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幕間 駆け出し冒険者ローウェン

『“それ”』の続きです。



 今まさにロックと紅蓮大帝がヴォルティスヘルムで激突しているその最中。


 王国より離れたとある山にてそれは起こった。


「――あっ」


 とある少年の滑落。


 彼の名前はローウェン。何処にでもいる駆け出し冒険者。そんな彼は魔物との戦いの中、突然の浮遊感に襲われた。


「ローウェン!?」

「ローウェンくん!」


 足場の崩壊。響く仲間の悲鳴。


 それは対峙していた亜竜が地を踏み鳴らした事で起きた偶発的な事故。

 訳も分からずローウェンは仲間の叫びをバックに、亜竜と共に斜面へと滑落して行く。


 ――あ、死ぬ。


 瞬間、己の死を悟る。彼の脳裏に浮かんだのはいわゆる走馬燈。


 ……。

 ……。

 ……。


 ローウェン。


 それは本当の名前ではない。

 失われた彼の家名、正しくは旧ローウェン子爵家の姓であった。

 彼の生まれたローウェン家はかつて子爵家であった。だが他国との戦争で没落した貴族。その子供である彼は家名を取り戻すべく、わざと自らの姓ローウェンを名乗り冒険者を目指した。


 それがローウェンという少年の動機と始まり。


 彼は没落した両親を残し弟と共に自由都市を目指した。そして元々剣術指南を受けていた事もあり無事に冒険者となった。


 そうして同時期に同じく冒険者になった者達と共にパーティー『極楽鳥』を結成。

 決して天才ではないし未熟でもあったが、幸運にも恵まれ大きなトラブルもなく順調に彼らは成長していった。

 そんな時に今回の事件が起きた。


 ――紅蓮大帝の降臨。


 数百キロ以上に離れた別な国であってもその影響は甚大だった。

 突如起こった自由都市近くの火山の大噴火。直後の断続的な地震。そしてその山を住処にする魔物達のスタンピード。

 これにより街崩壊を避ける為、あらゆる人員が防衛戦と人命救助に投入された。そこまで実力の高くない彼ら極楽鳥も例外では無かった。


 だがスタンピードは甘くはない。


 ローウェン達は後詰めであったが、街の近くに魔物が出没したとの情報を受け向かうと、そこには亜竜がいたのだ。

 トカゲに近いとは言え竜との遭遇。しかも紅蓮大帝の力により、さらに強化されている。

 他の後詰めパーティーも瞬く間に焼き殺されもはや彼等だけという絶望的な状況。


 そんな時に地震で弱くなった足場と、亜竜の足踏みにより足場が崩壊したのだ。そうしてローウェンだけがそれに巻き込まれた。


 それがこの滑落。

 もうこれでローウェンが助かる事はないだろう。没落貴族の庶子のお家復興を夢見た人生はここで呆気なく終わった。


















“騒がしいな、犬”










 ――はずだった。


「……ッ」


 不意に蘇ったのは本来あるはずのない記憶。


 これはローウェンの記憶ではない。

 だが確かに得体の知れない続きがある。ローウェンとは異なる何かの記憶が。


 そうして彼は気付いた。


「…………ソウダ」


 これまでの全ての記憶が――何もかもが別生命体の持っていたものである事に。


 正しくいえば。


 彼は思い出したのだ。自分が何者であるかを。


「俺は――Ⅵ《ヴィー》だ」


 突然、獣の魔王としての記憶が覚醒する。


 枯れた世界。


 廃棄された自分。


 狩りだけを続けた日々。


 ただ思考の混乱から抵抗も出来ず、獣は人間の姿のまま崖下に転がっていった。……そうして止まった所で、ようやく駆け出し冒険者ローウェンこと獣は強く動揺した。


 これはなんだ? と。


 なぜ人種の姿になっている? と。


 ここは一体どこなのか? と。


 そんな自問の中。


 “なるほど面白き権能ではあった。もし、もう何体か神を屠っていれば、その槍は我の心臓に届いたかもしれんな。満足だ。……では死ね”


「っ!?」


 不意に黄金の声が記憶が蘇る。

 空に君臨する黄金竜の姿が、電撃の様に彼の全ての記憶を呼び覚ました。


 ――負けたのだ。


 そう。それは敗北の記憶。

 獣は無限連峰の果ての黄金宮殿での死闘で、最強生物の神に挑み一度はその首に手を掛けてなお、さらなる力を解き放った王に彼は敗れたのだ。


 だが、なぜこの姿になったのか?


