砦の三悪人
「道を開けろ、でかいのが通るぞ!、ジャー」
トロンジャ率いる侵攻部隊の最後方から、アイスドレイクが巨体を揺すりながら前線へと駆けていった。
その背中には、2体の兵士が乗ってはいたが、騎乗用に飼いならされたアイスドレイクはまだしも、乗り手が慣れていないので、おっかなびっくりなのが目に見えてわかる。
それでも振り落とされるのだけは避けようと、両手両足に尾っぽまでつかって、背中にしがみ付いていた。
後方のアイスドレイクが通過すると、壁に張り付いたり、脇道に避難していた兵士達が、続々と、もう1頭の背中を橋代わりに、落とし穴を越えていく。
「敵が退いたぞ、押し込めろ!ジャジャ」
「ほ組は右だ、左はへ組にまかせろ!、ジャ」
「正面に木製の扉発見、突破しますか?ジャー」
次々に送られてる配下からの情報に、トロンジャは満足気であった。
「よし、戦力を集中できてる分、こっちが有利だね。このまま奥の族長部屋を襲撃するよ!」
「「あら、ほら、ジャー」」
敵の伏兵が、左右に篭ったので、一気に正面突破を図った。ろ組の兵士二人が扉をぶち破るように開くと、そこには、三つ又矛を手にして、金色の妖精竜を模ったヘルムを被った、一人のリザードマンの娘と、それを護る4匹の大蛙がいた。
「姐御、奥の部屋には、じゃじゃ馬娘と護衛の大蛙が4匹ですぜ!うわっーーー」
報告していた兵士が、大蛙の舌に絡めとられて飲み込まれてしまった。
「誰が、じゃじゃ馬だぜ、ジャー」
部屋の奥でベニジャが叫んだ。
「いやお前だろ、ジャ」
「もしかして自覚ないのか、ジャー」
「嫁にはちょっと遠慮したいよな、ジャジャ」
侵攻部隊の兵士達が、率直な意見を呟いた・・
それを聞きつけた防衛側の兵士達が、反論の声をあげる。
「お嬢のは、お転婆とかオキャンとか表現するんだよ、ジャー」
「自覚して演じてたら、あざといだけだろうが、ジャジャ」
「そっちの姐御なんて、後家さんだろが、ジャ」
「なんだと、ジャ」
「やるか、おら、ジャー」
「上等だぜ、表でろや、ジャジャー」
勝手ににらみ合いを始めた兵隊同士の争いを横目に、大蛙達は、どんどん侵攻部隊の兵士を飲み込んでいく。
「汚ねえぞ、メンチ切ってる隙に攻撃してくんじゃねえぜ、ジャー」
「何言ってやがる、今は出入りの最中だぜ、油断する方が馬鹿なんだよ、ジャジャ」
「お前達、いいかげんにしな!奴らの術中にはまってるんじゃないよ!」
先陣の兵士が4体も飲み込まれたのに業を煮やしたトロンジャが、配下の兵隊達に喝を入れた。
「ボヤッシャー、お前の風呪文なら奴らにも効果があるはずだよ。叩き込んでやりな!」
「トロンジャ様のご命令とあれば、たとえ火の中、水の中・・・」
「能書きはいいから、とっとと、やっておしまい!」
「それでは・・ポチっとな」
術者風の手下Aが、手にしたワンドを振りかざすと、そこから魔力の風が吹き荒び、旋風となってベニジャ達を襲った。
「旋風刃のワンドだと!ジャジャ!」
驚くベニジャと大蛙に風の範囲魔法が炸裂した・・・かに見えたが、その風の刃は、直前で霧散してしまった。
「何やってんだい、不発じゃないか!」
「いやいや、魔法はちゃんと発動してやす・・まさかディスペル・ウォールの使い手がいるとでも・・」
「いいから、連射するんだよ!」
「あら、ほら、・・・げふっ・・」
突然、喀血してうつ伏せに倒れボヤッシャーの後頭部には、3本の黒い鋼のボルトが突き立っていた。
