冒険者の覚悟
冒険者ギルド1階奥の個室では、受付嬢による聞き取りが行われていた。
「そこで俺は叫んだんだ、「ビビアン、ファイアーボールだ!」ってね」
「このままだとハスキーが蛙に飲み込まれちゃう、なんとかしないとって考えてたわ」
「大蛙の舌は思ったより力があって難儀したさ。武器を絡め取られたのも痛かったさね」
「俺は喉に巻きつかれた蛙の舌で窒息しかけていて、これ以降は記憶にない・・・」
4人が自分勝手に発言しても、受付嬢は平静な顔で、手元の用紙に記録をとっていく。その筆記の速さも超人的だった。
やがて4人の話が一段落つくと、今度は受付嬢から質問が飛ぶ。
その的確な質問に答えていくと、自分たちが忘れていたり飛ばしてしまった出来事が記憶の底から甦る。まるで彼女がその場にいて、全てを見聞きしたうえで、出来の悪い生徒に記憶試験の答えあわせを行っているようでもあった。
「ではビビアンさんは、2度目のディテクトマジックを掛けたときに、何か違和感があったと?」
「それなんだけど、どこで同じ反応を感じたか思い出せないのよね」
確か、どこかであったはずなんだけど・・・
ビビアンは、掴もうとするとスルリと逃げていく記憶に、モヤモヤが収まらなかった。
すると、受付嬢が部屋の奥にある扉付き本棚を開けて、中から大きなスクロールケースを取り出した。
大きな動物の骨を加工して作られたそのケースの中から、大事そうに1枚の羊皮紙をとりだす。
それはテーブルのほとんどを覆い隠すほどの大きさがあった。
「何これ、この周辺の地図じゃない。しかも見たことないほど精緻で正確な」
ビビアンが驚くのも無理はなかった。そこに広げられた地図は、今まで見たどの地図より細かく書き込まれており、しかも重要な拠点にはびっしりと注釈が添えられていたからだ。
「ねえねえ、この地図、複写してくれない?」
用件も忘れておねだりするビビアンに受付嬢の目が光った。
「ひっ・・・」
一睨みでビビアンを硬直させると、受付嬢は4人に注意事項を話し始める。
「この地図は持ち出し禁止、複写禁止です。もし破損したり、修復不可能なほど汚したりしたら・・・」
「「「したら?・・・」」」
「20年分の年収を罰金として徴収します」
ズザザザザ
音を立てて4人がテーブルから遠ざかった。
「そんな危険な代物を、俺達に見せないでくれよ」
スタッチが恐る恐る抗議すると、他の3人も大きく頷いた。
「貴方方も、すでにLV7です。そろそろ次の段階に昇っても良いかと」
受付嬢の言い分に、4人は顔を見合わせる。
「その事と、その物騒な地図とどう関わってるさね」
ソニアが少しだけ前に出ながら話しかけた。はっきり言えば、手を滑らして傷つけるだけで、労働奴隷墜ちしそうな代物には近寄りたくはない。だが、自分達がLV相応のランクに居ないと言う言い草は気に入らなかった。
あの受付嬢に文句は言えなかったけれども・・
「これは当冒険者ギルドに1枚しかない貴重な地図です。ここには、冒険者の皆様が命がけで集めてきた、この周辺に存在する危険な存在の全てが書き込まれています」
それを聞いたとき、思わず4人の足がテーブルに向かって1歩踏み出されていた。
それを目に留めたあとで、彼女は話を続ける。
「この地図を見れるのは、ギルドが資格ありと認めた一部の冒険者だけです」
「俺達も認められたってわけか・・」
ハスキーが誰にともなく呟いた。
「規定のLVに達していること、秘密を守るだけの誠意があること、そして何より冒険を恐れないこと」
彼女は4人を見回しながら、一つ一つの言葉を言い聞かせるように唱えた。
それを聞いた4人は、それぞれの物思いに耽った。
