3-2 そういえばいた様な気もする方々
【円形闘技場 ロック・シュバルエ】
「よく見ておけ、お前の死に場所となる円形闘技場だ。行くぞ!」
それだけ言うと兵士は首輪に繋がる鎖を引っ張り歩き出す。
ここが俺の処刑場、なのか? というか闘技場?
困惑しながら歩かされていると周囲の視線が気になった。
少ないのだ。周りを行き交う人々はかなり多いのだが、こちらを見ている数は宮殿と比べると明らかに少ない。もしかしたらこれも日常風景なのかもしれない。
「おい。死刑囚の引き渡しだ」
兵士達は俺を闘技場の入り口まで引っ張ると待機していた別な兵士達に引き渡す。
「死刑囚とは珍しいな。随分とひ弱そうだがどんな極悪人なんだコイツ?」
「罪状がある。見てみろ。それとサインもな」
闘技場側の兵士達も集まってきて俺の罪状を見始める。
「ふむ、了解した。罪状はどんな――ぶはははははっ」
……そして思いっきり笑われた。
「なんだそりゃ、前代未聞じゃねーかこんなアホ、ははははっ!」
「おい、見えないぞ。何を笑っているんだ」
「お前らもこれ見てみろ」
いや見せんなよ。
「死刑囚の罪状がどうし――ぶふっ!」
「えっ、逆に凄くないコイツ?」
「一周回って勇者だろもう。でもこれで死刑とか流石に恥ずかしいわ」
……笑うな畜生。こっちも不可抗力だ。ブッ飛ばすぞ。
「なにを騒いでいる貴様ら!」
自分でも頬が引きつっているのが分かるくらい内心でキレそうになっていると、後ろから怒声が聞こえた。
「か、看守長!」
「罪人ならさっさとしろ。しかも死刑囚ならこのあと例の連中と一緒に処刑だろうがッ。急げ!」
「はいっ」
看守長と呼ばれた巻煙草を咥えた大柄な男の登場で、兵士達はすぐさま仕事の顔に戻る。するとその看守長本人がこちらにやってくる。
「ったく、俺の評価に響くだろうが……しかし異国人のガキの処刑とは珍しいな。お前はこれから闘技場にある独房に一旦連れて行く。それからすぐ処刑だ。――ただお前は運がいいぞ」
「はい?」
「この国の処刑方法は他所ほどに野蛮で冷酷でもねぇ。ちゃーんと、どんな大罪人にも慈愛が与えられからな。感謝することだ」
そう口でいう割に顔にはどう見ても嘲笑が浮かんでいる。嫌な予感しかしない。
「じゃあさっさと連れて行くか……っとその前にステータスのチェックか。おい!」
看守長の声に応じて控えていた水晶を持った兵士が駆けてくる。冒険者ギルドでも見たなこんなの魔導具。
「確かステータスはザナト冒険者規格って言うんだっけ」
「は? ザナトだと? お前どこの国から来た。この辺りはニシ規格だぞ。ほら手を出せ」
俺の独り言を拾った看守長が怪訝な顔をする。ニシ規格? は知らない。ステータス表示はどうやら別様式らしい。
「ぐっ」
言われるままに出すと乱暴に皮膚をナイフで斬られた。割と痛い。
看守長は血のついたナイフを水晶に持っていき血を垂らす。
するとザナト規格と同じ様に水晶にステータスとやらが浮かび上がる。
「なになに職業は宿屋か。――は? レベル404?」
思わず看守長が俺を見るが首を振る。
「そんな高い訳ないじゃないですか。僕はただの宿屋の倅ですよ」
「だろうな……ぶっ壊れてるのか?」
「あ、もしかしてまた404出ましたか?」
水晶を持ってきた兵士の一人が何かをメモしながらアチャーという感じで覗き込む。
「オイ、またってどういう事だ」
「この数字が出るの二回目なんスよ。実は先日、ダンジョンで同伴していた冒険者を皆殺しにして正当防衛か揉めた頭のイカれた青年がいたんですが、そいつもレベル404になってたんですよねぇ。そいつは五人殺しているとはいえ、ただの宿屋もそれなら、やっぱり壊れてんだろうなこれ」
「おいおいちゃんと買い替えておけよ。まぁいいコイツのレベルはそうだな、15くらいにしとけ」
「分かりました。ギフトとか魔術はあります?」
「ギフトはない。魔術は……あ? リング魔術ぅ??」
「え?」
は? リング魔術?
