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異世界の愚か『もの』 ~世界よ変われ~  作者: ahahaha
デルト王国 ~望んだ望まぬ名声~
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57話 彼が望むコト④ 逆鱗

セフィリアさん、大ピンチ

 デルト王国の王城の一室、そこに複数の人間が集まっていた。

 その中に一際大きな覇気を纏う男が一人。

 もうその年齢は三十台後半に差し掛かっているはずであるのにそれが信じられないほど鍛え抜かれた肉体。

 そしてそれ自体が見る者を威圧する、燃えるような赤い髪。

 五大国デルトの国王、全戦士の長、『剣王』ガイアス。

 それがその男の名。

 グランドが去った後、彼のあまりの破天荒さに静まり返るあの場を、正気に戻られて混迷を極める前に的確な指示を出し場を収めた。

 その後しばらくの時間をとって今後の方針の提示、国内の動向の確認、他の大国に怪しい動きがないかなどの内容を話し合う会議を終えた。

 そして今、一人を除いた『四剣』、王女、そしてオルトバーンを自分の私室に集めている。


「オルトバーン、あいつの容態はどうだ?」


 静かな雰囲気の中、彼の声が響き渡る。

 指名されたオルトバーンは神妙な顔で立ち上がる。


「あの後直ぐに、家の医者に診せたところ、兄う……オルダイン殿は命に別状はまったくなく、また日常生活にも支障は無いそうです。

 あれだけ派手な音がしたにもかかわらず、信じられないことでしたが」


 彼は兄上と答えようとして、目を伏せてそれを言い直す。

 既にあの男、サイデンハルト家の者ではなくなっている。

 武器開放厳禁の場での無断抜剣、及び傷害未遂、それによりオルダインは家名を剥奪された。

 傷害未遂に至っては対象が国賓待遇であったこと、さらに敬服すべき王の眼前であったことなど、様々な余罪が重複したものであるために言い逃れなど不可能だった。

 そして、それに加えあることが彼の運命を確定させた。


「ですが、もう二度と剣を握ることは出来ない、とも言われました。

 いえ、剣はおろか、あらゆる戦闘行為が出来る身体ではない、と」


 その言葉に対する反応は静かなものだった。

 しかし決して、小さなものではない。

 誰もが顔に驚きと疑念を混ぜ合わせている。


「どういうことですか?

 骨折程度であればどれほど酷いものであっても、腕の良い者ならば治癒魔法を使えば数日で後遺症も残らず完治するはずでは?」


 貴公子然とした表情に、皆と同じような困惑を張り付かせたオルハウストが代表して尋ねる。

 このご時勢、こう言うのもなんだが骨折程度の怪我はあまりにもありふれている。

 魔獣が居て、国同士の諍いが絶えないのだから自然なことだ。

 だからこそ、医療分野、その中でも特に治癒魔法はそれなりの発展を見せている。

 需要があるならば、供給が発展するのは自然の流れである。

 そして、グランドがオルダインへと負わせたのはどんなに非常識なものではあってもただの打撃に過ぎない。

 悪くとも骨折が精々である。

 そしてその程度であれば治癒魔法で問題なく治せるはずなのだ。

 なのにそれが出来ないという。


「彼の、あの……えと……植物、による打撃ですが、あれはオルダイン殿の四肢の関節を完全に砕きました。

 砕いたというのが重要でして、砕かれた骨の破片が関節部分周辺の筋肉に食い込んでいたそうです。

 これだけであれば皆様のお考えの通り何の問題もなく治癒出来たそうなのですが―――」


 一瞬、グランドの使った武器というのも馬鹿馬鹿しい凶器ならぬ狂器の名称を言うことが憚られたのでどもってしまい、力強くごまかしの言葉を口にしてしまったものの、その後は真剣な表情で説明をする彼。

 

「私は魔法が専門ではないのですが、治癒魔法とは一般に、人体の元の構造を想定し、それに合わせ身体の異常部分を創り変え、正しい形に持っていく技術なのだそうです。

 これにより、外科的な外傷であれば本来どのような傷でも完治させることが理論上可能となっているとか。

 しかし、彼はどのような手を使ったのか、『砕けた骨が食い込んだ状態こそが正しい人体の状態である』、と固定させてしまったそうなのです。

 それにより、いくら治癒魔法を用いても食い込んだ骨は元に戻らず、その骨が激しい関節の駆動に合わせて激痛を引き起こすため、まともに剣を振るうことは不可能とのことでした。

