3分間の死闘
ダンジョンコアルーム(司令部改め戦後処理室)にて
「コア、現在のDP容量の余裕はどれぐらい?」
『ちょびっと』
「吸収を後回しにできる死体はできるだけ残す方向で」
『じぶろっく』
アイスオーク3姉妹の活躍で、黒蜘蛛の包囲陣が敗れたことで、戦闘の流れはこちらに傾いた。
すぐに決着が着くことだろう。
ここまでレッドバックウィドウの大集団を統率してきた幹部らしき存在は、狙撃部隊に任せておけば処理してくれるはずだ。
そうなれば、残りの蜘蛛もバラけるか、巣に戻るはずだった。
僕らには、それまでに、しておかなければならない事がある。
撃退ポイントを溢れさせない為の、容量の確保だ。
「コア、今までの戦闘で倒した、侵入扱いの蜘蛛の総数は?」
『いっぱい』
いや、そうだけどね・・
『おなかいっぱい』
ああ、どちらにしろ溢れるほどいたんだね・・
レッドバックウィドウだけでも、70体は塹壕で処理をしたはずだ。それだけで撃退ポイントは5600以上になる。こればっかりは、途中で止めることもできないし、獲得は、同じ集団に属している敵の最後の1体が、領域を離脱して再度戻ってこないことを確認した時点で全部一辺に入ってきてしまう。
つまり一度に襲ってくる敵は、容量以下に納めましょうということだ。
それ以上は、吸収は後回しにできても、撃退ポイントは溢れてしまうことになる。今回は、隘路の領域は塹壕の中だけだったので、そこに足を踏み入れていない、黒蜘蛛の撃退ポイントはない。それ以外にも。炎の壁を突破できずに、焼死してしまった背赤蜘蛛や、壁をジャンプして突き抜けて、塹壕を跳び越えた蜘蛛も撃退にはならない。
隘路全体を領域化しなかった理由は、直前にドワーフキャラバンが通過するのと、その中心で冒険者に範囲呪文を使ってもらうからだ。
ゲスト化しないで領域を通過させると、キャラバンが侵入者扱いになってしまうし、冒険者をゲスト認定すると、炎の壁が出せない可能性があったのだ。
どちらにしろ、撃退ポイントをこれ以上稼ぐ必要性はない。
今は、手持ちのDPを空にして、いかに無駄になるポイントを減らすかの勝負なのである。
「どなたと競っているのでしょうか」
えーーと、過去の自分?・・・
「なるほど、貧乏生活が長かった冒険者が、ベテランになって一山当てても、銅貨1枚残さず袋に入れて持ち帰ろうとする、あれですね」
・・そう、それです・・
推定4500ポイントを30秒で消費する方向で。
「確か、敵勢力が撤退してから、撃退ポイントが取得できるまでにはタイムラグがあるとか」
ダンジョンから出てすぐに戻ってきた冒険者を、2回にカウントしない為のシステムみたいだね。
「ならばその時間は、設置や再配置ができるのではないでしょうか?」
「『てんさいか!』」
即座にコアがシミュレーションを始めた。過去のデータからタイムラグの予想時間を推定する・・
『すりーみにっつ』
敵が撤退してダンジョンの設置・拡張システムが復帰してから、撃退ポイントが振り込まれるまでの時間が、3分間らしい。
その3分間に僕らの全てを賭ける!
すでにコアは、家具通販のリストを開いて、クリックする体勢になっている。
まるで、先着10名様の激安家電を狙う主婦のようだ。
僕としては、牧畜技能持ちを召喚したので、畜舎と牧場とサイロが欲しかった。地上部分の畑の横に25マス部屋の区画を拡張して(25)、そこに畜舎を設置する(1000)。通路を外に繋げて、出口には丈夫な木の両扉をつける(17)。そこから先を半径80mの半円形の牧草地にして(1000)、柵で囲う(420)。サイロは見張り台にも使える用に改修して、畜舎の側に建てたい(1200)。
「良い感じで消費できそうですが、ドワーフの鍛冶場の拡充はよろしいのですか?」
あっと、それも必要か。残り900ぐらいだっけ?
