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ダンジョンマスターは眠れない  作者: えるだー
第11章 湖底の棺編
472/478

黄x赤

 『ハアッ・・ハアッ・・アイスゴーレム・・奴を倒せ・・』

 「「魔!」」

 床に両手をついて、なんとか身体を支えているクラーク/スカーレットは、切れ切れの呼吸の間から、アイスゴーレムに命令した。

 しかしそれが、無駄な足掻きであることは、スカーレットが一番良くわかっていた・・


 最早、眷属を召喚出来るだけのDPも無く、クラークの身体を維持する為にダンジョンシステムのリソースを全てつぎ込んでいる様な状態である。

 浸水、崩落した第1第2階層は、早々と放棄しており、クラークの身体に憑依してからは、コアルームの維持だけに専念していた。

 コアオーブに戻る事を諦めるなら、その維持エネルギーも回す事ができる・・


 だが、それも終幕の先延ばしにしかならない・・



 フロストジャイアントの姿をした2体の氷の巨像が、左右から黄砂の王に殴り掛かる・・

 ズンッ ズンッ と重なるように重々しい打撃音が響いたが、そこには、中身の無くなった包帯の束が潰れていただけだった・・


 そして周囲には、無数の羽音とともに、黒い蜂が飛び回っていた・・


 「ヴヴヴ・・ワシニ、ダゲキナゾ、キカン・・ヴヴヴ」

 蜂の羽音が重なり合って、言葉に聞えてくる・・

 どうやら、この蜂の群れ全体で、黄砂の王を形作っているようだった。


 武器や格闘技による攻撃では、蜂を何匹か倒すことしか出来ない・・

 この無数の蟲の群れを根絶やしにするには、それこそ何千回という攻撃を仕掛ける必要があるだろう。

 アイスゴーレムは、命令が変更されるまで、蜂を潰し続けるであろうが、その前にクラークの身体が呪いで壊れてしまうに違いなかった・・


 しかも、雲霞のごとく押し寄せる蜂の群れから、クラーク/スカーレットを護る事は、アイスゴーレムには出来ない・・



 「ヴヴヴ・・ソノママ、クチハテルカ、ワシニ、ノウミソヲ、カキマワサレルカ、スキニエラベ・・ヴヴヴ」




 頭上で飛び回る黒い蜂の羽音を聞きながら、スカーレットは別な事を考えていた・・


 『・・クラークは、ずっとこんな苦痛を耐えていたんだねえ・・』


 目を覚ましてくれないマスターに、恨み言を言った日々もあった・・

 解呪の方法を、探しても探しても見つからなくて、諦めかけた時もあった・・

 それでもいつか、眠りから覚めて、名前を呼んでくれる日が来ると信じていたけれど・・・


 『これでも、叶ったと、言えなくもないねえ・・・』



 本拠地に乗り込まれて、良い様に荒されて、結局は力負けで倒される事になったけれども・・

 一緒に死ねるなら、それでも・・・


 『・・一つだけ心配なのは・・あの娘が敵討ちとか言い出さないか・・だけれど・・それを抑えてくれる誰かさんが居るみたいだし・・・』


 『・・あの娘が、選んだ男の顔を・・一度は拝んどきたかった・・ねえ・・』


 床についた両手が力尽き、そのままうつ伏せに倒れこんだ・・

 既に蜂の羽音さえ聞こえなくなっていた・・・


 最後に耳に届いたのは、やはりあの人の声だった・・


 『・・・大丈夫・・・私達の娘だからね・・』




 「勝手に死んでんじゃないわよ!!」


 ザッバーーーン という大音響とともに大量の地下水が、コアルームに流れ込んできた。

 その先頭には、大蛙の口に咥えられたビビアンが、ワンドを振りかざしながら、叫んでいた。


 クラーク/スカーレットの周囲に舞っていた黒い蜂の群れは、その水流に巻き込まれて、かなりの数が溺死した。


 「ヴヴヴ・・ジャマヲスルナ!!」

 天井付近に水を避けた黒い蜂が、ビビアンに向かって襲いかかる。


 「・・ファイアー・ボール!!」

 しかし、ビビアンを包み込もうとした蜂の群れは、横から飛来した火炎弾により、焼き払われてしまった。

