リベンジ・オブ・クロウ
作中に残酷な描写?があります。苦手な方はご注意ください。
特に鳩やカラスが苦手な方は読まずにいてください。
アイスオーク・ドルイドの追撃を命じられた、レッドベリー家の兵士4名は、小隊長を先頭に、ライ麦畑の中を進んでいた。
途中で、この畑の違和感に気がついた小隊長が探知魔法をかける。
「どうやらこの麦畑には「幻術」と「結界」の魔法が掛かってるようだ。里の結界と同じように、方向感覚を狂わせて、部外者を寄せ付けないタイプだろうな」
「やっかいですな。一旦退きますか?」
配下の兵士が提案するが、小隊長は意に介さなかった。
「どうせオークの張ったちゃちな結界だ。感覚が狂わされているという認識をしっかりもっていれば、迷うことはない。構わず進むぞ」
後続にも警告しておくように言い残すと、さっさと奥に向かって進んでしまった。
兵士は慌てて、少し距離の離れた2人に、迷いの結界の事を大声で伝えると、小隊長の後を追っていった。
彼には、ちゃんと後方の二人から、了解したとの返事が聞えた。
だが、彼の警告は、仲間の兵士には届いていなかった。
たまたま、近くから畑に餌を見つけにきていた烏が飛び立ち、その羽音と不気味な鳴き声で、聞き取れなかったのだ。
では、いったい誰が返事をしたのか・・・
その答えは、すぐに明らかになった・・・
「ちっ、不吉な烏だぜ。畑の端に案山子が立っていたのに、役に立ってないな」
「そう言うなって、烏は頭がいいから、動かない案山子なんか直に慣れて怖がりもしないよ」
後続の二人は、離れてしまった小隊長との距離を詰めようと、急いで歩いていた。だが、この麦畑はかなり足場が悪い。麦の穂が密集していない場所を選んで、足早に駆けて行こうとした。
「おい、見ろよ、案山子に烏がとまっているぜ」
すぐ横に、麦藁帽子を被った案山子が、肩に烏を乗せたまま立っていた。
「おいおい、ちゃんと仕事しろよ。そんなんじゃ首にされるぞ」
囃し立てた兵士の声に同意したかのように烏が鳴いた。
「カアーー」
そのタイミングの良さに兵士が笑い声をあげた。
「ははは、烏もその通りだってさ」
その声に惹かれたように、もう1羽の烏が反対側の肩に舞い降りてきた。
「カアーー」 「カアーー」
「あああ、烏にまで馬鹿にされてるよ。スケア・クロウ(烏脅し)の名が泣くぜ」
そう言い残して、先に進もうとした・・・その時、新たに2羽の烏が案山子の肩に舞い降りてきた。
「おいおい、いくらなんでも烏が多すぎだろう」
すぐ側に、大き目の真っ黒な烏が4羽もいると、不気味さが倍増した。烏も集団になれば亜人を襲ったりもする。兵士は急に不安になり、その場から離れようとした。
「カアーー」 「カアーー」 「殺す・・」 「カアーー」
「誰だ!」
烏の鳴き声に混じったエルフ語に、兵士はつい、振り向いてしまった。
だが、そこには4羽の烏がいるだけだった。
「おかしい、確かに同族の声が・・・」
いぶかる兵士の前で、烏が再び声を揃えて鳴いた。
「カアーー」 「カアーー」 「カアーー」 「カアーー」
やはりさっきのは空耳だったかと、安心しかけた兵士の耳にはっきりと、
「死ね・・」
いつの間にか増えた5羽目の烏がつぶやくのが聞えてしまった。
その烏の足の爪は、真っ赤な何かで染まっていた。
「て、敵襲!じゅ、術者の使い魔と思われ・・」
かすれた声で兵士が叫ぶが、その声を覆いつくように、不吉な鳴き声が木霊した。
「カアーー」 「殺す・・」 「死ね・・」 「許さない・」 「まず1人」 「どこから喰う」
6羽に増えた烏は、嘴や爪を真っ赤に染めながら、口々に怖ろしい言葉を吐き続ける。
兵士は恐怖のあまり、逃げ出そうとするが、足が竦んで思うように動かない。
「カアーー」
その時、最初からいた1羽が鳴いた。その1羽だけは、今も普通の姿で、普通に鳴いている。
その存在だけが、日常に戻るための鍵であるかのように兵士には思えた。
きっと、怖ろしい言葉を吐く烏達は幻覚で、気がつけば最初の1羽だけが本物・・・
すがるように見つめる兵士の目の前で、その烏が何かを吐き出した。
それは真っ赤な眼球に良く似た何かだった。
「ああ、喉に何か詰まってると思ったら、さっきの食い残しかよ」
エルフ語を流暢に喋る、その烏の口内は、真っ赤に染まっていた・・・
「ぎゃあああああ」
バサバサバサバサバサバサ
兵士の絶叫も、飛び立った烏の羽音でかき消されてしまった・・・
「おい、案山子なんかほっておいて、先を急ぐぞ」
何が面白いのか、烏のとまった案山子に話しかける同僚を置いて、先行する小隊長に追いすがろうとした。
すると左手に新たな案山子が立っているのが見えた。まあ、案山子はどれも似たようなものだが、麦藁帽子をかぶってないから、さっきのとは違うだろう。
烏もとまってないし。
そう思って右側を見ると、そこにも案山子がいた。しかも肩に烏を乗せて。
「おいおい、何本いるんだよ、役立たずの案山子ども」
そう口にしたとたん、背後に殺気を感じた。
「敵か!」
腰に差した小剣を抜くと、振り向いた。
だがそこには案山子が立っているだけだった。肩に2羽の烏を乗せて・・・
嫌な予感がした。
このまま後ろを振り向くと、烏が3羽になっていそうな気がする・・・
ここは振り向かずに、洞窟の方向へ転進しよう。これは決して撤退ではない。あくまで当初の目的を果たす為の後ずさりなのだ・・・
そう心に棚を作って移動しようとした兵士に、背後から烏の鳴き声がした。
「臆病もの・・」
「誰だ!」
振り向いた兵士の前には、烏を4羽乗せた案山子が立っていた。
「馬鹿な、倍々だと!」
案山子に包囲されている現状より、烏の数の拘るあたり、この兵士もかなり混乱していた。
そこにさらに背後から殺気が襲ってきた。
小剣を握り締めた兵士が振り向きざま切りかかりながら、叫んだ。
「次は8羽だってわかってんだよおお」
だが、そこにいたのは、1体の、カラスの頭をした案山子だった。
「ぎゃあああああ」
バサバサバサ ギャギャッギャギャッ
ライ麦畑に、静けさが戻った・・・




