リュオス(2)
常昼の国リュオスへと歩き続けてきたフェオドットが見つけたものは、何とも懐かしくそして見慣れた景色だった。
潮と緑の香りが実にすがすがしいけれど、なぜだかウミネコの声がしない。
「ロフケシア……? どうして?」
緑に覆われた丘の上に鎮座する聖なる図書館に市街の中心にある平たい王宮。
そしてそびえたつ大聖堂の尖り具合も彼がよく知る故郷、ロフケシア王国そのものだった。
頭の真上で太陽が光り輝き、緑と花々、そして人々が喜ぶ鮮やかな夏だ。
しかしフェオドットが〈煌めき屋〉へと向けて出発したのは秋口のことだった。
「どうしてもこうしてもない。ここがリュオスだぞ」
ランタンのルドゥーシュカが嬉しそうに言う。
「それにしてもちゃんと夏至の前にたどり着けたんだな! やるじゃないか!」
「はぁ……?」
青年は状況が全く飲み込めなくて眉をひそめた。
けれど、図らずも故郷に戻ってこられてどこか安心する気持ちもあった。
それよりも懸念のほうが大きかったけれども。
「ね、ね! とりあえず、日付、確認してよ!」
ルドゥーシュカが急きたてるのを聞いてフェオドットも思い出した。
「そうか。『リュオスで一日中乾かしてあげる』っていうのはロフケシアの夏至の日、落ちない太陽で乾かすってことなのか」
なるほどと理解をしても日付を知るのは難しく思えた。
夏至ということは世間は夏休みで店もほとんど閉まっている。
自宅へ寄ってカレンダーを見ても特定の日付はわかりかねる。
「でも……」
親しんだマーケット通りを歩けばどの玄関にもシラカバやポプラの枝葉が飾られている。
ひと気の無い店内を窓の外から覗けばスズランが、ナナカマドが、そしてライラックが小さな花瓶に活かされている。
フェオドットは生粋のロフケシア人だったので夏至の合図をよく知っていた。
「〈ユハンヌス〉だ……!」
夏至祭――〈ユハンヌス〉の支度がすっかり終わっているのを見て、フェオドットが喜びに声を漏らした。
人がいないのも納得できる。
なぜなら湖の傍へ組まれた巨大な焚き火を見に集まっているに違いないからだ。
小さな小屋以上の背丈を持ち、一日中燃やされる盛大な焚き火だ。
濁りのない青空の下でフェオドットは気付いた。
「ルドゥーシュカ。あの焚き火―コッコって、知ってるか? 大きな櫓を組んで、一日中燃やし続けるんだぞ。もしかして炎の精霊が燃やしているのかもな」
青年が自分の想像にくすりとすると、炎の娘も真っ青な瞳でほほ笑んだ。
「するどいな。そうだ。人の手だけであんなに燃やし続けられっこないだろ?」
フェオドットが驚いて直視した少女はランタンの中で窮屈そうに膝を折っていた。
あれ、もっと小さくなかったか?
違和感にまばたく青年にルドゥーシュカが頷いた。
「今年、コッコの当番はボクなんだな。旅に出された理由がようやくわかったよ」
***
不思議なことは重なるものだ。
そう、フェオドットは思った。
〈ユハンヌス〉の焚き火が行われる小島に辿り着いた彼らを迎えたのは物言わぬ人々だった。
ある者は火種を手に、ある者は恋人と寄り添っている。
パン屋の主人、武器職人の親父など、フェオドットの知る顔もある。
しかしその全員が夏の色どりの世界で時間を止めていた。
「これは……?」
絶望に似た悲しさの中で膝をついたフェオドットを、励ます声があった。
「この人たちは普通に生活しているよ。ただ、ボクたちが時間の隙間からこの人たちを見ているんだ」
ルドゥーシュカだ。
「ボクたちは、ランダメリから遡ってここまできた。この時間の外にいるんだよ」
「じゃあ俺は元きた時間には、冬の初めのロフケシアには帰れないのか?」
「そんなこと言ってない。おまえがいたミュルクルにはちゃんと戻れる。約束する。一日待つんだ、フェオドット」
彼女は強気にほほ笑んだ。
「ボクがすっかり焼けてしまうのを」
ルドゥーシュカはそう言って、男の持つ松明の中に飛び込んで行った。
唖然とするフェオドットの手前で、人々が活気を取り戻した。
時間が動き始めたのだ。
「つけるぞ!」
松明を持つ男たちが、一斉に松明をくべる。
「待ってくれ!」
青年が絞り出した声は、夏の焚き火を喜ぶ歓声にかき消されて届かなかった。
そして巨大な焚き火が燃えあがり、青と緑の世界に鮮やかな赤を描いた。




