50話 謁見④ 汝ら、『人』であれ
2ヶ月近く更新できず申し訳ないです…
新年からゴタゴタしていたこともあるんですが、今回の話がとても手間取りました。
しかも何度やってもなんか綺麗にならないんですよね。
今までこの話をずっとやりたかった分、どうもアイデアが出すぎて逆にごちゃごちゃしてしまいまして。
………言い訳です、はい。
それと今回から書き方を変えました(遅え…)
いろいろとご指摘があったんで。
どこが変わったかというと、まあ「…」とか「。」とかです。
これから、と言ってもデルトが終わってからになると想いますが、どんどん修正していこうと思います。
いろいろと書きましたが、楽しんでいただけると嬉しいです。
言葉の意味は分からないものの、何か自分たちにとって良くないことが起ころうとしていることだけは分かるのだろう、周囲のクズどもは不吉な予感に身を震わせた。
「そ、そんな紙切れで何が出来るというのだ?」
しかしすぐに虚勢を張るように強気の言葉を返す。
このような時に弱気になってしまえば、そこにつけ込まれやすいので、この場でのその行動は正しいと言えるだろう。
声が震えてしまっていたが。
「まあ、速い話が他の遠くの場所との会話を可能にする道具と考えてくれればいいかな。
これさえあれば、どこにいようとも家族とのコミュニケーションが取れるという優れものだ」
説明を聞き、便利なものだという感心と驚きに場が包まれた。
だが、何故これの意味するところを正確に理解している者は極めて少ない。
いきなり自分の想像の外にあるものを出されて深いところまで察しろと言うのも無理な話なので、これが正常の反応だろう。
「……無茶をする。
そんなことをして、普通ならばどうなるか分からないほど愚かではあるまいに」
だがこの王は事態を正確に察しているらしく、表情を驚きと困惑に染めていた。
それに対し、少し厳しい言葉を返す。
「ふむ、やはり気づくのだな。
しかしお言葉だが、それを理解していながらも止めようとしないことからお前も同罪のようなものだ。
とやかく言われる筋合いはない」
「……くくっ、違いない」
ガイアスと当人同士しか意味が分からない会話を交わし、互いに苦笑が漏れる。
今の俺とガイアスは、言うなれば共犯者。
お互いの目的のために互いを利用しあっている。
だがそれでもいいだろう、誰も損などしないのだから。
そう、『誰も』。
思考を切り上げ、気を取り直し話を進める。
まずは先ほど取り出した2枚の符の他に、さらに1組の符を取り出す。
「さてさて、ここに見ての通り2組の符がある。
このうちの1組を王に差し上げましょう。
持っているといろいろと便利かもね」
微笑みながらそう告げて、新しく取り出した符をガイアスへ投げる。
符は吸い込まれるかのように王の手元へ届き、ガイアスはそれを興味深そうに弄っている。
「あーあー、とまあ、こんな感じに会話が出来る」
『あーあー、とまあ、こんな感じに会話が出来る』
そして実際に実演してみると、周りが驚きに包まれる。
その様子に軽く悦に浸る。
さて、ここからだ
気を引き締め直し、行動を開始する。
この謁見での最大の目的を果たすのだ。
そのためにまずは解説するとしよう。
「それで俺の持っているこの符は、存在するすべての符のマスター的なものでね。
その権限はいろいろとあるんだが、ここで大事になるのは1つだけだ」
自然と、嗤ってしまう。
「稼働可能な全ての符への、一斉送信」
その言葉に、一部の察しのいい者たちが事態を理解出来たのか、顔色を変える。
クズどもはその中にほとんど含まれていない。
「送信と受信2枚1組のこの符は、普通ならば登録された組の符としか接続が出来ない。
しかしこれだけはその道理から外れ、他のすべての符へと同時に音声を発信できる。
その気になれば一斉受信もできるが、音が混ざってしまうからやらないが。
情報伝達の手段としてこれ以上のものはそう存在しないだろうな。
さて―――」
両手を広げ、大げさに振る舞い視線を集める。
嗤い顔はそのままに。
「俺の作ったこの符、その数合計6組。
そして今ここには2組しか存在しない。
残りは一体どこにあるのだろうか?
