黒い剣
瞳に執念を宿した老人と、冷徹な神官服の男は、扉も開かずにコアルームに出現した。
「転移系の防御もしていないとは、まだ出来たばかりのようじゃの」
「結界は張り終わりました。周囲9mへの空間操作を阻害します」
コアが即座に味方を転移させようとした魔法陣が、完成する前に消滅してしまった。
「あう・・」
次に僕の足元に転送の魔法陣が浮かび上がろうとしたけど、それも途中で消されてしまう。
「首領自ら、特攻ですか」
僕は部屋の中央の台座に近づきながら、老人に声を掛ける。
「さよう、随分、カルトのメンバーを削られたのでのう。老体に鞭打って出張ったのじゃよ。ああ、時間稼ぎしても無駄じゃよ。お主を殺すのにさほど時間はかからん。それまでにここにたどり着ける眷属は、すべて押さえが居る。あきらめて我等が神への生け贄となれ」
そう言って、老人は呪文を唱え始めた。神官が僕とコアの自暴自棄な特攻を牽制する・・・
「・・この世の全ての形ある物よ、その存在が永劫の時の流れに耐え切れぬことを思い出せ!ディスインテグ・・」
「おっと、その先は通行止めっすよ」
老人の背後に立ったワタリが、皮むき包丁を首領の首筋に突きたてていた。
「ワタリ!」
「せがーる!」
「やっぱ最強は料理人っす」
ワタリは、老人を背後から羽交い絞めにして、2本目の包丁を取り出した。部屋の隅には綺麗に皮むきされたじゃが芋が、樽に収まっていた。
「さあ、この部屋からでていくっす。さもないと首領の命はないっすよ」
何かを叫ぼうとした老人の喉を締め上げながら、ワタリは神官に脅しをかけた。
「ご自由に」
しかし神官は無表情にそう答えた。
「何をいってるすか。首領が死んでもいいって言うつもりっすか」
「ですから、ご自由にと言っているではないですか」
神官は、ワタリに拘束された老人を、冷酷な目で見つめていた。
「ここでダンジョンマスターを生け贄にして神を呼び降ろしても、願いが叶うのは3つだけです。現状で有権者が5人もいますので、もう少し減らして頂きたいぐらいなんですよ」
「・・ぐぐぐ、貴様・・・」
老人が憎しみの目を神官に向けた。
「たぶん、外に一人で残してきた老婆は、護り手もいないことですし、すぐに消えると思います。そして貴方が、そこの老人を排除してくだされば、確実に私の願いは叶うという訳ですが、何かご質問が?」
あまりの言い草に僕らが絶句していると、老人が、無理矢理に呪文を唱えようとし始めた。
慌ててワタリが包丁を突き立てるが、詠唱が途切れる度に傷を増やしながら、老人は止まろうとはしなかった。
「おやおや、さすが1派を率いていただけのことはあるようですね。その覚悟に敬意を表して、止めは私がしてさしあげますよ!」
そう言って、神官が腰に差していた捩れた刃の短剣を、老人の心臓に突き刺した。
「・・ゲホッ・・許さぬぞ・・若造・めが・・ゴボッ・・」
それが止めとなって老人の力が尽きた。すぐに全身を禍々しい文様が埋め尽くす。
「コア!真水20樽、変換!!」
「ぴゃい!」
僕はコアを抱きかかえながら、床に伏せた。
ワタリは老人の死体を神官に向けて突き飛ばすと、手にしていた包丁を投げつけた。
そして、コアルームを地獄の炎が蹂躙した・・・
その頃、ダンジョンの中では
「何故だ!転送魔法陣が発動しないぞ!」
『これは~、出口側が機能を停止してますね~』
「コアルームに侵入者だと!緊急転移だ、私をコアルームへ!」
『あらら、転移も阻害されてますか~。これはやっかいですね~』
「悠長に言っている場合か!ルカ、なんとかしろ!」
『そんな事いわれても無理ですよ~』
「ええい、こんなことなら階段を使っておけば良かった!」
『ですね~』
「こうしててもラチが開かない。走るぞ!」
「「カタカタ」」
再び地下水路に移動し始めたロザリオ隊を見送りながら、ルカは呟いた。
『間に合いますかね~・・・』
「ギャギャ(トラップルームが突破された?)」
「ギャギャ(コアルームの防衛指示がでた、行こう)」
「ギャギャ(了解!)」
北側の警戒を続けていた狙撃班は、一心不乱に通路を走った。
「ギャギャ(前方で交戦中、敵は人族が2、味方は狼4)」
「ギャギャ(いや、左通路に虎が2!味方の熊は倒された模様)」
「ギャギャ(援護に入る。目標は左の虎!)」
「「ギャギャ!(ガンホー!)」」
倒されたとはいえ、熊もそれなりに健闘したらしく、最初の斉射で虎の1頭が沈んだ。
射界から外れようと、通路の奥に下がった虎を狼達が追撃しようとするが、そこに邪魔が入る。
