第三話:オーガ
女性用の下着を購入してネフィーに着替えさせた後、宿で悶々とした夜を過ごした。
いや、部屋が空いてなかったから同じ部屋で寝ることになったんだよ。
ていうかさ、エロ可愛い美少女(しかも俺は命の恩人)と同じ部屋とか、どんなシチュエーションだよ。
しかも今どんな下着を履いてるかまで知ってるんだぜ。
ムラムラしながらも手を出さずに徹夜した俺を褒めて欲しい。
いや、だってなぁ。せっかく知り合ったんだから嫌われたくないし。
どうせなら合意の上でヤりたいじゃん。
強姦は趣味じゃないしな。そんな度胸も無いし。
「……貴様殿、大丈夫か?」
「平気だ。徹夜は慣れている」
「そうか。夜を通しての見張り、感謝する」
どうやらネフィーの中ではそういう事になってるようだ。
真実は俺の胸の奥にしまっておこう。
※
二人乗りの馬車を借りてガタゴト行くこと半日ほど、ようやく渓谷に到着した。
ここを抜ければすぐにエルフの住む森だ。もうひと踏ん張りといった所だろう。
しかし、その渓谷の入口にたくさんの人が集まっている。
どうも様子がおかしいな。トラブルでもあったんだろうか。
ちょっとその辺の奴に聞いてみますかね。
「何かあったのか?」
「モンスターが出たんだよ。警告の真ん中にオーガが陣取ってやがるんだ」
「オーガ……巨人か。被害は出ているのか?」
「それは大丈夫だ。今はモンスターを退治する為に街から一級冒険者が来るのを待ってるところだよ」
なるほど。冒険者はモンスター退治の専門家だからな。
一級ともなればオーガを倒してくれるかもしれない。
ふむ。それなら俺達も退治されるのを待つとしよう。
そう思いながらネフィーを見ると、不敵な笑みで大きく頷かれた。
「問題ない。この我とジェイドに任せておけ!」
ネフィーさん!? なんて事言ってんだお前!
「我が魔法とジェイドの剣があればオーガなど容易い敵だ!」
「ちょ、おい……」
「そりゃあ良い! 頼んだぜ兄ちゃん!」
「助かった! これで渓谷を通れるな!」
あ、ダメだ。これもう後戻り出来ない奴だ。
いやいやいや。俺ちゃん死んだろこれ。
オーガなんて俺みたいなザコにどうにか出来るわけがねぇだろ、おい。
でもこの空気で断るのは無理そうだしなぁ……
くそ、仕方ない。敵の情報だけ持ち帰って街に報告しに行くか。
それなら文句も言われないだろ。
「分かった、行ってみよう」
「あぁ。腕がなるな、貴様殿」
ちくしょう、今はその超絶可愛い笑顔が死神に見えるわ。
でも抱き着かれた腕が胸に包まれて幸せだから怒れないんだよなぁ。
※
さぁて、敵さんが見えてきた、と言うかだいぶ前から見えてたんだが。
なんだありゃ、マジでデカいな。下手したら山と同じくらいありそうだ。
うーん。こりゃやっぱり冒険者たちに任せた方が良さそうだな。
俺みたいな一般人がやれることって言ったら情報を持ち帰る事くらいかね。
なんて思っていると、後ろの方から誰かが駆け寄ってくる音がした。
「何だお前ら、同業か?」
立派な革鎧に大きな両手剣。なるほど、こいつが冒険者か。
ガタイも良いし見るからに強そうだ。これなら大丈夫かもしれない。
「いや、俺は傭兵だ」
「なら下がってな。モンスター退治は俺達の仕事だからよ」
「そうか、分かった」
ラッキー。一時はどうなることかと思ったが、後は安全な場所から見物するとしますかね。
「貴様殿!?」
「落ち着け。今はこいつの顔を立ててやろう」
キレかけてるネフィーに耳打ちし、岩陰の後ろに移動する。
そんな俺を見て、冒険者はバカにするように鼻を鳴らした。
「覇気のない野郎だな……まぁいい、そこで見てな!」
そう言い残すと、冒険者は両手剣を担いだまま走り出した。
速い。あんなデカブツを持ってるのにまるで風みたいだ。
瞬く間にオーガに接近し、赤く輝きだした両手剣を振りかぶりながらジャンプする。
「喰らいやがれ、化け物が!」
真正面から堂々とした一撃は、オーガの首を目掛けて鋭く振り下ろされた。
しかし、その攻撃は巨木のような腕でガードされてしまう。
更には筋骨隆々な腕に両手剣が食い込んでしまい、冒険者は舌打ちしながら武器を手放してバックステップで距離を取った。
あれ、なんかヤバくね?