このマスターの送信側をうっかり作動状態にしていたから、さっきの話をずっと、垂れ流しているはずなんだが」
ようやく、この場すべてのものが事態を把握した。
―――side ディック(ルッソの街・ネストキーパー)
『俺の作ったこの符、その数合計6組。
そして今ここには2組しか存在しない。
残りは一体どこにあるのだろうか?
このマスターの送信側をうっかり作動状態にしていたから、さっきの話をずっと、垂れ流しているはずなんだが』
「……………空が、青いな」
穏やかな日差し。
その中で雲1つ無い蒼天を仰ぐ。
現実逃避のために。
今の心境を一言で述べたい。
(黒すぎるぞ小僧……)
儂の後ろの4人組も、顔を引き攣らせていることから恐らく同感であることだろう。
昨日の夜、奴の従者らが儂のところを訪ねてきた。
……何故か、男が1人ボロボロの状態で憔悴していたが。
そこで明日の昼間、つまりは今日の昼の予定を開けて要望を聞いて欲しいと言われ、そして今朝に詳しい説明を受けた。
初めは仕事があるので断ろうとしたのだが、報酬に釣られて2つ返事で了承させられた。
頼まれたことは簡単だ。
今この時間、人通りがピークに達する広場で報酬となる連絡符の受信側を起動し、それを広場の真ん中においてくること。
ただそれだけ。
そう、それだけならよかったのだ。
問題は流された内容。
謁見での会話の暴露
良識のある者ならば、耳を疑う。
国の重鎮たちが集い、国にとっての重要機密までが飛び交いかねないその場での会話を、他国の者が居ても全くおかしくなどない場で公開したのだ。
しかし、それを罰することは出来ない。
そもそも、会話を遠くのものに聞かせるなどという場合が、そのような道具が存在していない以上は想定されていない。
故に、罰する法律が存在しない。
話された内容を、後に口外することを禁じる法律ならば存在するものの、この場合は奴らの会話が直接垂れ流しになっている状態だったのだ、口外ではないし、リアルタイムでの暴露である。
法律の隙間を突く、限りなく黒に近いグレーゾーンではあるが、法律上は問題ないと言っていい。
それでもふつうならば常識的に考えてみると、王や一定以上の権力者なら、間諜の嫌疑ありとみて処断できたはずだった。
いくら法律で問題が無かろうと、重要案件が話される謁見での会話を公開するなど許されるはずはない。
普通であれば。
しかし、今回は一応謁見の体裁を取ってはいるものの、実際のところは単なる一人の冒険者の面接のようなものだったのだ。
そのような場で、重要なことが話されるなど絶対にありえない。
何処の馬の骨ともしれぬ者が目の前にいるのにそんなことをする奴は、馬鹿を超越した者だけだ。
(………む?)
うむ、いない。
一瞬、この謁見の場にはたくさんいるかもしれないと思えてしまったが、流石に居ないはずだ、そう信じる。
もしそうならば、この国は終わりだろう。
話を戻す。
つまり、今回の謁見では、重要事項が話されることは絶対に無かった以上、感情的になって罰する必要はあまりない。
国として考えれば、これを許してしまえば悪しき前例を作ったことになり、それ以降に多大なしこりを残す可能性はあったが。
これ以降、あんなことがあったんだからこれをしたっていいではないか、そんなことを言われかねない。
これも、殺されても文句は言えない事項だ。
だがこれも、表だって処分することは不可能だろう。
