サンタが街(ダンジョン)にやって来た(中編)
前後編のはずが、中編が・・これが東方三賢者の力とでも言うのか・・
森の中を20頭のトナカイが歩いていた。
その鞍上には18人の荒くれ男達が乗っている・・
先頭の、一際大きなトナカイに跨った蛮族の長が、サドルバックに鎮座したハーフリングに声を掛けた。
「やがて日が暮れる・・次の湖が目的地でないなら、ここでキャンプにするが・・」
その声には僅かに苛立ちが混ざっていた。
すでに4つの湖を無駄に通過していた・・部下達の不満を抑えるのも限界に近い・・
「大丈夫、ここが例のボーンサーペントが眠っている場所だよ」
ハーヴィーは、最北湖を指差して答えた。
そこには、夕日に照らされて、オレンジ色に輝く湖面が見えていた・・・
目的の場所に辿り着いて、元気を取り戻した一行は、獣道を湖畔へと隊列を組んで進んでいく。
その途中で、部下の一人が死体を見つけた。
「族長!冒険者らしき死体がありやすぜ」
それは革の鎧を着て、長剣を握り締めたまま、木にもたれ掛かるように息を引き取った白骨死体であった。両足が無くなっている様子から、獣かなにかに襲われて、足を食い千切られ、上半身だけでここまで這って逃げて来たのかもしれない・・
「白骨化しているなら、現状の脅威には関係ない・・祈っておけ・・」
「へいっ、成仏しろよっと」
部下はトナカイに騎乗したまま、右手のモーニングスターを振ると、白骨死体の頭を叩き砕いた。
それで済んだとばかりに、後ろも見ずに立ち去ってしまう。
だが、彼が注意して見ていれば、崩れた骸骨の顎が、カタカタと小刻みに動いていた事に気付けたはずであった。
「・・偽装が見破られた・・偵察兵1は戦死・・」
湖のどこかで囁く声がしたが、それがクラウス達に届くことは無かった・・
最北湖に近づくと、急に周囲から霧が立ち込めてきた。秋も終わりに近づき、朝夕の寒暖の差が激しくなってきたからだろう・・クラウスはそう考えて特には気にしなかった。
日が完全に落ちる前に湖畔に辿り着けた。
そこには、湖底まで見通せるほどの透明度を保った、湖沼地帯最北の湖が横たわっている・・・
「この湖の底に、ボーンサーペントの死骸が眠っているのか・・」
それは独り言であったが、ハーヴィーは律儀に答えた。
「そうさ、オイラが見たんだから間違いないよ」
確かに、僅かに差し込む夕日によって、湖の中心付近に何かが沈んでいるのが見て取れた。ただ、霧が邪魔をして、それが何かまでは確認できなかった。
「族長、潜りますか?」
「いや、どこからか敵意を感じる・・見られているな・・」
クラウスは部下に警戒するように伝えた。
「おっと、戦闘になるならオイラは邪魔だよね・・騎手のいないトナカイ2頭の番は任せておいてくれよ・・」
そう言って、ハーヴィーはクラウスの愛騎であるレッドノーズから飛び降りると、後方の荷駄トナカイを連れて岸辺から離れていった。
そんなハーヴィーの行動を無視するかのように、クラウスは視線を湖から離さない・・
そして、西日が完全に山裾に遮られ頃、霧の中から、9体の白骨死体が現れた。
「ふむ・・敵意の割には小物だな・・」
クラウスの感じ取った視線の主にしては、スケルトンは脆弱過ぎた。
「前座ということか・・」
興味を無くしたクラウスが、部下に命令した。
「蹴散らせ・・」
「おう!」
丁度、部隊の半数にあたる9体のスケルトンに対して、9騎のカリブー・ライダーが突撃をかけた。
もちろん雑魚のスケルトンなど1撃で屠るつもりで・・・
そして、突進した9騎は、スケルトンに辿り着く直前で、罠に嵌った・・
水深が50cmも無い浅瀬で、突然、砂にトナカイの足が埋まったのだ。
「底がねえぞ!」
「やべえ、どんどん沈んでいきやがる!」
「族長!ここは底なし沼で・・ゴボゴボゴボ」