なんだそれ。俺は冒険者ギルドでのステータスチェックでもそんなものなかったぞ。
「お前リング魔術なんてものが使えるのか?」
「いえぜんぜん」
「これも壊れてるせいかよ……」
酷い水晶だな。粗悪品もいいとこだ。
そんな事を考えていると頭に先代勇者村松の声が聞こえた。
“ロック、たぶんそれ時空間魔術を検知して該当要素がなくて適当な名前になってるヤツだ”
「え?」
“ステータスの規格を作ったニシもザナトもおそらく時空間魔術なんて存在を知らず、設定されていないはずだ。だから誤検知してリング魔術なんて訳わからんもんになってる”
な、なるほど……え? じゃあ俺、これから時空間魔術を使ったら全部、リング魔術って言うの?
“おう頑張れリング魔術師”
――。
「まぁいいとりあえずリング魔術って書いとけ。どうせ死ぬんだコイツ。……それじゃあ行くぞ」
看守長がステータスをメモしている兵士に適当に言い放つと、俺の首輪についた鎖を引っ張り歩き出す。数人の兵士に囲まれながら俺達は闘技場の中へ入ると、すぐに地下へと続く階段へと連れて行かれた。
「しかし可哀想になぁ……すぐに処刑ならお前も綺麗な身体で死ねたものを」
先頭を行く看守長が地下へ続く階段を降りながら、薄ら笑いを浮かべる。
「どういう意味ですか?」
「くくっ……今日、処刑されるのはお前だけじゃないんだよ。お前と仲良く一緒にあの世に行くお友達がいる。今からそいつらに会わせてやる」
看守長が巻煙草を口から離し俗悪な笑みを浮かべ後ろの俺を見る。
「――この下の牢屋にいる死刑囚は宿屋の倅であるお前の想像もつかない極悪人共だ。本来ならこんな辺境での処刑で済まされる様な連中じゃないが……上の都合でな。何百人という人間を顔色変えずに殺してきたばかりの最低最悪の殺戮者共さ」
「さ、殺戮者ですか……」
「くくっ、処刑まで時間はある。せっかくだから親交を深めるといい――もっとも死刑囚同士、牢屋の中で何が起ころうとも我々は一切なんの関知もしない……たとえお前が泣き叫ぼうが原型もない程に殴られたとしても、我々は何の処置もしない。ただ不幸な事故があったと片付けるだけだ。はははっ」
なんだそれ。脱獄とか考える前に同じ囚人に殺されるかもしれないって事か?
やがて階段も終わり地下牢へと到着する。俺だけその牢獄の前に立たされた。
……中は酷く暗い。
松明の火はあれどとにかく暗く、淀んだ空気に死臭のようなものまで漂っている。
ただ薄っすら牢獄の闇に同じ様に首輪と手枷をされた四人の男達がいるのが分かった。
――俺に視線が突き刺さる。
まるで死んだような、だがそれでいて手負いの獣の如きナイフのような目で一斉に彼らがこちらを見る。思わず怖気が走った。
そんな中、兵士達は厳重に警戒しながら牢獄の入り口を開ける。
「やぁ死刑囚諸君。新しい友達を連れてきてやったぞ。せいぜい残り半刻の命だ、たっぷり仲良くやると――いいッ」
「んがっ!?」
直後、ドンッと背中に衝撃が走り牢獄の床に転がり込む。後ろに立っていた看守長に足蹴にされたらしい。
「じゃあな異国のガキ。処刑の準備が整い次第また来る。……もっともそれまで原型を留めているかも分からんがなァ!」
看守長の耳障りな笑い声に反応し身体を起こすと既に牢は閉まり、離れた場所に見張りの兵を数人残して彼らは去っていった。
そうして――背後からあの視線を強く感じる。
明らかに異様な圧。
看守長は殺戮者と言ってたが俺の様な不可抗力ではなく本物の凶悪犯罪により死刑となった者達だ。どう楽観視しても普通ではあるまい。
「――また死体が増えたか」
座ったまま壁に寄りかかり俯く巨躯の男がまるでどうでも良さそうにぼそりと呟く。
それを鼻で笑って奥から若い頬のコケた男が立ち上がった。
「違いないですね軍曹……へぇ、随分と弱そうなガキだ。殺しでここに来た風には見えねぇなぁ……おい小僧、死ぬのが怖いならいっそここで、俺が楽に殺してやろうか?」
そういって若い男は病んだ様な笑みを深くする。
