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ダンジョンマスターは眠れない  作者: えるだー
第5章 冒険者編
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1杯のシチュー

 「話は大体わかった。どうやらあの丘には、やっかいなのが住み着いているようだな」

 酒場の親爺が、4人の冒険談を聴き終えて言った。

 「どうだい、親爺さん、ギルドの方で報奨金が出そうかな?」

 スタッチが縋る様に目を向けた。

 「報奨金まではわからんが、ギルドが興味を持ちそうな点が幾つかあったな」

 親爺はそう言ってカウンターの後ろへと回り込んで、何やら用意をし始めた。


 「ヒーリングの魔力を帯びた泉と薬草、それと耐火能力を持つスケルトンの上位種よね」

 ビビアンが、漂ってきたシチューの匂いに気を取られながら、言い放った。

 「そういうこった。採集依頼と確認依頼は間違いなく出るだろうよ」


 親爺はカウンターの後ろから寸胴鍋ごとテーブルに持ち込むと、人数分の深皿を出して並べた。立ち込める美味しそうな匂いに、4人の腹が一斉に鳴った。

 「残り物だから、全部食っちまっていいぞ」

 その声が終わる前に、4人の手がシチューの入った深皿へと伸びていた。


 「さて、洗い物も残っちゃいるが、その前に・・・」

 そう独り言を呟くと、酒場の親爺は、音もなく柱の影へと移動した。

 そこに潜んでいたハーフリングの冒険者の背後を取ると、あっという間に羽交い締めで動きを封じてしまう。


 「うわっ、何を・・もがもが・・」

 声を立てようとしたハーフリングの口を塞ぐと、耳元で囁く。

 「いいか、良く聞けよ坊主」

 「もがもが」

 「お約束ってのはなあ、3回までって決まってるんだよ」

 「もが?」

 「誰が決めたかなんて知らないが、天丼は3回までなんだ」

 「もが」

 「お前さん、そこで奴らの話を聞いていたろ?それでタイミングを見計らって声を掛けようとしてたよな?」

 「・・もが」

 「それはやっちゃいけないんだよ」

 「もが!」

 「たぶんお前さんはこう言うつもりだろ。「俺は盗賊スキルを持ってるぜ、俺たちが揃えば攻略できるぜ」てな」

 「・・もが・・」

 「俺の目には浮かぶんだよ、3日後に項垂れてテーブルを囲む貧相な5人組の姿ってやつがよ」

 「・・・・」

 「いい加減、こっちも営業に響くんだよ。他の客から「店の一部が辛気臭い」とか「不運が伝染りそう」

 とか「酒が不味くなる」とか苦情が殺到しててな」

 「・・・もが!」

 「確かにお前さんには関係ないかもな・・・奴らが夢を見て、それに乗っかるのを止めることは俺にはできねえ」

 「もが」

 「だから、俺は俺のできることで、店を守るってわけだ。悪く思うなよ」

 「もがもがもがー」

 キュッツと何かが締まる音がして、ハーフリングが静かになった。


 完全に失神したハーフリングを店の隅の椅子に座らせて、親爺は4人組のところに戻ってきた。

 すでに満足したらしいビビアンとハスキーが何があったか聞いてきた。


 「なに、酔った客が騒いでたんで、寝かしつけてきただけだ。起こすと騒ぐかもしれねえからそっとしといてやっとくれ」

 「迷惑な客ね、酒場は宿屋じゃないんだから、帰って寝ればいいのよ」

 ビビアンのご無体な発言に苦笑いしながら親爺は4人に話しかけた。


 「嬢ちゃんの言うとおり、ここは酒場であって宿屋じゃねえ。午後の仕込みもあるし、店の掃除もしなきゃならねえ。お前たちを泊める余裕はねえな」

 それを聞いて4人はがっくりと項垂れた。


 「だが、テントを買う金も無いお前たちに野宿はちと厳しいだろう。だから俺が冒険者ギルドに一筆書いてやるからそれもって受付に行け。今日は、おっともう昨日か、けが人も運び込まれなかったし、ギルドの治療小屋にベッドの空きぐらいあるだろう。そこで泊めてもらえ」

 今度は目をキラキラさせて親爺を見上げている。


 現金な4人の反応に呆れながらも釘を刺しておくことを忘れなかった。

 「だが、いいか、これは今回限りの特例だ。お前たちの持ち帰った情報が、ギルドにとって価値があるからできることだと忘れるな」

 コクコクと頷く4人。


 「査定に1日かかるだろうから、明日には男爵の丘の採集依頼と確認依頼が張り出されるだろう。だが、それには手をだすな。いいな!」

 不満そうに顔を見合わす4人を諭すように親爺は語った。


 「今、お前たちには疫病神が取り付いている。賭博に負け続けた奴に「今までの負け分と同じだけ賭け続ければ、1度勝つだけで大儲け」と耳元で囁いて破産させる疫病神だ」


 スタッチとハスキーは頷いてソニアを見た。ソニアは頷いてビビアンを見た。ビビアンは・・・そっぽを向いた。


 「それを追い払うには地道に働くしかねえんだ。装備がボロボロのお前達が再挑戦しても、男爵の丘は攻略できない。地道に資金を溜めて、装備を買いなおして、以前よりLVが上がってから、リベンジは考えろ。それまでは近場でリザードマンでも狩るんだ、いいな」


 「でもビビアンは魔法があるからいいけど、アタシらは素手じゃキツイよ」

 ソニアが珍しく弱音を吐いた。

 「それもギルドに掛け合ってやる。報奨金は無理でも初心者用の武具セットなら貸し出して貰えるはずだ。最初は慎重に、ビビアンの呪文をメインで戦え。敵の武器を奪ってから徐々に普段の戦いに戻ればいい」

 親爺の助言に4人は素直に頷いた。


 「明日、準備が整ったら一度店に寄れ、弁当ぐらいは用意しといてやる」

 「「おやっさん!恩にきるぜ!」」

 4人は足取りも軽く、酒場を出て冒険者ギルドに向かっていった。ビビアンはブーツがないので、ソニアに負ぶさってだが・・・


 「やっと行ったか・・・」

 4人を見送った親爺は、安堵のため息をついて、店の中を見渡した。

 いつもの閉店時間はとっくに過ぎていた。仕込みと掃除は後回しにして少し眠ろう。カウンターの後ろの狭い寝室に戻ろうとして、一つだけ遣り残した事を思い出した。


 「あいつ、どうすっかな・・」


 そこには白目を剥いて口から泡を吹いているハーフリングが座っていた・・・

 

 

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