その理由は、今回話された内容と国の現状による。
漏れてきた内容は、世間話等を抜かせば『貴族の横暴』、これに尽きる。
馬鹿貴族への家名剥奪の署名から始まり、それに対するさらなる馬鹿貴族の馬鹿発言の数々。
平民は、全国民の99%以上を占める。
自分の立場ゆえ周りに貴族が多くいるせいで忘れそうになるが、貴族とはそれほどの少数派なのだ。
それ故、自分が特別などと言う馬鹿な考えに至る者が多いのだが。
今回の会談にて、一部の馬鹿貴族は平民をただの道具としか見ていないことを露呈していた。
しかも、法律を順守しなければならない立場である貴族たちが率先して身内びいきの法律違反を犯そうとした。
誰の耳もないから大丈夫、そのような心の甘えが生んだ、本心の暴露。
法律を破ろうとした者たちが、誰かを処断するなど、片腹痛い。
この場合では、小僧を罰することが出来るのは貴族ではない王族か『四剣』のみだが、彼らが動く気配は聞いた限りはなさそうだ。
そしてもう1つだが、こっちの方が主だろう。
国民の反応。
もともとここ最近の馬鹿貴族の行動には目に余るものがあり、それに対する不満も溜まっていたのだ。
そこに、自分たちを擁護するかのようなことを言う者が現れた。
さて、国民はどう思うか。
間違いなく心情的に、小僧の味方をする。
世論を味方に付けた者に勝つのは容易ではない。
権力を振りかざして強引にことを進めようとしたところで、その先に待つのは数の暴力か、面従腹背の国民か。
法に従い罰すれば国民が敵となるのだから、できるはずもない。
仮にそこまで極端なところまで行かずとも、確実に人々の心境に新たな意識を生み出すだろう。
即ち、国への疑念を。
今のデルトにとって、それはまさに致命的だ。
外に最大の仮想敵国であるベグニスが居る。
さらに、同盟を組んでいる他の4大国も、同盟国とは名ばかりであり決して味方とは言えなく、ただ敵ではない、利害の上での関係にすぎない。
この国が乱れていることを知れば、刃を返しかねない。
デルトが滅んでしまえば、ベグニスとの戦争で前線に立つことのできる戦力が無くなってしまい自国が危機にたつことになるわけだが、逆に言えば滅ぼしさえしなければいいのだ、手助けの名目で国の内政に干渉されてしまえば、最悪デルトは同盟の傀儡となることさえ考えられる。
そんなところに、さらに内の脅威まで加わる。
まさに悪夢。
これが決して夢物語ではないことは、今のまわりの反応から分かる。
広場には、人がごった返している。
初めはそれほどではなかったのだが、人が人を呼び、今では一面人、人、人、見渡す限り人ばかり。
予想もつかない状況への驚き、疑念、困惑、そして静かな、しかしはっきりとした怒気を感じさせる表情で。
話を聞いている内、馬鹿貴族の腐敗具合を聞いている内にこうなっていった。
正直、かなり恐ろしい。
今のこの状況はパンク寸前の風船のようなもので、そこにほんの些細な何かを加えただけで破裂するだろう。
その鍵を握るのは、この符の向こうにいる男。
そう、この場に居すらしていない人間が、遠く離れたこの場を支配しているのだ。
(ここまでヤルか……
お前は一体どこを目指しているのだ、レイよ)
思い出すのは、あの時の奴の言葉。
『俺がこの世界に選択肢を与えてやる!
このまま滅ぶ道と、そして、「今」の歪みきった世界を僅かでも正し、生き残る道を!
