75 ノダンの街へ
「エサイアス様、本日もありがとうございました。私、食いしん坊ですね。休みの日いつも美味しい食べ物のある食堂にいってしまうんですもの」
「ナーニョ様と一緒に食事すると、日頃の疲れも飛ぶ。食いしん坊のナーニョ様も可愛い。また一緒に食事へいこう」
「ふふっ。嬉しいです。今日はありがとうございました。ではまた明日」
私は護衛と共に部屋に戻り、湯浴みをする。その間に修道女は気を使って果実水と軽食を運んできてくれたようだ。
夜になり、私はいつものようにローニャと連絡を取った。
『ローニャ、今日は大丈夫だった』
『うーん、多分大丈夫、かな?』
いつもより元気のない様子のローニャ。やはり心配だ。
『昨日もそうだったけれど、最近何かあったの?』
『うん、あのね。最近、グレイス妃が地味に嫌がらせをしてくるんだよね。この間なんか“お茶会に呼んであげたのにその下品な服は何だ”って馬鹿にしてくるの。だって研究所で研究している最中に無理やり呼び出されたんだから仕方がないんだよ? なんなのアイツ!』
最初は落ち込んでいるような話ぶりだったけれど、話をしていくうちにローニャはだんだんと自信を取り戻し、次第にグレイス様に怒る元気を取り戻しているようだった。
『辛かったらもっと周りに言うのよ? 私たちは一応王女ではあるけれど、お茶会なんて参加する義務はないのだから行かなくてもいいんじゃない?』
『そうだよねー。こっちは仕事してるんだもん。無視していいよねー』
私はローニャの話を聞きながらマートス長官に手紙を書いた。グレイス妃からローニャへの急な命令が困っていると。
本来なら王女である私たちをグレイス妃は命令する立場では思うのだけれど、そこは間に誰かが入って「命令だ」とローニャに伝えているのかもしれない。
ローニャも気づいているはずよね。
『じゃぁ、そろそろ寝るね。また明日ね』
『おやすみなさい、ローニャ』
ローニャと話を終えた後、マートス長官へ手紙を送る。これで研究所にいる間はグレイス妃からの急な呼び出しは無くなるだろう。
気を遣わせるけれど母にも手紙を出しておく。
グレイス妃の態度が目に余るようなら諫めて欲しいとやんわり書いた。父や母に心配をかけたくないし、告げ口をしたと言われるのも気分が悪い。
けれど、大事な妹が嫌な思いをするのは許せない。遠く離れた私にできることはそれくらいしかない。
少しでも嫌がらせが止むのを祈るばかりだ。
翌朝からの三日間も順調に魔獣を討伐し、私は畑と井戸にも魔法を掛け終わった。
特に問題なく過ごすことができたと思う、私は。
エサイアス様はというと、連日街長の娘に突撃されうんざりしているようだった。
街長もあわよくば娘のどちらかがエサイアス様と、なんて思っていたのかもしれない。だが、最後までエサイアス様は令嬢たちと会話をしなかった。
心のどこかでエサイアス様がどんな美しい女性より私を優先してくれていたらなって思ってしまう。
「では次の街に向かう。街長、世話になった。では出立!」
街長は愛想笑いを浮かべ、娘たちは不満顔で私たちは見送られて街を後にする。
この街の印象があまり良くなかったのは残念で仕方がない。
気を取り直すように私たちは街道をゆっくりと進みながら次の街へ向かう。
所々休憩しながら峠も越えて野宿をし、街に向かった。ゆっくりと魔獣を討伐しながら進んでいて気になることがある。
数は少ないが今までは時折行商や他の街を行き来する馬車にあうのだけれど、馬車の往来が全くない。
サイカの街では何かあったと聞いていないが、不安がよぎる。騎士たちも薄々は感じているようだ。
こうして数日の野宿を終えてノダンの街に到着した。
ノダンの街に一歩足を踏み入れ、私たちの緊張が高まった。
通りには誰一人歩いていないのだ。
王宮騎士団が到着する時には街長や神官など挨拶に出ているものなのだが、誰一人通りを歩く人もおらず、店も全て閉まっている。
閑散とした雰囲気に私たちは気を引き締める。
「何が、あったのでしょうか……」
私たちは駐屯所まで向かった。
「騎士団の皆様、ようこそおいで下さいました。本来なら街を上げて歓迎するのでしょうが、先月からこの街に病が流行り、誰もが病を恐れて家から出てこないのです」
駐屯所を管理している老夫婦は咳をしつつ事情を語ってくれた。
「……そうでしたか。その流行っている病とはどういったものなのですか?」
「症状としては風邪とあまり変わらないのですが、高熱が続くのが特徴です。その高熱で亡くなる者も多いのです」
コホッと咳をしているお婆さんの額に手を当ててみると、熱があるように感じられる。
「お婆さん、熱があるんじゃない? 休んだ方がいいわ」
数名の騎士がお婆さんを担架に乗せて管理人の部屋へと連れて行った。
「……不味いことになったな。この街で病が流行っているのか。今日はこのまま街の調査に出よう。急いで報告を上げて国に報告しなければならない。ナーニョ様、ザイオン医務官に連絡を取ってくれるか? 薬が大量に必要になる」
「分かりました」