「この地図には貴方方が知らなかった存在も多数書き込まれています。それを知れば、きっと足を運びたくなる。そして身の丈に合わない無茶をすれば、待っているのは破滅です・・」
「俺達がそうならない保証は無いと思うが?」
というより今の服装を見れば、そうなる可能性が大だと、自分達でも思ったほどだ。
「確かにこのところ、貴方方の依頼達成率は低いです。装備も整っていないし、資金に余裕が無いから宿も食事も最低限ですね」
「だったら・・」
「ですが、そんな状態でも帰還した。ギルドはその生存能力を高く評価しました」
「そこかい!」x4
「十分な装備を整え、万全な体調で、LVに見合った敵と戦う。駆け出しの冒険者には窓口で、口を酸っぱくして言い聞かせています。でもそれでは越えられない壁がある。不測の事態で、装備は間に合わせ、空腹で水も満足に飲んでいない・・そんな状況でも生きて戻れる冒険者を、ギルドは一人前と認めるのです」
「この先、冒険者としての階位を上げるつもりがあるなら、この地図の情報は必ず役に立つでしょう。どうするかは、それぞれの判断にお任せします。ただし、仲間が選んだから自分もそっち、という選択の方法は、後悔するとだけ伝えておきます」
部屋の中に沈黙が舞い降りていた。誰かが唾を飲み込む音が、やけにはっきり聞えてくる・・
そして、テーブルに向かって踏み出す足音が、4つ同時に聞えた。
そのことを確信していたかのように受付嬢の口元には笑みが浮かんでいた。
「ほーー、これが噂のドワーフの鉱山か」
「こっちは水竜の塒って書いてあるぞ、マジかよ」
「ゴブリン・ホール?なんだいこの印はさ」
「ちょっと、椅子貸してよ、地図の端が見えないじゃない」
テーブルを囲んで子供のようにはしゃぐ4人を、受付嬢は黙って見守っていた。
過去にこの地図を始めて見た冒険者達は、まったく同じような反応を示したからだ。
やがて一通り眺めて満足すると、ビビアンが受付嬢に尋ねた。
「それで、この地図を見せたのは、私達の覚悟を試すだけじゃないんでしょ?」
「そうですね、貴女が過去に言ったことのある場所に、このマーカーを置いてください」
そういって小さな透明のチップを幾つか手渡された。
「なるほどね、ええっと、ここが三日月湖で、ここがオークの丘で、ここが・・」
昔の冒険を遡りながらビビアンはマーカーを並べていく。
「アタシと一緒だったのは、ここだったさね」
ソニアも自分の分かるところは補足していった。
「こう見ると、1冒険者の行動範囲ってせまいんだな」
スタッチは、地図の一部に固まるマーカーを見て呟いた。
「ああ、俺らの行動半径も似たようなものだな、もう少し南にずれるが」
ハスキーも、自分達が足も運んだことの無い距離に書き込まれた情報に圧倒される。果たしてあそこまでたどり着けるのだろうかと・・・
やがて全ての場所をマーカーで埋めたビビアンが、地図を睨んで叫んだ。
「思い出した!あの反応はオークの丘の地下墓地の入り口で掛けたのと一緒だったわ。間違いない!」
ビビアンの言葉に他の3人が色めき立つ。
「いや、確かあの時は古い遺跡は大抵保存の魔法が描けてあるから、こんなものだって言ってたろ」
ハスキーがあの時を思い出して話す。
「ええ、だけど、同じ反応をリザードマンの巣の中で感じたから違和感があったのよ。あそこは地面がむき出しだったし、彼らが保存の魔法なんか描けたりしないでしょ」
「だとしたら、どういう事なんだよ?」
スタッチの疑問にビビアンが答えた。
「だから、地下墓地と三日月湖の巣は同じ誰かが造ったのよ!」
「「「誰が?」」」