 ……無理に動かせば、今度は身体を動かすことすら困難になる、とも」


「……なるほどな。

 『『治す』では無く『直した』』とはそういうことか……」


 呟くようなそのガイアスの言葉は、不思議と周囲の者に染み渡った。

 身体の機能を無視した、機械的で無機質な所業。

 確かに、『直した』という言葉がぴったりな表現だろう。


(どこまでも的確に人の心理を突いてくる男だ)


 ガイアスは軽く周囲を見回す。

 予想通り、多くの者が表情に苦い色をにじませていた。

 この場に控えているものは、全員が生粋の戦士であり騎士であると自負している。

 その彼らにとって、戦うことができなくなるというのは悪夢にほかならない。

 オルダインが容易く家名剥奪の憂目にあったのも、戦えなくなったことが理由だ。

 デルトにおいて戦えなくなるというのはそれだけで嘲笑の対象となる。

 もちろん理由次第ではそんなことはないのだが、それが自業自得であるのなら同情の余地などない。

 そしてそれを行なったグランドは、恐らくオルダインを無力化する以外にも狙いがある。


(挑発、そしてみせしめ……)


 目障りな人間一人を徹底的に痛めつけ、その様を他の貴族たちに見せつけ、警戒させる。

 戦うことを至上とする傾向のあるこの国の民にとっては実に効果的な手法だ。

 そして、あの男は追放はしないでほしいとも言っていた。

 それはつまり、この国の民にあの男の末路を見せつけることを意味している。

 王都においておけば、少なからず人目に着く。

 戦うことができなくなり、後ろ盾すら失った哀れな男の姿がだ。

 それを見れば国民は認識を強固にすることだろう、貴族とは絶対の存在ではないということを。

 やり方次第で、自分たちでも対抗することが出来るのではないかと。

 グランドは自身の植えつけた種を育てる手段すら構築していたのだ。

 ガイアスはそのことには気づいていたものの、それはオルダインを罰しない理由にはならず、そもそも分かって上で止める気もなかった。

 しかし、どうも自分が思うままに動かされている気がして面白くはない。


(一体いくつの策を用意しているのだか)


 ガイアスがそんなことを考えていた時、部屋にノックの音が響く。


「陛下、私です」


「お、帰ってきたか。

 入るといい」


「失礼します」


 ガイアスが入室を促すと、扉が開きこの場にいなかった最後の『四剣』、アリエルが姿を見せる。

 その顔にはいつもの感情を表に見せない無表情が張り付いている。


「どうだった、あの男は。

 何かしら分かったか?」


 アリエルがこの場にいなかったのはガイアスからグランドの情報収集を命じられていたため。

 諜報の類は本来ならば相当の危険が伴うものであるが、彼女にはその道理が通じないために皆心配などしていなかった。


「……一応、いくつかは」


 アリエルはその顔を微かに歪めた。

 そのことが彼らに驚きの念を抱く。

 それほど彼女が表情を崩すというのは驚くべきことなのだ。


「何かあったのアリエル?

 貴方がそんな顔をするなんて」


 今まで黙っていた、王と同じく燃えるような赤い髪を持つ十代後半程の勝気そうな少女が、心配そうにアリエルに尋ねる。

 フレイナ・デルト・エルデルフィアがその少女の名前。

 この国で唯一人ガイアスの血を受け継ぐ、この国の王位を継ぐ権利を持つ者である。

 彼女はその容姿もあり近づいてくる男が多いのだが、それを煩わしく思っており、身近なもので気軽に色々なことを相談出来る唯一の同性であるアリエルと仲が良かった。

 そのため、彼女はアリエルの心配をすることが多い。


「ご心配なく。

 情報はそれなりに集まりましたから命令はちゃんとこなしたことになると思いますよ。

 ただ―――」


 フレイナが心配してくれていることを知り、アリエルの表情が和らぐ。

 彼女もフレイナのことを妹のように思っており、傍から見れば実の姉妹のように見られることもしばしばある。

 そんな和やかな雰囲気をぶち壊す一言が彼女らの間に割り込む。


「なんだなんだ、生理でも来たか?

