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ダンジョンマスターは眠れない  作者: えるだー
第8章 暗黒邪神教団編
222/478

魔女の口づけ

 その叫び声は、寝静まっていた聖堂騎士団の野営地にもギリギリ届いていた。

 早番の夜警を担当していた騎士から報告を受けて、小隊長が慌てて隊長の天幕に知らせに行く。


 「隊長、夜警の隊員から、南方面で人の叫び声が聞えたという報告が入りました!」

 「南か・・距離はどれくらいだ?」

 「意味は聞き取れなかったそうですので、1kmぐらいかと・・」

 「徒歩で30分か・・伝令の隊員の可能性があるか・・正確な場所はわかりそうか?」

 「同時にカラスが騒いで飛び立ちましたので、おおよそは・・」

 「よし、斥侯を出す。4名を一組にして狭い扇状に索敵させろ」

 「しかしそれでは本隊が手薄に」

 「かまわん、もし二人組の伝令が襲われたのだとしたら、4人はいないと対処できないだろう」

 「・・了解であります」


 素早く捜索班が編成されて、準備のできた班から出立していった。

 「1時間経過して何も見つからなければ、ここに帰還するように。わかったな!」

 「「はっ!」」

 野営地に残ったのは隊長を含めて7名であった。その全員が、再び完全装備で戦いに備えていた。


 「これでどちらにしろ北に追跡を続けることが難しくなった。我らの足止めが奴らの狙いなのだとしたら、シーカーが危険だな・・」

 隊長は、北の方角を向きながら呟くと、周囲の警戒に戻っていった。



 その頃、騎士団の野営地と三日月湖の中間ぐらいを、奇妙な二人連れが歩いていた。


 一人は、背中に竪琴を背負っているところから吟遊詩人の様に見える青年。そしてもう一人は、農婦の格好をして3頭の豚を引き連れている豚飼いの女であった。

 月明かりの中を、口笛を吹きながら歩く青年と、それに合わせて「ブヒブヒ」鼻を鳴らす豚の群とそれを率いる女・・・

 どうみても怪しい二人であった。


 「ねえ、いい加減、その口笛やめたら?」

 豚飼い女が迷惑そうに吟遊詩人に呟いた。

 「ん?どうしてだい?君の子供達も喜んでいるじゃないか」

 

 「遠くまで響くから悪い奴らを呼び寄せちまうだろ。あと豚はあたしの子供じゃないし」

 「ははは、僕らより悪い奴らなんて、この近辺には居ないさ。それと家畜は家族のように愛してあげないとね、ははは」

 そういって吟遊詩人は口笛を止めようとはしなかった。


 豚飼い女は、こうなったら実力行使にでてでも止めさせようかと思った矢先に、吟遊詩人が立ち止まった。

 「どうかした・・」

 「しっ!」

 「「「ブヒブヒ」」」

 「しいっ!!」

 「ブヒ・・」


 吟遊詩人は、そっと背中の竪琴を手にすると、小さな音で1小節を弾いた。

 「・・ナイチンゲールの詩・・」


 するとその竪琴の音に誘われるように、少し離れた木の枝に止まっていたふくろうが目蓋を閉じた・・

 「・・あの梟がどうかしたかい?」

 「召喚獣ですよ。口笛から逃げるならまだしも、飛んで近寄ってくる梟はいませんからね」

 「へえ、ちゃんと見るところは見てたんだねえ・・で、打ち落とさずに眠らしたってことは・・」

 「はい、君にお任せです」


 


 「おい、どうした相棒!」

 スタッチが見ている前で、偵察に放った梟に同調していたハスキーが、急に前のめりになって両手を地面についたのだ。


 「・・いや、大丈夫だ、召喚した梟が急に眠ってしまって、つられてふらついただけだ」

 ハスキーに大事が無いことに安心した3人だったが、1つだけ疑問が湧いた。

 「召喚獣って眠るんだ」x3


 「ふつうは寝ないな・・睡眠を必要とするほど長い時間呼び出していられない・・まあ、テイムすればその限りではないが・・」

 「それって、何かされたってことじゃない。すぐにリンク切らないと!」

 ビビアンが焦って忠告するが、それは少しだけ遅かった。


 「がっ!」

 今度は確実にハスキー自身に異変が起きた。

 激痛を感じて両手で押さえた額から、数滴の血が滴り落ちた。


 それを見たビビアンが蒼白になって、ハスキーの額を手当てする。

 「この文様、まさかウィッチ・キッス(魔女の口づけ)!」


 「なんだいそりゃ」

 「ウィッチ・クラフト(魔女の呪術)の1つよ。呪いを掛けた相手を追うための呪文。普通は相手の持ち物を触媒にしてかけるはずだけど・・・召喚獣を代わりに使ったのね!」

 「それでほっとくとヤバイのかい?」

 「・・この呪文自体は探索系だから実害はないと思うけど、離れていても居場所がバレちゃうし、魔女の呪文に抵抗しづらくなるわ・・」


 「わかった、わかったから、それ以上ボロ切れで額をこすらないでくれ・・」

 出血は、最初の数滴で止まったものの、ビビアンが無我無中で額に浮き出た文様を擦り落とそうとするので、真っ赤に腫れ上がってしまっていた。


 「あっ、ごめんなさい、擦っても消える分けないのに、私・・」

 「いや、いいんだ。リンクを直に切らなかった俺のミスだ・・」


 「・・なあ、俺らお邪魔みたいだぜ」

 「そうさね、後はビビアンに任せるとしようかね」


 「ちょっ、そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」

 ビビアンが慌てて立ち上がると、膝の上に乗せていたハスキーの頭が地面に落ちた。

 「いてっ」

 「あああ、ごめんなさい!」


 スタッチとソニアは、処置なしという風に肩をすくめると、南の方角を睨んだ。

 「梟の移動速度から見て2kも離れていないだろうな」

 「待ってたら好きに襲われるさね。ここはこっちから仕掛けようじゃないか」


 やっと立ち上がったハスキーがそれに応えた。

 「ああ、俺が囮になる」


 

 



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