18 国王陛下の執務室
「あの本ね。うーん、そうね。一応持って行ってもいいけれど、破れているから気を付けないといけないわ」
「うん! 明日、陛下に見せてあげるよ! きっと新しい指輪を作ってくれると思うの」
「もうっ、強請るつもりでしょう?」
私がローニャの事を諫めていると、エサイアス様は気になったようだ。
「本とは何の話だい?」
「えっとね、お姉ちゃんが魔法使いの試験で合格した時におばあちゃんから教科書を貰ったの。基礎的な知識から魔法円の書き方まで網羅されているんだよ! でも魔物に襲われた時に千切れちゃったの」
「そうなのか。その本は他の指輪の事も載っているのかい?」
「うん。絵は載っていないけど、名前や詠唱の言葉が載っているんだ。もしかしたら作ってもらえるんじゃないかって思ったの」
「できるといいわね。ただ、指輪が出来た所で私達が使いこなせないといけないもの。ローニャが使うにはもっと成長してからね」
「ムムッ。そうだね。今の私じゃ難しい物がいっぱいある」
ローニャの指は確かにまだ指が小さい。
指輪は大きくても指にはめていれば済むのだが、成長途中では魔力が安定しないため攻撃魔法などは危険になる場合があるからだ。
回復魔法など危険の無い魔法は使うことは出来るし、成長してしまえば問題なく使える。ほんの数年だけ我慢しなければいけない。
あと、指輪によって範囲魔法や上級魔法は魔力を多く使うため私達では魔力が足りず使えない可能性もある。まぁ、全て試してみなければ何とも言えないのだ。
「さぁ、食べてしまおう」
三人で明日の話をしながら食事を摂った。
翌日は昨日と同じようなワンピースに帽子を被ってエサイアス様と登城する。ワンピースも嫌いではないけれど、動きやすいズボンが良いとマーサさんに話をする。
『今日は用意していないけれど、明日には用意しておきますね』と準備をしておいてくれるらしい。
この世界でも男女共にズボンは着用するらしい。
貴族令嬢は基本的にワンピースやドレスのようだ。昨日は謁見の間に呼ばれたが、今日は別の場所に案内されるようだ。
「こちらでございます。ナーニョ・スロフ様、ローニャ・スロフ様が登城されました」
「入れ」
案内役の従者と共に入った部屋は執務室なのだろう。大きな机が中央にあり、陛下が座っている。その前には文官達も忙しなく仕事をしていた。
エサイアス様は陛下に口上を述べ、挨拶している。
「陛下! おはようございますっ」
ローニャはゴロゴロと喉を鳴らさんばかりに陛下に元気に挨拶をする。
臣下ではないから口上を述べる必要はないけれど、一国の王様にその挨拶はないだろうと私は頭が痛くなった。
「陛下、妹がすみません」
「よいよい。ローニャは可愛いのぉ」
これでも十一歳ですと言えなかった。身体が成長する時に言葉も成長するのだということにしておこう。
「今日はローニャの好きな木の実を用意させている。そちらに座って話を聞こう。エサイアス、お前は騎士団へ向かえ。心配はいらんぞ?」
「は、はい。では職務に戻ります。ナーニョ嬢、終わったら私を呼んで欲しい」
「分かりました」
エサイアス様は私たちを送り届けた後、仕事に戻った。団長である彼はきっと忙しい身分だろう。
「ナーニョ、ローニャ。そこに座るといい。今マートス長官を呼んだ。すぐに来るだろう」
私達は陛下の机の左側にあるソファに座った。
私達がソファに座ると、陛下は向かいに座り、従者は私達にお茶と木の実を出してくれる。幾つかの種類の木の実が皿に乗せられてどれも見たことがない木の実だった。
「うわぁ、嬉しい! 食べてみてもい~い?」
「あぁ、もちろんだ。二人のために用意したんだから気にせず食べなさい」
陛下の言葉にローニャは遠慮なしにパクリと口にする。
「陛下、美味しい! ありがとう!」
陛下はローニャの言葉としぐさを見て笑顔が零れている。
私もドライフルーツを一つ貰い、口に放り込むと甘さに驚いた。
「美味しいです」
「そうかそうか、一杯食べておくれ」
そう言っている間にマートス長官と宰相が執務室へとやってきた。
「お呼びでしょうか?」
「まあ、そこへ座れ。この部屋にいる全ての者、今から話すことはこの世界に激震を与えるものである。この二人を丁重に扱うように」
陛下の言葉に宰相をはじめとした部屋にいる従者、護衛騎士、文官やマートス長官も立ち上がり、礼をしている。
先ほどまでの空気は一変し、緊張感に包まれた。
「陛下、私が呼ばれた理由はこのお嬢さん二人にどう関係しているのでしょうか?」
どことなく長官は不審な目をしており、私は不安が過る。ローニャも緊張し身を縮こませ私の服をぎゅっと掴んでいる。
「マートス長官、彼女はナーニョ・スロフ、こっちはローニャ・スロフという」
「ナーニョ・スロフです。マートス長官様、宜しくお願いします」
「私の名前はローニャ・スロフです」
マートス長官は細身の長身で少し怖い雰囲気を醸し出しているせいかローニャは私の服を掴みながら頭を軽く下げて隠れるように挨拶をした。
「ナーニョ嬢、ローニャ嬢、陛下の執務室に来て帽子も取らないとは、マナーも知らない平民か? 一応マナーのなっていない君達にも挨拶はしておく。異次元の空間を研究している研究所の長官ジョイン・マートス・ユインだ。よろしく」