 話に聞いただけだが相当苦しいんだろう、それ」


「黙っていなさい、ザルツ。

 貴方がしゃべるだけで気分が悪くなります」


「本当にあんたは……。

 良くそこまで無神経なことが言えるわね」


「ひでえな、ただのジョークだろうに」


 氷のような一言を放たれてもそれを気にせずガハハと大口を開けて笑う壮年の男性。

 アリエルもフレイナも不快そうに顔をしかめる。

 その様子を見て苦笑する、一人を除いた男たち。


 『四剣』が一、大器のグラディック家現当主、ザルツ・ウル・グラディック。

 鎧のような筋肉を持ち、茶色の髪を無造作に生やしている。

 一撃の破壊力を重視した巨大な斧や槌などの大型兵器の扱いを得意とするグラディック家の人間には、皆ある共通点がある。

 とにかく豪快。

 細かいことを考えず、ただひたすら力で物事を解決する傾向がある。

 そして当然、今笑っているこの男も例にもれない。

 その豪放さから来る無神経な発言を女性陣はよく不快に思っているようだが、他の者も含め決して嫌っているわけではない。

 端整そのもののオルハウスト、端整さと精悍さが半々のガイアス、そのどちらとも方向性が違う精悍を絵に描いたかのような容貌を持つザルツ。

 オルハウストのような、遠くから見ていたいような高嶺の美貌ではなく、町の酒場で皆の中心となれるような親しみがにじみ出る見た目。

 それを嫌いになれる人間の方が少数派であろう。

 そしてなにより、『戦士』という言葉をこれほど体現している存在を彼らは他に知らなかった。

 ただ愚直に、余計なことを考えず、ひたすらに武に打ち込む。

 それこそが戦士の本懐ではないだろうか。

 その認識が人に一種の憧れを抱かせるのだ。

 だからこそ、彼は誰にも好かれ、敬意を持たれる。


「お前らしい言葉だなザルツ。

 さてアリエル、その渋面の意味をさっさと教えろ、何があったのだ?」


 この場で初めて言葉を発するその男を見て、この場の誰もが思った。

 お前が言うな、と。


 年月を経たためにくすんだ色を発する金髪を持つ、落ち着いた雰囲気を持つ老人。

 その顔は、あの謁見の場でもこの会話の場でも一貫して渋面であった。

 一体何がそんなに気に入らないのか、と言いたくなるほどのものである。

 その老人の名は、ガルディオル・イル・サイデンハルト。

 名前が示す通り槍のサイデンハルト家の現当主であり、オルトバーンとオルダインの実の祖父である。

 良くも悪くも非常に厳格であり、オルダインが戦士でなくなったと聞いた途端に直ぐ興味を失くして家名剥奪に何の反対もしなかったことからもそのことが伺える。


「当主、そのいい方はどうかと。

 貴方とアリエル様は位としては同格なのですよ」


「『四剣』だろうと王だろうと俺からすれば小娘であり若造だ。

 言葉を取り繕う必要など感じられんな」


「はは、爺らしいぜまったく」


 オルトバーンは当主の言葉を嗜めるものの、ガルディオルはさらに臣下としてどうなんだといいたくなる発言を返す。

 その言葉はいっそ清々しいほどであり、不思議と悪い印象を人に抱かせない。

 何より、彼はそれが性分なだけであり、決して王族に対して敬意を持っていないわけではないのだ。


「そうですね、このままではまたザルツが妙なことを言ってしまいそうですし、さっさと報告を終わらせてしまいましょう」

 

