44 治療後の聖騎士
「フォンスレイド様、今日の治療を終えました。なんとか魔力も保って良かったです」
「ナーニョ様、ありがとうございます。魔獣を討伐してきた我々にとってナーニョ様の行われた治療は万感の思いです。本当に良かった」
聖騎士団長はエサイアス様と同様に苦労してきたのだろう。震えている彼に私は言葉を上手く口にすることが出来なかった。
私の言葉はきっと軽い。
私はただ彼の言葉にうなずくことしかできなかった。
「ナーニョ様、菓子をどうぞ」
「マルカスさん、ありがとう。少しはしたないですがいただきますね」
魔力の底は尽いていなくてもかなり消費をしたので空腹で倒れそうなほどだ。
マナーを教えてもらったけれど、マナーを気にする余裕なんて、私にはなかった。
口いっぱいに頬張ったお菓子はとても甘くて美味しく感じられる。
「木の実も食べますか?」
「マルカスさん、ありがとう。もう大丈夫です。はしたないところを見せてしまい申し訳ありませんでした。そろそろローニャのところへ戻りましょうか」
「ナーニョ様、大丈夫でしょうか?」
フォンスレイド様は心配そうに眉を下げて聞いてきた。
「体調に変化が出ていないし大丈夫です。それよりグリークス神官長が心配です。倒れていないと良いのですが」
「!? すぐに別の者を向かわせます」
ボッシュ神官は私の様子を見て神官長が心配になったようだ。
医務室に戻った私たちはローニャを迎えに行った。騎士団の入院患者と違って騒がしい様子はない。
「ローニャ、治療は終わった?」
「うん! もうお腹ペコペコだよ。でもフェルナンドさんが木の実をくれて侍女さんも食べるものを持っていたからお行儀が悪かったけど食べちゃった。おかげで少し落ち着いたかな」
私はその言葉にホッとして周りを見ると、怪我が治った人たちはベッドの上で跪いてお祈りをしているようだ。治療した患者は十人程度だろうか。王宮で治していた人の数よりも少なく見える。
「ローニャ、治療は難しかったの? 前回よりも治した人数が少ないみたいだけれど」
「治療魔法の掛け方をさっき話していたでしょう? あの方法なら私にもできるかなって思ってやってみたんだ! 今まで上手くいかなかったんだけど、少しずつできるようになってきたの!」
ローニャは興奮しながら私たちにそう話をした。
「ローニャ、良かったわね。でも、今はしない方が良かったかな」
「なんで?」
「見てごらんなさい。今、こうして治療を待っている人たちはたくさんいるの。古傷も治してあげたいけれど、待っている間、目に見えて悪くなる人もいるわ。魔力が尽きれば治療が行き届かなくなる。週に一度しか教会に来れないし、一人でも多くの怪我人を治療してあげないとね?」
「ご、ごめんなさい。そうだよね。私たちを待っている人たちは大勢いるから一人でも多く治療しなきゃいけないよね」
ローニャはしょんぼりと眉を下げ私の言葉を聞いて反省している。
「ナーニョ様、どうか、どうかローニャ様を責めないでいただきたい! 我々はこうして不自由なく動けるようになったのはナーニョ様のおかげなのです!! 私たちは神に使える人間として動けなくなるまで魔物に立ち向かいます。怪我をして動けなくなっても後悔はないのです。そんな我らの事を考え、治療していただけるだけで感謝しかありません」
一人の聖騎士がそう口にすると、何人もの怪我人が相槌を打っている。
怪我人たちの言葉にナーニョは動揺する。彼らは神様のためなら喜んで死を選ぶ。後悔はない。でも一人でも多く助けることを優先したいと考えていた。
何が正解なのだろう。
自分が行っていた治療は本当に正解なのか分からない。
大勢いる怪我人の痛みをいち早く取り除きたいと思う。一人を丁寧に治療し完治させることが、彼らの今後の生活するうえで良いこともわかっている。
私は困惑してそれ以上口を開けないでいると、フォンスレイド様がフォローしてくれた。
「ローニャ様の行いは素晴らしい! だが、ナーニョ様の話も間違ってはいない。一人でも多くの者を癒したい、痛みを取り除きたいという崇高な考えの元、常に最良を考えて行動なさっている。どちらも我々の事を考えて下さっているのだ。二人の聖女様には感謝しかあるまい」
フォンスレイド様がそう言うと、皆涙を流し感動している。
そして誰からともなく聖女様という言葉が聞こえてきた。私もローニャも聖女という言葉を受け入れたわけではない。
「私は聖女ではなく魔法使いになるのっ! 得意魔法は土を改良する事なんだよっ」
とぷんすこ反論していた。
聖騎士達は感動のあまり、ローニャの言葉が耳に入っていないようだ。
私は否定も肯定しなかった。だって否定してもきっと彼らの中では私たちの存在はそれほど大きいものだと理解しているから。
話を変えるように私はローニャに話し掛けた。
「相変わらずローニャは凄いわ。私が言っただけでローニャはすぐに出来てしまうんだから。私なんて何年も練習してようやく今のように治療ができるようになったのよ? 私より魔法を扱うのが上手だし、身体が成長したら一流の魔法使いね」
「大きくなるのが待ち遠しいな。お姉ちゃんより上手になるって決めているの。ずっと私のために頑張ってくれているお姉ちゃんを楽させてあげたいもの」
「ふふっ。ローニャ、ありがとう。嬉しいわ」
「ナーニョ様、ローニャ様、そろそろお時間となりました。お城へ戻る時間です」
「「はい」」
「ナーニョ様、ローニャ様、本日はお越しいただきありがとうございました。また来週もよろしくお願いします」
侍女の言葉に私たちは帰り支度をするとフォンスレイド様が笑顔で馬車まで送り届けてくれる。
「ナーニョ様、ローニャ様。本日はありがとうございました。お二人には本当に感謝しかありません。次回もよろしくお願い致します」
「こちらこそローニャがすみませんでした。また参りますね。何かあればすぐに教えて下さい」
「フォンスレイド様、次、ローニャも怪我した人をもっといっぱい治すね!」
私たちはフォンスレイド様に挨拶をし、馬車は出発する。
カラカラと動き出した車内でローニャは靴を脱ぎ楽な姿になった。
「お姉ちゃん、今日は頑張ったからお腹ペコペコなの」
「そうね、ローニャはとっても頑張ったわ。お城に戻ったら何か用意してもらいましょうね」
「うん!」




