いを振り切った、一人にして独りの決意の相貌。


 だがそれでも。


「そんなことになったら、貴方の死は一体なんの意味があったんだ」


 その瞳から、涙が溢れるのを、止めることは叶わない。


 男は、かつて『彼』が自身をなぞらえた夜のなか、静かに涙を流す。

 かつての、本当にささやかな願いを、懐かしみ。


「……『師匠(せんせい)』」


 欲しかったのは、ただ一つ。


「いや―――」


 伝えたかったのは、ただひとこと。










「―――『兄さん』」











 その夜。

 デルトラインの街で、多くの流れ星が見られた。

 その星星の、本当の意味を知るものは、誰もいない。




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