崖の上での追想
コアルームの中で、「バエルの後翅」最後の生存者である神官は、自らの企みが水泡に帰しかけているのに焦っていた。
途中までは順調であった。
それなりに実力のありそうな信徒集団に潜り込めたのも幸運であったし、仲間を見殺しにして信徒の剣へ魂を注ぎ込むような悪辣なメンバーは、自分以外にいなかったのも有利に働いた。
王都で、教皇暗殺が未遂に終わり、北に逃亡しなければならなくなったのは失敗ではあったが、あの作戦は元から無理があったのだ。立案したメンバーは、責任を取らせて追っ手を巻き込んで自爆させたので、良しとした。
北に逃げたのは成り行きで、王都の防備が薄かったのがその方向だったというだけだ。冬なら南に向かっていただろう。
途中で聖堂騎士団の追及が厳しくなり、包囲網が狭まった時点で、老人が「聖地巡礼」を言い出した。
当初は、年寄りの懐古趣味かと侮っていた。私にとっては、脱落する仲間の数が重要なのであって、行く先はどこでも良かったからだ。
しかしこの選択が思わぬ幸運を引き寄せた。聖地にダンジョンマスターが隠れ潜んでいたのだ。
まだ誕生して間もない弱小ダンジョンとは言え、その魂は生け贄としては教皇に匹敵すると伝承されていた。老人が興奮するのも納得だ。
私もこのときばかりは素直に老人を褒め称えた。もちろん私の念願を叶えるために最高の舞台を用意してくれたのだから・・・
本来なら、13人の殉教者がでた時点で、信徒の剣が出現し、それを使って追っ手の聖堂騎士を壊滅。その魂を捧げることで邪神を降臨する予定であった。
ただし、その方法だと魂の質が足りなくて失敗する恐れがあった。たぶん雑魚騎士は何人殺しても必要な水準には届かないと思っている。
13人捧げれば降臨するなら、もっと世界中のあちこちで目撃報告があってしかるべきだ。いくら邪神の信仰が、外道の所業だとしても、欲望に負けて闇の深淵をのぞき見る者は少なくはない・・・
だがしかし、13人の殉教者とダンジョンマスターの魂を捧げることができたなら、きっと邪神は降臨するに違いなかった。このチャンスを逃す馬鹿はいない。
事前の準備が功を奏して、ここまでに11人が殉死していた。先走りしそうな連中を斥侯に出したり、何人かには集合日時を遅らせて伝えたりもした。
洞窟の探索では、探知系のある占い師を矢面に立たせて、うまく処理できた。殉死しなかったのは予定外だが、うまく12人で止まったので、剣の出現のタイミングを私が握れたのも天の配剤だ。
その後、ダンジョンマスターとの遭遇に浮かれている老人を唆して、ダンジョンの奥へと二人きりで転移することは簡単だった。驚いたのは転移先が、コアルームだったことで、こんな浅い場所にあるとは予想だにしていなかった。
こちらの困惑を悟らせないように老人が芝居をうっている横で、空間操作を阻害する結界をこっそり発動した。さも、全てを見通してここに降り立った風を装ってはいたが、実は結界の展開もギリギリだったのだ。
このままだと老人に美味しいところを持っていかれる・・・後ろから刺そうかと考えていたときに、視界の隅で何かが動いた。
それまでまったく気配を感じさせなかったゴブリン種の眷属が、老人の呪文を阻害してくれた。コアルームに護りを置かないほど、暢気なマスターでもなかったようだ。しかも気配の消し方といい、武器を選ばない万能さといい、たった一人で最後の護りを任されるほどの相当な使い手と思われた。
見た目は台所の下拵え役なのだが・・・
良い機会なので、老人にはここで退場してもらうことにした。事前に自分にだけ火炎耐性の呪文を2種類かけておいたので、殉死による爆発にも耐え切ることができた。
殉死の爆発でダンジョンマスターまでもが死に掛けていたのには焦ったが、それ以外は想定通りに事が進んだ。
他の候補者の処理、ダンジョンコアの封印、あとは魂を捧げるだけだ・・
これで全ての準備が揃った・・・
13人の殉教者、ダンジョンマスターの魂、唯一人の有資格者・・
伝承が正しければ、これで邪神の降臨を果せるはずである。そうすれば、あらゆる願いを3つ叶えることができると言われていた。
しかしそれは罠だ。
願いを3つに分けてしまえば、叶えられる規模は小さくなってしまう。
願うならただ1つ・・・
そう・・魔王になることだけ・・
この世界には4人の魔王が存在すると言われているが、今、その席が1つ空いていた。十数年前に勇者に倒されたらしい。その後、後継者が決まらず、支配領域の魔物は好き勝手に暮らしているようだ。
その王座の主として、邪神の一声で君臨できれば、人として叶わぬ望みのほとんどを自力で成し遂げることが可能なはずだ。
配下の魔物の下克上や、勇者の遠征など不安な要素もあるが、そこは私の才能で解決していけば良い。
この願いは、叶えられた前例がある以上、今回も成功する可能性が高い。
私は、私の念願が成就することを確信していた・・・
ほんの少し前までは・・・