「いかせねえよ」
漁師の投げた投網が、2頭のシャドウウルフを絡めとって、床に引き倒した。さらにもう1頭に、ロープのついた銛を投げつける。背中に銛が刺さると、影狼ごと力任せに引き寄せた。
さらにケンの眼前には、盾を構えたメイドが立ち塞がった。
「貴方のお相手は私が務めます」
ケンは構わずにブレスを吐いた。
しかしメイドにはほとんどダメージが入らなかった。
「冬場の厨房は冷え切っています。厚手の靴下は必需品です」
メイドはドヤ顔で足に履いていた毛糸の靴下を見せ付けた。
「おい、それで防げるコールドブレスじゃないだろうが!」
影狼と綱引きをしながら漁師が突っ込みをいれる。
「もちろん、カイロも携帯してます」
メイドはスカートの膨らんだポケットを指差した。
納得したケンは、ブレスの目標を漁師に変えた。
「おい!ちょっと待って!それで納得するな、そして俺に向き直るな!」
ケンは構わずにブレスを吐いた。
影狼と力比べをしていた漁師は、避けきれずにまともにくらってしまった。
「納得いかねーー」
自由になった影狼と、ワンテンポ遅れた冬狼が、コアルームに続く廊下に飛び込んでいった。
その時、爆発音とともに通路の奥の扉が、こちら側に吹き飛んできた。
「「キャイーーン」」
爆風に煽られて、狼2頭は通路から転がりでてきた。虎は、爆風の原因となった炎に巻かれて焼死してしまったようだ。
「なんだ?誰か自爆したのか?」
状況が飲み込めない漁師は、メイドの様子を覗った。すると彼女は通路の奥と、出口を見比べると、元来た方へ走り出した。
「おババ様・・」
取り残された漁師の顔が絶望に染まっていく。
「行くも地獄、引くも地獄かよ・・・だったら別嬪の居る方がマシだろう!」
そう叫んでメイドの後を追いかけようとしたが、後方で何かを装填した音が重なって聞えた。
カチャx3
通路の半ばまで走り抜けたときに、それは一斉に放たれた。
ドシュドシュドシュ
無防備な背中の急所に、見事に3点集中して命中したクロスボウのボルトは、漁師の命を刈り取っていた。本来なら、先を行くメイドに突き刺さるはずだったボルトを、全て己の背で受けきって、男は笑みを浮かべながら爆散した。
その頃、ダンジョンの外では
「ねえ、リーダー。なんかモフモフ側が押されてるよ。助けなくていいの?」
「だが、敵はまだ3人いるぞ。ふいを突いても難しいだろう」
「・・もう少し待て」
オークの丘が見えるが、向こうからは見え辛い場所で隠れ潜む、六つ子の3人の姿があった。
「二人は上手く運べたかな・・」
「道中なにかに遭遇しなければいいが」
「・・何気に運が悪いからな、あの二人・・」
「だよね」x2
すると邪神教徒のうち、男性二人が一瞬にして消え去った。
「何?透明化?」
「いや、直前に手を繋いだから、転移だろう」
「それまずくない?狙いが絞れたってことだよね」
「それより、敵が一人になった」
「よし、行くぞ!」
「ラジャー!」x2
六つ子の3人は潜伏場所から飛び出していった。
「やれやれ、ワシ等は置いてきぼりのようじゃの。やはり止めは自分で刺しに行きよったか。年寄りの冷や水にならなきゃよいがのう・・・」
そう呟く老女の目が鋭く光った。
「どうやら人の心配している暇は無さそうじゃ。召喚枠をシロとクロで使っておるのが、ちと心もとないが、大人しく首を差し出すわけにもいかんしの・・」
老婆は立ち位置を、洞窟の入り口を背にして護るように変え、呪文を唱え始めた。
「茨よ蔦よ、壁となりて敵を阻め、盾となりて我を守れ、ウォール・オブ・ソーン!(茨の壁)」
すると地中から延びた茨の壁が、半円状に洞窟の外側を囲った。
「それは良いんじゃが、この茨が黒くてうねうねしているのは何故じゃ?」
いつもの呪文のはずなのに効果がかなり変わってしまっている。いつもは緑色の茨が真っ黒で、しかも勝手にうねうねと蠢いていた。
「土が悪かったのかのう・・」
老婆は焼畑になったライ麦畑を見下ろして呟いた。
そんなことは知らない六つ子の3人は、突如出現した謎の黒い壁に、勢いを止めて警戒した。
「何あれ、ヤバそうなんだけど」
「形状は茨の壁みたいだが・・」
「邪神教徒は呪文も黒っぽくなるんだな」
風評被害であった。
「弓は通りそうか?」
「無理っぽいよ。茨の壁でも難しいのに、あれうねうね動いてるし」
「うかつに近づくと、子供の教育によろしくない事態が起きそうではある」
「さすが暗黒邪神教団」x2