この世界に、すべての「人」に、与えてみせる!』
この場、いや、この国でも数少ない奴の本心を一部とはいえ知る者として静かに思う。
こんな下手を打てば国そのものが崩壊してしまう状況を意図的に作りあげて、どういうつもりなのか。
これで本当に、奴の目的は達成されるのか。
そして同時に、あの男の恐ろしさを再確認していた。
一体どうしたらあそこまで人を操れるのだろうか。
今までの会話、ただ額面通りに受け取れば調べものをして知識を的確に使用し、貴族を追い詰めた、ただそれだけなのだろう。
だが、それだけでは説明がつかないことが多々ある。
その筆頭が、貴族を挑発して激昂させていたこと。
無駄にプライドだけ高い底辺貴族、短気な大馬鹿どもとはいえあれだけでは剣を抜くことなど絶対にない。
いくら浅慮であろうと、あんなことをしてどうなるかなど、貴族たちは言われるまでも無く知り尽くしている。
権力に固執するものが、己の地位を手放しかねないことをするはずがない。
と言うことは、その前に言っていた言葉の中にその当人のみが許すことの出来ないタブー、トラウマがあったのだろう。
正直それだけならば儂でも出来る、と言うよりはもっとうまく出来ることだろう、伊達に歳をとってはいないのだ、そうそう若造に負けはせん。
だが、それも今回の事態の場合はある条件が加わるため不可能だった。
時間が足りないのだ。
昨日機会があり、セフィリアと符で会話した時、あの男は今回の獲物であるバカの存在を知ったのは昨日が初めてらしかった。
隠していたということも考えられはするが、そんなことをする利点が何もないので恐らく事実なのだろう。
しかしそうなると、あの男はわずか1日で奴の内面深くまで調べ上げたことになる。
トラウマを抉るには、それだけ相手を深く理解しなくては無理。
1日。
それで何が出来るというのだ。
他の者が数日、あるいは数か月かかって調べ無ければならないことをあの男はその短時間でやってのけた。
これまでの奴の評価は、『頭の回転が凄まじく、他人の心理に恐ろしいほど敏感だが、若い故に交渉に関してはまだ未熟な面もある』と言うものだった。
事実、以前の交渉事では突然の予想外のことを持ち出されてしまった時に状況を覆すことを諦めて力技に頼った。
尤も、あの歳にしてあれだけできれば合格点を大きく超えているし、そもそも自分に対処できないということをすぐさま認めて、状況の打破に動いたのは驚くべきことだ、だからこそ儂は感心し、あの場でどちらが負けなのかで妙な張り合いが起きたのだが。
その評価は少なくとも間違ってはいなかった。
ただ、ある事項が抜けている。
奴は、『自らの手で整えられた場では、無類の強さを発揮する』のだ
今回のがそうであるように。
それまでが大変であるものの、話の流れや自身の誘導により場が出来上がってしまえば、すでに完全に掌の上。
その後ではもはや手が付けられない。
繰り広げられる内容が完全に掌握され、反論や抗弁ですら追い風として利用される。
そして、気が付けば目的が達成されている。
これはもはや、交渉等ではない。
例えるならば、『演劇』。
筋書きが初めから用意された、ただのお芝居。
(怖いな……)
そう、怖い。
意志ある人間を、ただの役者に成り下がらせるその手腕が。
そして、あの男がそれだけのことができるようにした、この『世界』そのものも。
以前にあの男と会話した時も思ったこと。
人は、自らの経験したことからしか学ぶことも知ることもできない。
事柄には必ず、理由が付随する。
ならば、『世界』はあの男に一体どんな『コト』を味あわせたのだろう。
「あの、ディック様」
「む?」
思考に没頭していたところに、背後にいた金の少女の声がした。
そちらに意識を向けると、誰もが羨みそうな秀麗な顔に困ったような表情を浮かべている。
どうしたのだろうか。
「なんだ?」
不思議に思い問いかける。
……なぜか、ひどく嫌な予感がした。
「さっきからあの人、貴方を呼んでますよ。
……実名を挙げて」
「……………………………あまり信じたくない言葉だな」
そしてその予感は当たっていた。
当たっても全く嬉しくなどないが。
『もしもーし。
ディック殿、聞こえてませんか?
