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ダンジョンマスターは眠れない  作者: えるだー
第10章 ドワーフキャラバン編
317/478

黒後家蜘蛛の魔女

8月17日から20日まで、夏休みということで、投稿はお休みします。ご了承ください。

 その沼は「黒衣の沼」と呼ばれていた。

 土壌の関係からか、水が黒く濁り、沼の底から生えた木々は立ち枯れて、やはり黒く変色していた・・

 沼に霧が立ち込めると、その隙間から見え隠れする黒い枯れ木の列が、葬儀に参列する喪服を着た人々の様だと、「黒衣」の名が付けられたという・・


 「黒衣の沼」は魚も住まず、小動物も寄り付かない、死の沼地であった。

 ただ、巨大なレッドバック・ウィドウだけが、生息しているのが確認されている・・

 もちろん彼らが捕食する為の餌も存在しないわけで、黒衣の沼の周辺では、狩りの為に出没するレッドバック・ウィドウの群れが、脅威となっていた。


 では何故、レッドバック・ウィドウは餌もいない黒衣の沼に生息しているのか・・・

 その答えは、沼の地下深くに広がる、巨大な空洞にあった。


 元はツンドラ地層に眠っていた氷河が融解してできた地下空洞だったらしく、左右には広いが、天井までは5mほどしかない、薄く平たい構造をしている。周囲に向けて、あちこちに触手のように地下道が延びているは、地下水路の名残だと思われた。

 その地下洞窟の中心部、広いすり鉢状の洞窟の中央に、それがいた・・

 信じられないほどの数の蜘蛛に囲まれながら・・・



 それを取り囲む蜘蛛の中には、奇妙な姿をした生物も混じっていた。

 確かに全体的には巨大な蜘蛛の形状をしているのだが、その蜘蛛の頭部に亜人の上半身が繋がっているのだ。しかもその上半身は、青黒い肌をもったエルフに見えた・・・いわゆるダークエルフである。

 ダークエルフの上半身と、巨大蜘蛛の下半身を持ったそれらは、周りにいる蜘蛛達を配下のように統率している。

 それらが、中央に鎮座する者に向かって、延々と呼びかけていた。


 「偉大なる我等が母よ、時は満ち、準備は整いました・・どうぞ、我らにお言葉を・・」

 「「お言葉を・・」」

 その唱和に合わせる様に、周囲を埋め尽くしたレッドバック・ウィドウが、一斉に顎を打ち鳴らす・・


 チキチキチキチキチキチキチキチキ


 すると、地下洞窟に充満した耳障りな音に、その何者かが反応した・・


 「・・・我が子達よ・・・蹂躙せよ・・・」


 「「 御心のままに!!」」

 チキチキチキチキチキチキ



 