 自分は殺されたのではなかったのか?


 あの闘いの後、なにがあった?


 そこでふと、ローウェンという人格が後生大事にしていた鏡を思い出す。

 その鏡はローウェン家の家宝だった。だが獣からすればそれは違う。


 ――次元門。


 誰がどう作ったのか分からない。力を考慮すれば魔王など決して通れないであろう用途不明な小さき門。


 獣は死の寸前まで追い詰められ消耗し切っていた。

 そして決死の思いで放った神器 次元銃ロケルトによる次元を繋げる弾丸。枯れた星から竜の星へ渡った時と同じく、死の間脇に放ったそれはその出口の一つである、針の様な細き鏡への道を切り拓いた。


 そうだ。そうして次元の彼方へ転落した。


 ……ではこの姿は一体?


 ――やっ、やめろ! 来るな怪物め!?


 さらに思い出す。

 黄金の竜はこちらの姿を次元を超えてまで見ていたことを。鏡の外へ出てなお、奴は獣を捉えていた。あのままでは獣の持つ“権能”ゆえ、竜より追手が差し向けられるのは確実。


 だから偽った。


 ――いやだ!? 俺はまだ死にたくないっ。助けてくれ、まだこんなところじゃ死ねないんだ!!


 鏡の出口にいた冒険者ローウェンを殺して、彼のすべて喰らい全く同じ記憶と姿の少年へと偽ったのだ。


 つまりこれは擬態。


 狩人として獣が最初に身に付けた力。敵を欺く為の、その隙を突く為の究極の技。

 そうして全ての記憶を封印し、神気を隠し、破壊されなかった赫槍と白杖の神器を封印して獣は冒険者ローウェンに成り変わった。人格も記憶までも偽装して。


 だがその事実を思い出した獣に浮かんだのは。


「――ッッッ!!」


 憤怒。


 己の敗北に。

 無様な逃走に。

 狩りの失敗に。


 獣は底知れぬ怒りを滾らせる。

 同時に歓喜した。


 ――本物の獲物。


 自分にとって待ち侘びた獲物。相応しき敵。


 魔王――現竜神 金國祖(オウセイシ)


 あれこそが自らの獲物に相応しい。獣は決意する。再び王を狩ることを。一度はその黄金を傷つけた最強を今一度仕留める事を。


 ……だが今の彼の力は弱い。

 二つの神器は王に破壊され、残されたのは赫槍と白杖のみ。さらに『喰らってきた力』はすべて失われてしまった。


 ――もっとも彼が魔王たる絶対の理由。その本当の悪魔の様な権能だけは失われはしないのだが。


「――!!」


 そこへ突然、一緒に崖下へ落下した亜竜――ハンマーヘッドサラマンダーが獣を喰らおうとしてきた。

 亜竜から見れば隙だらけの獣はまさに餌であったのだろう。


「――」


 が。


 次の瞬間、ハンマーヘッドサラマンダーの首が飛ぶ。

 獣の手には一振りの剣。


 既に記憶を呼び戻した冒険者ローウェンは、人の形をそのままに獣の力を取り戻していた。


 そうして息絶えた魔物を獣は見下す。彼はその心臓を強引に抜き取り彼はおもむろに滴る血を――口に含んだ。


《吸魂魔術 魂魄還元が発動》


《ハンマーヘッドサラマンダーの魂を吸収》

《火耐性Ⅳを習得しました》

《火炎弾を習得しました》

《炎取込を習得しました》


 生まれた時から、獣が狩りをする度に脳裏に響く意味不明な謎の声。

 この声の意味も言語も、まともに言葉を解さないカタコトの獣には何一つ分からない。


 ……分からないが、一つだけ確かな事がある。


 ――自分は狩れば狩るだけこの声を聞き強くなれる。


 そう。


 魔王 現獣神(ヴィー)の権能とは『魂魄吸収』。


 彼はとある魔術と科学の両立する世界で生み出された史上最悪の生物兵器、魂喰らい。その失敗作にして存在自体が危険過ぎる故に廃棄された中で唯一、奇跡的に生存し成長と共に成功体へと変貌、やがて神にまで至った存在。


