97 魔力の封印
騎士としての実力を見せつけたエサイアス様にカシュール君は震えながら俯いている。
「英雄エサイアス様、私たちはどうなっても構いません。どうか我が息子カシュールの命だけは、命だけは……」
子爵と夫人はひれ伏してエサイアス様に許しを請う。
その様子を見たカシュールは初めて自分の仕出かしたことの大きさを認識できたようだ。先ほどとは打って変わり、涙を堪え震えながら謝罪を口にする。
「ごめんなさい、俺が無知だったから。父と母は関係がありません。全て俺が生意気でやったから。どうか俺の命でご勘弁下さい」
ざわざわと住人たちが騒いでいる。彼は震えながら跪き、首をエサイアスに差し出した。エサイアスはカシュールの首元に剣を置いてから勢いよく振り上げた。
「エサイアス様、待って下さい」
私はエサイアス様を止めた。
「本来なら許される事ではありません。ですが、彼はまだ子供です。魔法使いの意味を知らずに魔法を使っている。本来なら親である子爵たちがカシュール君を諫めなければならない立場です。
彼に罪がないとは言えませんが、成人していないわ。それに彼は自分のしたことを自覚している様子。私から彼に魔法が使えないように施します。今回ばかりは許してあげて欲しいのです」
私の言葉にエサイアスも隊長たちやヒェル子爵夫婦も視線を向けた。
「魔法を封じる……?」
シャロー隊長が疑問を口にした。確かに今まで他に魔法使いが存在していないから封じるという発想は無かったのだろう。
獣人の世界では平和だが、稀に凶悪な者もいる。その刑罰の一つとして魔法を封じるものや剥奪するものがある。
魔力を持つ人間にようやく出会えたのにまさか魔力を封印することになるとは思っていなかった。
因みに、魔力の封印はグレードがあり、数日、数か月、数年、永久に封印する方法がある。永久封印するには相応の魔力が必要だ。また永久封印を解除するにも相応の魔力が必要になる。
封印された魔力は身体を駆け巡り、暴れ始める。身体を傷つけるわけではないが、不快感や痛みを伴う。魔力の量が多ければ多いほどだ。
彼はまだ子供だ。
今まで好きに魔法を使ってきたから魔法が使えないという感覚や身体中に魔力の暴走を感じる必要があると思う。
私もローニャも両親に怒られて数日魔力を封印されたことがある。たかだか数日なのだが、魔力を持つ当たり前の感覚がなくなるのだ。身体中に動き続ける魔力。
私は懲りたわ。
これはローニャも同じ。
ほとんどの獣人が幼い頃に一度は通る道だろう。
「この国の王女であるナーニョ様がそう判断したのだ。死罪はナーニョ様に免じるが、魔力の封印を行う。子爵、よいな」
「もちろんです。息子の命を救っていただき感謝しかありません」
「では始めます。カシュール、こちらに来なさい」
私の言葉に震えながら彼は目の前に立った。
私は全ての指輪を外して腕輪から魔力を指先に流す。人差し指と中指で受けた魔力をカシュールの額に乗せて魔法円を描く。
魔法円は淡い緑色を浮かばせた後、何も無かったように跡形もなく消えていった。
カシュールには数か月程度の封印を施した。
数か月程度であればいつでも解除可能だ。私は反省を促すためにその期間にした。
「これで終わりました。子爵、夫人、彼はまだ子供です。将来子爵になるのであればしっかりと育て下さい」
「「承知いたしました」」
こうして一連の騒動は収束した。
私たちが街をテリトリーにしている魔獣を退治したことで住人たちは安堵し、街へ戻り自宅がどうなっているのか確認する人もいるようだ。
私たちはというと、柵で囲まれた村では騎士たちが寝泊まりできる広さが確保できないため、ノーヨゥルの街に戻って広場でテントを張ることになった。
残念ながらノーヨゥルの街の駐屯所は使えそうになかった。
「エサイアス様、この街ではどうする予定なのですか?」
「先ほど子爵たちの話し合いの結果、ここを拠点にして街道を中心に魔獣の討伐を行っていくことになった。子爵の話では街の外ではそれほど大きな魔獣はいないらしい。
数日巡視をした後、次の街に出るかの話をしていたのだが、カシュールのこともある。話を聞けばここの街の人たちは多少なりとも魔力を持っている。国はこの街を最重要都市として位置づけるだろう。
魔力持ちの人間の選別、近隣の村や街の調査を視野に入れて巡視を行うことになる。滞在期間は長くなると思う」
「そうですよね。私はいつものように巡視をした後、村人たちの治療をしながら魔力を持ち、尚且つ魔法を問題なく使えそうな人たちを見つけることですよね」
「そうなる。報告書を送って陛下たちからの指示を仰ぐことになるだろう」
エサイアス様と話をした後、私は少し早いけれどテントの中に入ってローニャに伝言魔法を送った。
すぐにローニャから返事が来たわ。ローニャも凄く興奮していることが伝わってくる。
マートス長官に報告しなくっちゃと言って伝言魔法が返ってこなくなった。
今頃王宮の方では大騒ぎなのだと思う。
とても凄いことだもの。




