帰ってこいよ
あと少しで地底湖に到達するという所で、ハクジャとベニジャは急流に押し戻された。
二人を乗せたクロコとグレコが、全力で逆流を遡り、背中にしがみ付く騎手ともども、水面に浮上した。
「なんだい、あのデカイのは、ジャー」
小山のような巨大亀を見上げて、ベニジャが驚いている。
「あれはまさか、ギガンティック・グレイシャル・タートル・・・ジャジャー」
「知っているのか、ハクジャ」
「我々が短弓の素材として狩っているのが、グレイシャル・タートルと呼ばれる大亀ですジャ。冷気耐性を持ち、堅い甲羅で物理攻撃のほとんどを弾きますです、ジャー」
「それ、どうやって狩ってるの?」
得意の弓も効きそうに無いし、攻撃呪文があったとしても冷気属性のような気がするんだけど。
「槍を使って梃子の原理でひっくり返します、ジャー」
ああ、なるほど、裏返せばあとはどうとでもなりそうだね。
「でもそれって、あのサイズには効かないっすよね?」
ああ、そうね、体重が2tぐらいありそうだもんね。
「それと、奴はコールドブレスを吐きますです、ジャ」
「総員、巨大亀の死角に退避!!」
「だっしゅー」
その直後に巨大氷河亀が口から凍てつく波動を解き放った。
シギャアアアーーー
ブレスの範囲内の水面が、真っ白に凍り付いていく。想定外の広さのコールドブレスは、フロストリザードマン達を巻き込んでいた。
「損害は?!」
「重傷2、軽傷3.重傷者は戦闘継続は不可能です、ジャー」
「負傷者は癒しのリンゴの木に運んで」
「了解です、ジャー」
すごい広範囲のブレスだった。あれだとうかつに近接戦闘に持ち込め無いね。機動力で攪乱しないと、動きを止めた瞬間に、吐かれて終わりそうだ。
けれど未だに地底湖周辺は水没していた。かなり水位が下がったとはいえ、騎牙猪兵が突進するのは無理そうだった。
「いくぜ、クロコ、アタい達の出番だ!ジャー」
「シャー」
そこへ水陸両用の蛟騎兵が突撃を仕掛けた。
「おでの邪魔する奴は容赦しねえだ、やっちまえナボナ!」
巨大氷河亀の背中から半魚人が叫んだ。
「カメエエーー」
地響きを立てながら巨大氷河亀が、ベニジャ達を踏み潰そうと右前足を振りかざした。
「そんなノロマに当たってやるもんか、ジャー」
ベニジャは敵の腹の下にもぐりこむと、槍で思いっきり突いた。しかし、その一撃はむなしく弾かれた。
「なんだ?こいつ腹まで堅いぞ、ジャジャ」
そこに振り上げた脚が落ちてきた。
ズドヴァアーンという物凄い水音に続き、跳ね飛ばされた水が高波となって押し寄せる。
「クロコ、頼んだぜ!」
「シャー」
巻き込まれたら転倒し、次の足踏みが避けられなくなる。クロコは押し寄せる波を蹴り上がるように乗り越えていった。
しかし巨大氷河亀ばかりに気を取られていたベニジャは、伏兵の存在を忘れていた。水中に潜んでいた大蛙が、一斉に舌を伸ばしてきたのだ。
「こなくそジャー」
なんとか2本は身を捩って避けたが、1本が槍を絡めとり、1本がベニジャの尾っぽに巻きついた。
「は、放せ、放せっていうのが聞えないのか、ジャジャー」
左右から舌で引き寄せられて、ベニジャの身体は一瞬だけ宙に固定された。
そこに巨大氷河亀の左前脚が振り下ろされる。
「馬鹿者、槍を手放せ!ジャー」
ハクジャの一喝に、思わず従ったベニジャが槍から両手を離す。するとベニジャの身体は尾っぽを巻き取った大蛙の方へ吹き飛んでいった。
「ニョエエエエエー」
大きく開いた大蛙の口の中にベニジャが吸い込まれる寸前、岸壁から飛来した3本の矢が、無防備な喉に突き立った。
「ゲゲロッツ」
さらにベニジャの槍を引き寄せた大蛙には、ハクジャの槍が突き立っていた。
「ゲゲゲロッツ」
2匹の大蛙を倒した。
ベニジャは死んだ大蛙の口に咥えられたままだけど、クロコが救助にいったから大丈夫だろう。
これで大蛙は、残り4。ただし巨大氷河亀は攻略の手がかりが見つからない。いっそ無視して騎乗者を先に狙うべきだろうか・・・
「おでの配下はまだまだいるだー」
そういって半魚人が三つ又矛をかざすと、地底湖から新たな光点が湧き上がって来た。その数、12.
「大蛙の無限湧きとか、シャレになってないよ」
「主殿、総力戦だ。我々も転送してくれ」
「足場が悪すぎてブレスの餌食だよ。スケルトンには冷気耐性がないし」
「ならばどうするのだ。ほっとけばいくらでも集まってくるぞ」
あれは呪文で召喚してるのではなく、種族特性で支配してるみたいだ。MP切れを待つのは無理か・・・
「ハクジャ、この周辺に生息してる大蛙って数はどれくらい?」
「・・・2・3百はいるものと、ジャー」
とんでもないね、さすがにそれは倒し切れない。それに奴が支配できるのが蛙と亀だけとは限らないし。
こちらの逡巡が伝わったのか、半魚人が雄たけびを上げた。
「とっととおでのオッカアーを返すだああああ」
「待って下さい!」
地底湖に水面に波紋が立ち、その中心からルサールカが姿を現した。
「オッカアー」 「ルカ!」
半魚人と僕の声が重なった。
「この人は・・・」
ルカは自分を犠牲にしてダンジョンを守ろうというのだろうか・・・
「この人は・・・私の・・・」
それとも夫婦二人でやり直す気になったのだろうか・・・
「この人は、私の、知らない人です」
「「エッ?」」
半魚人と僕の声が綺麗に重なった・・・




