44話 生贄
投稿遅れました、申し訳ない!
翌日の昼、予定通り王都「デルトライン」へとたどり着く。
ここから見た限りは全く分からないが、この王都はその名の通り、巨大な三角形の形をしている。
三角にすることで、外壁の門が三角の頂点部にある3つで済み、敵の侵攻を限定する。
さらに例え門を奪われたとしても、その時は侵攻側は両脇を外壁に挟まれていることにより部隊の展開がし辛く、防衛側は敵よりも広く部隊を展開することが出来る。
止めに、四角の時よりも中心部、つまり王城への距離も遠くなるので防衛がしやすくなっている。
これらの利点があり、この王都は建国以来難攻不落を誇っている。
しかしこの利点はあくまで、敵が王国の中枢である王都まで迫ってきたという最悪の事態に対してのみ有効だ。
普段の国民や商人にとっては、はっきり言って邪魔な構造である。
出入り口が少ないので、出入りに無駄に時間がかかるのだ。
もちろん、王都がこのような形となる前にそのことを指摘するものは大勢いた。
それに対して、デルト初代王は会議の場で言った。
『安全を軽視して国が守れるか。』
この一言に誰も何も言えなくなり、そのまま押し切ったらしい。
国を最優先に考える王として、もしもの事態に備えることは大事なこと。
それが分からないほど愚鈍な者は当時居なかったので、反論できなかったのだろう。
何とも『戦士の国』であるデルト王国らしい意見と構造である。
「大きいな。」
「随分と率直な意見だね。
まあ気持ちはよく分かるよ。」
王都の門の1つを見て素直な言葉を述べると、オルハウストが笑みを浮かべながら言う。
門は出来るだけ多くの人や物資を運べるように、かなり大きくなっている。
大雑把な見識だが、大体一辺が20mはある。
恐らく門の少なさを考慮した結果なのだろう。
これではせっかく門の数を減らした意味が無く、本末転倒な気がしたが、よく見たら近くに狭い門があり、それと切り替えが可能になっているようだ。
これならば敵が攻めてきた時に狭い方に切り替え、侵攻を防ぐことが出来る。
門を観察してるとセフィリアさんが話しかけて来た。
「この門を見て呆然するのもよく分かります。
私も初めて来た時はしばらく固まってしまいましたし。」
その言葉を聞き、嗜虐心が首をもたげる。
それに抗わず、意地悪気な笑みを浮かべて言う。
「その後はしゃいでたら親とはぐれて、泣きながら衛兵に保護されたんですよね。
可愛いものですなー。」
「ええ!?
な、何故そのことを!?」
「ディック殿に王都がどういうところか聞いてみたら、嬉々として貴方とここに来た時のことを語ってくれましたので。」
初めはお互いに腹の探り合いをしながらの会話だった。
その中話の切り替えのためにセフィリアさんの話題を出したら、物凄い勢いで引っ掛かった。
入れ食いどころか、水に針をつける前に自分から飛んで食いついてきたという感じだ。
その後、こちらもすっかり毒気を抜かれてしまって黒いことをする気になれず、極普通の歓談になってしまった。
(楽しかったから良かったがな。)
あんな経験、久しぶりだった。
レオンたちが居る時も似たようなことは良くしたが、それは同年代同士のもの。
ディック殿とのような、遠く歳の離れた人との会話は、12歳のころが最後だった。
だからとても楽しかった、含蓄ある人との話は。
「貴方が他の人を自分の親と間違えてしまい、挙句『私のお母さんはもっときれい。』と言って、物凄く気まずい空気が流れたりもしたそうですね。」
「あ、あうう・・・」
こんなことも聞けたし。
「さらに!、物凄く綺麗な人とお世辞にも美形とは言えないカップルを見て―」
「わー!?
もう許してください!
何でも言うこと聞きますから!」
涙目で口を塞いで来た。
楽しんだのでもう止める。
思わぬ収穫もあったことだし。
「その言葉、忘れないでくださいね?」
「うう、分かりました・・・
無理なお願いは止めて下さいね・・・?」
「ええ、そんなことにはならないと思いますよ、多分。」
この約束(かなり強引なものだが)が、いつか役に立つ日が来ないことを祈る。
恐らく、俺が願うことなんて―――
「こんなところで話こむよりも、さっさと中に入った方がいいのではないでしょうか?
