黄x赤
『ハアッ・・ハアッ・・アイスゴーレム・・奴を倒せ・・』
「「魔!」」
床に両手をついて、なんとか身体を支えているクラーク/スカーレットは、切れ切れの呼吸の間から、アイスゴーレムに命令した。
しかしそれが、無駄な足掻きであることは、スカーレットが一番良くわかっていた・・
最早、眷属を召喚出来るだけのDPも無く、クラークの身体を維持する為にダンジョンシステムのリソースを全てつぎ込んでいる様な状態である。
浸水、崩落した第1第2階層は、早々と放棄しており、クラークの身体に憑依してからは、コアルームの維持だけに専念していた。
コアオーブに戻る事を諦めるなら、その維持エネルギーも回す事ができる・・
だが、それも終幕の先延ばしにしかならない・・
フロストジャイアントの姿をした2体の氷の巨像が、左右から黄砂の王に殴り掛かる・・
ズンッ ズンッ と重なるように重々しい打撃音が響いたが、そこには、中身の無くなった包帯の束が潰れていただけだった・・
そして周囲には、無数の羽音とともに、黒い蜂が飛び回っていた・・
「ヴヴヴ・・ワシニ、ダゲキナゾ、キカン・・ヴヴヴ」
蜂の羽音が重なり合って、言葉に聞えてくる・・
どうやら、この蜂の群れ全体で、黄砂の王を形作っているようだった。
武器や格闘技による攻撃では、蜂を何匹か倒すことしか出来ない・・
この無数の蟲の群れを根絶やしにするには、それこそ何千回という攻撃を仕掛ける必要があるだろう。
アイスゴーレムは、命令が変更されるまで、蜂を潰し続けるであろうが、その前にクラークの身体が呪いで壊れてしまうに違いなかった・・
しかも、雲霞のごとく押し寄せる蜂の群れから、クラーク/スカーレットを護る事は、アイスゴーレムには出来ない・・
「ヴヴヴ・・ソノママ、クチハテルカ、ワシニ、ノウミソヲ、カキマワサレルカ、スキニエラベ・・ヴヴヴ」
頭上で飛び回る黒い蜂の羽音を聞きながら、スカーレットは別な事を考えていた・・
『・・クラークは、ずっとこんな苦痛を耐えていたんだねえ・・』
目を覚ましてくれないマスターに、恨み言を言った日々もあった・・
解呪の方法を、探しても探しても見つからなくて、諦めかけた時もあった・・
それでもいつか、眠りから覚めて、名前を呼んでくれる日が来ると信じていたけれど・・・
『これでも、叶ったと、言えなくもないねえ・・・』
本拠地に乗り込まれて、良い様に荒されて、結局は力負けで倒される事になったけれども・・
一緒に死ねるなら、それでも・・・
『・・一つだけ心配なのは・・あの娘が敵討ちとか言い出さないか・・だけれど・・それを抑えてくれる誰かさんが居るみたいだし・・・』
『・・あの娘が、選んだ男の顔を・・一度は拝んどきたかった・・ねえ・・』
床についた両手が力尽き、そのままうつ伏せに倒れこんだ・・
既に蜂の羽音さえ聞こえなくなっていた・・・
最後に耳に届いたのは、やはりあの人の声だった・・
『・・・大丈夫・・・私達の娘だからね・・』
「勝手に死んでんじゃないわよ!!」
ザッバーーーン という大音響とともに大量の地下水が、コアルームに流れ込んできた。
その先頭には、大蛙の口に咥えられたビビアンが、ワンドを振りかざしながら、叫んでいた。
クラーク/スカーレットの周囲に舞っていた黒い蜂の群れは、その水流に巻き込まれて、かなりの数が溺死した。
「ヴヴヴ・・ジャマヲスルナ!!」
天井付近に水を避けた黒い蜂が、ビビアンに向かって襲いかかる。
「・・ファイアー・ボール!!」
しかし、ビビアンを包み込もうとした蜂の群れは、横から飛来した火炎弾により、焼き払われてしまった。