 そこには、やはり大蛙の口から顔だけ出した、水晶の守護者の姿があった。


 「やるわね、バーサーカー」

 ビビアンの言葉に、嬉しそうに頷く。

 どうやら火炎系ソーサラー同士、何か通じるものがあったらしい・・


 「次はアタシの番よ、ブラスト・オブ・フレイム!!」

 ビビアンの放った炎のブレスは、ファイアーボールから逃れた残りの蜂を一網打尽に焼き尽くす・・


  「ヴヴヴ・・オノレ・・」


 水流に巻き込まれても潰されなかった蜂の残りが、水中から逃げ出すと人型に集まり始めた。

 コアルームを半分以上水没させた地下水の、その水面に立ち上がるように、包帯が人型を形成していく・・

 そこにバーサーカーからの追撃が炸裂する・・


 「・・ファイアー・ランス!!」


 しかし、直撃したはずの炎の槍は、黒い蜂の塊に纏わり付いた包帯により弾かれてしまう・・


 「・・・耐火炎装具?・・」

 「もしくは、耐魔法装具かもね・・かなり、厄介ね・・」

 バーサーカーとビビアンの動きが止まった。

 攻撃力が火炎系しかない二人にとって、黄砂の王の耐術装具を突破するのは難しそうであった。


 そこへ二人の死角から、1匹の黒い蜂が忍び寄るように飛んできた・・



 パクッ


 「・・なんじゃと・・」

 人型をとりつつ、蟲術を放とうとした黄砂の王だったが、その蜂が大蛙に食われてしまったのだ。


 「ケロケロ」

 「よくやったわね、飛んでくる蜂は全部、食べていいからね」

 「ケロ!」



 「・・おのれ・・身の程の知らずの小娘が!!」

 声を荒げた黄砂の王は、呪文を詠唱し始めた。


 「・・我が領域は灼熱の地、草木は枯れ、魚は干上がり、鳥は焦げ落ちる・・」


 「まずい!高位呪文がくる、逃げて!!」

 「「ケロロ!」」

 即座に大蛙達は口の中にビビアン達をしまうと、水中に潜った。


 「・・そこに残るは、ただ蟲と砂のみ・・全てを乾かせ!デザート・オブ・マッドネス(狂気の砂漠)!!」

 突き出した両腕から、圧倒的な魔力が放出されると、直前までビビアン達の浮いていた水面が、何かに吸い取られたかのように、瞬間的に消失した・・

 大量の水が、一気に蒸発したのである・・

 いや、蒸発であるならば、熱量を伴うはずであるし、周囲に水蒸気が溢れるはずである・・


 それは消失・・


 砂漠がオアシスを飲み込むように、範囲内の全ての水分を枯渇させたのだった。


 そこに存在したものは、体内の水分を吸い尽くされ、干からびた木乃伊の様になる・・


 床には、逃げ遅れた大蛙の死体が散乱・・・していなかった。


 「なぜだ!あのタイミングで逃げ切れるはずが・・」

 水中に退避することまで考慮して放った範囲呪文から、全ての大蛙が離脱できるわけがなかった。

 半数は、床に干からびて転がっていなくてはおかしい・・


 黄砂の王が周囲を見渡すと、コアルームに通じる通路から、再び大量の地下水が流れ込んできた・・

 大蛙達を抱え込んだまま・・



 「ふうーー、危機一髪だったわね・・」

 「・・ヘタをすると15階位呪文・・」

 大蛙の口から、ビビアンとバーサーカーが頭を出した。


 「・・どうやって・・避けた・・」

 「そんなの、敵に教えるわけないでしょ!」


 実は、通路の先に待機しているルカとノヴォが、コントロール・ウォーターで、水流ごと大蛙達を引き込んだのだが、種明かしをするつもりはビビアンにはなかった。

 あのランクの呪文が放てる術者だとするなら、ラムダのカウンター・ディスペルでも消せるかどうか怪しい・・直撃を受ければ、それこそカエルとハーフエルフのミイラが出来上がるだろう・・


 「・・よかろう・・どこまで避けきれるか、試してやろう!」


 そう叫ぶと、黄砂の王は、再び詠唱を始めた・・・


 

 

   





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