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ダンジョンマスターは眠れない  作者: えるだー
第10章 ドワーフキャラバン編
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怪しげな行商人

  最北湖の東岸の野営地にて


 「ふん、ふん、ふん♪」

 4人組の冒険者の野営地に、ご機嫌なビビアンの鼻歌と、奇妙に甘ったるい香りが漂っていた。

 焚き火に掛けた鍋をかき混ぜながら、夕食という名の何かを創り出しているようだ・・


 スタッチは絶望的な目でそれを見ながら、ソニアに小声で話しかけた。

 「・・おい、あれ何とかできないのかよ・・」

 ソニアも苦虫を噛み潰したような顔で答える。

 「・・できないね。だいたい最初にはっきりとマズいって言わないアンタらが悪いさね・・自業自得さ」


 ここ何食か、干し肉しか食べていないソニアも迷惑は被ってはいたが、あの料理を食べさせられている男二人よりは被害が少ない。

 ちなみにビビアン本人は、えらく時間のかかる料理の合間に、ドライフルーツやナッツを齧って満足してしまっていた。スタッチとしては、俺にもそれを食わせてくれと声を大にして言いたかった。


 ハスキーはというと、少し離れた草叢で、座禅を組んで瞑想していた。

 ビビアンの手料理に悟りを開いたわけではない・・

 召喚した偵察用の鳥に、感覚を同調する為に、精神集中しているだけである・・たぶん・・


 レッドバックウィドウの警戒網が突破できないので、仕方なく、長距離の偵察をハスキーが一人で担っていた。その分、他の3人が手隙になり、スタッチとソニアが交代で、無防備になるハスキーの護衛を務めている間に、ビビアンは料理の技能の習得に励んでいたというわけである・・・

 それが実現するのは、かなり先になりそうではあったが・・


 「・・だいたい、ソニアはずるいぜ。自分だけ干し肉に逃げてよ・・」

 文句を言うスタッチを、ソニアは一蹴する。

 「・・ビビアンが手料理を食べて欲しいのは一人だけさね。何もそれに付き合う義理はないさね・・」

 「・・なるほど、だったら俺はなんで巻き込まれてるんだよ・・」

 「・・おや、アタシはてっきり、『相棒、地獄に落ちるなら俺も一緒だぜ』的な友情物語だとばっかり思ってたさね・・」

 

 「・・それにも限度ってものがあるんだよ・・」

 スタッチが盗み見ているビビアンの鍋には、今まさに、大量のコオロギが投入されようとしていた。

 「・・スタッチはコオロギ好きだって言ってたさね」

 「好物だと言ったのはハスキーで、俺は『昔食べたが、そこそこ美味しかった』としか言ってねえよ」

 しかもその時に提示された食材の中では、他に選択の余地がなかったのだ・・



 彼ら4人がキャンプしているのは最北湖の東岸だが、その北岸に、珍しいツンドラエルフの行商人が店を開いていた。

 最北湖を野営地にする冒険者相手の商売らしいが、果たして利益がでるのか疑問であった。何か他の目的があって、その隠れ蓑に名乗っているような気もする。

 しかし、商品は数が揃っていて、しかもこの僻地では手に入り難い物もあった。それと、現金ではなく、狩猟した獣の肉でも交換してくれるのが便利であった。

 ヘラジカを1頭倒すと、4人では持て余すほどの肉が剥ぎ取れるので、これは有難かった。


 主に珍しい食材や薬草などと交換したのだが、そこで提示されたのが昆虫食だった。

 確かに珍味だし、好きな奴は好きだ。干して煎じると薬にもなるらしい。

 だが、なぜ好き好んで、ミミズや蝗を食べなくてはいけないのか・・


 拒否しようとしたときに、ハスキーがポツリと「コオロギか、久しく食べてないな・・」と呟いた。

 それを聞き逃さなかったビビアンが、即決で買ってしまったのだ。

 それでも10kg単位で買い込もうとするのを、3人総出で食い止めた。

 他にも交換したいものがあるからと、押し止める理由として買い込んだ、枝豆という野菜が思いの他美味しかったのだけが救いだった・・・


 その珍味が、今、ビビアンの鍋で茹でられていた・・

 「・・高級食材なんだろ、よかったさね・・」

 「・・あれはな、油でからっと揚げるから、川海老みたいで美味いんだよ・・ぐずぐずに煮込んだら駄目だろう・・」

 スタッチがげんなりした顔でビビアンの手元を見ていた。ソニアも怖いもの見たさで凝視している。


 「・・今、入れたのは・・酢だね・・しかも一瓶全部・・」

 「・・おいおい、コオロギの酢漬けかよ・・」

 「・・いや、後から押し麦を足したね・・オートミールのつもり?」

 「・・・・」

 スタッチはすでに突っ込みを入れる気力を失っていた。


 完成目前の料理?は、細かく描写すると危険なので、ソニアも自重した。

 1つだけ言える事は、自分はぜったいあれを食べる気はしないということである。


 スタッチは、友情と、自分の健康を天秤に掛けて揺らいでいる・・

 1つだけ言える事は、あれは食べてはいけない種類のものだということである。


 ハスキーは、周囲の不穏な気配に、瞑想を解いた。

 言いたい事は山ほどあったが、今は1つだけにした。


 「奴等が動き出した」


 その一言は、スタッチにとって、神の福音にも聞えたのであった。

 「待ってたぜ、相棒、急いで追うんだな!」

 ソニアも、荷物を纏めながら尋ねた。

 「それで、数は?それと目標地点はわかるのかい?」

 「移動方向は西、このままなら、ここから北に1日ほどの湿原を通過する可能性が高い・・数は数え切れなかった・・」


 「はあ?夜とは言っても飛ばしたのはふくろうなんだろ?ざっとで良いから教えろよ、相棒」

 スタッチの軽口に、しかしハスキーは重々しく答えた。

 「本当に数え切れないんだ・・延々と蜘蛛の集団が移動していて、終わりが見えない・・」


 「それって、大氾濫ってことかい?」

 「わからない・・南には来ていないので、村は安全だとは思うが・・」

 しかし、いつ蜘蛛の集団の向う先が変わるかわからなかった。その数が押し寄せればビスコ村にも相当な被害がでる可能性がある。


 「どうする相棒、一度ギルドに報告に戻るか?」

 「しかしそれだと蜘蛛の監視ができないさね」

 「二手に分かれるという手もあるぜ」

 スタッチとソニアの論争を片目に、ハスキーはビビアンに尋ねた。


 「ビビアンはどう思う?」

 するとビビアンがにっこり笑って答えた。


 「丁度、出来上がったから、夕食を食べながら相談すればいいわね♪」


 「「うっ!」」


 レッドバック・ウィドウよりも強敵が、立ち塞がっていたのであった・・・





  


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