 スキル強奪。魔術強奪。特技強奪。能力強奪。つまり殺した相手の力を我が物にし自らの権能として使う。それこそが彼を魔王たらしめる最大の理由。


 ましてやこの世界は荒廃した星とは違い、レベルも、魔術も、魔技も、ギフトもある。何より。


 ――獲物には事欠かない。


 さらに。


 獣の背後、遥か遠くで二つの天突く神気が立ち昇った。

 獣は自分と同格の者達の死闘に振り返る。それはヴォルティスヘルムで起きた紅蓮大帝と勇者ロック・シュバルエの死闘。


 神気を感じ取り獣は……珍しくほくそ笑んだ。


 ――まずは力を取り戻しあのどちらかを狩る。


 今はまだ彼等には勝てない。

 だが再び力を取り戻し、あの戦いで生き残った方を狩ればいい。そうすれば今度こそあの黄金竜を、王を狩れる。


 獣はそう考えヴォルティスヘルムへと狩人としての目を向けた。


「おおーい! 無事かローウェン!!」


 そこへ遠くで仲間である者達やギルドのメンバーがやってきた。

 獣はすぐさま人格も記憶も見習い冒険者ローウェンに再び擬態する。


「ええ、大丈夫です」


 ただし獣の自我を持ったまま。


 この少年を魔王だと疑う者はおそらく存在しないだろう。あるとすればおそらく鋼か華の魔王のみ。

 他の魔王でも、彼を一度は倒した竜であってもそれは不可能。


「って、なんじゃこりゃあ!?」

「サラマンダーの頭がこんな綺麗に……いったい誰がやったんだ。A級冒険者でもいたのか?」


 駆け付けた彼等はローウェンの側で息絶える魔物の姿に驚愕し尋ねる。

 それを掻き消すように背後からくぐもった雄叫びが上がった。岩で出来た巨大な人型の群れが森から現れる。


「ちっ、火山噴火に魔物のスタンピードに大移動。この世の終わりか何かかよ!」

「何体いるんだ。すぐに防衛ラインに撤退し――あっ、おい待てローウェン!」


 その声を無視して獣、冒険者ローウェンが駆け出す。一番近くにいたゴーレムがそれに気付き、拳を振り下ろす。

 それを紙一重で獣が躱すと直後、彼の手から火炎弾が放たれた。――そう、サラマンダーの火炎弾である。


 頭部への直撃。粉砕。


「え、魔術!?」

「なんだ今のはっ?」


 背後で驚愕の声が上がる中、周辺の魔物の敵意を一身に集めた獣は嗤う。


 蹂躙劇。或いは新たな英雄の誕生か。


 捕食者(プレデター)はその本性を露にしあらゆる魔物を狩り始める。

 瞬く間に暴走した魔物が数を減らしていく。同時に爆発的にその戦いの中で獣も成長していく。


「すげぇ!? なんだ、なんなんだよローウェン!?」

「お前、まさか勇者なのか!?」

「おいおいあれは誰だ!? あんなすげぇヤツいたのかよ! まさかA級? いやS級か!」


 背後で巻き起こる喝采と称賛。

 だがそんなものは見向きもせず獣は静かに力を蓄えるべくひたすらに魔物を狩って行く。

 あの死闘の勝者――魔王 紅蓮大帝或いは勇者 ロック・シュバルエを狩る為に。そしてあの黄金の輝きを今度こそ仕留める為に。


 そうして……やがて夥しい魔物の屍の上に、一人の駆け出し冒険者だけが立っていた。


 まさに殲滅。

 こうして自由都市周辺の紅蓮大帝に起因するスタンピードは、たった一人の新たな英雄の誕生により終息する。


『ローウェン! ローウェン! ローウェン!』


 だが彼は捕食者(プレデター)。あらゆる獣達の絶対王。


 ――その権能は無限なる成長。


 こうして英雄にして新たなる魔王が今ここに、人知れず動き始めた……。



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