「しまった!新手かい!」
後を振り返ると、出口から差し込む光が逆光となって、3体の亜人の影のみが視認できた。
「影の軍団、参上っす」
少し時間が遡る・・
「けろっぴけろ」
「ベニジャと蛙軍団が敵と遭遇したね」
「ギャギャ(敵主力は橋を渡りきったようです)」
橋の役目をしていたアイスドレイクが動き出せば、敵を孤立化させることができる・・
「こっちは準備完了っす」
ワタリが、転移を促がすが、その前にやっておくことがあった。
「コア」 「ん」
阿吽の呼吸で、僕の意図を汲んだコアが、ワタリの手元に例のブツを変換した。
急に出現したそれを、ワタリは慌てて受け止めると、目を丸くしてこちらを見た。
「こ、こいつは・・・」
ワタリの手には、黒く光る鋼のクロスボウが握られていた。
「旧式じゃあ、あのデカブツは打ち抜けないぜ」
「もってきな♪」
コアもいい笑顔でサムズアップしている。
「へへっ、最高の支援っすよ・・」
嬉し涙を堪えながら、ワタリがクロスボウの弦を引き絞る。カチャリとロックされた音が響くと、慎重にボルトを装填し、水平に構えた。
その両脇には、既に準備を整えた、アズサとシナノが同じ体勢で並んでいた。
3人の足元に転送の魔法陣が浮き上がっていく・・
「影の軍団、推参っす」
「畜生め!ボヤッシャーの仇だよ、トンシャ、突っ込むんだ」
「がってん、ジャー」
体格のがっちりした兵士が、アイスドレイクに跨って、後方の射手達に突進しようと努力していた。
しかし、騎乗技能もテイム技能もない脳筋には、方向転換さえもままならなかった。
「こら、こっちにくるんじゃないよ、敵は反対側だっていってるだろ!」
「それが、ちっとも言うことを聞かないんでさあ・・ガッ、ゴッ、ゲッ」
アイスドレイクに跨ってうろうろしている戦士など、的以外の何者でもなかった。しかしさすが脳筋は、ボルトを3本くらっても、まだ生きていた。
「そんな、ひょろひょろ弾で、この鋼鉄の筋肉と呼ばれた俺様の肉体を・・ガッ、ゴッ、キュピーーン」
2射目の最後の一撃が、大きく開いた口を抜けて喉を貫いていた。
口を開いたまま、トンシャはアイスドレイクの背中から崩れ落ちていった。
「この『黒影』を侮辱するから、早死にするっすよ・・」
「ギャギャ(もう銘をつけたんですね)」
「ギャギャ(ひょろひょろ弾呼ばわりが地雷だったらしい)」
乗り手を失ったアイスドレイクは、勝手に脇道へと逸れていってしまった。
「ええい、こうなったら、あの生意気な小娘の首だけも獲ってやるよ!お前達、両側の抑えに、ほ組とへ組を残して、残り全員で正面に殴り込みな!」
「「へい!ジャジャー」」
残りの兵隊17人のうち、左右に4人ずつ残して、9人がベニジャの居る部屋に雪崩れ込んで来た。
護衛の大蛙が4体なら、必ず5人は届くはずだ。
「「そのタマ獲った、ジャー」」
「そんな簡単にやられるかよ!出番だぜ、ジャジャー」
ベニジャの叫び声とともに、部屋の壁に擬態していた8匹の大蛙が、一斉に舌を放った。
「「謀られた、ジャーー」」
一瞬にして8人の兵士が飲み込まれ、残った一人は4匹の護衛蛙に身動きを封じられたあとで、ベニジャの三つ又矛で脳天を割られた。
「おのれ、小娘が小賢しい真似を・・・」
トロンジャの顔が、憎悪でゆがんでいた。
ベニジャは三つ又矛でトロンジャを指した。
「やっと、その面眺めることができたぜ、女狐、ジャジャ。二親の敵討ちだ、楽に死ねると思うなよ、ジャー」




