94 呪いの正体
「右前方から来るぞ! 皆、注意を怠るな!」
エサイアス様の言葉に皆が注意を向けた。
建物の影から出てきたのは黒い山のような物体。高さ三メートルは超えるだろうか。ゆっくりとこちらに向かって移動している。
そしてよく見ると、黒い山のような物体から人の手や足が突き刺さっているようにも見える。頭もだ。
人間の頭から奇声が発せられているようだ。
「おい、何だあれは? 人間が取り込まれているのか?」
見たこともない物体にどうすれば良いか分からず、動けないでいる。
「アケテェ、アケテェ。オカァサーーーン。ケケケ……」
小さな子供の顔からは母を呼ぶ声が聞こえる。正体不明の物体は私たちの前までくると人間の足や手が動き出し、私たちを攻撃し始めた。
だが、結界を纏っていたためにドン、ドンッと弾かれる。緩く張った結界はヒビが入りはじめている。
「総員攻撃準備!」
パリンッと結界が割れた瞬間に騎士たちは飛び出し、謎の物体に斬りかかった。だが、どうだろう。
人間の手足の部分は切り落とすことができたが、黒い部分に剣が刺さると抜けないようだ。
「黒い物体に触れるな! 距離を取れ!」
エサイアスは自身の剣が飲み込まれるのを確認した後、手を離し、騎士に命令する。
私は素早く攻撃魔法の指輪に切り替えて魔法を唱えた。
『マズーロ!』何本もの火の矢は敵に刺さっていく。
グォォォォと唸るような音を立てながら動いている。
「イタイヨォォ! オカァサーーーン! ヤメテェェ」
様々な声が聞こえてくるが先ほどとは違い、攻撃を嫌がっているようだ。
「エサイアス様、魔法が効いているようです」
「ナーニョ様、魔法を!」
私は火魔法の『マーヴァ!』と唱えた。
謎の山のような物体を地面から円を描くように取り囲み、火の柱となって中心部に向かっていく。
「左前方からもう二体やってきます!」
松明のおかげで何とか目視ができた。もう一体もマーヴァを唱え、焼いていく。
……三体目が間に合わない。
騎士たちはあちこちに用意された松明を取り、二体目に向かって松明をぶつけ始めた。
謎の物体は松明の火も嫌がっている。火に弱いようだ。
「お待たせしました。避けて下さい!」
二体目の魔法を終えた後、三体目に魔法を唱えた。
ゴォォと音を立てて謎の物体を焼いていく。先ほどまで激しかった人間の声も途絶えた。
三体が燃え、ようやく落ち着きを取り戻したように思える。
「他にいないのでしょうか?」
「……分からない。だが、この三体は魔獣のようだ。見てくれ、崩れ落ちたこの部分に魔獣から取れる玉が出てきた」
エサイアスは靴で蹴り飛ばしながら玉を取った。
「とにかく一旦騎士たちの元に戻ろう」
私たちは周囲に警戒をしながら他の騎士たちが待つ場所に戻った。
「第二班、敵と遭遇。魔獣三体討伐を行ってきた」
エサイアス様の報告でどよめきが起こった。
「お化けじゃなかったのか。良かった! 俺、怖かったんだよな!」
一人の騎士がそう言うと、周りでうなずく姿が見えた。
「第二班の討伐した状況の情報を共有する。各隊長はこの後、集まってくれ。他騎士たちは周りを警戒しながら待機だ」
エサイアス様の命令で隊長たちは集まってくる。先ほど討伐した魔獣の特徴や火に弱いことや、エサイアス様の剣が取り込まれてしまい抜けなくなったことなど細かく情報共有がされていった。
残念ながらエサイアス様の剣は最後まで魔獣から抜けることはなく、私の魔法で一緒に燃やされてしまった。
剣自体は燃えないのだが、柄などが燃えて使えなくなってしまった。予備の剣を持っているのでそれを使うと言っていたが、大事にしていた剣が使えなくなってしまったので、がっかりはしているはずだ。
私はこっそりロキアさんに手紙を書いて新しい剣を用意してもらおうと思った。
隊長たちはすぐに各班に戻り、騎士たち全てに情報が共有される。
その後、第三班、第四班と村の巡回を行ったが、この日はそれ以上魔獣が出てくることはなかった。
翌日、村人に昨日の出来事を伝えると、恐る恐る住人たちは家から出て魔獣を確認している。そして焼かれた人の一部を見て涙する者もいた。
やはりうめき声を上げていたのは取り込まれていた村民だった。
今まで呪いだと思っていたが、魔獣だったことを知り、住人たちは暗い表情ながらも落ち着きを取り戻しているようだ。
念のために騎士団はこの村に一週間ほど滞在することになった。
初日に三体討伐したが、翌日にも二体、さらにその次の日にも一体現れて騎士たちは魔獣を討伐した。
それ以降は魔獣が出ることはなく、住人たちも昼間から外へ出て畑仕事ができるようになった。
村長はもう少し滞在してほしいと言っていたが、他の街の状況も考えて発つことになった。
そして村長にノーヨゥルの街の話を聞くことができた。
ノーヨゥルの街も魔獣が多く出没するらしく、『今はどうなっているのか分からない、だが、あの街は魔法使いの子孫が住んでいるためなんとかなっているのではないか』と言っていた。
王都には聞こえてこなかった魔法使いの子孫の話。
どうやら村長はノーヨゥルの街を治める領主と親戚らしく、自慢のネタという感じで話をしているようだった。
私は驚きつつも確認するように村長にヒエロスを掛けてみた。
……本当だった。
僅かながらに村長に魔力があった。
詳しく聞こうとしたが、村長自身も自分が本当に魔法使いの子孫だったと思っていなかったらしく、魔力があることにとても興奮していた。
ただ、魔力は持っているが、魔法が使える程の量はない。その話をしてみたけれど、村長は魔法使いの子孫だということが知れただけでも嬉しいと言っていた。
魔法使いの子孫と言われる者は多いらしい。ただ、街が現在どうなっているのか分からない、気を付けて下さいねと村長から心配されながら私たちはノーヨゥルの街に向かった。
ここに来て魔法使いの子孫が繁栄していたことを知り、希望が湧いてきた。
馬車に戻ってすぐ、父に村であったことの報告書を書いて魔法使いについての一報を書き加えて送っておいた。