あっという間に、9騎が、足をとられて立ち往生してしまった。運の悪かった者は、水に浮くことも出来ずに、そのまま湖底の砂に沈んでしまう・・
「どういうことだ!スケルトンは普通に歩いているやがるのに・・」
霧の中に立ち並んでいるスケルトンは、膝までの浅瀬に立って、剣と盾を構えている。どう見てもトナカイごと戦士が沈む水深があるわけがなかった。しかも最北湖に底なし沼や流砂があるとは聞いていない。
だが実際に先陣をきった部下達は、立ち往生したまま、ゆっくりと湖底に沈んでいく。
逸早く救助に動いた者も、同じように足を取られて身動きが出来なくなっていた。
「接近はするな!救出はロープで行なえ!」
クラウスの指示に従って岸から投げ縄の要領で、ロープを投げる。しかし救助側のトナカイが全力で引いても、鞍上の戦士は助けられても、砂に4つ足の嵌ったトナカイを引き上げる事は出来ない・・
そこへ、武器を持ち替えたスケルトンが、弓を放ってきた。
威力は低いが、流砂に嵌って動けないトナカイは良い的である。鞍上の戦士が懸命に盾で庇うが、集中的に狙われたトナカイの全身をカバーすることはできずに、やがて射殺されてしまった。
トナカイが死亡すると、流砂に抵抗することができなくなり、あっという間に騎手ごと湖底に消え去っていった。
「ロープを引け!」
クラウス自身もロープを引きながら、流砂に嵌った部下を助けようとしていた。
そこにさらなる追い打ちが掛かる・・
弓を構えた骸骨兵士の後ろから、3体の焼けただれた焼死体が姿を現したのである。
それは全身を燻らせながら、立ち往生した戦士に、各個に飛びかかっていった。
「なんだ、こいつらは!」
「燃えてやがるぞ!!」
「バーニング・ボーンだと!!」
正しく、燃え盛る骸骨は、盾で防ごうとする戦士に抱きつくように伸し掛った。
その攻撃力は戦士の防御を突破するほどではないが、身体に纏った炎が、ロープを焼き切ってしまう・・
反動で岸辺にいた3頭が転倒するが、それより悲惨なのは抱きつかれた戦士達であった。
懸命にモーニングスターで殴りつけるが、懐に飛び込まれると思うように攻撃ができない。しかもバーニング・ボーンは、自ら流砂の中に引きずり込もうとしてくる。
3人の戦士が、トナカイと火炎骸骨とともに湖底に消え去るのに、それほどの時間はかからなかった・・・
「燃え滾れ魂、唸れ赤熱の波動!山吹色のサン・バースト!!」
業を煮やしたクラウスが、必殺のスキルを発動させた。
骸骨弓兵を巻き込んで、目も眩む光の波動が湖を照らした。これこそが「太陽のクラウス」の異名を誇る、彼の奥義である・・
光が収まった後には、立っている骸骨兵は1体も居なかった。
残りの戦士は、愛騎を諦めて、岸へとロープで引き上げられた。
取り残されたトナカイ達は、悲しい啼き声を上げながら、流砂の底に沈んでいった・・・
先陣をきった戦士のうち、帰還したのは4名、そしてトナカイは1頭も戻らなかった。
敵のスケルトン9体は全滅させたが、流砂に沈んだバーニング・ボーンは、死んだとは限らなかった。
そしてまだ、見えざる敵意はじっとクラウスを覗っている・・
「面白い・・久しぶりに手強いと思える敵に出会えたようだ・・」
戦力の半分を失っても、クラウスの戦意は、些かも衰えていなかった。
それが「太陽」の名を冠された、蛮族の英雄たる所以であった・・・
その堂々とした騎乗姿を、遠くから見つめるハーフリングが居た・・
「なんだろう・・あんなアンデッドが居るなんて聞いてないんだけどな・・主が居なくなって、別口が入り込んだのかな?」
ハーヴィーが見たところ、クラウスの方が劣勢だった。
「まあ、サン・テが駄目なら次を見つけるから良いんだけどね・・」
出来れば、相打ちになってくれると、後腐れが無くて良いなと考えるハーヴィーであった・・・