そこには、やはり大蛙の口から顔だけ出した、水晶の守護者の姿があった。
「やるわね、バーサーカー」
ビビアンの言葉に、嬉しそうに頷く。
どうやら火炎系ソーサラー同士、何か通じるものがあったらしい・・
「次はアタシの番よ、ブラスト・オブ・フレイム!!」
ビビアンの放った炎のブレスは、ファイアーボールから逃れた残りの蜂を一網打尽に焼き尽くす・・
「ヴヴヴ・・オノレ・・」
水流に巻き込まれても潰されなかった蜂の残りが、水中から逃げ出すと人型に集まり始めた。
コアルームを半分以上水没させた地下水の、その水面に立ち上がるように、包帯が人型を形成していく・・
そこにバーサーカーからの追撃が炸裂する・・
「・・ファイアー・ランス!!」
しかし、直撃したはずの炎の槍は、黒い蜂の塊に纏わり付いた包帯により弾かれてしまう・・
「・・・耐火炎装具?・・」
「もしくは、耐魔法装具かもね・・かなり、厄介ね・・」
バーサーカーとビビアンの動きが止まった。
攻撃力が火炎系しかない二人にとって、黄砂の王の耐術装具を突破するのは難しそうであった。
そこへ二人の死角から、1匹の黒い蜂が忍び寄るように飛んできた・・
パクッ
「・・なんじゃと・・」
人型をとりつつ、蟲術を放とうとした黄砂の王だったが、その蜂が大蛙に食われてしまったのだ。
「ケロケロ」
「よくやったわね、飛んでくる蜂は全部、食べていいからね」
「ケロ!」
「・・おのれ・・身の程の知らずの小娘が!!」
声を荒げた黄砂の王は、呪文を詠唱し始めた。
「・・我が領域は灼熱の地、草木は枯れ、魚は干上がり、鳥は焦げ落ちる・・」
「まずい!高位呪文がくる、逃げて!!」
「「ケロロ!」」
即座に大蛙達は口の中にビビアン達をしまうと、水中に潜った。
「・・そこに残るは、ただ蟲と砂のみ・・全てを乾かせ!デザート・オブ・マッドネス(狂気の砂漠)!!」
突き出した両腕から、圧倒的な魔力が放出されると、直前までビビアン達の浮いていた水面が、何かに吸い取られたかのように、瞬間的に消失した・・
大量の水が、一気に蒸発したのである・・
いや、蒸発であるならば、熱量を伴うはずであるし、周囲に水蒸気が溢れるはずである・・
それは消失・・
砂漠がオアシスを飲み込むように、範囲内の全ての水分を枯渇させたのだった。
そこに存在したものは、体内の水分を吸い尽くされ、干からびた木乃伊の様になる・・
床には、逃げ遅れた大蛙の死体が散乱・・・していなかった。
「なぜだ!あのタイミングで逃げ切れるはずが・・」
水中に退避することまで考慮して放った範囲呪文から、全ての大蛙が離脱できるわけがなかった。
半数は、床に干からびて転がっていなくてはおかしい・・
黄砂の王が周囲を見渡すと、コアルームに通じる通路から、再び大量の地下水が流れ込んできた・・
大蛙達を抱え込んだまま・・
「ふうーー、危機一髪だったわね・・」
「・・ヘタをすると15階位呪文・・」
大蛙の口から、ビビアンとバーサーカーが頭を出した。
「・・どうやって・・避けた・・」
「そんなの、敵に教えるわけないでしょ!」
実は、通路の先に待機しているルカとノヴォが、コントロール・ウォーターで、水流ごと大蛙達を引き込んだのだが、種明かしをするつもりはビビアンにはなかった。
あのランクの呪文が放てる術者だとするなら、ラムダのカウンター・ディスペルでも消せるかどうか怪しい・・直撃を受ければ、それこそカエルとハーフエルフのミイラが出来上がるだろう・・
「・・よかろう・・どこまで避けきれるか、試してやろう!」
そう叫ぶと、黄砂の王は、再び詠唱を始めた・・・