後もつかえてるようですし。」
「あ、それもそうだな。」
オルハウストにそう言われて後ろを見ると、大勢の人が迷惑そうにしていたので言葉に従う。
門の前に行き、衛兵にオルハウストが話しかける。
オルハウストの姿を見て、すっかり固まっていたが。
その兵士にオルハウストは、冒険者のカードとは別のカードを取り出して渡す。
「失礼。
カズルエル家当主、オルハウスト・アル・カズルエルです。
王の命による任務を達成し、本日帰還致しました。
門の通過の許可と、城への報告をお願いしたい。
「任務は無事達成、これより城へ赴く」と。」
「はい!?
こ、これはどうも。
おい!、急いで城に使者を出せ!
失礼、お疲れ様です、門を通過してくださって結構です。」
初めは呆気に取られていたものの、予想以上に早く我を取り戻して部下に指示を出す。
戦士の国と言われるだけあって、かなりの練度だ。
「ありがとうございます。
行きましょう皆さん。」
「あ、あの。
そちらのお2人は一体?」
「こちらは私の、ひいては国の客人です。
決して怪しいものではありませんので、気にしなくて結構ですよ。」
「はっ!
了解致しました。」
敬礼した兵士に見送られながら、門をくぐる。
歩きながら会話を交わす。
「やはり有名人なんだな。
あんな末端の人間にまで知られているとは。」
「そりゃあ仮にも『四剣』だからね。
基本的にはあんな扱いだよ。
でも、それもずっと続くと嫌気がする。
だから、君のような存在はとても嬉しいんだ。」
まったくの邪気を感じられない笑みを向けてくる。
その笑みを、とても眩しく思う。
この国は実力主義を謳ってはいるが、はっきり言ってそれがまともに機能してるとは言い難い。
身分の違い故の、訓練の密度の違いも当然あるのだろうが、それにしたって上を貴族が占め過ぎている。
つまり、貴族と平民による確執があるのだろう。
平民が上の地位を占めるのを貴族が嫌うのはよくあることだ。
この辺は後で実際に確かめられそうだから、今は細かい推測は置いておこう。
ここで重要なのは、そのような環境にありながらこの男がそれらにまったく毒されていないことだ。
醜い腹の探り合い、他者への嘲笑、権力への陰謀、それらをこの男は間近で見てきたはずなのに。
それは、一体どれだけ素晴らしいことか。
それが、一体どれだけ尊いことか。
汚いものを見てきたのに、この男は自分を保ち続けて、俺にとって眩しすぎて目を逸らしてしまいそうなことを平然と口にする。
俺は、綺麗事を抜かす奴が嫌いだ。
ただ口先だけものを言い、自分は何もしない、変わらない、それで自分が正しいと思い込んでいる。
うっかり、殺して足蹴にして唾を吐き捨ててしまいそうになる。
だが、それに当てはまらない条件がある。
この世の『負』を知り、それでも意見を曲げない者
自分の意見がどういうものかを正しく理解し、それが夢物語であることを理解し、その上で理想を語る者。
俺の理想の人間像の1つ。
それが今、目の前にあるのだ。
(さしづめ俺は、街灯に引き寄せられた羽虫と言ったところか。)
眩しさに酔い、自分を見失いそうになっている愚か者。
それでいい。
愚かでもいい。
理想の姿を目の当たりにし、理想を持ち続けろ。
―――何時の日か、己の理想、願い、目的を実現するために
「その言葉、ありがたく受け取っておくよ。」
目を細めながらオルハウストを見つめ、言う。
その姿を、目に焼き付ける。
それを糧とするために。
「ところでオルハウスト様。
貴方は城へ報告に行かなくてもよろしいのですか?