聞こえていたら応答願います、ルッソの街・ネストキーパー様』
うん、今まで考え事していて気づかなかったが、今度は確かに聞こえた。
周囲を見渡すと、全員の視線が完全に自分に固定されている。
胆力は人一倍だと自負してはいたが、この視線の量にはさすがに冷や汗が流れる。
(やってくれたな、糞餓鬼)
この場であの男の口から名前を呼ばれる。
これで儂とあの男が無関係だと思ってくれるような都合のいい展開はないだろう。
完全に巻き込まれた、この稀代の役者の『お芝居』に。
ため息を吐きつつ、覚悟を決める。
「では逝ってくるとしようか。
お前たちは目立たないように後ろに下がっていろ」
「普通の『行く』ではないのですね」
金の少年、クルスの言葉に返す。
「間違ってると思うか?」
「「「「いいえ(や)」」」」
どうやら皆、思いは同じらしい。
同情がこれでもかと込められた顔で申し訳なさそうにされた。
「頑張ってくれ、きっとひどいことにはならない…………筈だから」
「とにかくご武運をお祈りします、ディックさん。」
「義兄様はいつも人の想像を超えてきますから、あらゆる覚悟をしておいた方がいいですよ」
「とりあえず、命に関わるような目にだけは合わされないでしょうから、それだけは安心してください」
彼らの反応には、レイへの確かな『信頼』が込められていた。
絶対にろくなことにはならないだろう、というかなり嫌な『信頼』が。
だが、同時に最低限の取り返しがつかなくなるような一線は超えないという思いもそれらの言葉には含まれていた。
それには同感だ、奴は少なくとも、己が認める相手には礼儀を尽くす男だとこれまでの行動でわかっている。
だから、それを信じ、広場の中央に置かれている符の元へと向かう。
そしてそれを拾い上げ、深呼吸を繰り返し、語りかける。
「来たぞレイ。
なんの用だ」
そして返ってきたのは。
『ディック殿。
耳元にこの音声が出ている符を、送信側の符を貴方の口元に当ててください。
視線は目の前に固定、周りに音がもれないように小声でお願いします』
予想に反して、極めて真剣な声音だった。
『…………どうしました?』
あまりの驚きに硬直してしまっていたせいで、訝しげに尋ねられてしまった。
それに正気に返り、言われた通りにし、小声で話しかける。
「い、いや、てっきりまた悪ふざけでもするのかと思ってな。
驚きのあまり硬直してしまった」
『はは、まあ今までが今までですからね。
気を取り直して話させていただきたいのですが、問題ありませんか?』
「わかった、問題無い」
正直にありのまま話すと、苦笑混じりに問いかけられる。
それに肯定を返す。
そして、これまで謁見で使っていた、どこか人を小馬鹿にしたような、それでいてどこまでも精神的に相手を追い詰めるような口調ではない、この男本来のどこまでも強い意志を感じさせる真摯な声音で語りだす。
『まずは謝罪を。
貴方と、貴方の孫娘であるセフィリアさんを危険に晒すようなことをしでかしてしまったことに関して、言葉でどうにかなるとは思いませんが、深く謝罪をさせていただきます』
たかが言葉。
だが、まるで目の前で深々と頭を下げられたほどの誠意と謝意がその言葉に込められていた。
『言い訳になりますが、私は本来であればここまで強硬な策を採るつもりは本来ありませんでした。
ですが貴方に以前伝えた『あの件』に関連し、これでは無理だと判断し、持ち前の自己中心な考えに基づいて行動しました。
恨んでいただいても、罵っていただいても構いません。』
こいつの言うとおり、確かにこれは究極的な自分勝手だろう。
勝手に人の命を左右しかねないことをしたのだから。
そして、普通ならば怒り、罵倒するのが正しい反応。
と言っても、それはこの男が本当に自分のことしか考えていなかった場合の話だが。
「正直な話、怒りはあることはある。
だがそれは、お前が思っているようなことが理由のものではないぞ。
少なくともお前が、我々全体のことを考えてのことだと分かっているからな。
だから理由はあとで聞かせてくれればかまわんし、その時に数回殴らせてくれれば水に流してやる」
この男は違う。
確かに自己中心的ではあるだろう。
だが、奴の『自分のため』は他人にとってはかなり認識が異なる。
以前、奴がオルトバーンの件に関してしでかしたことのように、『誰かのために行動することが自分のため』になるのだ。
そんな男が、なんの考えもなくこのようなことをするわけがない。
故に、儂にとってはこのようなことをしたことは怒る理由にはならず、今のこの腹の底に貯まるような怒りは、別の理由によるものだ。
『これはまた買いかぶられたものですね……
私は貴方たちのためにやっている気は全くないのですが。
まあその拳は甘んじて受けさせていただきますよ』
お互いに少し苦笑する。
「それで、お前は儂に何をやってほしいのだ?」
『話が早くて助かりますね。
貴方にお願いしたいのは一つです』
儂を呼んだということは、話さなければならないことがあるということ。
今までのはただの謝罪であり、無視していいわけではないが、特別重要な訳ではない。
となると何が目的か。
最も簡単でありえるものは、何かやってほしいことがあるということ。
奴がそれを肯定したので、耳を澄ます。
そして聞こえてきたのは、またしても儂の想像を超えたものだった。
『最長で一ヶ月。
その間だけすべての干渉を跳ね返し続けてください』
「何?」
『私がここまでのことをした以上、私の関係者と思しき貴方にはクズどもの様々な妨害がありえます。
そして私はこれからしばらく、ちょっとだけ無茶を重ねようと思ってましてね』
「……それだけか?
