32 グリークス神官長
翌日。
「ナーニョ嬢、ローニャ嬢。では行こうか」
「ロキアさん、マーサさん行ってきます」
ロキア達に見送られ、今日も馬車で王宮に向かった。
「ナーニョ嬢、ローニャ嬢。先日話していたことなんだが、今日は陛下と謁見がある。もちろん私も二人の護衛として付いていくから心配しなくて大丈夫だ」
「国の英雄が私たちの護衛ってなんだか偉くなった気分!」
ローニャは耳をピコピコと動かして笑顔を見せている。
「そうね。でも、なんだか恐れ多いわ」
「陛下はきっと悪い人じゃなさそうだし、きっと大丈夫。なんとかなるよね」
相変わらずローニャは能天気というかポジティブなのか少し心配になる。私が見定めてしっかりしないといけないわ。
私は一人考えているうちに馬車は王宮に到着した。
今回は謁見の間で行われるらしく私たちは従者の案内で謁見の間に歩いていく。もちろんいつものようなシャツとズボンではなく、ワンピースと帽子である。
陛下やエサイアス様から帽子を取る許可が下りていないから仕方がない。
人間は獣人に対して偏見を持っている可能性があるからだそうだ。獣人は獣と同類で知能が低い、奴隷のように扱ってもいいと考える人もいるかもしれない。
過去の記録から獣人を馬鹿にする人は一定数いたという話をマートス長官が言っていた。
私たちが迫害されないように何らかの対策が講じられるまでは、帽子が必須のようだ。
「ナーニョ・スロフ嬢、ローニャ・スロフ嬢。エサイアス・ローズ・シルドア様が到着致しました」
前と同じように陛下と宰相は笑顔で私たちを迎えてくれている。
以前とは違い、謁見の間には護衛騎士以外誰も居ない。だが、前回とは違い、宰相の反対側にいた見慣れない白い制服のような物を着た男の人がいた。
私たちが陛下の前へ到着するとエサイアス様は挨拶し、私たちはぺこりとお辞儀をする。
「ナーニョ、ローニャ、待っておった。呼び出してすまない。今日は君達に紹介しなければいけない人物がいてな。彼はこの国の教会の神官長でグリークス・エーゼル・ラインだ」
「貴方たちが落ち人のナーニョ・スロフさんとローニャ・スロフさんですか? 陛下よりお話を聞いております。二人ともこの国に、いやこの世界の新たな聖女なのだそうですね」
神官長グリークスは私たちを蔑むような疑うような視線で見ながら話した。
彼の態度に居心地が悪くなり、私は帽子を取った。ローニャも同じように帽子を取った。
「私の名前はナーニョ・スロフです。こっちは妹のローニャ・スロフです。異次元の空間から落ちてこの世界に来ました。聖女という言葉が当てはまるかは分かりませんが、私たちはエサイアス様の庇護の下、私たちの持っている知識や魔法を使い、協力していく予定です」
神官長は私たちの耳と尻尾を見て一瞬目を見開いたのが分かった。
人づてに聖女だと言われても信じがたいと思う。
神官長の態度を見て過去に聖女を語った人たちがきっといたのだろう。そして獣人という話も本物を目にしないと理解できないのも分かる。
ローニャは神官長の視線から外れるように私の後ろにそっと下がり、震えている。
「こらこら、グリークス神官長、睨むでない。ローニャが怯えているではないか。ローニャ、心配はいらないぞ? 儂の膝においで?」
陛下は空気を和ませようとしているのかローニャを手招きするが、さすがに膝は怒られるのでローニャも行く気はないようだ。私の腕を掴みながら横に立った。
「二人ともまだ成人を迎えておらん。とても優秀だが、まだ子供だ。優しくしてやれ」
「失礼しました。聖女を語る不届き者が多いゆえ、懐疑的になっておりました。陛下の言う獣人の落ち人は本物のようですね。ということは魔法が使え、騎士達の治療を行っているのも本当なのでしょうか?」
グリークス神官長は眉間に皺をよせ信じがたいと疑いの目で見ているが、反対に陛下は待ってましたとばかりに笑顔になった。
「あぁ、もちろんだ。ナーニョ、グリークス神官長に魔法をかけてくれるか?」
「わかりました」
震えるローニャをエサイアス様に託し、私はグリークス神官長の前に立った。
「グリークス神官長、手を出してもらってもよいですか?」
神官長は疑うように私を見つめながら手を差し出す。私は神官長に失礼しますと手を取り『ヒエロス』と唱えた。
いつものように魔力は彼をゆっくり包み込む。
え!?
まさか……。
私は驚いて手を放してしまった。
「すっ、すみません。かけ直します」
慌てて治療を再開する。彼は体中が淡く光り、その様子に驚き固まってしまった。
私はというと、驚いて手を離した理由は魔法を流した時に反応があったからだ。
もしかしたら、少しばかり神官長は魔力があるのかもしれない。
この世界に来てから初めての感覚に驚いてしまった。
そしてヒエロスを唱えて驚いたことがもう一つ。彼は身体の至るところに大小様々な傷がある。
教会の人も魔物と戦ってきたのだろうか?
これだけの傷があれば痛くて立つことも難しいと思う。魔力を使い探っていくと、グリークス神官長は無意識に自身の魔力を使い、身体強化を使って怪我している部分を庇っているようにも感じる。
私は一つ一つ丁寧に傷をすべて治していった。
「治療が終わりました。どこか痛いところが残っていたら仰って下さいね」
グリークス神官長は固まったまま杖を床に落とし、杖は床にカラリと鳴った。
「どうだ? 凄いだろう? ナーニョ、グリークスの怪我はどうだったかな?」
陛下は神官長を見ながらいたずらっこのようにニヤニヤしている。
「グリークス神官長の怪我はとても多く、ずっと魔物と戦ってきたような、エサイアス様のような怪我の仕方をしていました。そして古い傷の具合から考えて立つことにも激痛が走るくらいだったのではないでしょうか。けれど、驚いたのはその怪我を庇うように魔力でカバーしていたことです。本当に驚きました」
私は思ったことを素直に口に出したが、私とローニャ以外のその場に居た人たちは、私の言葉に驚きを隠せていないようだった。