先ほどそのようなことを言っておりましたが。」
「あ。」
セフィリアさんがそう言うと、彼が思い出したようにつぶやく。
「そういえば着いたら寄り道せずに来いと言われてたんだった。
うーん、だけどまだ話はしたいし・・・」
頭を両手で押さえ、考え込んでいる。
ところどころでこいつはこんな子供っぽい仕草をする。
(・・・前言撤回。
ここまで純粋すぎるのは行き過ぎだ。)
ちょっと自分の中でオルハウストの評価を下方修正する。
それでも、依然かなり高いのだが。
だが、流石に公私を分ける分別くらいはつくようだ。
「仕方がない、私はこれで失礼しますね。
予定では、謁見は明日の昼となっておりますので、その時にまたお会いしましょう。
それまで、王都「デルトライン」をじっくりお楽しみください。」
多少申し訳なさそうな顔で、軽くおどけながら言う。
そしてここからでも見える、巨大な城へと歩いて行った。
(さて、どうするか。)
とりあえずまずは。
「とりあえず貴方の服とか買っておきますか。
その服はもう汗でべたついてるでしょうし。」
「う、お願いします・・・」
マラソン級の距離を走って、それを1日中着たのだ。
相当汗を吸ってることだろう。
セフィリアさんは顔を赤くして俯いた。
別に俺のせいだから気にしなくていいと思うんだがな。
「あれなんかどうですか?
貴方に似合うと思いますが。」
商店街をセフィリアさんと歩く。
流石王都だけあり、「ルッソ」とは比べものにならない規模だ。
その中で、あるものを見つけ、冗談交じりで言ってみた。
「悪ふざけは止めて下さいね?」
案の定、怒りが籠もった笑みで返された。
だがよく見ると、若干頬が赤くなっている。
「いや、半分は本気だったんですが。
実際に似合うと思いますよ?」
「完っ全にTPOにあってないでしょうが!」
「ですよね。」
俺が指した先にあったのは、ウエディングドレスだった。
この人が着たら、青い髪と白い生地が物凄く合いそうだったんで、似合うという点では本気で言ってみたのだ。
尤も、俺としても「ではそうしましょう」とか言われたら非常に対処に困ったのだが。
しかしこんなことを言ったのにも理由があり。
「ディック殿が貴方の晴れ姿を早く見たいってうるさいんですよね。
だからちょっと着て、その姿を見せてあげれば少しはおとなしくなるんじゃないかと。
毎回あう度に愚痴を聞かされる身にもなってくださいよ。」
「あの人はまたそんなことを・・・!
何故そんなに気にするのよ。」
何故って、そりゃあ。
「いき遅れになりそうだからじゃないですか?」
「はうっ!?」
俺が素直に思ったことを言うと、胸を押えて崩れ落ちた。
今のこの人の年齢は21歳。
この世界では、一般的に20前、遅くとも23歳には結婚するのが普通らしい。
つまり、この人はもう少しで適齢期を過ぎてしまうのである。
「仕方無いじゃないですか・・・
そもそも私にいい人がいないのだってお爺様が妨害をするからで―」
「貴方のお眼鏡に敵うような人間が今まで居たんですか?」
それは完全に言い訳だったので、ちょっと意地の悪いことを言わせてもらった。
確かにそれも要因の1つであるだろうが、あの老人がこの人が本当に好きな人が居たら、本人の幸せを優先させるだろう。
あの人は、セフィリアさんによってくる馬鹿どもを追い払うためにあんなことをしていただけなのだ。
だから俺は、反論を封じる意味を込めてこう言ったのだが。
「・・・・・・」
何か、じっと見られてる。
恥ずかしげな表情とともに
(不味い。
地雷踏んだ。)
失敗した。
この人が恋愛感情に近い感情を俺に抱いてることは理解していた。
だが、それはあくまで「近い」と言うものであり、本格的なものではなかった。
そこに俺はこんな言い方をしてしまった。
人は、指摘されることに弱い。
よく分からないものに出くわした時、人は安心感を得るために人の意見に縋ろうとするのだ。
今のようなもの言いをしたことで、セフィリアさんが抱いている「好意よりの親愛」を、「恋愛」だと誤認させてしまったかもしれない。
この失敗を、どうごまかしたものかと、なんとなく居心地の悪くなった空気の中で考えていると。
「申し訳ありません!
どうかお許しください!」
切羽詰まった叫び声が聞こえた。
その方向を向いてみると、子連れの女性が、鎧を着た騎士風の大男に必死に謝っていた。
それを人々は遠巻きに見ている。
その視線にあるのは、男に対する憤りと、恐怖。
「あの人は・・・オルダイン様?」
「お知り合いですか?」
正直、話を逸らすことが出来たことにホッとしていた。
そんな俺の様子に気付かぬまま、セフィリアさんは言葉を続ける。
「はい。
あの方はサイデンハルト家の長男、オルトバーン様の兄君であるオルダイン様です。」
「なんだか最近、「四家」の人間ばかり見ますね。
一応彼らって、ほんの一握りしかいないはずなのに。」
そんなことを呆れながら言うと、セフィリアさんに苦笑された。
「貴方はどうも、厄介ごとに好かれるようですね。
本来ならば、年に1度会えばいい方の彼らに連続で会うなんて、相当ですよ。」
余計なお世話だと言いたい。
尤も、厄介ごとは大歓迎だが。
「しかし、貴族には「オル」と付く人が多いんですか?