別に構わんが……」
それは実質、儂にいつもどおり過ごしてほしいと言っているのと変わらない。
ネストキーパーという役職に就いている以上、周囲の謀略の危険がない訳ではないのだから。
『よっしゃ、言質とった』
だが次の言葉に冷や汗が流れる。
「まて、今の言葉で一気に不安になった。
お前は何をするつもりだ」
『すぐにわかりますよ』
くくくっ、と怪しい笑いが聞こえて来た。
不安で仕方がないがもう遅い。
『では戻ってください。
これから『仕上げ』を始めます』
不安が消えないまま、後ろ髪引かれる思いを感じながら元の位置であるレオンたちがいるところへと戻る。
そして数秒後、符が言葉を発する。
『これの近くにいる国民の皆様。
今までの話を聞いていてくれただろうか』
その言葉に再び符へと注目が集まる。
『聞いていた通りこの国の貴族たちの中にはクズとしか言いようのない人間が紛れ込んでいる。
平民を道具や奴隷としか見ていない『もの』、法を平然と破ろうとする『もの』、様々な『もの』だ』
国民は知っている。
さっきまでの話でそれを痛感させられ、怒りを蓄えたのだ。
そのことを思い出したのか、人々の怒りが再燃していく。
『さて、その上で私は皆様に問いかけよう』
そしてその怒りが。
『貴様らは一体何をやっている?』
この一言に一気に冷める。
誰もが何を言われたのか分からないとでも言うように呆然とする。
それは儂も、レオンたちも同様だった。
今まで散々貴族を馬鹿にするようなことをしていた男のその矛先が、突然自分たちに向けられたのだから。
言葉は続く。
『もう一度聞く。
貴様らは一体何をやっている?
何故、このような形にまで国を貶めた?』
静かで、確かな怒気を込めて。
『お前たちは知っていたはずだ、この国の貴族の現状を。
上の腐敗の数々を。
なのに何故、何もしない?
何故こんな状況を受け入れ、クズどものいうことに唯々諾々と従っている?
それでは貴様らは、そのクズどもの言うとおり、自らを貴族の道具や奴隷だと認めているに等しいというのに』
その言葉を聞き、決して少なくない数が反論する。
そんなことはない、馬鹿にするな、そんな言葉が周囲から次々と上がる。
彼らは言わずにはいられなかったのだろう、当然だ、自分たちが奴隷のようだと言われて黙っている方がおかしい。
『違うというのか?
今までお前たちがしてきたことを振り返ってもそんなことが言えるのか?
『今』を変えるのにどんな努力をしてきたとでもいうのか。
いや、そんな筈はない。
現状がそれを物語っている』
だが、こちらの様子をまるで予知しているかのような小僧の言葉にその口を封じられる。
さっきの口ぶりからして、向こうはいくつもの符に同時発信していてこちらの反応等分からない筈であるが。
『貴族の持つ権力が怖いか?
そんなものは理由にならない、この国の王は民のための法を創った。
貴族とは権力を振るう権利を得る変わりに、より多くの法に縛られる存在。
貴様らが行動を起こせばどうとでもなるはずだった』
静かになっていく。
『そんな法律など知らなかったと言い訳をするか?
