貴様に兄と呼ばれる筋合いはない
「俺の名はヴォルフ、傭兵団『月影』を率いている」
「あたしはウェラ、副団長さ」
人狼の兄妹が名乗りを上げた。
「俺はハスキー、この冒険者パーティーの纏め役をしている・・」
ハスキーが微妙な自己紹介をした。本人はパーティーリーダーとは思っていないし、仲間うちでの序列に拘ったことがないからである。
何故か面倒事は、ハスキーが処理する羽目になるのではあるが・・
「冒険者パーティーというが、見たところ実力もありそうだ。通り名は無いのか?」
ヴォルフが3人を見ながら尋ねてきた。
未だにビビアンは羊飼いの扱いであるらしい・・
「通り名って言ってもなあ、いつの間にかこの仲間で組んでただけだよな」
「これを機会に決めるのも良いさね」
「とは言え、通り名は勝手につくものだしな・・」
真紅はビビアン個人の通り名であるし、それ以外というと、あまり聞こえが良くないものばかりである・・
「『酒場の亡霊』とか『闇夜の疾走者』とか言われたが・・」
さすがに、4人組の前で「かもねぎ」呼ばわりしたダンジョン関係者は居なかった。
「ああ、あれだ、『索敵者』で行こうぜ」
「スタッチにしては、冴えてるさね」
「なら、そうするか・・」
ハスキーは、ビビアンも小さく頷いているのを見て、名乗りを決めた。
「『シーカー』か、覚えたぞ。それで何故、お前たちほどの腕利きが、羊の護送をしているのだ?それともこれは何かの偽装なのか?」
「はっ、まさかあたしらの足止めの為に、わざと見つかるように・・」
ウェラが警戒して、周囲を見渡した。
「違うって、お前らの事は初めて知ったし、伏兵も居ねえよ!」
スタッチが、呆れて突っ込みを入れた。
「これは、依頼人に対する礼だ。過分な報酬をもらったんでな、そのお釣りみたいな仕事を受けただけだ・・」
ハスキーは、事情をぼかしながらも、相手が納得しそうな理由を説明した。
「なるほど、気前の良い依頼主で羨ましいな」
「そちらは急ぎの仕事ではないのか?・・」
ハスキーが暗に、とっとと立ち去れと匂わした。
「急ぎではあるが、こちらも重要な案件なのでな。出来れば直ぐに決めてもらいたい・・」
ヴォルフの要求は、慰謝料として羊1頭か、妹を嫁にするかであった。
「嫁は論外だ・・」
「うちの妹のどこが不満だ」
「そう言う意味ではない・・」
「なら、羊1頭で手打ちにするのか?」
「これは依頼人のものだ、勝手に譲るわけにはいかない・・」
「なら、嫁だな」
釣られてウェラの方を見ると、牙を剥き出しにしてニヤリと笑っている。
「あれは無理だろう・・」
ついハスキーが呟くと、聞き咎めたヴォルフが、妹を注意した。
「見合い相手を脅してどうする。元に戻れ・・」
そう言われて、ウェラがさらに変身した。
今度は完全な人間形態である。
人の姿に戻ったウェラは、茶色い髪をウルフカットにした、活発な印象を与える美少女であった。
目つきが少しキツめだが、それが野性的な魅力にもなっていた。
「ほうほう」
「これは、驚いたさね」
スタッチとソニアが思わず感嘆していた。
ハスキーもその変貌に驚いて見つめていたが、後ろから強烈な思念を当てられて、そっと振り返った。
そこには杖を折らんばかりに握り締め、全身から真紅のオーラを立ち上らせるビビアンの姿があった。
「「メエエエーー」」
恐れ慄いた羊達が、一斉に啼き声を上げて騒ぎ始めた。
「と、とにかく嫁は間に合っている。羊は無理だが、保存食で勘弁してくれ・・」
ハスキーの言葉を聞いて、急速にビビアンのオーラが静まっていった。今はなぜかモジモジしている・・
「まあ、良いだろう・・だが、出来るだけ食いでのある物にしてくれ・・」
傭兵団「月影」、どうやらかなり貧乏らしい・・
予備で運んでいた保存食のうち、干し肉や魚の燻製を主に、24食分を渡した。ドライフルーツや木の実の類は、要らないと置いていった。
オークの丘にたどり着けば、補給が受けられるだろうから、なんとか足りる計算である。
手渡した先から、バリバリと食い尽くしてしまう。幾ら荷物になるとは言え、残して置かなくて良いのか心配になってしまう。
人狼16体に24食分では足りないぐらいな様で、まだ物欲しそうな目をしている部下も居たが、空腹状態からは抜け出せたようだ。
「世話になったな、『シーカー』のハスキー。手に余る仕事を受けたときは『月影』の名を思い出してくれ」
「この銀の矢は記念に預かっておくからね、気が向いたら取りにおいでよ」
人狼の兄妹は、そう言い残して立ち去っていった。
「なんとか無事に追い返したな・・」
人狼の群れに囲まれて、羊を守り通せたハスキーは、ほっとため息をついた。
「16体はちょっとヤバかったな、あの団長は下手すると上級種だぜ」
ライカンスロープ(人獣)にはロードと呼ばれる上級種が確認されている。ヴォルフと名乗った団長は、それだけの力量があると、スタッチは測っていた。
「まあ、ハスキーの災難は、まだ終わっちゃいないさね・・」
ソニアが、そっと後ろを指した。
そこには、こちらの戦力を見誤せる為に、ずっと大人しくしていたビビアンの姿があった。
「もう、話しても良いのよね・・」
「お手柔らかに頼む・・」
それから1時間、ハスキーはビビアンのお小言を聞く羽目になった。
その頃、人狼の傭兵部隊「月影」は湖沼地帯を疾走していた。
「作戦開始時間から相当、遅れている。このままだと戦果は全て、あの蛙共にもっていかれるぞ・・」
「大丈夫だって、あの男寡婦に、そんな甲斐性があるもんか」
「油断すると、痛い目をみるぞ、今回のようにな・・」
「ちょ、今回は、あのレンジャーの弓捌きに対応出来なかっただけだぜ。大人しそうな面して、とんだ狩人野郎だよ」
「だが、満更でもなさそうだったが・・」
「へへ、あたしの尻に矢を射込んだのは、アイツが初めてだからね」
「・・やはり、腕の一本ぐらい捥ぐべきだったか・・」
彼らの向かう先もまた、凍結湖であった・・・




