人呼んで、メイドの・・
リュウジャ達と連れ立って大広間に出向くと、そこには「鮫」の親分が、配下を従えて待ち構えていた。しかしハクジャもリュウジャも無事なのを見て、舌打ちをしている。
「ちっ、『鰐』の野郎、でかい口叩いていたクセに失敗しやがって・・・」
「当てが外れて残念だったな『鮫』の。お前さんの悪巧みもこれまでだぜ・・」
リュウジャが詰め寄るが、「鮫」の親分はどこ吹く風と受け流した。
「おいおい、悪巧みとはいったい何のことだ?俺はただ、『鰐』の奴が、お前さん方を説得して、ドワーフを連れて来るといったから、ここで待っていただけだぜ・・」
「ほほう、あくまで白を切るつもりかい・・・あんた・・背中が乾いてるぜ・・・」
動揺を見透かされた「鮫」の親分だったが、ここで言質をとられれば身の破滅だった。
「痺れを切らした『鰐』が暴走したかもしれんが、俺は穏便に事を運べとしか言ってない」
にらみ合いを続けていると、ドヤドヤと他の長老達が、大広間に入ってきた。
「この島で刃物を振り回した愚か者がでたらしいな」
「掟を破った者には制裁が必要じゃな」
「さよう、抗争で決着を着けるなら、自分達の縄張りでやってもらおうかのう」
ほとんどの長老が、「鮫」に対して白い目を向けていた。
不利を悟った「鮫」の親分は、自己の正当性を主張し始めた。
「元々、流れ者をどうしようと、俺らの勝手だぜ。突き出せば丸く収まるのに、態々氷炎の魔女に喧嘩を売る理屈がわからねえ」
確かに、リザードマン達にとって、ドワーフを匿うことにメリットは少なかった。もともと金属製品をたいして使わない彼らにとって、ドワーフの鍛冶師は宝の持ち腐れに近い。
「じゃがな、ワシらにも矜持がある。故郷を追われて、助けを求めに来た相手を、手強い追っ手がかかったからというて、はいどうぞ、と渡すわけにはいかん・・」
「はっ、矜持で飯は食えねえぜ。ヘタすりゃ、ドワーフごと奴隷落ちもありうるんだぜ!」
「鮫」の脅しに、何人かの長老が、互いの顔を見合わせた。彼らも実際のところは不安なのだ・・
「だったら、最初からそう言って長老会議で説得すりゃあ良いじゃねえか・・こそこそ裏で動き回って、自分だけ魔女に取り入ろうとしてるのが、みえみえなんだよ!」
リュウジャが珍しく、声を張り上げて糾弾した。
「なるほどのう、うまくすれば『鮫』だけが生き残れるわけか」
「同族全部を生け贄にして、自己保身に走るとは・・器が小さい奴じゃて・・」
「制裁じゃな・・」
追い詰められた「鮫」の親分は、最後の賭けにでた。
「ならば蜥蜴人の流儀で白黒つけようじゃないか。お互いのドワーフの保護者の権利を賭けて、『下弦』のハクジャに勝負を申し込むぜ」
「おい、ドワーフの保護者なら、うちにも権利があるんだぜ。仲間はずれにするんじゃねえぞ」
リュウジャが、凄むが、「鮫」の親分は鼻で笑った。
「『鳴きの龍』に真っ向勝負を挑むほど、馬鹿じゃねえんだよ。まずは賭け札を増やしてからだぜ」
長老達の視線がワシに集中した。
蜥蜴人の部族間では、揉め事の解決に賭け事が良く使われる。丁半博打であったり、ドラコレースであったりするが、その勝者の言い分を正しいとする慣習があった。
今回の件は、「鮫」が追い詰められて言い出したことなので、断ることは可能だ。
ただし、それをすると器が小さいと思われて「小竜会」に在席することはできなくなるだろう。
蜥蜴人たるもの、勝負を挑まれたら、背中は見せないものなのだ。
しかしアエン殿はマスター様からお預かりした大事な客人・・・それを賭け札に勝負するのは・・・
悩んでいたワシに、後ろから声が掛かった。
「ハクジャさん、この勝負受けてください!」
振り返ると、アエン殿が力強く頷いていた。
彼女は自らの運命を、ワシらに託してくれるらしい・・・ならば・・・
「この勝負、『下弦の弓月』のハクジャが受けて立とう・・ジャー」
「では、『凍結湖の鮫』のジョージャと『下弦の弓月』のハクジャの勝負を始める・・」
この場を仕切るのは、議長である「虎」の長老だ。
勝負の方法は、「手本引き」に決まった。
