襲来
地底で起きた振動は、凍結湖の湖面にも届いていた。不規則な波紋が広がり、それと同時に僅かな揺れが感じられた。
「地震かい?ブヒィ」
「それにしちゃあ、小さくないか、ブヒィ」
猪飛と侠猪が顔を見合わせながら、足元の震えを警戒していた。
グドンは、何があっても逃げられるように、肩にヘラを担ぎ上げた。
「まだ無理したら駄目でしゅ」
「オデ平気、オデ動ける」
怪我を気にするヘラを強引に担ぐと、彼女の荷物を逆の腕で抱えて、災害に備える。
揺れはすぐに気にならない程度に落ち着いたが、新たな変化が凍結湖に起きていた。
「水位が下がっていく・・」
エルフの小隊長が、呆然と湖面を見つめていた。
まだ、湖の外縁には薄い氷が残っているが、溶けきって見えていた中央部の水面が、徐々に下がっていくのがわかる。
それに伴い、低水温で活動の鈍っていたはずの魚達が、狂ったように湖面に飛び跳ねていた。
「地下水路が崩落したのか?・・」
先程の振動と水位の低下を重ね合わせて、出てきた答えがそれであった。
「一旦、安全圏まで下がるぞ、この状態の湖に潜るのは自殺行為だ!」
小隊長の号令に、異議を唱えるものはいなかった・・
崖っぷちのヴォジャノーイ以外は・・
「小隊長、何かが湖に這い寄っています!」
「フロッグマンに生き残りがいたのか?!」
「いえ、半魚人です!手に三つ又矛を持ったまま、匍匐前進しています!」
見つかった事がわかると、ヴォジャノーイは立ち上がってダッシュし始めた。
「思ったよりピンピンしてやがる、足を止めさせろ、狙え、撃て!」
バラバラと矢や投げ斧が飛んで行ったが、それらを掻い潜って、半魚人は湖へダイブした・・
「あ、氷で頭を打ったぜ、ブヒィ・・」
「しょのまま、しゅべっていくでしゅ・・」
奇妙な角度に首を捻ったまま、ヴォジャノーイは湖面の中ほどで、水中へと沈んで行った・・
「「なんだったんだ・・」」
経緯のわからない調査班は、ただ、首を捻るばかりであった・・・
青水晶の間で、何が起きたのか
地震が観測される直前まで、オババは各所の対応に追われていた。
コアルームで操作できれば、一瞬にしてダンジョン全域を把握できるのだが、敵の狙いはどうやらこの部屋らしい。
「ずいぶんこちらの内情に詳しいようじゃな・・ダンジョンマスターだとしても2・30年は年季が入っていそうな敵じゃ・・」
初期にバトル委員会からの警報も鳴っていたようだし、傭兵以外にも眷属が混じっていたのであろう。直接仕掛けてこないのは、こちらがクーリングタイムで、バトルは拒否権が発動できる事まで織り込み済みでの、嫌がらせとオババは判断していた。
警報は、調査班が接触したことで、偶然発生したのであるが、その事はオババにはわからない。故に、味方になりうる勢力が、側で暇つぶししていることも、想定外であった・・
その時、一つの青水晶の輝きが消えた・・
「・・13番が逝ったようじゃな・・」
既に半数が輝きを失った水晶の列に、また一つ暗い場所が出来上がった。
「ワシが受け継いだ時に、半分亡くなったが、さらに寂しくなったのう・・」
オババには、ボーン・ガーディアンの修復は出来ても、新生は出来ない。完全に破壊されてロストナンバーになった者も、何体か居た。
ここ数年は隠遁生活をしていたので、ロストするような戦いも無かったのだが・・
「カタカタ(別な者を呼び出しますか?)」
27番がオババに尋ねた。
しばらく悩んだが、オババは首を振った。
「いや、今でもワシの容量では一杯一杯じゃからな・・1枠はいざという時の為に取って置こう・・」
「カタカタ(しかし、祠から侵入してきた人狼を止める手立てが・・)」
「なに、まだ12番もおるし、なんとかなるじゃろうて・・」
オババは、そう嘯いたが、本当の理由は他にあった。
もう、信頼できるボーン・ガーディアンが居なかったのである・・
先代の「冥底湖の魔女」から、このシステムを奪い、青水晶の間まで領域を拡張してダンジョンに取り込んだ際に、全てのシステムを稼動することは叶わなかった。
一つは、新しいガーディアンを生み出すことが出来なくなっていたこと。
もう一つは、ガーディアンの制御が不完全であったことである・・
オババと魔女の戦いで傷ついたガーディアンの修復は可能であったが、完全に破壊された者を再構成することも、死んだ冒険者の魂を骸骨骨格に移すことも出来なくなっていた。
さらに、ガーディアンの中には、オババの命令に従わない者も居た。
怠けたり、報酬を要求するのはまだしも、明確に拒否したり、他の眷属に攻撃を仕掛ける者まで存在したのだ。さすがにコントローラーであるオババに直接に害を与えることはしなかったが・・
「可能ならば、やりたかったのかもしれぬな・・」
当時のオババは、システム上の不備だろうと放置していたが、今、考えると、あれは彼らなりの意趣返しだったのかも知れない。
「冥底湖の魔女」が、無理矢理ガーディアンを創ったのではなく、彼等の承諾を得て魂を保存しようとしたのであれば、その仇であるオババに恨みを持つのも道理である。
素直に従ってくれた、3番や7番は、前任者にそこまで思い入れが無かったのか、それともそういう性格だったからかも知れない・・
兎に角、使い易いナンバーばかり呼び出してしたので、さらに対応に差がついてしまった。早いうちに融和を図っていれば良かったのだが、オババ自身も自分のコミュニケーション能力に懐疑的である。
ぶっちゃけ、配下のご機嫌取りなどできようもなかった。親和ランクCは伊達ではないのである。
「話しても理解できない奴もおるしの・・」
オババは、そっと23番を覗った。
その電波系オラクル(占い師)は、今も宙を見つめたまま、何かを呟いている・・
「カタカタカタ(・・大いなる災い来たれり・・方角は北東・・水難に注意・・ラッキーカラーは真紅・・)」
「いったい誰と交信しておるのじゃか・・」
オババの呟きが聞えたのかどうか、急に23番が振り向いた。
「カタカタ(オババ様、あと2歩こちらへ・・)」
「ん?なんじゃ?」
23番の指示に従ったわけではなく、声が小さかったので、反射的に近寄っていった・・・
その時・・・
ゴゴゴゴゴ という轟音とともに、青水晶の間が揺れた。
「カタカタ!(オババ様、地震です!)」
27番の声が響く。
しかしその揺れが地震ではなかった事がすぐに証明された。
たった今、オババが立っていた場所に突如として大きな穴が開き、そこから巨大な昆虫の顎が突き出してきたのである。
「なんじゃ!どうやってダンジョンの隔壁を突破しよった!」
驚愕するオババの前で、獲物を掴み損ねた何かが、怒りながらその姿を現した。
「フロスト・ワーム!有り得ん、こんな南まで移動してくるわけが・・まさか、これも刺客のうちか!!」
あまりにも巨大なために、青水晶の間に1/3も入りきれずに暴れまくる、巨大な青白いワームが現実に存在した・・
「青水晶の間に敵勢力が侵入した!敵は本気でここを潰しにかかっておる!!」
オババは、緊急の念話を送るのが精一杯であった・・・




