限りなく透明に近いブルー
凍結湖湖畔にて
ギガントホーンドトードを倒して、ダンジョンへの入り口を探し当てた地上班であったが、その先に進むのに、一つだけ問題があった。
調査班の大半が、泳ぎが苦手だったのである・・・
「まいったぜ、こんな罠があるとはな、ブヒィ」
「義妹を帰したのが、裏目にでたぜ、ブヒィブヒィ」
重斧騎獣兵である猪飛と侠猪は、装備を抱えたら沈むだけであるし、騎獣の熊も、泳ぐならまだしも潜るのは難しかった。
ツンドラエルフの小隊長とハイレンジャーならば、湖底の入り口までなんとか辿りつけそうではあるが、ヘラとグドンは絶望的である。
しかも水温が上昇している為に、大型魚類の活動が活発化しており、腹を空かせて回遊しているらしい。
「諦めて祠のあった場所まで戻るか・・」
小隊長が、潜れる者だけで潜入するか、地上から入れる祠まで戻るか悩んでいると、司令部から遠話が届いた。
『とぅっとぅるー』
やっと来たマスターからの連絡に、小隊長は飛びつくように反応した。
「はい!こちら地上調査班、眷属チームです」
『あ、そうか、ビビアン達と合流後に、再び分割したんだっけね・・』
「ゲストチームは、『かもねぎ』4名と精霊3体であります。凍結湖ダンジョンの反応を考慮して、あちらには眷属は含まれていません」
『そうか・・それだと遠話で呼び出せる相手がいないんだね・・』
「死神のデスなら、幽霊メイドのエルマから連絡できなくはないかと・・」
『うん・・それが、ダンジョンの防諜機能が強化されたらしくって、途中からプッツリ連絡できなくなったんだ・・』
「地下水路調査班もですか?」
『そう・・何度も呼び出してるんだけど反応なし・・』
『つー・・つー・・』
「なるほど・・」
『そっちは、ダンジョンの外なんだ・・』
「申し訳ありません、湖底の侵入口に全員が辿り着く方法が無く・・」
『何か障害があるの?』
「障害というか、素潜りが苦手なメンバーが多いのと、大型魚類が回遊しているので・・」
『なるほど・・潜るだけならロープを先に浮きと重石で垂直に張って、それに掴まりながら沈んでいく方法もあるけどね・・』
「・・熊みたいに潜ろうとしても浮いてしまうのは、どうしましょう・・」
『それも重石抱いて、湖底で放す・・』
「・・何か刑罰のようですね・・」
湖底に行って、さらに浮上を考えると危険度が高いが、底にあるダンジョンの入り口に飛び込めば空気はあるから、そんなに危なくはないと思う。
素潜りで辿り着けないのは、水の抵抗で進路が捻じ曲がってしまう事と、潜水速度が足りなくて息が続かない事が理由になる。
ゆっくり泳いでいると、大型魚類に狙われる可能性も増える。
『効率良く潜水する為には、良く使われている方法だから、試してみて・・』
『ぐらん・ぶるー』
「了解しました」
遠話を切った小隊長は、マスターの提案をメンバーに伝えると、さっそく材料の調達に取り掛かった。
ロープは、持参した荷物の中に何本も入れてきたので問題ないが、浮きと重石をどうするかである。
「こいつが使えるんじゃねえかな、ブヒィ」
猪飛が指したのは、湖畔に鎮座するギガントホーンドトードの死体であった・・
巨大な角蛙の頬を切り裂くと、中からゴムボートほどの大きさの頬袋が現れた。それを空気漏れしないようにしっかりと縛って、ロープの先に括りつける。
重石には、角蛙の骨を使った。
流石に巨体を支えるだけあって、骨密度が高く、切断するのも苦労したが、その分、重量は十分にある。小さく切り分ければ、各自の重石にも使えそうである。
「けど、これ魚が寄ってこねえか?ブヒィ」
侠猪が、大型魚類を引き寄せる事を危惧したが、そこから逆転の発想が出た。
「しょれなら、遠くに撒けば良いでしゅ」
ヘラの進言を採用して、降下地点の反対側に、肉の付いたままの骨を、大量に投下することになった。これで肉食の魚類は、しばらくはこちらに気を取られるに違いない。
その隙に、オペレーション・グラン・ブルーは発動された・・・
もう片方の頬袋を浮き輪代わりにして、岸から20mほど離れた降下地点まで移動する。
そこには、重石となる角蛙の小骨が用意されていて、各自それを握るか、背負うかして潜水することになる。
最初は猪飛が乗騎のハルと一緒に潜る事になった。
「うまく侵入口に辿り着けたら、こっちの予備のロープを2度引いてくれ。そしたら次が行くから」
「あいよ、こっちは浮き上がるだけなら得意だからね、問題ないさ、ブヒィ」
猪飛が跨っても、ハルの身に蓄えた脂肪の浮力は、ゆっくりとしか沈下することが出来ないほどである。幾つか重石を抱えることで、十分な潜水速度を保つことが出来た。
30秒後に、無事到着の合図が送られてきた・・
「次は侠猪だ」
「アイヨ、ブヒィ」
先に十分な戦力を送り込んでおき、安全を確保する作戦である。侠猪とアキのペアも無事に辿り着き、グドンとヘラのペアの番がくる。
「しっかり掴まるだ」
「任しぇましゅ・・」
ヘラは、グドンが背負っていくことになった。両者とも泳ぎは苦手だが、水中での活動時間は、体力が物を言う。グドンならば、多少の問題は、力押しで突破できると信じての配置である。
ヘラは、潜る前からグドンの背中にしがみ付いて、ぎゅっと目をつぶっていた。
「怖いなら、地上で待っていても良いぞ・・」
小隊長が心配して声をかけるが、ヘラは小さく首を振った。
「みなしゃんと一緒の方が安全でしゅ・・」
自分が残れば、グドンも残ることになる。ヒーラーとタンクが欠けては、調査班の戦力が足りなくなるかもしれない。そこまで考えたヘラは、自分も同行する事を選択したのである。
「そうか・・無理はしないようにな・・グドン、頼んだぞ」
「オデ、ヘラ護る・・ぜったい・・」
「うむ・・グドン・ヘラ潜水開始!」
小隊長の掛け声とともにグドンが、浮きからロープへと持ち替えた。すると二人分の体重プラス重石により、みるみる沈んでいった・・・
20秒ほどの潜水時間ではあったが、ヘラにとっては5分以上かかった気さえした。
5分も息が続くことはないのだけれど・・
無事に湖底に着地し、グドンはヘラを背負ったまま、猪飛達が待つ侵入口へと、慎重に歩き出した。その間も、ヘラは目を閉じたまま、グドンの首筋にしがみ付いたままである。
あと少しで侵入口に辿り着けると思ったその時、グドンの足元が突然崩れた。
「・・ゴボッツ!!・・」
ぽっかり開いた穴へ、湖の水が凄い勢いで吸い込まれていく。穴に落ちかけたグドンもその水流に巻き込まれて地下へと引きずり込まれた。
侵入口から猪飛とハルが飛び出してくるのが見えたが、水の抵抗があり、間に合いそうにもなかった。
グドンは背中のヘラを引き剥がして、力の限り猪飛の方へと投げようとした。
しかし、その腕をヘラが拒んだ。
二人は、そのまま水流に巻き込まれて、湖底のさらに下へと消えていった・・・




