今、そこにいる危機
大森林を支配領域とするツンドラエルフのクラン「静かなる冬の木立」から正式な使者がやってきた。
とは言っても来訪したのはクルスさんだったので、会談は問題なく済み、相互不可侵条約が締結された。
ただ一つだけ、クルスさんが申し訳なさそうに残していった言葉が、約1名に爆弾となって投下された。
「すまない、私の力ではどうすることもできなかった。近日中に、両親がロザリオ姉さんに会いに、ここに来ると思う・・」
「まずい、まずい、まずい」
妹を見送りもせずに、ロザリオは頭を抱えて転がっている。
「しょうがないよ、500年も音信不通だったんだから。心配かけたぶんは怒られるのも覚悟しないと」
「主殿は、私の両親を知らないから、暢気にしてられるのだ。あの二人がここに来たら・・・」
「来たら?」
「ダンジョンが崩壊するかも知れない・・・・」
・・・ご両親てエルフだよね?ドラゴンとかじゃないよね?
「しかし、あいつら完璧に染まってやがったな。あれじゃあ戻れとか言えないわな」
眷属化した6人のエルフの様子を見せてもらったベテラン士官(俺を本名で呼ぶな)は、すっかり教育された彼らを、交渉で引き取る事をあきらめていた。
元から、レッドベリー家は、任務に失敗して敵側に投降した者を、敗残者と見做す風潮がある。彼ら6人にしてみれば、里に戻って責任を問われるよりも、今の境遇の方がよほどマシだろう。
それでも最近の戦闘で脆弱化したクランの戦力を回復する為に、自分の家で引抜が可能なら連れて帰りたいと思っていたのだ。
だが、休憩時間にウィンター・ウルフの毛繕いをしてご満悦の姿を見た後では、馬鹿らしくて声をかける気もおきなかった。
「動物好きは、スノーホワイト家の専売特許だと思ってたんだがな」
「別に、家だけの性癖ではあるまい。まあ極端な例は身近にいるがな」
クルスは自分の親を思い浮かべていた。そして姉にもしっかりその遺伝子は受け継がれていたようだ。
「ロザリオ姉さんには悪いが、しばらく両親の相手をしてもらおう。好都合なことに、あそこには動物も沢山いることだしな」
「構いすぎて、ノイローゼにしなきゃいいけどな」
「・・それだけが心配だ」
本人達に悪気は無くても、条約を結んだ相手に一方的な被害を与えたら、賠償問題になるだろう。そうならないことを祈る二人であった。
そんな弛緩した空気を、切り裂くように緊張が走った。
「敵か!」
「まだわからん、だが、ヤバイぞこれは」
「全隊、気配を消せ!」
「「はっ!」」
クルスとベテラン士官、及び護衛兵4名は、即座に手近な木の陰に身を潜めた。
彼らを脅かした強者の気配は、すれ違うように遠ざかっていった。
安全な距離がひらいた事を確認してから、一斉に緊張を解く。
「あれほどの気配を持つ者が、まだこの地域に存在したとは・・」
「5体いたが、全部がこっちよりランクが上とかシャレにならん。しかも2体は、伝説級だったぜ」
ベテラン士官尾の報告を聞きながら、クルスは、謎の存在が進んでいった方向を見ていた。
「このまま進むと、オークの丘だな・・」
「奴ら、大丈夫かね?」
自らの領域に篭るダンジョンマスターを討伐するのは、非常に困難だ。だが、圧倒的な力の差があれば、不可能ではない。
謎の存在が、ダンジョン討伐を目論んで、あれだけの強者を揃えたならば、下手をすると・・・
「警告ぐらい送っても構わんだろうな」
「そっちの関係者が、これから迷惑かけるしな」
「クッ、正論だけに言い返し辛いな」
クルスは、今はダンジョンの守護者となった姉に、風の囁きを送り届けた。
「主殿、クルスから緊急通信だ」
「ご両親もう来たの?」
「いや、別口だ。里に戻る途中で、怪しげな一団とすれ違ったらしい。どうやら目標をここだと見当をつけて警告してくれたようだ」
「それはすまなかったね。本当に来たら、お礼をしないと」
「ああ、態々情報を送ってくるぐらいなので、よほどの凄腕なんだろうな」
このタイミングでやって来るとなると、暗黒邪神教がらみで、教会から聖騎士団でも送られた?
それにしては対応が早すぎような。もう一度ぐらい偵察部隊を送り込んできそうなものだけれど・・・
「はにはに」
おっと、言ってる側から蜜蜂警戒網に侵入者ありだ。
「コア、集団の構成がわかる?」
「ねるねるね」
・・・「ねるね」は魔女で、全部で5体いるってことは・・・
魔女と4体の骸骨兵士であってるのかな?・・・・って、
「ケロッピの方かよ!」
「ひっひっひっ、どうやらここが隠れ家らしいね。見たとこ大した造りじゃないが、これは期待外れじゃったかのう」
オークの丘にたどり着いた老婆が、独り言を呟いている。4体の護衛は、それに反応せずに、周囲の警戒を続けていた。
「まあ、よかろうて。最悪、ハーヴィーさえ捕まえられれば良しじゃて」
そう言って、ライ麦畑とは反対側の出入り口から洞窟に侵入してきた。
「ほうほう、これは驚きじゃ。こんな場所に活性化しているダンジョンがあるとはのう。長生きしてみるもんじゃのう」
侵入と同時にダンジョンと見破った老婆は、護衛の13番と26番に何やら命令して、すいすいと罠を見破って奥に進んでくる。
「おっと、乙女の秘密を無理に暴こうとは野暮なマスターじゃな」
コアの放ったスキャンの魔法陣を、杖の一振りでキャンセルしてしまった。これはちょっとLVが違うね。
罠部屋まで侵入されたから、いざとなったら転送陣でルカの洞窟に逃げ込むつもりで、交渉をしてみよう。これは戦闘で勝てる相手じゃなさそうだ。
「主殿、やってみなければわからないぞ」
「いや、相手の目的が不明なのに、喧嘩売ってもしょうがないよ。こっちがダンジョンなのは知らなかったみたいだしね」
「なるほど・・討伐というわけでもないのか・・」
ただし、身の危険がありそうなメンバーに心当たりはあるんだよね・・
「アデは、魔女だ、オデを豚に換えた!」
「ここまで追ってきたのでしゅか?」
「ケロケロ」