訴えてもいいぐらいの名誉毀損であった。まあ訴えたら逮捕されるのは教団側ではあるが・・
攻めあぐねる3人だったが、1つの出来事が事態を急転させた。
「爆発音?」
「いや俺には聞えなかったぞ」
「・・どうやら中で邪神教徒が自爆したようだな」
「どうしてわかる?」x2
「理由は・・あれだ・・」
リーダーが指差した先には、オークの丘から立ち上る黒い霧が見えた。
それが何かの合図になったように、次々に黒い霧が立ち上り、やがて13本の黒い柱のように宙に浮かびあがった。
そしてそれらが小さく固まっていくと、終には13本の黒い剣へと形を変えていった。
「あれ、ねえ、あれもしかして、もしかしちゃったんじゃないの、ねえ」
怯える妹をリーダーが宥める。
「大丈夫だ、まだ邪神が復活したわけじゃない」
そう、まだだ。
「じゃ、じゃあ、あれは何?それとまだって言うことはこれから復活するってこと?」
「あれは使徒の剣じゃよ・・」
答えは予想外の場所から得られた。敵である老婆が、同じく空に浮かんだ黒い剣を見ながら話をはじめたのだ。
「邪神教徒は派閥と呼ばれる徒党を組むのじゃ。それは相互に助け合うという名目以外に、死んだら残りの仲間を助けるという盟約でもある。派閥の中で自爆した者が13人でると、その魂を使って13本の剣が生み出される。それがあれじゃよ・・」
邪神教徒本人から語られる驚愕の事実に、真偽の判断が出来ない六つ子たちは、ただ黙って続きを待った。
「使徒の剣は、生き残った信徒が、目的を果たすために使うことができるのじゃが・・・愚かな者が手にすれば、それは蛇が己の尻尾を飲み込むようなことになるじゃろう・・・」
そう老婆が呟いた瞬間、丘の上空に漂っていた黒い剣の1本が、物凄い速さで飛来してきた。
「避けろ!」
叫んだときには、剣は、老婆の胸を刺し貫いていた・・・
唖然とする3人の前で、老婆が何かを呟いた。
「死んだのは、あやつの方じゃったか・・・だから言ったのじゃ・・」
そして震える指で丘を指差した。
12本の剣のうちの1本が丘に突き刺さろうとした。しかしもう1本がそれを打ち払って互いに消滅した。
さらに10本のうちの1本が老婆に向かって飛来する。
「ここまでじゃな・・・」
諦めて目を閉じた老婆に、誰かが覆いかぶさるのと、剣が突き刺さるのが同時だった。
「おババ様・・」
「お前、なぜ・・」
背中から串刺しにされたメイドが、力なく老婆にもたれかかる。
急速に体温を失っていくメイドは、だが身体に文様が走るわけでもなく、黒い霧になるでもなく、ただ赤い液体を傷口から滴らせているだけであった・・・
「・・お前、やはり・・」
「おババ様、私では神の力使えませんでした・・神の剣も使えませんでした・・」
「魂が無ければ、邪神とは契約できまいよ・・見せ掛けの信徒は名乗れてもじゃ・・」
「でも、私は叶えたい願いがあったのです・・叶えないといけない願いが・・」
「だとしても、それは邪神に頼るべきでは無かったのじゃよ・・・魂が代償になる邪神なぞにはの」
「おババ様・・私は使命を果せ・・ませ・・んでし・・・た・・」
老婆の腕の中で、メイドはゆっくりと動きを止めた。
「・・ワシは、お前が仕えていたオババ様とは別人なんじゃ・・それなのに・・よく尽くしてくれたの・・本当によく尽くしてくれたのう・・」
「そこの冒険者も良くお聞き・・たとえどんなに叶えたいことがあろうとも、邪神に魂を売れば、悲劇しか待っていない。もし最愛の人を救ったとしても、その因果が再び愛する人の命を奪う。そして二人して邪神に魂をもてあそばれる事になるのじゃ。よいか、そのこと、忘れるでないぞ!」
そう叫ぶと、老婆の全身が黒い文様に覆われていった。
3人が、急いでその場を離れると、メイドの遺体を抱えた老婆が炎に包まれ、そして黒い剣になった。
その剣は一直線に洞窟の奥へと飛んでいった。
いつの間にか残り4本になっていた剣の1本が、邪魔をするように急降下してきたが、遅れて丘から飛び上がった黒い銛が、それを打ち払った。
「おババさんの剣、届いたのかな・・」
「届くさ、届かせる・・」
「まだ、戦いはおわっていない。いくぞ!」
「ラジャー」x2
DPの推移
現在値: 866 DP (3013DC)
変換:真水(樽)x20 -100
撃退:老人(ウィザードLv12) +720
:漁師(パイレーツLv8) +320
:メイド(ホムンクルスR9) +405
:おババ(ドルイドLv10) +500
残り 2711 DP (3013DC)