  ナーガ族の隠れ里にて


 里長のベラと二人の若いナーガ族の前に、六つ子の一人が横たわっていた。

 狭い部屋の中には、頭の奥が痺れてきそうな、甘い匂いの香が焚きこめられている・・


 「・・水を吸い、光を浴びて育つものよ、ここは砂漠、ここは闇、ここは汝の育つ場所にはあらず・・」

 長い詠唱の後に、患者の胸の上にかざした手のひらが、紫色の淡い光を放つと、体内に残っていたヤドリギの鏃が、萎れて消えていった・・


 「これで、もう大丈夫です」

 久しぶりに高ランクの術を使って、疲労したベラが、汗を拭いながら語りかけてきた。

 両脇に控えていた、若い助手達が、術具の後片付けを始めながら、外で待機していたリーダーを招き入れた。

 無事に健康を取り戻した弟の姿を見て、リーダーは深く頭を下げた。


 「ありがとうございました。この治療のお支払いは必ず・・」

 「いえいえ、こちらこそご恩返しをしなければならない立場ですので、どうぞ御気になさらずに・・」

 「しかし、これだけの術をお願いするには、教会ならば大金の寄付が必要なはずでした。それをタダというわけには・・」

 なんとか治療代を払おうとするリーダーを見つめながら、ベラはくすりと微笑んだ。


 「律儀な方なのですね・・でしたら、しばらくの間で結構ですので、この里に滞在していただけませんか?」

 里長の申し出に、少し慌てながらリーダーが答えた。


 「いや、まあ、それは大変ありがたいお話なのですが、その、いろいろと、あれがですね・・」

 ナーガ族の過剰とも思えるスキンシップを思い出して、困惑するリーダーを、里長が安心させた。


 「ほほほ、大丈夫ですよ、若い者達には良く言い聞かせておきますので。無理なお誘いはさせません」

 「あ、いや、それはそれで残念がる・・いえ、なんでもありません・・しかし、その、だとしたらなぜですか?」

 自分達が里に引き止められる理由が、他に思いつかなかったリーダーは素直にベラに尋ねた。


 「大いなる災いが、すぐそばに迫っているからです・・」

 「・・それは、レッドバック・ウィドウの大氾濫ですか?・・」

 確かにこの里の周囲にまで、その予兆が記されていた・・


 「・・はい、そしてそれは、黒衣の沼の魔女が目覚める予兆でもあるのです・・」


 そこへ、1匹の白い大蛇が壁の穴をすり抜けて、何かを知らせにやって来た。

 「シュルシュル!」

 それを聞いたベラの顔に緊張が走る。


 「どうやら、悪い予感が的中したようです・・東の湿地帯からレッドパック・ウィドウの大群が押し寄せて来ていると・・・」

 「直に避難を!」

 声を荒げるリーダーに、ベラは悲しげに首を振った。


 「私たちの移動速度では、大蜘蛛から逃げ切ることは叶いません・・この里を放棄して行くべき場所もありません・・」

 「しかし・・そうだ!、我々も里の防衛を・・」

 「よいのです・・この里まで届くほどの大氾濫であれば、護りきることは不可能でしょう・・これも運命だと・・」

 「つっ・・・では、なぜ先ほど我らを引きとめようとしたのですか?・・」


 「この者達を、里から連れ出して欲しいのです」

 「「お師匠様!」」

 里長であり、ウィッチ・クラフトの師匠でもあるベラの言葉に、若いナーガ族の娘達は否定の言葉を叫んだ。逃げ延びるなら、里の重要人物であるベラが優先されるべきだった。


 「いいから聞きなさい・・私達はもう十分生きて来ました・・人を愛して、子をなして、その子がさらに孫を産んだ。もう思い残すこともありません・・でも貴女達は、まだ、その喜びを知らないでしょう?・・」

 若い娘二人が、お互いの顔を見合わせてから、小さく頷いた。


 「全てとはいかないけれど、貴女達には私の知っているほとんどの術を教えました。ナーガ族の血とともに、その術を伝えていってくれれば、それで良いのです・・」

 「「お師匠様・・・」」

 

 泣いてすがりつく二人を宥めながら、ベラはリーダーに話しかけた。

 「時間が有りません・・貴方方も脱出の用意を」


 しかし、里の中央にある広場に出てみると、里の戦士と六つ子達が中心となって、篭城戦の準備を始めていた。村人達もその指示に従って、物資の搬送などを手伝っている。


 「哨戒の鷹が、敵影を捕えたよ。距離約3km」

 「蛇達も里に退避させろ!分散して戦っても勝ち目はないぞ!」

 「奴らの弱点はあの図体のでかさだ。バリケードで通路を塞いで、隙間から弓矢や呪文で攻撃を仕掛けるんだ」

 「村人は食料倉庫に避難してください。そこなら1ヶ月は持ちこたえられるだけの備蓄があります」

 「治療班は後方で待機だ。すぐに忙しくなるから今は休んでいろ」


 予想外の出来事に、あっけにとられていた里長とリーダーが我に返った。


 「戦士長、これはどういうことですか?」

 「はっ、冒険者殿の協力を得まして、村人からも義勇兵を募り、里の防衛力を高めております、シュルシュル」

 「いったい誰の指示ですか?私は聞いていませんよ!」

 「はっ、特に指示を受けておりませんでしたので、自主的に行動いたしました。しかしこれが里の者達の総意であります、シュル」


 それを聞いたリーダーが、戦士長に尋ねる。

 「しかし、篭城戦では、敵が諦めない限り、勝ち目はないぞ。せめて外から援軍でもあるなら話は別だが・・」

 それに答えたのは妹ドルイドだった。


 「うん、だから知り合いに片っ端からアニマル・メッセージを飛ばしてみたんだよ。だめもとでね」

 「誰か答えてくれたのか?」

 「チョビに繋がったよ」

 「お前それ、狼・・」

 「チョビは戦友だよ、ちゃんと同行しているエルフに内容を伝えてくれたもの」

 すぐにそのエルフから確認のウィスパリング・ウィンドが届いたそうだ。現在は彼と情報のやり取りをしているらしい。


 「しかしまた、なんでこんな北に彼らがいるんだ?」

 「さあ、そこまでは聞き出せなかったよ。でも1個中隊規模で展開してるから、マスターに許可をもらえたら増援もだせるかもって・・」

 「そうか・・彼らが手を貸してくれるなら、なんとか・・」


 話の状況がさっぱりな里長が、心配げに訪ねてきた。

 「その、チョビさんってどなたですか?」

 「ああ、彼女は私達の知り合いで、そう・・ヘラさんの同僚です」

 「まあ、ヘラの・・だとしても強い方なのですか?」


 「強いです・・しかも中隊規模で軍事行動中なようなので、むこうの作戦が終われば、援護もしてもらえる可能性が高いです」

 「では・・・」


 リーダーはベラの目を見て頷いた。

 「戦いましょう。この里の全ての者を護る為に・・」



  


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