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ダンジョンマスターは眠れない  作者: えるだー
第8章 暗黒邪神教団編
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正義と邪心と

 辺境伯の居城のある領都ノーチラスは、人口3万を擁する北方最大の城塞都市である。その中心部に、伯爵の城と並び立つように燦然と輝く大聖堂があった。

 それが裁きの女神ネメシスを信奉するジャスティス教会である。この地には古くから北部担当司祭長の座として、厳しい自然と闘う開拓者達の精神的支柱となっていた。

 なんとなれば、犯罪の取り締まりや逮捕を行う警察権は領主にあるが、裁判で有罪を宣告する司法権はジャスティス教会が握っているからであった。

 その教会に、一つの知らせが届いたところから話は始まる。


 「司祭長様、筍の里より急報です」

 慌しく駆け込んで来た侍際に、司祭長は毎朝の祈祷を中断して振り向いた。

 「なにごとです、祈祷の中断はできるだけ慎みなさいと伝えてあったはずですが」

 「申し訳ございません、されど内容が内容でして、至急ご確認くださいますよう」

 その狼狽振りに、よほどの事態が起きたのであろうと、司祭長は怒りを静めて、書簡を手にした。

 そこには昨日に起きた暗黒邪神教徒が引き起こしたと思われる事件の概要が書かれていた。


 「なんということでしょう・・愚かな邪神の信徒によって、新たな犠牲者が出てしまったのですね」

 「里に派遣された兵士が1名死亡、3名が重傷です。騎士団には被害が無かったそうですが」

 「亡くなった方を思えば、それで良しとはとうてい申せません。我らにできる事は、愚か者に罪を償わせることのみ」

 「ははっ、仰せの通りでございます」

 「至急、聖堂騎士団の探索圏を北に押し上げなさい。きゃつらは北方へ潜伏するつもりです」

 「御意、すでに展開中の聖堂騎士団、3個大隊をさらに北へ派遣するとともに、後続として2個大隊を支援に向かわせます」

 「よろしい、女神ネメシスの御心に沿うよう、善処いたしなさい」

 「正義は我等と共に!」


 騎士の敬礼をした後で、侍祭は祈祷所から立ち去っていった。

 残された司祭長は、命を落とした兵士の為に、女神に祈りを捧げるのであった。


 「勇敢にして忠実なる兵士の魂に安息を・・・そして罪を犯した愚かな者共に正義の鉄槌を・・・」




  筍の里から南西に半日ほど離れた森の中にて


 周囲の景色に紛れるように偽装された1台の馬車が止まっていた。その周囲には十数人の人間が、身を寄せ合うように固まっていた。

 彼らは毛布を肩に羽織り、馬車の荷台にもたれかかるようにして仮眠をとっていた。夏とはいえ、明け方はかなり冷え込むのであるが。

 盛夏だからまだよかったものの、寒い季節であれば火も焚かずに野営するなど狂気の沙汰だった。

 だが、火を焚けば遠くから視認される危険性があった。そして何より彼らはすでに狂気に侵されているようなものだった。


 その人目を憚る様に潜んでいる集団に、慎重に近づいてくる男が1人いた。彼は周囲に張られた鳴子を、鳴らさぬように、ゆっくりと抜き足で歩いてくる。


 「誰だ」

 目だけが爛々と光る老人が、馬車に接近してきた人影に誰何した。

 「あっしです、アンドロでさあ」

 囁くような声で名乗った男は、一見すると狩人のようだったが、その物腰は盗賊に近かった。


 仲間が戻ってきたのだと知って、馬車を取り巻く集団が警戒を解いた。

 「おまえか、して里の様子はどうか?」

 老人は上流階級の口調で、戻ってきた男に首尾を尋ねた。


 「潜入を試みたシュザックの旦那が発見されまして、ご自身で贄になりやした・・」

 「・・そうか、これで3人目か・・聖堂騎士団のやつらでも道連れにできたのなら良いのだがな」

 「そこまでは・・ただ検問の兵士は確実に巻き込んでいましたぜ」

 「ただの兵士では供物にならん。邪神様に楯突くやからの魂でないとな」

 そう呻く様に吐き出した老人の瞳は、すでに狂っているようにも見えた。


 周囲にいて二人の話に耳を傾けている男女の表情も、多かれ少なかれ、常軌を逸していた。彼らは暗黒邪神教徒、狂おしいほどの願望を叶える為に、文字通り悪魔に魂を売った者共であった。


 「これからどうしやす?」

 アンドロが集団の長である老人に尋ねた。


 少し考えてから、老人が答えた。 

 「里を迂回してビスコ村に向かう」

 「ですが、馬車の通れる街道はすべて押さえられておりますぜ」

 シュザックの自爆テロで、より一層警戒が厳しくなってしまっている。


 「ここからは徒歩でいく。各自背負えるだけの荷物を持って散らばれ。集合はナビス湖の西岸にある放棄された漁村だ」

 度重なる水竜の襲撃で、住む者の居なくなった廃村が、いまでも湖畔に残っていた。

 

「その後、どうするんです?この人数でビスコ村には到底もぐりこめませんぜ」

 1人二人なら商人や狩人に化けて買出しぐらいできるだろうが、余所者が16人も入り込めば、すぐに駐屯軍に発見されることだろう。

 ましてや、人気の無かった廃村に、誰かが住み着いたとなれば、ビスコ村から調査隊が送られるのは間違いなかった。


 「ビスコ村で食料を調達できたら、季節が変わる前にさらに北に行く」

 「そりゃ無茶だ、山脈にたどり着く前に魔獣の餌食になりますぜ」

 ビスコ村から先は、完全に冒険者の仕事場だ。それなりに腕のたつ集団とはいえ、常に襲われる危険にさらされながら旅をするのは、精神的にも肉体的にも辛いものがある。


 「その手前に、我等が先駆者の墓所がある。うまくすれば信仰を繋いでいる者がおるやもしれん」

 「それって古代ハイランドオークの貴族様ですよね。うん百年前の降臨伝説を頼るのはどうですかねー」


 暗黒邪神教徒の間には、口伝で伝えられる邪神降臨の聖地が幾つかある。最近は、聖地巡礼と称して大量殺人現場を観光しに行くのが、暗黒邪神教徒の間の流行りらしい。聖堂騎士団にマークされやすいので、変装には細心の注意が必要なのだが。


 その聖地の中に、数百年前に邪神降臨を成し遂げた、ハイランドオークの貴族の墓所があった。

 「異種族であろうと、同じ神を崇めるもの同士だ。可能性はある・・はずだ・・」

 老人も確証はないらしい。


 「さくっとオークの子孫に生け贄にされそうですがね」

 「それならそれで邪神様の御心に沿うというものであろう」

 それを聞いた周囲の男女は眉をひそめた。


 彼らは自分の願いを叶える為に邪神を信仰しているのであって、他人の為に犠牲になるのを好んでいるわけではない。完全に逃げ場を失ったのであれば、自爆することも躊躇はしないだけである。

 なにせ邪神信仰は、ほぼ間違いなく死罪だ。司法取引を持ちかけても、仲間を売れば今度は邪神の呪いで死よりも酷いことになる。

 一度、入信の秘儀を行ってしまえば、後戻りはできない。それが暗黒邪神クオリティーである。


 「人間やめますか、それとも邪神信仰やめますか」


 教会の廊下によく張り出されている聖句の一つであった。


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