 その言葉に、弛緩しかけていた空気が再び引き締まる。


「先ず始めに、彼のあの謁見での目的についてセフィリア殿と話していたのですが―――」


 それからアリエルは語る。

 あの教会の屋根の上でグランド、いや令が言っていた言葉を、要約し、それでいて重要な部分を一切変えず、人に分かり易いように言葉を選ぶ。

 それが可能なのは彼女の生来の聡明さ故であろう。


彼らはそれを聞いて、しばらく考えこむ。


「………………よくもまあ、それだけのことを考えつくもんだな。

 頭ん中どうなってんだか……」


 ザルツが呆然としたように呟く声が辺りに響く。

 それに反論する者は誰もいない、皆が同じ想いだったからだ。

 尤も、ザルツのそれは感嘆の色が大きく、他の者と違って深刻な空気が皆無であったが。

 その空気を壊すように、ガイアスはその謁見で得た収穫の一つを口にする。


「本当にな。

 それにグランドではなくレイね。

 偽名とは思っていたが、案外簡単に名前がわかったな」


「とはいえ、身元の判明は難しそうですね。

 あれだけの実力を持ちながら私たちが聞いたことの無い名前です。

 響きからすると『燈国(ヒコク)』の者でしょうか」


 その言葉に、周囲の空気が若干弛緩する。

 ガイアスとオルハウストは、レイが偽名を使っていたという事実に大して驚いた様子を見せずにいた。

 他の者たちも同様だ。

 あれだけのことをしておいて、自身の名前をそのまま使うわけがない。

 名前というのはその者を示す最も重要な要素の一つなのだ、それがばれれば身の危険が一気に増すことだろう。

 だからこそ彼らは、グランドという名前が真名だとは誰も考えてはいなかったし、それが思いのほか簡単に判明したことから拍子抜けしたぐらいだ。

 なので、ここで全員があの男から一本とることができたと些細ではあるがしてやったという気になっていた。

 ただ一人を除いて。

 その人物、アリエルはまだ報告していないことを迷いながらも口にする。

 先ほどの自身の渋面の理由を。


「そして、これが非常に問題なのですが、私の固有魔法が両方とも(・・・・)見破られました」


 いきなり爆弾が投下された。

 しばしの沈黙の後、フレイナが口を開く。


「……貴方が自分からばらしたの?」


 至って真剣な顔で、普通に考えてありえないことを尋ねる。

 だがその言葉をおかしく思う人間は誰もいない。

 そうでもないと説明がつかないのだ。


「いえ、どちらも彼が自力で見破りました。

 《幽姫》は彼の持つ妙な技術によって。

 《分心》に至っては、どのような手を使ったのかまったく分からないでいる内に。

 さらに言えば、私が始めに彼らの近くに着いたその瞬間から既にばれていたというのがまた問題ですね。

 つまり彼は意図的に自身の名を開示したということになります」


「なんですかそれ……」


 オルトバーンの呆然とした声が辺りに響く。

 彼らにとってはそれほど信じがたい事態なのだ。

 先ず《幽姫》が見破られるということ自体が異常に過ぎる。

 五感に捉えられない時点で、使用状態の術者を発見することは不可能に近い。


 そして彼女のもう一つの固有魔法《分心》。

 これのお陰で彼女は令に害される危険を考慮せず、彼と会話を交わすことが出来た。

 そしてこれを見破れるのは、普通の場合アリエルに仇なしたときだけ。


 なのに令は、その両方を見破ったという。

 それに加え自分から名前すらばらしていた。

 もう訳がわからない。


(まったく、あいつは俺たちが名前のことでぬか喜びすることまで予想してたんじゃないだろうな?)