「知っているか俺達の処刑方法。俺達は見世物になるんだよ。泣き叫びながら、臓物を撒き散らし、どれだけ許しを請いても嘲笑われ……生きたまま食われるのさ。そうなる前に俺が素手で一瞬、こうクッと首を捻るだけで綺麗に息の根を止めてやる。自分の下半身が化け物に食い散らかされながら死んでいくより良いだろォ……?」
――強い。
この男、普通に強い。
ヴォルティスヘルムでの戦闘経験のおかげか目の前の男達の強さを肌で感じる。他の三人も同等かそれ以上にやる。
――これは不味いぞ。
この状況で彼らを相手にすれば魔術の使用は避けられない。それを見張りに目撃されれば枷を無力化しているのが処刑前に露呈してしまう。
いっそこっそり異空間から短剣だけ抜いて脅すか? ……いやそれも悪手だと思う。
確かに彼らは素手であり刃物があれば脅しにはなるだろう。だがもし脅しに屈せず、むしろ武器の持ち込みを外の見張りに告げられれば、看守長が兵を率いて俺を取り押さえに来てしまう。
ならば見張りから片付けるかとなるがそれをすれば結局、この国を拠点に捜索をするのは不可能となるし、死刑囚達も俺に便乗し何をするか分からない。
……ダメだ。ここは何をされても我慢してなんとか上手くやり過ごすしかない。
俺は暗澹たる気持ちと覚悟で、なるだけ彼らを刺激しない様に喋りかける。
「だ、大丈夫です。僕はまだ、生きてやりたい事があってですね――」
「まぁそういうなよ。ここの処刑方法の悪質さを詳しく聞けばその気持もすぐに改めるからよォ……」
男が俺に手を無造作に手を伸ばし俺の首輪を掴もうとする。やはり抵抗するしかないのか。
が――直前で男の手が止まる。
「…………って。あれ? お前もしかしてどこかで会ったことある?」
「え?」
相手が突然、首を傾げて俺をマジマジと見てくる。
なにいってるんだこの人?
当然、俺は殺戮者の知り合いなんていないし彼に見覚えはない。
「初対面だと思いますが」
「ああ゛、そうかなぁ? つーか暗くてちゃんと顔が見えな………………ぇ」
若い男が一歩踏み出した瞬間、俺の顔に松明の光があたりそれを見た彼は。
「――」
硬直した。石化したかの様に表情一つ動かない。
「?? ………あの……ええと。どうか、しました?」
お互い向き合ったままピクリとも動かない。
いやそれどころか若い男の顔から段々と血の気が引いて、見て分かる程に真っ青になっていきやがて。
「い――」
「い?」
「いやああああああああああッ!?!?」
絶叫を上げ反転すると全速力で俺の前から逃げ出した。
「ええっ!?」
訳が分からない。なにが起こった? なんで殺戮者のクセに人の顔を見て逃げ出した?
「あ? なんスか兄貴、幽霊でも出たんスか?」
「どうせ兄さん処刑が怖くなったんでしょう」
「……これから死ぬってのにうるせぇ奴だ」
向こう側も事情がよく分かっておらず、発狂した男以外の三人は冷静というか大した反応はない。
「ヒィィ! あ、あああ、アイツだっ! アイツが俺達を殺しにやってきたんだよォッ!!」
異様な逃げ方である。
顔に本気の恐怖を貼り付け、涙目で壁に必死に縋り付き俺から何が何でも距離を取ろうとしている。あまりの急変に他の三人も呆れ返った様な顔で俺へと視線を向ける。
「殺しに来たって。ったく、このガキが一体どうし………………え?」
近くで壁に寄りかかり死んだ目をしていた軍曹と呼ばれる巨躯の男も、俺の方へと顔を近づけ目を凝らすと突然、目を見開き跳ね起きた。
「は、はあッッ!? いや、いやいや嘘だろコイツッ……なんで? どうして? あの魔王がここにいるんだよッ!?!?」
「は、はい?」
今度は俺の方も素で声を上げる。なにを言ってるんだこの人? 魔王??
だがそれだけで他の二人も分かったのか、ギョッとして絶望的な顔で俺を見る。
「なっ!? まさか本当に魔王がここにいるスか!!」
「冗談でしょうッ!? 数百キロも離れたヴォルティスヘルムから、はるばる残党である僕達を殺しにこんな辺境まで追ってきたっていうの!?」
はい?
