65 伯爵の治療
私は指輪の入ったケースから上級回復魔法ヒエロスターナの指輪を取り出した。
右足の欠損だけなら、治す魔力は残っている。そう思い、伯爵に自ら治療を願い出た。
「痛みがあれば、すぐに言ってくださいね」
伯爵は半信半疑のようだが、私は気にせず伯爵の手をそっと取り、『ヒエロスターナ』と唱えた。
指輪から流れる魔力がゆっくりと淡い光となり、彼を包んでいく。
!!
魔力で伯爵の身体中を確認すると、やはり他にも深い傷があった。足よりも背中の傷が深い。
この世界の人たちは何故こんなにも深い傷を負いながらも隠してしまうのだろうか?
不思議でしかたがなかった。
この背中の怪我では立つことも難しいだろう。邸から出てこなくなったという話も頷ける。
足の治療よりも背中の傷を治療する方が先だ。
魔力がチリチリと焼けているような感覚がするが、彼に魔力があるようには思えない。
単に私の魔力と相性が悪いのかもしれない。
考えが浮かんできたが、今は治療に専念しなければいけない。
そうしているうちに背中の治療を終えて足に取りかかるが、残念なことに、途中で魔力が尽きてしまった。
「……ごめんなさい。背中の治療を優先したせいで一度では治しきれませんでした。また日を改めて治療させてもらえますか? それに、中途半端に治療したせいで義足が合わなくなってしまった。本当にごめんなさい」
カランと落ちた義足。
彼は口に手を当て、身体が震えはじめた。
私の言葉にエサアス様も神官もその場に居た家令や護衛たちもみんな伯爵の足に視線が向いた。
伯爵は恐る恐るズボンをたくし上げると、先ほどまでは膝より上から義足になっていたが、今はひざ下まで足が生えている。
伯爵は目に涙を浮かべ、片足の状態で勢いよく立ち上がった。
「!! なんという事だ! 奇跡だ! 奇跡としか言いようがない!」
「背中の痛みが無い! 凄い! 凄いぞ! ナーニョ様! ありがとうございます!!」
神官も伯爵の様子に驚いて興奮冷めやらぬ様子で祈り始めた。
「領主様の怪我が。おお、神は私たちを見捨てはしなかった」
伯爵は背中に手を当て、傷を確認したり、立ち上がったりして治療の余韻に興奮冷めやらぬ様子だ。
二人の興奮が落ち着いた後、私たちは神殿へと戻った。
「エサイアス様、明日から改めてよろしくお願いします」
「ナーニョ様、一緒に魔獣を倒すのは大丈夫なのか?」
「ええ。ずっとこの日のために王宮で訓練をしていたのですから」
「あぁ、私はナーニョ様に怪我して欲しくない」
「ふふっ。私もエサイアス様や騎士団の方々に怪我をしてほしくありません。それと同じですよ?」
エサイアスは自分の思いとナーニョの思いが同じようで同じではないことを感じ、言葉を詰まらせる。
それを察したかのように神官が声を掛けた。
「ナーニョ様、お腹が減っていませんか? 先ほど馬車内で木の実を食べていたようですから。すぐに食事を用意致します」
「神官様、ありがとうございます。ではエサイアス様、また明日」
「あ、あぁ。また、明日」
エサイアスの様子を見て不憫なその思いが彼女に通じるようにそっと願う神官であった。
翌日、私は護衛と共に騎士団の駐屯所に向かった。
「ナーニョ様、おはようございます!」
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
騎士たちは既に整列して準備万端の状態だった。
「ナーニョ様、おはよう」
「エサイアス様、おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」
私は挨拶をした後、護衛と一番後ろに付いた。
「では出発!」
今日は全員徒歩での巡視になっている。私も足手まといにならないように気を付けないと。そう思いながら森の中の探索を始め一時間ほどが過ぎた頃、魔獣が茂みの中から現れた。
体長三メートル程の棘に覆われた魔獣が立っている。目が四つあり、視野はかなり広いようだ。
攻撃のパターンは一直線に体当たりして棘で敵を串刺しにするのだろう。騎士たちは回り込み、敵の進行方向から外れる様に動いている。
騎士たちは串刺しになれば即死も免れないため、慎重に行動している。私は距離を取り、魔獣に最も適した指輪をつけて『ツィートロン』を唱えた。
すると地面から氷の槍が突き出した。中心を反れてしまったが、身体の一部を串刺しにして動きを止めることができたようだ。
「今だ! 全員、総攻撃!」
エサイアス様の命令で一斉に斬りかかる。魔獣は騎士たちによって棘は削ぎ落され、呆気なく退治されてしまった。魔法の威力もしっかりと魔獣に効果が出ていてホッと一安心だ。騎士たちも士気が上がっている様子だ。
魔法があることで討伐が楽になってよかった。
こうして歩いている間に十頭の魔獣を討伐していった。
魔法は足止めをすることに赴きを置いていたおかげで魔力はそれほど減らずに済んだ。ただ、足はクタクタになって最後の方は私のためにゆっくり歩いてくれる騎士たちに申し訳ない思いでいっぱいだった。