 ガイアスが肩を落とすなか、アリエルは話を続ける。


「先に言わせて頂きますと、理由は分からないも同然です。

 判明したこととしては彼が五感に頼らない感知法を持っているということだけ。

 しかもそれですら私との取引で彼が自分から暴露したものですので、信憑性は確実ではありません」


「取引、とは?」


 ガイアスが尋ねるとアリエルは自分の失態だとでも考えているのだろう、渋面を深くする。


「伝言を頼まれました。

 それをすればヒントは教える、と」


 アリエルはさらに言葉を続ける。

 彼らはその伝言の内容が気になったのか、一瞬目を細めるものの、それよりも先ずは目先のことに目を向ける。

 彼女の話した内容の内、五感に頼らない感知法など彼らには想像がつかなかった。

 だからこそ、彼らが注目したのはもう一つの方。


「自分からねえ。

 名前も、技術も、なんでそんなことをする必要があるのかしら。

 あの男はその手の情報の秘匿に相当気を使ってそうだったけど……」


 フレイナの言葉に沈黙が満ちる。

 取引とはいえ、あの男ならもっと他のやり方があったはずだ。

 伝言など、その本人が伝えなければただのゴミと化す。

 それなのになぜ、自身の情報を開示する必要があったのか。


「……今のところ、考えられるのは三つです」


 沈黙の後、アリエルが自分の考えを述べる。


「一つ、単なる気まぐれ。

 二つ、その程度であれば教えても真相にはたどり着けないと判断した。

 そして三つめ―――」


 そこでアリエルは言葉を切る。

 それから先を口にするのには勇気が要る。

 そんな彼女の言葉をガルディオルが継いだ。


「例え真相に辿りついたとしても、それが些細なことであるほどの手札を用意している。

 おそらくはこれが一番有力だろうな」


 この場の最年長だけあり、自身が不利であることを明確に示すその予想を何の臆面も無く口にした。

 普通であれば目を逸らしてしまいそうな事実に淡々と目を向けるその胆力はかなりのものである。

 渋面は相変わらずだったが。


「だろうな……。

 まったく、あいつどこまで手を隠し持っているのだか。

 俺の《剛迅》を使った一撃も手を使わず受け止めやがったし」


「……そういえばそうでしたね。

 というかある意味貴方が一番非常識なことをしでかしてくれたのでしたね、自分で国賓と定めた相手に向かって本気の一撃を叩き込んだんですから」


 ガイアスのため息混じりの言葉にオルハウストが若干の敵意をにじませる。

 それをガイアスは苦笑するだけで流す。

 実際自分がどれだけ無茶をしたのかは分かっているだけに。

 話を仕切り直すために咳払いをし、ガイアスは周囲を見渡し、告げる。


「ふむ、あいつが言っていた伝言の内容も気にはなるがそれは後で聞くとしよう。

 これから、あのグランド、改めレイをどう扱うかの方針を言い渡す」


 皆がガイアスを見つめる。

 全員分かっていた、それこそが今この場に自分たちが招かれた理由なのだと。

 『四剣』ではないオルトバーンがいることがその証左。

 貴族の中で最もグランドと近しいのはこの男だろう。

 そしてガイアスが口を開く。


「保留だ」


「「「「「「…………はあ?」」」」」」


 周囲の六人全員が、王に対するとは思えない反応を示した。


「え、陛下、なんですか保留って?」


「ガイアス、そこは普通なら協力か敵対か明確にするべきではないのか?」


 もっとも早く立ち直ったオルハウストとガルディオルが若干呆れ顔で指摘する。

 それをガイアスは苦笑で抑える。


「情報が少なすぎるんだ。

 それに無理に結論を急ぐ必要もないんだよ。

 ならば、もっとあいつのことを知ってからでもいいだろう」


 その言葉に皆納得はしていないものの、一応の理解を示す。


(まあ納得出来ないのも無理は無い)


 ガイアスは椅子に腰掛け黙考する。

 彼らとしては野放しにするのは危険という認識なのだろう。

 しかし、ガイアスは危険視はしていてもそれほど深刻には考えていなかった。

 こちらから明確に敵対しなければ何もしてこないことは分かっているし、何より彼にはああいう手合いの相手の対処法に心当たりがあった。


 令という人間は良くも悪くも愚直なのだ。

 自身の決めたことは疑わず、ただひたすらそれに突き進む。

 それを成し遂げるのは、その強靭極まりない信念。

 決して折れず、ぶれず、曲がらない。

 それがあの行動力の原動力であり要なのだ。


(だが、それゆえに、ああいう輩は弱いところは徹底的に弱い)


 だが、必ずその強靭さは何かを犠牲にしたものである。

 無から有を作ることはできない。

 そのため、強いところがあれば必ず弱いところがある。

 そして、令という人間はあまりにも強さが目立つ。

 だからこそその強さの分、犠牲となった分野は必ず脆さを持っている。

 そこをつくことが出来れば、少なくとも対抗策にはなるだろう。


(問題は、奴がどちらの人種かというところか……)


 ガイアスの経験上、弱いところを突かれた人間は大きく分けて二通りの反応を示す。


 一つが、そのことに耐え切れず、一切の行動を停止してしまう人間。

 もし令がこちらであれば、対処は簡単だ。


(厄介なのはもう一つの方)


 これの場合、下手に刺激しては状況が悪化してしまう。

 対処出来る可能性は上がるだろうが、下手を打てばどうなるかわからない。


 そしてガイアスは、令は恐らく後者だろうと考えている。




―――そして、最悪の形でその予想は的中することになる。




 地が揺れる。


「うあ!?」


「なにこれっ!?」


 いきなりの轟音にとともに、何か大きなものが崩れ落ちる音がする。

 音の感触からして相当遠くのはずであるのに、その音は不気味なほどはっきりと彼らに耳にまで届いた。


(この音の方角、まさか!?)


 ガイアスは弾かれたように席を立ち、窓から外を見る。

 

そこから、当たっていて欲しくはない光景が見えた。


「あれは……」


アリエルの呆然とした声が聞こえたが、ガイアスにはそれを気にする余裕が無い。


「『四剣』! 装備を整えろ!

 そして一般の将兵には退避命令をだせ!

 絶対にあの場所に近づかせるな!」


「陛下!?」


「父様どういうことですか!?」


 その命令に一部が驚く。

 戦うことが生業の兵士たちに異常に備えるなと言うことが信じられないのか。

 だが、事態を正しく理解している『四剣』は直ぐに装備を整えるために部屋を出ていく。

 説明する暇すら惜しい中、それでも怒鳴りながらもガイアスは説明する。


「あの馬鹿女、龍の逆鱗に触れやがった!

 あいつに対抗出来るのは俺と『四剣』だけ、他の奴らは行っても無駄死にするだけなんだよ!

 お前らも来るんじゃねえぞ、死にたくなければな!」


 そう言って、彼もまた走り出す。




 窓から見えた光景。



 その中で、王都の中心街にある大聖堂が、瓦礫の山と化しつつあった。


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