53 幼い頃の夢
「ナーニョはポイの実が本当に好きね」
「だって甘くて美味しいんだもん。それにお父さんがわざわざ山に入って取ってきてくれるのが嬉しいの。ナーニョはまだ山に一人で入れないから」
「そうね。ロナンがナーニョのために山の木の実を取りにいくものね。だからって一人で山に入ってはいけないわよ?魔物があまりいないとはいえ、獣は出るからね?」
「うん、分かっている。ちゃんとお母さん達の言いつけを守ってるんだから」
母は大きなお腹をさすりながら優しくナーニョに話し掛けている。
「ねぇ、お母さん。私のおじいちゃんとおばあちゃんってどんな人なの?」
母は微笑みながら私の頭を撫でて話し始めた。
「おじいちゃんはとても厳格な人。とっても厳しい人よ? でもとっても優しいの」
「厳しいのに優しいの?」
「うん。お母さんはいっぱい叱られたけど、いっぱい抱っこしてもらったり、遊んでもらったりしたわ。おばあちゃんはいつも家にいなかった。魔法使いだったからね」
「おばあちゃんは魔法使いなの?」
「そうなの。先祖返りをしたおばあちゃんは魔法使いになって魔物を退治したり、異界の穴を閉じたりするために国中を飛び回っていたの。周りの人たちはいつもおばあちゃんに感謝していたわ。
けれど、ママは寂しかった。いつもおばあちゃんがいなくて悲しかった。もっと甘えたかったの。だから自分の子供には寂しい思いをさせないようにママは魔法使いにならなかったの。
こうしてパパとナーニョと一緒にいることがママの幸せ。ナーニョはどんな大人になるのかしら。きっとナーニョはしっかり者だから、お腹の中の子のことも私が面倒みるのって言いそうね」
「うーん。どうだろう。ママを取られちゃうって思うかも? だってママはナーニョのママだもん」
「ふふっ。そうね。ナーニョがそう思わないようにママも気を付けないとね。ママはずっとナーニョの側にいるわ」
……幼い頃の夢。
涙が出た。
幸せだった頃の夢。
魔物が村を襲撃したあの日から思い出さないようにしていた両親の顔。
開かれた窓から入ってきた風にぱさりと揺れるカーテン。
私はしっかりと母と父に愛されていた。母は魔法使いになることを拒否した。
きっと祖父や祖母から魔法使いになるように言われていたのかもしれない。あの頃、毎日が幸せだった。
父と母と三人で暮らしていた。大きくなったら何になりたいって思っていたんだっけ。
会いたい。
ずっと側にいるって話をしていたのに。暗くなった部屋の天井を見つめる。
―コンコン
「ナーニョ様、夕食の時間になりました。お部屋へお持ちしますか?」
「ごめんなさい。寝てしまっていたわ。今日は部屋で頂く事にするね」
「畏まりました」
しばらくして侍女が食事をテーブルに配膳する。冷めた料理。作られてから毒見係が確かめた後に運ばれてきたのだ。
何もかもが違う生活。
お母さんは料理が下手で私はよく手伝っていた。いつも褒めてくれていたわ。熱々のスープ。家族で今日あった事の話をしてご飯を食べる。
ベッドに入る時はいつもお父さんと一緒だった。口に入れごとに思い出す温かな過去。冷たくなった料理を残し、またベッドへ戻る。
会いたい。
お父さん、お母さん。
例え夢の中だけでも……もう一度。




