39 ケイルートの治療
「ケイルート兄様はいつも誰かを庇う戦いをしているのでしょうか? それに右前腕の傷も深くて固着しかけているわ。古傷も小さな傷もたくさんある。あまり無理はしないで下さいね」
「!!! ……治っている。ナーニョ、ありがとう。父上、何故養子にしたんだ。私の妻でも良かったのではないですか」
「お前はそう言うと思った。だから娘にしたのだ。こんな幼い子達をお前の妻にはできん」
「父上っ!? 俺をそんな目で見ていたのですか??」
「あぁ、そうだが?」
「し、心外ですよ。ただ小さな物を集めるのが趣味なだけで幼い子とどうにかなりたいという願望は持っておりませんが!?」
必死に誤解を解こうとするケイルート兄様にローニャは笑いはじめる。
「ローニャ!?」
「ケイルート兄様、面白い。ローニャ、熊の獣人は大好きだよ! 熊の獣人はね、こんなにおっきくて、力が強くて、誰よりも優しいんだよ? 兄様は熊の獣人みたい」
ローニャの言葉にナーヴァル兄様やグレイス妃も笑い出す。
「相変わらずローニャはいい子だな。何か欲しい物はないか?」
「んー王女様って勉強がいっぱい必要なんだよね? マイアさんが言っていたの。私、この国の研究員になって働きたいから勉強を教えてくれる人が欲しい。駄目かな?」
ローニャの突然の願いに私は驚いた。
まさかここでそんなお願いをするなんて、と。
「ふふっ。ローニャはなんて偉い娘なのでしょう。いつも勉強から逃げていたナーヴァルたちとは大違いね」
「は、母上っ。今はきっちりと仕事をしているではありませんかっ」
どうやらナーヴァル兄様は勉強嫌いでいつも教師から逃げ回っていたようだ。
「ははっ。ローニャ、いいぞ。二人には最高の教師を付ける。ナーニョは欲しいものはあるか?」
「わ、私は、騎士の方々が着ているような動きやすい服が欲しいです。きっとこれから先、怪我の治療をしたり、ケイルート兄様に付いて行ったりすることも増えると思うので動きやすい格好がしたいです」
私の言葉に先ほどの温かな雰囲気が一変した。お父様たちは一様に真剣でいてどこか暗い顔をしている。
「……そうか。視察に付いていく意思はあるのか」
「お父様には話をしましたが、私の両親は、幼い頃に魔物に殺されました。私たちはずっと二人で生きてきたのです。私は妹を守りたい。こうしてお父様達の庇護下に入る事でローニャを守る事ができるのであれば私は協力を惜しみません」
「なんていい子たちなのっ。この位の貴族の娘なら着飾る事を望むというのに勉強したいとか兄を守りたいとかっ。爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ」
「やはり儂の目に狂いはないようだな。ナーヴァル、ケイルート、二人とも妹を守るのだぞ?」
「分かっております。父上」
「もちろんです」
それからはまた和やかな雰囲気になり、獣人の世界の話をする事になった。
お父様は異世界の生活に興味があるようだった。
特に王都や村での生活はどうしていたのか詳しく話して聞かせた。お父様たちは私たちが村の教会で育っているのに食事や読み書きができることに驚いていた。
獣人たちの世界の方が村に食糧が行き渡るほど恵まれているのだと考えたようだ。
「ローニャはね、魔法で村の畑の作物を育てるお手伝いを毎日していたんだよ!」
「魔法で作物を育てるお手伝い?」
「うん、そうだよ」
「このサーローの指輪で土に栄養をあげて、別の指輪で成長させるの。でもね、一気にやっちゃうと美味しい野菜は出来ないから少しずつ使うんだ」
「それは凄いな。魔法でそんなこともできるのか」
「でもねーこの魔法は難しいんだよ! 野菜の種類によって土の栄養が違うの。それを見極めて魔法を上手に使わないといけないんだよ。ローニャは得意なの。村で一番上手だったんだ」
「そうなのか。ローニャは村一番でとてもえらかったのか。えらいな」
騎士達の治療が落ち着けば食糧不足を改善するためにローニャが協力することになる。
魔獣と戦うよりもずっと安全だし、依頼があればローニャも喜んで協力すると思う。
しばらく話をした後、ローニャは眠くなり、ウトウトしはじめると家族はそれぞれ部屋に戻る事になった。
ケイルート兄様がローニャを抱っこして私たちの部屋を案内してくれた。
「ケイルート兄様、ありがとうございます。これから妹として頑張りますね」
「今からそう気を揉まなくても大丈夫さ。父上の可愛がる気持ちも分かる。俺にこんなにも可愛い妹が出来たことが嬉しい。もっといっぱいわがままを言ってくれ。ではまた夕食に」
そう言いながら兄様はローニャをベッドに降ろして部屋を出た。
慣れるまではローニャと同じ部屋で過ごすことになった。
私たちに用意された部屋はとても可愛い家具で統一されていて猫種だからなのか猫足の家具にカーテンは猫が刺繍されている。
もしかしてこれは陛下が思う私たちのイメージなのかもしれない。
そう思うとクスリと笑ってしまった。
夕食までの間、私は部屋に置いてあった本を手に取り読む。
絵本のような文字の少ない本で私にはとても読みやすかった。