くっそ、ここは手助けくらいしておいた方が良いか。
可愛い女の子が見てるんだし、冒険者を見捨てて逃げる訳にもいかんだろ。
「ネフィー、援護を頼む」
「任せろ!」
自信満々な返事を聞きながら走り出す。
さて、どうすっかなー。まぁオーガの動きは遅いから逃げ回るだけなら大丈夫だろ。
チクチク攻撃して囮になりますかね。
「……こっちだ」
昨日拾った紋章入りの剣で脛を狙って横薙ぎ。
弾かれるかと思ったが、案外スパっと斬れた。
お、意外と切れ味良いなこれ。オーガ相手でも指くらいならいけんじゃね?
となれば、狙いは足の親指かね。人間も親指を怪我したら上手く歩けないし。
よしよし。んじゃ走り回りながら隙を見て……って、あぶなっ!
いま頭の上をオーガの拳が通ったぞ!?
「くそっ! オーガが暴れて砂煙が……! 傭兵! 大丈夫か!?」
冒険者が何か叫んでるけど、こっちはそれどころじゃない。
あんなもん当たったら死ぬし、ちょっと離れていよう。
あ、岩壁殴って痛がってる。馬鹿だなーこいつ。
「馬鹿な、あれだけ攻撃されて無事なのか!? 何者なんだあいつは!?」
いや、うん。だってそこに居ないもん俺。
そりゃ当たらねぇよ。
オーガも砂煙のせいで俺を見失ってるみたいだし、さっきから岩ばっかり殴ってるもんなぁ。
拳が弾かれたみたいに跳ね上がってるのがなんか面白いんだが。
……あれ? ていうかコイツ、いま隙だらけじゃね?
「取った!」
喰らえ! 必殺・親指斬り!
思いっきり振り下ろした紋章付きの長剣はオーガの親指に深々と食い込んだが、残念なことに切断するまでには至らなかった。
くそ、行けると思ったんだけどなー。
あ、でもふらついてるから良しとするか。さーて、逃げよう。
「待たせたな、貴様殿! ゆくぞ! 極大凍結魔法!」
俺がオーガに背中を向けてダッシュしようとした時、ネフィーの天使みたいな声が聞こえてきた。
やっぱり声も可愛いんだよなー。
でも待って、いま極大魔法って言った?
そんな対城用の広範囲魔法撃たれたら俺も巻き込まれない?
やばい、と思って身を伏せるのと同時。
恐ろしい轟音と共に、俺の背後で凍てつく風が吹き荒れた。
渓谷が一瞬にして冬のような気候に変わり果てる。
おそるおそる振り返ると、わずか十センチくらい先の岩肌が凍り付いているのが見えた。
その先には氷漬け状態で倒れる寸前のオーガの姿。
……あっぶねぇー!? もう少しで俺も死んでたろこれ!?
割とメチャクチャしやがるな、ネフィー。でも可愛いから許す。
……あ。オーガが倒れた。
ついでに腕に刺さってた冒険者の両手剣がちょうど首に刺さったな。
凍ってたせいか結構簡単にぽっきり折れちゃったわ、首も剣も。
てか親指に刺さってた俺の剣も凍り付いてボロボロになってんだけど。
どんだけ威力あったんだよ、さっきの魔法。
「貴様殿、ご苦労であった!」
おぉっと、いきなり抱き着いてくると危ないぞ? 主に俺の理性さんが。
特大級の柔らかさと蕩けるような甘い香りで頭がクラクラしてるし。
あと間近でその極上の笑顔は止めてください。死んでしまいます、理性さんが。
いかん、顔がにやけそうだ。
ここはちょっと無口なイケメン風に返事しておこう。
下手に口開いたらだらしない声が出そうだし。
「ネフィーも無事か?」
「あぁ、貴様殿が敵を引き付けてくれたおかげだ。やはり頼りになるな」
「そうか。ならよかった」
ところでネフィーさん、抱き着くのは良いけど腕の位置に気をつけてくれませんかね?
俺の二の腕がポヨンポヨンしてるのものに挟まれてるんですけど。
しかも手の甲にぷにっとスベスベな感触があるんだが、これってまさか太ももか?
あ、やば、頭がぼーっとしてきた。鼻血出そう。
「そちらも怪我がなくて良かった」
「……あぁ」
「中々に格好良かったぞ?」
「……あぁ」
「しかしまさか、単独でオーガの首を斬り落としてしまうとはな」
「……あぁ」
うん? 今なんかおかしなこと言われなかったか?
待って、俺がした事ってオーガの親指斬りつけただけなんだけど。
「いや、俺は……」
「よっしゃ! 俺が他の奴らに知らせてくるぜ!」
居たのか冒険者!
ちょっ、足速いなおい!?
「うむ。我も鼻が高いぞ」
えーと。ドヤ顔のネフィーは可愛いからおいとくとして。
なんかおかしなことになった気がするんだが、大丈夫かコレ。