『あうー』
あ、コアがしょんぼりした。これ以上予定すると家具が買えなくなるか・・・
「そうしたら鍛冶場は、取り置きしてある死体の吸収ポイントで造るから、残りはコアが好きにすると良いよ」
『ほんとう?』
「ああ、ずっとキャラバンを追跡していて大変だったから、ご褒美だよ」
『うれしー』
コアはくるくると回りながら、喜びを表していた。
その間も、リストからは目を放さないでいたけれども・・・
「プロフェッショナルですね」
そしてその瞬間が訪れた。
狙撃部隊が、敵指揮官を捕捉・撃破したことによって、蜘蛛の大氾濫は、一度は終結した。
ぞろぞろと湿原に戻っていく蜘蛛に、追撃を仕掛けることも考えたが、下手に刺激して、また集団で南下されると面倒なので、放っておくことに決めた。
領域への侵入が途絶えてから2分後に、全てのダンジョン機能が回復した。
それと同時に、コアの頭上にタイマーが表示された・・
00:02:59
それは1秒毎に数字を減らしていく、破滅へのカウントダウンである。
「コア、畜産関係を順次、設置!」
『ん』
凄い勢いで、投影されたダンジョンマップに変化が書き記されていく。
区画を拡張した時点で、コアからリストが送られて来た。
『ん?』
そこには畜舎の種類が並んでいた。
設置リスト:建造物(畜産)
鶏小屋(小) 100DP 鶏小屋(中) 300DP 鶏小屋(大) 500DP
豚小屋(中) 500DP 豚小屋(大) 750DP
山羊・羊小屋(中) 750DP 山羊・羊小屋 (大) 1000DP
馬小屋 (中) 1000DP 馬小屋 (大) 1500DP
牛小屋 (中) 1000DP 牛小屋 (大) 1500DP 牛小屋(特大) 2000DP
サイロ(小) 500DP サイロ(中)1000DP サイロ(大)1500DP
迷っている時間はないので、山羊・羊小屋(大)を選択する。狙いは山羊の乳と羊毛だ。
「子羊の肉も美味しゅうございますね」
ジンギスカンですね、分かります・・
『んーーん?』
コアが悩んだ。どうやら山羊・羊小屋だとサイロがいらない様だ。
そうか、サイロって主に牛と馬の飼料用に牧草を発酵貯蔵する為のものだったね。
「そしたらサイロは中止して、地下墓地の右奥の部屋に、精霊の泉(闇)を設置して(1000)」
『ん』
スケルトン・ウォーリアーなどのアンデッドの傷を治すには、治癒魔法ではなく、闇魔法が必要になる。できれば高LVの呪文が使える闇精霊に来て欲しいところだ。
「それって危険な精霊なのでは?」
まあ、今までの実績からして、扱い辛くても暴走するようなタイプは住み着かないと思うよ。
「・・ああ、なるほどそうですね」
かなり予想と違う精霊が集まってきているけどね・・
設置は牧草地から柵へと移っていった。
牧草地は必然的に、山羊・羊が好む植生になっている。柵は家畜が外に逃げださない為のもので、外敵を排除する役には立たない。ただしダンジョン領域と外部を区切る意味では重要だ。
『できた』
コアが投影図で足りないものがないか確認してきた。畑と違って番人がいないけれど、牧羊犬は狼チームがやってくれるだろう・・
「これで良いよ」
『ん』
サイロが無くなったから、見張り台を別につくる必要が出来たけど、それは後でも構わない。
すでにタイマーは、30秒を切っていた。これ以上の注文はコアの通販の時間がなくなるから、止めておこう。
コアは既に、残りのDPとコアルームの大きさを考慮して、設置するアンティーク家具の選択に没頭している。大量のリスト情報が、立体的なカタログと共に、浮かんでは消えを繰り返していた。
「コア様のご趣味は、アンティーク家具の蒐集なのですね」
カジャが、興味深そうに見つめていた。
「そうらしいね、台座も本棚もその流れで取り寄せたみたい」
設置リストに、そんなカテゴリーがあるのにも驚いたけれどね。
00:00:09
「コア、まだ選び終わってないの?あと10秒切ったよ」
『あうーー』
演算処理の速さは、決断の速度には関係しないみたいだ・・
「逆に選択支が沢山ありすぎて迷うのかもしれませんね」
なるほど・・
そしてタイマーが残り5秒を切って、赤く点滅し始めたときになって、やっとコアが選び終わった。
設置された家具が、コアルームに出現するのと同時に、蜘蛛の撃退ポイントが加算された。
『せーふ』
そう言ったコアの両耳からは、紫色の煙が立ち昇っていた・・
間に合ったのは容量を空にすることで、撃退ポイントは、やはり5000を上回っていたようだ・・
『ぷひゅーー』




