77 病に倒れた騎士達
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「治療していただきありがとうございます。なんとお礼を言っていいのやら……」
「お礼なんて構いません。病気自体は治っていないのです。ただ痛みを抑えただけですから。数日は安静にしてください」
「わかりました」
「あの、この街の井戸の場所を教えてもらってもいいですか?」
「お姉ちゃんが魔法で水をキラキラにしてたんだよ!」
「井戸、ですか」
「私は今、王宮騎士団の巡視に同行していて井戸の浄化と作物が育つように魔法をかけているのです」
「そうだったんですね。この街の井戸は全部で六か所あって、家から近いのが中央広場の井戸。残りの五か所は街を取り囲むように井戸が設置されています」
「そうなんですね。行ってみます」
「お姉ちゃん! 僕が案内するよ!」
「ありがとう」
男の子は『ついてきて』と、勢いよく部屋を飛び出した。私は男の子と話をしながら井戸に向かった。五か所の井戸は三時間ほどで回りきることができた。
これも男の子のおかげだ。
私一人では道がわからず、丸一日はかかっただろう。
「疲れたでしょう? 今日はありがとうね」
男の子に魔法を掛けてあげる。
「お姉ちゃん、井戸を綺麗にしてくれてありがとう! じゃあ僕帰るね」
男の子は母親が気になるようで走っていった。私も早く駐屯所に戻らないと皆が心配しているわ。
そう思って駐屯所に戻ってみるとびっくりした。
朝まで元気そうにしていた多くの騎士たちも熱を上げてしまったようだ。
エサイアス様も昼過ぎから熱が出て今は部屋で休んでいるという。
薬が全然足りない。
私は急いでローニャに連絡を取った。
『ローニャ! 今の時間にごめんね』
『どうしたの?』
『私が井戸を浄化して回っている間にみんなが、病気になったみたいなの。薬が全然足りなくて……』
『エサイアス様も? 分かった。すぐにザイオン先生に薬を準備してもらうように言ってくる。少し待っていてね』
『ありがとう』
私は食堂で食べやすいように野菜をすりおろしたスープを作り、各部屋に届けて回る。どの騎士も熱で辛そうだ。
駐屯所の騎士たちが寝泊りする部屋は一部屋に六人のベッドが置かれていてあとは何もない。
ターロー(水質改善)の指輪を使い、騎士たちが飲む全ての水を浄化する。
騎士たちは体力があるのでまだ重傷者は出ていないようだが、騎士の半分は病に罹ったようだ。感染力はかなり強い。
動ける騎士は食事や配膳の手伝いをしてくれる。
エサイアス様も病に罹ってしまった。私は食事を持っていくためだと理由を付けてエサイアス様の部屋に入った。
「エサイアス様、スープを持って来ました」
「ん? あぁ、そこに置いていて欲しい」
エサイアス様は熱と咳をしていてとても辛そうに見える。私は彼の額に当てている濡れた布を水につけて絞り、また額に乗せる。そしてヒエロスを唱えた。
「ありがとう、ナーニョ様」
「私にできるのはこれくらいですから。薬が届いたらまたお持ちしますね」
私は部屋に戻り、自分の食事を摂った。一人になると襲ってくる不安。私の魔法では治せない。
私はやはり何の役にも立っていないのではないだろうか。
このまま騎士たちが、エサイアス様が死んでしまったらどうしよう。
不安で今にも泣きだしたくなる。
でも、ここで泣いていてもだめだって理解もしている。
私が動かないと。
溜息ばかりが口を突いて出る。
『お姉ちゃん、お待たせ! 今送るからね』
『ローニャ、ありがとう!』
そうしていくつもの小包の山が届いた。
その中には騎士たちへの定期便もあった。送られてきた手紙はきっと病で不安になっている彼らの支えになってくれるだろう。
そしてローニャから届いた私宛の紙袋の中身を見ると、その中には王都でよく食べていた果物と一つの指輪が入っていた。
『ローニャ、この指輪は? トエモノストロ? 見たことがないわ』
『聞いて! これはね、私と第一研究室、第二研究室の人たちで作ったこの世界で生まれた指輪なの! 魔法の効果は病原菌死滅。範囲魔法なんだよ!!!』
病原菌死滅!?
なんだか恐ろしい言葉が聞こえた。
でも、これは皆を救うことができるかもしれない唯一の指輪だろう。
『この魔法はね、とーっても扱いが難しいの。多分お姉ちゃんしか扱えない。この指輪を使って皆を治してあげてほしい』
『ありがとう。ローニャ、かなり無理をしたんじゃない? ローニャもゆっくり休んでね。指輪の効果は明日報告するわ』
『はぁーい』
私はローニャと話を終え、新しい指輪をジッと観察する。詠唱部分の文字が細かく刻まれていてとても長い。分厚い指輪だ。
この日はさすがに夜も遅くなっていたので明日の朝に魔法を掛けることにした。
エサイアス様は大丈夫だろうか。
とても心配で仕方がない。




