51 思い
「入れ」
「失礼します」
ケイルート兄様がそう言うと、扉が開かれ、入ってきたのはエサイアス様だった。
「ここにナーニョ様がいると聞いて来ました。ナーニョ様!? ケイルート殿下に意地悪されたのですか?」
エサイアス様は私の泣き腫らした顔を見て驚き、駆け寄ってきた。
「えっと、エサイアス様。わ、私は大丈夫です。兄様に意地悪なんてされていません。相談に乗ってもらっただけです」
「良かった。危なくケイルート殿下を切り刻んでしまうところだった」
「はあ? やれるもんならやってみろ。俺がお前にやられるわけがないだろう」
「私に勝てるとでも?」
挑発するエサイアス様の言葉にケイルート兄様もチッと舌打ちしながら立ち上がった。
「エサイアス様、争ってはいけません」
「……ナーニョ様がそういうなら仕方がありません」
そう言うと、エサイアス様は私の向かいに座り、従者にお茶を頼んだ。
「おいおい、お前に飲ませるお茶はないぞ?」
「私はナーニョ様とお茶をしたくてここにいるんです。邪魔はしないでいただきたい。お兄様」
「チッ。ナーニョがいなければお前を切り刻んでやったのに」
私は二人のやりとりにクスリと笑う。どうやらとても仲がいいみたい。
「ケイルート兄様もエサイアス様も仲が良いのですね」
「残念な事にこいつとは同級生なんだ。俺にこんな口を聞くのもエサイアスくらいなもんだ」
「敬愛しております、ケイルート殿下?」
「お前に敬愛されても嬉しくねぇ」
エサイアス様は笑いながらケイルート兄様と話をしていたが、私の方へ向き直り、心配するように聞いてきた。
「ところでナーニョ様は何故泣いていたのですか?」
「えっと、その……」
「年頃の女の子の悩みをずけずけと聞いたら駄目だろう。乙女心の分からないやつだな!」
「ナーニョ様が心を痛めているのならその原因を取り除いていきたいと思うのは当たり前です」
「エサイアス様、お気遣いありがとうございます。泣いていたのは、ケイルート兄様が優しかったからです。兄様が心配してくれて、声を掛けてくれたことが嬉しくて……。エサイアス様にも心配をおかけしてごめんなさい」
「だと良いのですが。やはり不慣れな場所で無理していたんですね。王族としてのプレッシャーもあったはずだ。勉強やマナー、毎日誰かを魔法で回復させて忙しくしている。心身ともに疲れていても無理はない」
「まぁ、そうだな。俺は子供の時からそんなもんだと勉強やマナーを覚えてきたが、ナーニョは大きくなってからだもんな。休みなく働いているし、疲れるのも無理はない」
エサイアス様の言葉に同意するように兄様は頷いている。
確かに私はここ最近ずっと動いていて休みという休みはなかった事を思い出す。
ローニャを無理させないために私が動いていたのもあった。
……そうね、こんなに悲観的になっていたのは疲れていたのかもしれない。
でも私が休んでしまえばみんなに迷惑が掛かってしまう。
「ナーニョ、遠慮せずに少し休め。それが今一番必要な事かもしれないな。俺から父上に掛け合っておく。数日休めば心も身体もリフレッシュできるだろう? ローニャも自分の部屋で過ごさせるからゆっくり休むといい。今まで他人ばかり癒してきたんだ。たまには自分を癒しても誰も文句は言わないし、言わせない」
「……良いのですか?」
「あぁ、当然の事だからだ」
「兄様、ありがとうございます」
「ナーニョ様、では部屋まで私がエスコートしましょう」
「はぁ? 俺の妹だ。無理無理。嫌だね。フェルナンドを呼ぶから」
「兄様、エサイアス様のご好意を無下にはできないです」
私は気を使ってそう口にすると、どこか勝ち誇ったようなエサイアス様と嫌そうな顔をするケイルート兄様。本当に二人は仲がいいのね。
もうこの世界に自分の友人はいないのが少し寂しく思えた。彼らは今頃きっと結婚して子供を産んで幸せに暮らしているに違いない。
私は兄に挨拶をした後、エサイアス様のエスコートで部屋に戻ることになった。もちろん後ろには護衛騎士達がきちんといる。
「ナーニョ様、辛ければいつでも言って欲しい。私はいつだって貴女の側に駆ける。私たちはずっとナーニョ様達の優しさに胡坐をかいている。
ナーニョ様だってまだ十七歳の令嬢だ。他の貴族令嬢なんて毎日お茶して遊んでいる。もっと気楽に過ごしてもいいんだ。ナーニョ様が望めばいつだってここから連れ出してみせる。いつでも私を呼んで下さい」
「……エサイアス様、ありがとうございます。エサイア様にも心配を掛けちゃいましたね。少し休んでこれからの事を考えてみます」
ナーニョはそう言ってエサイアスに感謝を述べた後、部屋に入った。
静かな部屋。
突然帰ってきたから侍女にもまだ知らせが届いていないようだ。
さっき泣いたせいか少し頭が痛い。クローゼットから部屋着を取り出し、着替えてベッドへと沈み込んだ。
「……私はどうしたいんだろう」
ボーッと天井を眺めながら何をするわけでもなくただ時間が過ぎていった。