「手本引き」とは、簡単に言えば、6枚のカードを親役が片手後ろ手で隠しながら繰り、1枚を伏せて場に出す。それを子役が、手持ちの6枚から選んで当てるというものだ。
実際には親役一人に、複数の子役が予想をたて、的中の配当も複雑な計算がなされるものだが、今回は簡素化してある。
互いに親役と子役を選び、交互に札を予想する。5回戦で、的中した回数の多いほうが勝ちだ。同点ならサドンデスで、片方だけ的中するまで続けることになる。
一見すると、的中率は6分の1のような気がするが、使われるカードは亀の骨を削りだした、少し厚みがあるもので、片手で繰るとどうしても音がでる。熟練の子役なら、音だけで親役が何回シャッフルしたか、ほぼ当ててくる。それをいかに誤魔化すかが、親役の腕だ。
「うちは子役は俺がやる。親役は、おい、仕度しろ」
「鮫」のジョージャが背後に声をかけると、壁際に並んでいた女給仕の一人が前に進み出てきた。
「カジャと申します。不調法者ですがよしなに・・・シャー」
そういって一礼した。
それを見た長老達が、ザワザワとどよめいた。
「あれは『冥途のカジャ』・・・まさかこんな大物を仕込んでいたとは・・」
するとリュウジャが割って入った。
「こいつは、驚いたぜ・・カジャの姐さんの登場とはね・・・なら『下弦』の親役は俺がやらせてもらおうか・・いいよな?ハクジャ」
「それは願ってもないことだが・・ジャー」
「他所の部族の頭を、子飼いに出来るわけないだろうが!」
案の定、「鮫」が猛反対してきた。
「いいじゃありませんか、『鮫』の親分さん。私も『鳴きの龍』とは一度、勝負してみたかったんですよ、シャシャ」
「・・・勝てるんだろうな・・・」
「さて、勝負は時の運と申します。ですが、親役の実力が伯仲していても、子役で差をつければすむことでは?シャー」
暗に、勝敗はジョージャの責任だと言っていた。この女賭博師もかなりの強か者のようだ。
「子役はハクジャか?それとも身内に得意なのが居るか?」
リュウジャに聞かれたが、ワシは迷っていた。
「手本引きならベニジャが得意なんじゃが、あとはどっこいでな、ジャジャ」
護衛に連れて来た若い衆も自信なさげにお互いを見ている。これがサイコロなら手先の器用さをかってアサマに頼む手もあるのだが、子役はただ聞いて予想するだけ・・・・ふむ・・・
「テオ、悪いが頼む、ジャー」
「えっ?おいらですか?ルールもまったく知らないですけど?」
「なに、耳で判断するならエルフの出番じゃろ、全部はずれて当たり前、1つでも当てたら勝ちぐらいの感覚でやれば、あとはリュウジャが完封してくれるじゃろ、ジャジャ」
「おいおい、『鮫』も若いころは鳴らしたそうだぞ。完封はどうだろう・・」
「リュウジャが本気をだせば、なんとかなると思っておるよ、ジャー」
こちらの会話を聞いて、「鮫」が顔を真っ青にして怒っていた。
「エルフの子役に、完封だと・・若造に思い知らせてやるわい!」
そして勝負が始まった・・・
最初に、6枚のカード4セットをお互いに不正がないかチェックした。その後、各自が1セットずつ手に取る。
次に円卓の4方に、お互いの親役と子役が向かい合うように着席する。それぞれの親役の背後には、衝立が立てられ、背後から覗けない様になっている。
各自の卓上には、厚手の布が引かれ、カードを傷つけずに置けるようになっている。
「先攻は『鮫』のジョージャからじゃ・・親役は札を切っておくれ・・・」
「虎」の長老の合図で、リュウジャが目の前に並べたカードを見事な手さばきでまとめると、後ろ手に隠して、ゆっくりと繰り始めた・・・
キュッ キュッ キュッ キュッ キュッ
部屋の中に、微かなカードの擦れる音が響いた・・・
手繰るリズムが微妙にずれているのは、子役を惑わす為に、逆回転をしたり、中抜きをしているからだ。
やがて音が止まり、6枚のカードが積み重ねられたまま、リュウジャの前に置かれた。
このカードの山の一番上の札を当てることになる。
向いに座った「鮫」のジョージャが拍子抜けしたように、力を抜いた。そしてニヤリと笑うと、自信ありげに1枚のカードを選び出して、目の前に伏せて置いた。
