74 楽しい食事
毎日が忙しくてすっかり忘れていたの。
もらったチャームはローニャが作ったと言っていた。
ケイルート兄様も手伝ったみたい。魔獣の骨なのか牙なのかよく分からないけれど、丁寧に削られていて滑らかになっている。
今後、指輪や装飾品は魔獣の骨に切り替わっていくかもしれない。
私は嬉しくてすぐに尻尾の付け根にチャームを付けた。
これなら取れることはない。
ローニャは「指輪が使えない時があるかもしれない」と想定して作ったと言うことは、私の身に危険が起こるという可能性も考えているということだ。
魔獣との戦いなのか、人との争いを考えているのか。もしかしたら王宮で何か動きがあったのかもしれない。
明日、また連絡して聞いてみよう。私は少し早いけれどこの日は眠りについた。
五日目の朝。今日は休みで、エサイアス様とお出かけの約束をしている日だ。
神殿に私服姿のエサイアス様が迎えに来た。
「エサイアス様、おはようございます」
「ナーニョ様、おはよう。その尻尾に付いているのは?」
「これ、昨日、ローニャが私のために送ってくれたのです。誕生日だったから」
「……誕生日。そうなのか。すまない、誕生日をお祝いしなくて」
「? 仕方がないですよ。誰にも言っていなかったし、私も忘れていたんですから」
「じゃあ、今日はお誕生日のお祝いで美味しい物を食べにいこう」
「本当ですか? 嬉しい!」
「神官様、行ってまいります」
「楽しんで来てくださいね」
この街は小さいだけあって店を全部回れる。それでも私たちは珍しさもあって、ゆっくりと見て回った。
「どこの街も雰囲気が違うのですね」
「たしかにここはロダンの街とはまた違った雰囲気だ。今回は魔獣もそれほどの強さではないし、あと三日ほどで次の街に経つ予定だ。ノダンの街は少し遠いからここでいっぱい美味しい物を食べておかないとな」
「そうですねっ」
私たちは話をしながら食堂の前に立った時、後ろから声が掛かった。
「エサイアス様! 探しましたわ!」
振り向くと、街長の二人の娘が手を振っている。
彼女たちは子爵令嬢でエサイアス様は伯爵位だ。王女教育で習ったのは貴族は階級社会で礼を重んじるって教えてもらったんだけど、彼女たちは違うみたい。
エサイアス様は元々王都に住む男爵だったが、魔獣討伐の功績で陸爵したのだという話だ。
エサイアス様は彼女たちを無視する形で私をエスコートし、店に入った。
彼女たちはこちらに駆け寄ろうとしたけれど、私の護衛に止められて店に入れないようだ。店の前で騒ぐ声が聞こえてくる。
「あの、彼女たちは大丈夫でしょうか?」
「ああいう令嬢は関わらない方がいい。後で難癖を付けて近寄ってくるからな。婚約者になれと脅す令嬢もいる」
「……それは怖いですね」
私たちは店の奥に案内され席に着いた。
「お姉さん、お勧めはありますか?」
「今の季節でしたらライの実を使った汁物が人気ですね。あと当店自慢のノーカ豚の燻製。ポートポル酒もありますよ」
「ではお勧めを下さい」
「はーい。マスターポートポル二杯! ノーカ二つ! ライ汁二つ!」
「あいよ!」
厨房から元気な声が聞こえてくる。
「楽しみですね」
「ポートポルが飲めるのならこの店も間違いなさそうだ」
しばらくすると他の騎士たちもこの店にやってきた。
ワイワイガヤガヤと賑やかに食事が始まった。今日はお酒も入り、みんな機嫌が良さそう。
外にいた令嬢たちは諦めて帰ったようで護衛騎士たちも私たちと一緒の席に着き食事を楽しむ。
昼間から飲むお酒に私は浮かれ、機嫌が良くなる。
「エサイアス様、今日も美味しい食事ができて幸せです。ローニャは今頃何しているかしら」
「ローニャ様ならケイルート殿下と一緒に食後のゲームを楽しんでいるかもしれないな」
「ふふっ、そうだと良いのですが。何となく昨日話をしていて気になっているのです」
「昨日どんな話を?」
「乙女の内緒話ですわ。今日寝る前にまた聞いてみるつもりです。城を発つ前に兄様と神官長にはお願いしてきたので大丈夫だと思うのですが」
「……心配になりますね」
「まぁ、何かあれば私たちには魔法がありますから」
「それならいいのだが。ナーニョ様のことは俺が絶対に守ってみせるから」
「お! 団長! カッコイイ!!」
揶揄う声が聞こえてくる。
エサイアス様もエールを持ちながら「おうよ!」と言葉を返し、騎士たちも笑っている。
仲間と食事を囲む楽しさ。
今まで感じたことのない幸せを感じる。
「ナーニョ様、あまり飲みすぎないようにして下さい」
「もちろん、分かっています」
私はちびちびと燻製を口にしながらお酒を飲む。
「美味しいですね!」
尻尾を振りながらナッツも野菜も注文し、なんだかんだでお腹いっぱい食べた。
「ではナーニョ様、また明日!」
「皆様、一足先にごきげんよう」
私はエサイアス様と一緒に先に食堂を出て神殿へ向かう。
久々に緊張感から解放されたことと、酔いと楽しい会話もあってふわふわと心が浮かれ、顔が火照りながらも私は機嫌よく鼻歌を歌う。
それをエサイアス様は横で楽しそうに聞いている。
後ろにいた護衛たちもこの雰囲気がいつまでも続くことを祈るばかりだった。




