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魔女の煌めき屋【冬童話2026】  作者: 黒井ここあ


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水の反映(2)

「わあ! 〈きらきら〉がたくさん!」


 魔女の〈煌めき屋〉の裏手、群青(ぐんじょう)色の海が打ち寄せる波際でソフィが嬉しそうに拾い物(ビーチコーミング)をしている。

 風が不思議と冷たくないので、着て来たコートや帽子はアトリエに置いてきた。

 彼女はアトリエにあった籠を勝手に持ち出して、その中へ愛しそうに拾ったものをどんどん投げ込んでいた。

 一方のエイノは水の来ないところに立ちつくし、声をあげてはしゃがない自分と海とを重ねて見ていた。

 音もなくひたひたと寄せては引く波は水色と桃色とが濁らずに交わる空をずっと見上げている。


「ソフィの素材を後からもらうつもりかしら?」


 ふいに少年の背後からおっとりした声が聞こえた。振り返ると魔女がいた。

 彼女は風の来るほうへと指さした。


「それとも、あっちから太陽が顔を出すのを待っていた?」


 リュスラーナの白い指先が水平線をなぞる。

 少年は、彼女の言うとおりだったと気付かされた。

 無意識に、桃色に輝く水平線から恒星が現れることを期待していたようだ。


「正解は後者。僕は子どもっぽいことは苦手だ。それにこれは朝焼けの色だから。普通ならもう陽が昇っていいはずだ」


 エイノは『普通なら』ではなくて『常識的には』と言うべきだったような気がしたが、訂正はしなかった。

 くすくすと魔女が頬笑みながら覗きこんできた。


「まだ、少し感覚が追い付いていないみたいね。ランダメリを『普通』の尺度で測ると、楽しくないわよ」


 リュスラーナの二つの赤い瞳がいたずらっぽくまたたく。


「子どもらしくあるがままを受け止めたらいいのに」


「ご覧の通り、僕は子どもだ」


 悔しいけれどもそれは真実だった。

 生まれて十二年の肉体が頭脳の成長よりも遅れている自覚は大きく、それゆえに歯がゆさを覚えることもしばしば。

 十二歳は大人の入口という恩師の言葉が呪わしく思えることもある。


「口で言うほど認めているとは思えないわね」


 やれやれと魔女に息をつかれたのも癪に触る。


「ルー! 見てー!」


 ソフィがやってきた。

 砂に足を取られバランスを崩しながら走るけれども彼女の柔らかい頬は嬉しそうに持ち上がっている。


「これ! こんなにあったよ!」


 金髪の少女は籠の中から曇りガラスのかけらを取り出して見せびらかした。

 それは角を持たない透明な石のようだった。


「シーグラス。エイノ君も馬鹿にしないで見てみてよ。綺麗だよ」


「どれ」


 エイノは興味をそそられて一つ籠から拝借した。

 指でつまんだそれは宝石のように透明な色彩を宿していて、それでいてうっすらと表面が曇っている。

 透明だけれど頑なに色だけを見せるそのさまは世界を映すことを拒んでいるようにも見える。


「……本当だ。綺麗だなぁ……」


 エイノの称賛に胸を張るソフィは得意げに魔女を見上げた。


「ほら。すごいでしょ、ルー。見せるほうがちゃんと伝わるんだよ」


「ソフィには負けたわ」


 女性たちが笑いあうのがどうにも理解できなくてエイノは首をかしげたが、まんざらでもない気分だった。


「これが、あなたの言う〈きらきら〉なのか?」


 少年が手のひらのシーグラスを差し出す。


「いいえ」


 魔女は首を振った。だが表情は明るいものだった。

 釈然としない少年の隣で少女が戦利品の品定めをしている。


「うふふ。これとか綺麗だなぁ。ビリエルさんの目の色に似てる」


 うっとりと濃紺のシーグラスを光に透かすソフィに魔女は目を細める。


「そう。それでランプをもう一つ買いに来てくれたのね」

 リュスラーナは訳知り顔で言った。


「うん。そうなの。内緒でね、冬至祭(ヨウル)のプレゼントしようと思って」


〈ヨウル〉という言葉を、エイノは聞き逃さなかった。ソフィも同じ目的だったのか。


「素敵ね。彼にはどんなランプがいいかしらね」


「カレ! やだなっ! そんなんじゃないよぉー!」


 魔女が照れるソフィを見て満足そうにしている。

 エイノにはちょっとわかりかねるところだった。


「海も、きらきらしているけれど……」


 少年はランダメリの色彩の中に己の〈きらきら〉を探してみてもよいと思った。

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