リュウジャが、手元のカードの山をめくった・・・「四」
そのとたん、「鮫」の目が驚きに見開かれた。彼の予想札は「二」だったのだ。
「さすがですね・・」
カジャがリュウジャを賞賛した。
「次はわたしの出番ですか・・」
「後攻は『下弦』の代打ちテオ・・・親役は札をきっておくれ・・」
今度の親役は「冥途のカジャ」の二つ名を持つ女蜥蜴人の博徒だ。女給仕服の片袖を脱いだ、艶姿は、長老達にも大好評であった。
しかしエルフのテオには、さっぱりだったが・・・
「入ります・・・」
カジャは一言ことわってから、カードを後ろ手に繰り始めた。
キュッ キュッ キュッ
すんなり繰り終わると、カードを静かに目の前に置いた。
テオは良くわからないので、素直に選んだ。
カジャのめくった札は・・・「五」
テオはうなずきながら「四」のカードを手元に戻した。
「やっぱり普通じゃないんですね」
「それが判っていて素直に出してくる貴方は、素質がありますよ」
カジャが微笑んでいた。
「そうなんですか?」
「ええ、そこで裏をかいてくるようなら、その裏をかくのは簡単です」
「なるほど・・奥が深いんですねえ・・」
勝負は予想通り、凄腕の親役が、子役を翻弄し続ける展開になった。
「鮫」は必死に「龍」の手を読もうとするが、それをあざ笑うように、すり抜けていく。
「下弦」は最初からまぐれ当たり狙いだ。しかし「冥途」がそれすらも許さない。
4回戦まで、どちらも的中はでなかった。
しかし、5回戦目、とうとう「鮫」の執念が、「龍」を捕えた。
「六」・・・「六」!
その瞬間、広間にどよめきが広がった。
アエンは俯き、ジョージャは勝利の雄叫びを上げるのを懸命にこらえていた・・・
「すまん、深く読みすぎた・・俺のミスだ・・」
「いや、ワシらではここまで良い勝負にさえならんかったはずじゃ・・それにまだ終わってない・・ジャ」
「しかし、あの『冥途』が素人相手にミスをするとは・・・」
長老達もこれで決まったという表情をしていた。
「テオは、手本引きは素人じゃが、マスター様の立派な眷属じゃよ・・ジャジャ」
「どういうことだ?・・」
余裕のカジャが手早く札を繰り、これで最後とばかりに目の前に置いた。
目を閉じて、札の出す音に集中していたテオは、1枚の札を選んで自分の前に置いた。
カジャのめくったカードは・・・「一」
そしてテオのめくったカードは・・・「一」
「馬鹿な!」
勝利を確信していた「鮫」のジョージャが、大声をあげた。
「素人に、カジャの札が読めるはずがない!イカサマだ!」
「見苦しいぞ、『鮫』の。この観衆の中で、イカサマなどできようはずも無い。それはお前が一番わかっているだろう・・」
「だが、しかし、そんな・・・」
狼狽したジョージャに、次の札が当てられようはずもなかった・・・
しかし、テオは・・・
「一」・・・「一」
見事に2連続で的中させたのであった。
「ふう・・・・完敗です・・・一体どこの賭場で修行を積んだのですか?」
カジャは、テオも正体を隠した凄腕の博徒だと思って尋ねてきた。
「いえ、このゲームは初めてでした。当たってよかったです」
「まさかそんな、偶然だとおっしゃるので?」
「それは違います、ちゃんとカードの声を聞いて選びました」
「カードの声・・・」
「ええ、よくよく聞くと、ハリネズミの声が聞えるんです」
「はあ?」
「キュッ(お腹減った)」
「キュッ(ミミズ発見)」
「キュッ(お休み)」
6枚のカードを滑らせながら、テオは解説をした。
熱心に聴いていたカジャが、いつしか笑い声をあげていた。
「これでは、わたしがどんなに技を駆使しても、貴方の耳には筒抜けですね」
「ええ、覚えるまでに5回かかりましたけどね」
テオの、はにかんだ笑顔につられて、カジャも微笑んでいた。
「今日は、『鳴きの龍』と勝負にきましたが、思わぬ出会いがありました。いつかまた、貴方とは競ってみたいものです」
「おいらはもう、こんな緊張する場にはでたくないです・・」
「ふふ、ならプライベートでゆっくりと・・」
どうやらエルフのテオは、女賭博師の勝負心に火を灯したようだった・・




