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ダンジョンマスターは眠れない  作者: えるだー
第11章 湖底の棺編
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貴様に兄と呼ばれる筋合いはない

 「俺の名はヴォルフ、傭兵団『月影』を率いている」

 「あたしはウェラ、副団長さ」

 人狼の兄妹が名乗りを上げた。


 「俺はハスキー、この冒険者パーティーの纏め役をしている・・」

 ハスキーが微妙な自己紹介をした。本人はパーティーリーダーとは思っていないし、仲間うちでの序列に拘ったことがないからである。

 何故か面倒事は、ハスキーが処理する羽目になるのではあるが・・


 「冒険者パーティーというが、見たところ実力もありそうだ。通り名は無いのか?」

 ヴォルフが3人を見ながら尋ねてきた。

 未だにビビアンは羊飼いの扱いであるらしい・・


 「通り名って言ってもなあ、いつの間にかこの仲間で組んでただけだよな」

 「これを機会に決めるのも良いさね」

 「とは言え、通り名は勝手につくものだしな・・」


 真紅はビビアン個人の通り名であるし、それ以外というと、あまり聞こえが良くないものばかりである・・

 「『酒場の亡霊』とか『闇夜の疾走者』とか言われたが・・」

 さすがに、4人組の前で「かもねぎ」呼ばわりしたダンジョン関係者は居なかった。


 「ああ、あれだ、『索敵者シーカー』で行こうぜ」

 「スタッチにしては、冴えてるさね」

 「なら、そうするか・・」

 ハスキーは、ビビアンも小さく頷いているのを見て、名乗りを決めた。


 「『シーカー』か、覚えたぞ。それで何故、お前たちほどの腕利きが、羊の護送をしているのだ?それともこれは何かの偽装なのか?」

 「はっ、まさかあたしらの足止めの為に、わざと見つかるように・・」

 ウェラが警戒して、周囲を見渡した。


 「違うって、お前らの事は初めて知ったし、伏兵も居ねえよ!」

 スタッチが、呆れて突っ込みを入れた。


 「これは、依頼人に対する礼だ。過分な報酬をもらったんでな、そのお釣りみたいな仕事を受けただけだ・・」

 ハスキーは、事情をぼかしながらも、相手が納得しそうな理由を説明した。


 「なるほど、気前の良い依頼主で羨ましいな」

 「そちらは急ぎの仕事ではないのか?・・」

 ハスキーが暗に、とっとと立ち去れと匂わした。


 「急ぎではあるが、こちらも重要な案件なのでな。出来れば直ぐに決めてもらいたい・・」

 ヴォルフの要求は、慰謝料として羊1頭か、妹を嫁にするかであった。


 「嫁は論外だ・・」

 「うちの妹のどこが不満だ」

 「そう言う意味ではない・・」

 「なら、羊1頭で手打ちにするのか?」

 「これは依頼人のものだ、勝手に譲るわけにはいかない・・」

 「なら、嫁だな」


 釣られてウェラの方を見ると、牙を剥き出しにしてニヤリと笑っている。

 「あれは無理だろう・・」

 ついハスキーが呟くと、聞き咎めたヴォルフが、妹を注意した。


 「見合い相手を脅してどうする。元に戻れ・・」

 そう言われて、ウェラがさらに変身した。

 今度は完全な人間形態である。


 人の姿に戻ったウェラは、茶色い髪をウルフカットにした、活発な印象を与える美少女であった。

 目つきが少しキツめだが、それが野性的な魅力にもなっていた。


 「ほうほう」

 「これは、驚いたさね」

 スタッチとソニアが思わず感嘆していた。

 ハスキーもその変貌に驚いて見つめていたが、後ろから強烈な思念を当てられて、そっと振り返った。

 そこには杖を折らんばかりに握り締め、全身から真紅のオーラを立ち上らせるビビアンの姿があった。


 「「メエエエーー」」

 恐れ慄いた羊達が、一斉に啼き声を上げて騒ぎ始めた。

 「と、とにかく嫁は間に合っている。羊は無理だが、保存食で勘弁してくれ・・」

 ハスキーの言葉を聞いて、急速にビビアンのオーラが静まっていった。今はなぜかモジモジしている・・


 「まあ、良いだろう・・だが、出来るだけ食いでのある物にしてくれ・・」

 傭兵団「月影」、どうやらかなり貧乏らしい・・



 予備で運んでいた保存食のうち、干し肉や魚の燻製を主に、24食分を渡した。ドライフルーツや木の実の類は、要らないと置いていった。

 オークの丘にたどり着けば、補給が受けられるだろうから、なんとか足りる計算である。


 手渡した先から、バリバリと食い尽くしてしまう。幾ら荷物になるとは言え、残して置かなくて良いのか心配になってしまう。

 人狼16体に24食分では足りないぐらいな様で、まだ物欲しそうな目をしている部下も居たが、空腹状態からは抜け出せたようだ。


 「世話になったな、『シーカー』のハスキー。手に余る仕事を受けたときは『月影』の名を思い出してくれ」

 「この銀の矢は記念に預かっておくからね、気が向いたら取りにおいでよ」

 人狼の兄妹は、そう言い残して立ち去っていった。



 「なんとか無事に追い返したな・・」

 人狼の群れに囲まれて、羊を守り通せたハスキーは、ほっとため息をついた。


 「16体はちょっとヤバかったな、あの団長は下手すると上級種だぜ」

 ライカンスロープ(人獣)にはロードと呼ばれる上級種が確認されている。ヴォルフと名乗った団長は、それだけの力量があると、スタッチは測っていた。


 「まあ、ハスキーの災難は、まだ終わっちゃいないさね・・」

 ソニアが、そっと後ろを指した。


 そこには、こちらの戦力を見誤せる為に、ずっと大人しくしていたビビアンの姿があった。

 「もう、話しても良いのよね・・」

 「お手柔らかに頼む・・」


 それから1時間、ハスキーはビビアンのお小言を聞く羽目になった。



 その頃、人狼の傭兵部隊「月影」は湖沼地帯を疾走していた。

 「作戦開始時間から相当、遅れている。このままだと戦果は全て、あの蛙共にもっていかれるぞ・・」

 「大丈夫だって、あの男寡婦おとこやもめに、そんな甲斐性があるもんか」

 「油断すると、痛い目をみるぞ、今回のようにな・・」

 「ちょ、今回は、あのレンジャーの弓捌きに対応出来なかっただけだぜ。大人しそうな面して、とんだ狩人野郎だよ」

 「だが、満更でもなさそうだったが・・」

 「へへ、あたしの尻に矢を射込んだのは、アイツが初めてだからね」

 「・・やはり、腕の一本ぐらい捥ぐべきだったか・・」


 彼らの向かう先もまた、凍結湖であった・・・



 




 

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