追ってきた? いったいなんの話だ。もしかして誰かと間違えているのか?
だが彼らは確信をもって俺を恐怖の対象として怯えきっている。
「いっ、いやだぁッ! 出してくれ! お願いだ看守様! ここから出してくれ!」
「……お、お終いだっ……僕達このまま寿命を吸い取られるか……魂まで奪われて、何度も何度も何度も! 魔王が満足するまで時間を巻き戻して殺されるんだっ、あの流星群が落ちた時みたいにさぁ!」
最初に逃げ出した男なんて牢屋の鉄格子に泣きながら縋りつき、口調がやや丁寧な男などは頭を抱えて床に蹲る始末。
もうなんか死刑囚として出ていた彼らの禍々しい雰囲気はもはや吹っ飛び、哀れにすら見えてくる。
「な、なんだ? なにが起こってるんだ?」
外の見張りも凶悪な殺戮者達が逆に俺に怯え、取り乱す姿が全くの予想外だったのか目を丸くして困惑している。
だがここに至っても当の俺に思い当たるフシがない。
「いやあの! ちょっと待って下さい。その、僕はただの宿屋でして、決して魔王ではなくて――あれ?」
――さっきあの人、ヴォルティスヘルムって言ったか?
んん? なんで彼らの口から侯都の名前が出るんだ?
それにそういえば『流星群が落ちた時みたいに』とも言っていたよな。ちょっと待て、まさか、彼らあの戦いの中にいたのか?
“あ、思い出したぞロック。こいつらヴォルティスヘルムにいたわ”
「――え?」
すると助け船は意外な所から出た。
どうやら先代勇者が覚えているらしい。俺も思わず逃げ惑う彼らの顔をマジマジと見る。
ただやっぱり記憶にない。
……うーん、ホントにいたっけこんな人達?
“いやいた。お前は喋ってもないが戦ってた。ヴォルティスヘルムの最初の最初、茨の巨人を倒した後に百人ほどの兵士に囲まれていたじゃねぇか。あの時だ”
兵士百人?
そう言われてもなかなか思い出せない。ヴォルティスヘルムで見た覚えはどこにもな――。
『よくもやってくれたなぁッ!』
――あ。
「もしかして……あの、やたらめったら人とか机とか柱とか、とにかく色んなモノ投げてくる投擲の工作員?」
思わず叫ぶと軍曹と呼ばれていた巨躯の男がビクッ! と目に見えて怯えた。
そうだ思い出した。
四人のうち一人だけ、戦闘態勢を取り滝のように汗をかいているこの巨躯の大男のみ記憶にある。
「あなた確か、百人近い教国軍の工作員の中にいた“なんでもかんでもぶんっ投げてくる人”ですよね!? 足場の倒壊に巻き込まれた後、プルートゥさんの闇と僕の時間遅延のコンボで全滅した!」
そう、彼らは俺がマント一枚の時に襲ってきた教国の工作員たちだ。名前も知らなければ会話もしていないが、戦ってはいる。
というか。
「――え、こんな所でなにしてんの?」
「そっ、それはこっちのセリフだ魔王ッ!! 俺達教国軍の精鋭をたった一人で壊滅させ紅蓮大帝、閣下を倒したにも飽き足らず、残党の俺達も根絶やしにする為にわざわざわ追って殺しに来たって訳かッ、ええ!?」
「え、いや僕はその、誤って女湯に入って死刑判決を受けちゃって……その……」
「戯言は止せ! どんな馬鹿でもそんなこと信じる訳がないだろうッ!?」
「いや本当にあなた方を追って来た訳じゃなくてですね、この両手と首を見て下さい。同じ拘束具ですって」
「それはっ、そうかもしれないが……だがなんで!」
「だから女湯に乱入して! ……捕まって……あの……死刑に……はい」
口に出すと凄まじく虚しくなってくる。
ガチで凹んでいる俺を見て恐る恐る顔を見合わせる彼ら。重苦しい沈黙が流れた後、彼らはもう一度俺を見て率直な言葉を投げてきた。
「いや意味が分からん」
だよな。
……俺もなんだ。
今回出てきた教国の工作員達はロックと戦闘している描写は少しありますが、名前などは一切作中で出ていない完全なモブです(『2-5 時空間魔術師(第一位階)VS教国工作員百人』でロックとの戦闘描写がそれぞれほんの少しだけある程度の人達です




