二人ならば
コアルームの台座の前に姿を現したのは、黒のタキシードを着込んだ壮年の男性であった。
ロマンスグレーの髪に、碧い瞳、肌は白く、白人種に見える。背は高く、広い肩幅や引き締まった体躯から、若い頃は運動選手の様な、身体を動かす職業についていた風に見える。
ただし、その目には力が無く、だらりと下げた両手は、年老いて皺だらけであった・・
「なんだ・・召喚したと思いきや、老いさばらえたダンジョンマスターのご登場とはな・・その様子では満足に身体も動かせまい・・態々、死にに来たか・・」
黄砂の王の言う通り、棺の中から転送されたダンジョンマスターは、未だに呪いから解き放たれているようには見えなかった。
薄く開いた瞳も、何も映していない・・・
『クラーク・・やはり目覚めたわけではないのだね・・だけど、貴方の声は届いたから・・』
スカーレットはそう囁くと、特殊機能を発動した。
『憑依!!』
その言葉とともに、クラークの瞳に意思が灯った。
「馬鹿な!己のマスターに憑依するだと!!」
黄砂の王も、魔女と呼ばれるダンジョンコアの特殊機能は把握していた。眷族に憑依して自由にダンジョンの外に出られる能力ゆえに、自らの配下に組み入れようと画策もしてきたのだ。
だが、さすがにダンジョンマスターに乗り移るとは思ってもみなかった。
「所詮、悪あがきにしかならん! 位階の高い眷属ならまだしも、ダンジョンマスターのスキルや特技では戦えまい!! やれ!」
両脇のアンデッドワームは、黄砂の王の命令に従い、今は一人となったクラーク/スカーレットに襲い掛かった。
左右から挟みこむように攻撃してくるアンデッドワームを、彼/彼女はすり抜ける様に掻い潜ると、右側のワームを拳で殴りつけた。その手にはいつの間に出したのか、革の手袋が嵌められていた・・
さらに、反撃を受けて一瞬、動きの止まったアンデッドワームを盾にして回り込むと、左側の個体にも格闘戦を仕掛けた。
『弱点は頭部だろうけど、ここからだと届かない・・ならば!』
そう叫ぶと、ワームの懐に飛び込み、拳、肘打ちの連撃を叩き込んだ。
その連撃は、剣をも弾くワームの表皮を抜いて、体内にダメージを与えた。
「その動き・・貴様・・何かやっていたな・・」
『・・クラークを普通のダンジョンマスターだと思うなよ!・・』
壮年の男性の口から、女性の声が放たれた。スカーレットが、クラークの身体を通して叫んでいた・・
「「ギャシャアア」」
怒り狂ったアンデッドワームが、鎌首を持ち上げて、左右から腐敗のブレスを吐こうとする。向かい合った2体が吐けば、前後左右の死角がなくなる・・
「逃げられまい・・崩れ落ちるがよい!」
アンデッドワーム同士には、腐敗のブレスは影響しない。お互いを巻き込むように、黒い霧が押し寄せる・・・
『させるか!』
しかしそれを、クラーク/スカーレットは台座を足場にして、天井付近まで跳躍することで範囲外に逃れた。
さらに上空で身体を捻ると、ブレスを吐き終わって動きの止まったアンデッドワームの頭部に蹴りを放った。
『くらえ、ムーンサルト・キック(月面宙返り蹴り)!』
全身の運動エネルギーを、足蹴りに変換した必殺技が、ワームの眉間に炸裂した。
「ギャギャシャアーー」
床に叩き付けられたワームに、さらに追い討ちが掛かる。
『これで止めだよ、サマーソルト・キック(後方宙返り蹴り)!!』
その一撃で、左側のアンデッドワームが沈んだ。
クラーク/スカーレットは、倒したワームの上に佇み、床に広がった腐敗のブレスが拡散するのを待った・・
「ありえん! 高レベルのモンク(格闘家)でもなければ、格闘術でアンデッドワームが倒せるわけがない!」
驚く黄砂の王の前で、今し方、倒されたばかりのワームの死体が消え失せた・・
「なに?!」
それと同時に、床に召喚魔法陣が現れる・・
『放っておけば、また貴様に使われるからね・・逆にこっちで吸収させてもらったよ・・』
「・・・オーブから離れている間は、吸収は出来ないはずだが・・」
『確かにね・・だけど今なら別さ!』
正確には、クラークの身体で触れたものに、スカーレットがダンジョンシステムの機能を及ぼせるのだが、それを敵に教える必要はない。
全ての機能を使用出来ると思わせた方が、スカーレットにとって有利だからである。
召喚魔法陣からは、再び、アイスゴーレムが姿を現した。
アンデッド以外で、蟲術にかからないとなると、スカーレットの召喚リストの中ではこれが一番強い。
『アイス・ゴーレム、そのアンデッドワームを押さえ込め!』
「魔!」
クラーク/スカーレットの指示を受けて、アイスゴーレムがワームに掴みかかる。
「ギャシャアー」
ワームも大顎でゴーレムを挟み込もうとするが、サイズが小さくなったぶん、その力は互角であった。
その隙をついて、クラーク/スカーレットの格闘術が炸裂した。
『ウラウラウラウラウラッアアーーー』
無防備な下腹部を抉られて、体勢が崩れたところで、アイスゴーレムに力負けして、床に押さえ込まれた。
『ハアッ・・ハアッ・・これで終わりだ・・ムーンサルト・キック!』
最後は必殺技で、止めを刺した。
すぐさまワームの死体を吸収すると、2体目のアイスゴーレムを召喚する・・・
『ハアッ・・ハアッ・・これで、貴様の僕は居なくなった・・形勢逆転だな・・』
両脇にアイスゴーレムを従えた、クラーク/スカーレットが、黄砂の王を睨みつける。
「くっくっくっ・・・そう言いながら、随分、焦っているようだな・・」
『ハアッ・・・何を言っている・・後がないのは貴様だろうが・・』
「いや・・ワシはまったく困ってはおらんぞ・・むしろ苦しいのはお前だろう・・くっくっくっ」
黄砂の王の言うとおり、クラーク/スカーレットの身体は小刻みに震えていた。
呼吸も荒く、額から汗が滴り落ちていた・・・
白檀の棺から出れば、クラークの身体に掛けられた呪いは進行していく・・それは憑依しているスカーレットの意識にも影響を及ぼし始めていたのだ・・
過激な戦闘も、クラークの老化した身体には負担であったろう・・それでも短時間でアンデッドワームを倒すには、その能力をフルに活用するしか方法がなかった・・
『ハアッ・・ハアッ・・クッ・・・』
やがて限界が訪れて、クラーク/スカーレットはその場で膝をついた・・・
「ふうっはっはっはっ・・結局、貴様達の負けのようだな・・もがいて、足掻いて、縋り付いて・・それでも、何も変わらん・・・最後に勝つのは、やはり強者だということだ!!」
黄砂の王の勝ち誇った声が、コアルームに木霊していった・・・