オルトバーン、オルハウスト、挙句にオルダインって。」
「知らなかったんですか?
「オル」というのは「黄金」を表すので、金の髪を持つ貴族の方が良くつけるんです。
ですからそれなりに多いですね、もちろん全員ではありませんが。」
(そうだったのか。
本ではそんなところまでは見てなかったから知らなかった。)
しかしあの男。
「随分嫌われてるようですね。
周りからあんな目で見られるなんて。」
セフィリアさんは、暗い顔をして答えてくれた。
「あの人は、素行が悪いことで有名なんです。
別に汚職とかを行ってるわけでは無いんですが、いえ、むしろその方が性質が悪いかもしれません。
平民によく暴力を振るってるんですが、決して深手を負わせることも無く、そこまで騒げるような内容でもないので、王まで話が伝わらないことが多いんですよ。
ですからお咎め無しになることも多く、皆迷惑してるんです。」
「そりゃまた。
弟さんとは正反対ですね。」
恐らく、弟への劣等感からの八つ当たりなんだろうな。
本人は殴る理由が出来れば何でもいいのだろう。
―――これは、使えるか?
そんなことを考えてたら、オルダインが女性の子供らしき少年に向かって足を振り上げた。
どう見ても蹴ろうとしている。
「グランドさん!?」
背後から呼ぶ声が聞こえるが、無視。
一足で彼女らの元へ割り込み、その蹴りを受け止める。
周りからどよめきが巻き起こる。
「何だお前は?」
不機嫌そうに言ってくるオルダイン。
「何故蹴ろうとした?
いや、そもそも何が原因でお前はそんなに苛立っている?」
「無礼な口を聞くな平民風情が。
まあいい、恐れ多くも教えてやる。
この平民どもが、私に不快な思いをさせたのだ。」
「不快?
俺にはこの2人がそんなことをする人間には見えないがっ!」
掛け声とともに、掴んでいた足を押す。
男は踏鞴を踏んだが、転ぶようなことは無かった。
結構残念。
「貴様!
私はサイデンハルト家の長男だぞ、その私に―」
「話続けろよ。
彼女らが何をしたというのだ?」
何かを喚こうとしたオルダインに言葉をかぶせてやると、怒りを顔に見せる。
それでも一応は説明してきた。
まったく、何の説明にもなっていなかったが。
「笑っていたのだ。」
「は?」
何言ってるんだコイツ?
「笑っていたのだよこいつらは。
私が仕事で嫌な気分になっていたにも関わらず。
底抜けに楽しそうに笑って、私を不快にさせたのだ。
これを罪と言わずしてなんと言う。」
まだこの男は偉そうにべらべらとくっちゃべってたが、俺はそんなことはどうでもいい。
ああ。
今分かった。
この男は、クズだ。
―――ならば、何の躊躇いもいらない
「合格ー!」
俺がそう言うと、周りが一斉に呆気に取られた。
そのまま続ける。
「おめでとうございます!
貴方は見事、明日の「生贄」に選ばれました!
今日はぜひとも、おいしいお食事を摂り、ぐっすりと眠ることをお勧めいたします!
何故なら――」
言葉を切り、表情を作る。
「―――もう2度と、そんなことは味わえなくなるでしょうから。」
そこで俺が作った表情を見て、怒りに顔が歪んでいたクズが一歩引く。
今自分がどんな顔をしているかは分からない。
だが、相当の迫力があるはずだ。
(いやー、良かった。
俺が明日やろうとしてることには、生贄が必要だったんだよな。
それを誰にしようか考えてたんだが、よもやここまであっさりと見つかるとは。)
困惑してるクズに、最後に告げる。
「明日が貴様の落日だ。
精々今のうちに楽しむんだな。」
面白いと思ってくだされば是非評価を