そんなものは理由にならない、知識を得るのは人の自由だ。
各居住地にはそういったことを学べる場所が必ず置かれている。
己が現状をどうにかしようという『意志』があればどうとでもなるはずだった』
貴族の横暴に怒りを抱いていた分だけ。
『はっきり言おう』
彼らの心に、その怒りが刃となって跳ね返る。
『この国をこんなものにした最大の原因は―――現状に甘んじ、ただ貴族にいいように使われるだけの奴隷と化していた、貴様ら国民だ』
ただ、黙っていることしかできなくなる。
『貴族が悪くないとは言わない。
だがそもそも、お前たちに意志があればクズどもの発生段階である程度抑えられた筈なのだ。
ゆえに、俺はこの発言を曲げる気はない』
己に『罪』があると、思い込んでしまったために。
そのまま、数秒の沈黙が横たわる。
符から声がしなくなり、一部の反骨精神旺盛な者以外全員が顔をうつむかせているのが分かる。
(……なるほど。
お前が求めていることがようやくわかった)
そんな中で、儂は小僧の意図をようやく察することができた。
同時にこれからの大変さを思い、辟易とさせられたが。
(やはり、ろくなことにはならなかったな)
だが面白い。
全く、よくもまあこんなことを思いつくものだ。
『さて、これまで俺の持論を勝手に話させてもらった訳だが、それらを踏まえた上でもう一つの問に答えてほしい』
そして、再び言葉が紡がれる。
『これでいいのか?』
これまでとは込められた想いが全く違う言葉が。
『このまま、クズどもの奴隷でいることを容認するのか?』
いつか、どこかで聞いたような言葉が。
『今までというのは、所詮は過去だ。
貴方たちはまだやり直せる。
そう、行動することによって』
あの日、レイの『目的』を尋ねたときのことを彷彿とさせる言葉が紡がれる。
『人間が動けるのは、ああすればよかった、こうすればよかったという『過去』ではない。
いつか、やがてという『未来』でもない。
人間が選び、考え、行動できるのは常にただ一つ、『現在』だけだ。
ならば、『現在』動かずいつ動く……!』
これまでとは違う、必死で、ひたむきなその言葉。
そして叫ぶ。
『変えようじゃないか…!、この壊れきった『現在』を!
塗り替えたくはないか…!、これまでのただの奴隷だった『過去』を!
そしてただ望めばいい!』
その言葉が、再び人々の顔を上げさせる。
『ただほんの僅かでも!、『現在』より素晴らしき『未来』を!』
その表情に微かな希望の色を覗かせて。
『それだけで人間は前に進むことができる。
余計なことを考える必要などない。
己の成したいことを目指して進め』
確かな、『意志』を載せて。
『行動による失敗を恐れる必要はない。
道を間違えて、クズどものような『もの』となることを厭う必要もない。
もしそうなりそうになれば、同じ道を選んだ『人』が全力で止めてくれる。
頼り、頼られる存在であれ。
……俺のように他人を頼れない愚かな存在ではなく』
一瞬だけ小僧が見せた『負』に気づくことなく。
『さあ、決断の時だ。
これまでの奴隷としての、『底辺』故の安定か。
それとも『人』としての、『意志』故の騒乱か。
好きな方を選ぶといい』
レイは語る、ただ真摯に。
『他の誰でもない。
己の『意志』で。』
言葉を紡ぐ。
『―――我々は、『人』なのだから』
他の者たちの、『心』へと。
『―――『人』は、変わることができるのだから』
先ほどの暗いものとは違う、しばしの沈黙。
その後で再び言葉が紡がれる。
『しかし、いきなりこんなことを言われても説得力などありはしないだろう』
今更ではあるが、尤もでもある発言。
なんの実績もない人間がこんなことを言っても信用できるものではない。
『故に示そう。
『人』一人が、どれだけのことができるのかを。
貴方たちは、無力ではないことを。
これからの、そして『現在』の行動によって』
だからこそ、レイはこれから無茶をすると言ったのだろう。
己がまず、実演してみるために。
『俺の名はグランド。
この国ではない異国の者であり、最低のGランク冒険者。
そして―――』
自らの手で、人々の常識を変えることによって。
『この国の、『現在』の『在り方』を破壊する者だ』
その言葉を残し、通信は終わりを迎えた。
人々の意識に、大きな変化をもたらして。
ちなみに、sideoutとないのでディック視点は次回持ち越しです。
しかし最後の方、これ一人称だと辛かった……




