85 高価な装飾品
「ナーニョ様、ようこそお越しくださいました」
店主はにこやかに話し掛けてきた。
「珍しい物とかありますか?」
「ありますよ!」
何気なく聞いてみると、店主が手元の箱から装飾品を取り出してきた。
「これは魔獣の骨を削って作った腕輪なんです。すごいでしょう? この腕輪を作るほどの太い骨は滅多にないんですよ。それにこの腕輪に付けた玉もアクセントになっていて素晴らしいできではありませんか?」
「……素晴らしい細工ですね。職人の高い技術力にため息が出そうです」
目の前に差し出された腕輪は骨を削り、細部にまでこだわった模様が彫り上げられている。中央には魔獣から採れた小さな赤い玉があしらわれており、芸術品と言ってもいいような一品だった。
……欲しい。
初めてそう思った。でもこれだけ素晴らしい品ならきっと値が張るだろう。
「……おいくらですか?」
ドキドキしながら値段を聞くとやはり素晴らしい値段だった。高い。私やローニャが半年働いてようやく稼げる金額だ。
「どうしよう、お金を持っていないわ。でも、欲しい」
すると一緒にいた護衛が口を開いた。
「ナーニョ様、陛下から王女としての品格を保つための費用はほぼ使われていないはずです。そこから捻出すればよいではないでしょうか?」
「そこから使ってもいいのですか? でも使ってしまったら足りなくなるのではないでしょうか?」
「そのくらい大丈夫ですよ。高位貴族のドレス二着程度ですから。ケイルート殿下から『あと十着は作れ』といつも言われていましたよね?」
「……そうね。確かに兄様は言っていたわ。分かった。買うわ! おじさん、その腕輪買います! もう一つ同じのはありますか?」
「残念だが、これは一品限りの代物なんだ。少し値段は落ちるが、こっちの金具が付いている物ならあと三つあるよ」
別の箱から出された腕輪は一つひとつの模様は違うが透かし彫りが施されていてどれも素晴らしかった。骨の大きさが足りないため金も使われているようだが、これはこれで素晴らしい。
ローニャにはこれで我慢してもらおう。
「ローニャにも買いたい。いいですか?」
「もちろん、大丈夫です。お二人の予算は潤沢にありますから」
「おじさん、これとこれ下さい」
「あいよ!」
おじさんはホクホク顔で木箱に腕輪をしまい、手渡してくれた。
「大事にしますね」
私は大事そうに箱をリュックに入れて歩き出す。
「ナーニョ様が装飾品をお買いになるのは珍しいですね」
「興味はありますが、ほらっ、指輪のこともあるからあまり装飾品は付けられないんですよね。これなら大丈夫そうかなって。それにとても綺麗だったから」
騎士たちは納得したように頷いている。
そして魔獣専門店の肉を扱っている『ポイズリーの店』にやってきた。ここは魔獣肉を料理している変わった店だ。
魔獣の肉はとても癖が強く、そのままでは食べにくいらしい。ただ、癖になる人も一定数いるようで混むことはないけれど、客は途切れないようだ。
「いらっしゃい」
店内に入ると店主の声が聞こえてきた。カウンターテーブルに椅子が十個あるだけの小さな店だ。
このあいだの食堂とは違い、独特な雰囲気がある。
メニューは壁に張り出されているものだけだそうだ。ガポン肉のステーキ、ガポンスープ、レレンの煮込み、レンカのサラダ。
「ナーニョ様、何を食べますか?」
騎士たちは席に座り、メニューを見ている。
「レレンの煮込みをいただくわ」
店主は軽く頷くとすぐに準備に取り掛かった。
「独特な肉の香りですね。これははっきり好き嫌いが分かれそうだ」
「そうね。私はまだ大丈夫、かな? ガポンってどんな魔獣ですか?」
私たちは魔獣と一口に言っているが、魔獣に固有の名前はない。
異次元の空間から落ちてくる魔獣は多種多様であまり意味がないからだ。ただ大まかに蛇種、猪種、熊種などの系統に分類している。
この街周辺に出た魔獣は同じ種類が数多く出てきたのだ。そのため名前が付いたのかもしれない。
「今日騎士たちが倒した膝くらいの高さの魔獣じゃないですか?」
私たちは雑談をしながら料理が出てくるのを待った。カウンター越しに店主が私たちの会話に入ってきた。
「今日のガポンは騎士団が一番狩った魔獣だ。レレンは人間ほどの大きさの魔獣であまり数はいないんだ」
「このレンカっていうのは?」
「レンカは鳥型の魔獣で罠を使って捕まえるんだ。どの肉も癖は強いが食べた翌朝は元気いっぱいだぞ」
「滋養強壮にいいのか。明日起きるのが楽しみだな」
そうして話をしている間に料理は完成し、テーブルに置かれた魔獣料理に目は釘付けだ。
ガポンの肉を頼んだ騎士たちは独特な香りのする大きな肉の塊に嬉しさと不安が混じったように笑っている。
私の頼んだレレンの煮込みは香草が効いていて匂いは気にならない。どの料理にもロティが付いていたので私たちはロティと一緒に料理を味わうことにした。
レレンの煮込みを口にした途端、私の全身の毛が一気に逆立った。




