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2-37 紅蓮大帝VSロック・シュバルエ Ⅱ






【ヴォルティスヘルム 騎士プティン】





 ――そういや小さい頃の夢って、勇者だったなぁ。





 俺は唐突にそんな事を思い出した。


 強大な魔術を扱う魔王や、山の様な竜を相手に、人々を救うべく立ち向かう大英雄。

 そんな話を聞いて憧れない男はいないだろう。俺もいつか、そう思ってしまうのは男の性だ。


 もっとも俺の場合、そんな夢はいざ戦闘職についてみるとあっさり諦めがついた。……無理。この腹では。体型が厳しい。


 さらに言うと実は一度だけ、勇者の戦いを直に見た事がある。実家の領地にたまたま光の勇者様が立ち寄り兵士に稽古をつけた事があったのだ。


 それはもう圧倒的だった。


 かつて俺に指導してくれた騎士の先生までもが子供に軽くあしらわれる姿は忘れられない。


 それでも勇者に対する憧れは実家から独立しても心の何処かにずっとあって……学生になってからも密かに自分が勇者になる妄想なんかしたりしていた。みんなやるだろう、ああいうの。


 だが。

 

 なのだが。

 

「…………俺が憧れた勇者って、なんだったんだろうな」

 

 ――天を衝くマグマの壁。

 

 ヴォルティスヘルムへ全方位から刻々と押し寄せるマグマの超巨大津波。

 全ての生物を問答無用に殺戮する、生物の範疇を逸脱した理解を超えた規模の“攻撃”。

 

 それにゆっくりと包囲されつつあるこの都市の上空。

 そこでは津波を引き起こした紅蓮大帝と、その標的である“あいつ”との攻防が続く。

 

『第一位階 無限火砕流ホルス・コーストッ』

 

 竜、いや龍の形をしたマグマへと下半身を変えた紅蓮大帝が、一瞬で視界を埋め尽くす火砕流を“あいつ”へと噴射。

 

 だが襲い来る火砕流に呑み込まれるその瞬間“あいつ”が消えた。忽然と。なんの前触れも無く。

 

「空間捻転、空間作成!」

 

 ――かと思えば、今度はヴォルティイスヘルムの外、東側の山の一つが数十キロに渡り一瞬で消失。

 

「――空間開放!」

 

 次の瞬間、なぜか地表にあったはずの山一つが紅蓮大帝の真上から逆さになって叩き付けられる。

 

『ッ。小賢しい』

 

 咄嗟に上空へと向きを変えた火砕流がそれを迎え撃つ。

 

「……切れぬなら圧し潰すまでッッ!」

『……ならば燃やし尽くすまでッッ!』

 

 天空で激突する“山一つ”と大火砕流。

 

 衝撃と共に大爆発。

 空飛ぶ山が内側から爆散し、火砕流が四方八方に吹き飛び、それぞれ燃え盛りながら周囲へと弾け飛ぶ。

 

「………………」

 

 もはや意味が分からない。

 

 開いた口が塞がらないと言うのは、きっと、こういう事なのだろうと、生まれて初めて思った。

 

『まだだ、溶岩蛇竜ラゴン共』

 

 だが俺の思考なんて置き去りに当然の様に戦いは続く。

 

 今度は天空を舞っていた溶岩の龍が数十体ずつ合体。

 城より太い巨龍となりさらに天へ昇ると、突然その身を翻し神の怒りの如く地面へと急降下。

 

『神罰である――神蛇竜バーバラス・ラゴン

 

 何体もの巨龍が地面に次々と降り注ぐ。

 

 炸裂した瞬間、マグマの奔流となって地表へ雪崩れ込み、景色も地形も何もかもを溶解させていった。

 それは都市だけに拘らず、周辺の平地や山にまで無作為に蹂躙する。まるでパンケーキにはちみつを掛けるように、大地がマグマで染まっていき世界がドロドロと溶け――。

 

「空間断裂ッ!」

 

 しかしそれより早く、その巨龍達が次々と真っ二つに切り裂かれた。

 

 一刀、両断。

 

 地上から放たれる無数の斬撃。視界の端から端まで、上空の雲までもが次々に綺麗に真っ二つになっていく。

 

 ……きっとその下に“あいつ”はいるのだろう。

 

 直撃で都市を半壊させる無数のマグマの鉄槌と、攻撃範囲が上空数千キロにまで届く理解不能な斬撃の応酬。

 

 ……なんだ、これは?

 

 思考すら放棄する他にない目の前の光景を、ただただ俺は見ている事しか出来ない。

 

 それは俺の周りにいる学生達やこの都市の人々も同じ。

 むしろ最初は二人の姿を見て「ああっ、あれこそが勇者様だ!」「あの化物がきっと魔王に違いない!」「頑張れ勇者様!」なんて叫んでいた輩もいたが、今では完全に沈黙。誰もが言葉という言葉を失い立ちすくしていた。

 

 ――もっとも俺達が動けたとしてもこの『膜』に守られている以上、何もするべきではないのだろう。

 

 そう。

 

 いつの間にか俺達全員を纏っていた薄い膜。

 

 これが何を意味するかは最初は分からなかった。しかし侯城から噴出した火砕流にこの場の全員が呑み込まれた時、誰一人として死ななかったのだ。

 熱さすら感じない。完全な素通り。まるで幽霊になった気分だ。

 だがそれを踏まえてあの闘いを見ていれば嫌でも分かる。

 

 ――俺達はきっと“あいつ”に守られている。

 

 そう思わせる男の背中がそこにあった。

 あの化物に、本物の魔王と形容するに他にない紅蓮大帝に、単身真っ向から挑む男の姿。

 

 それは誰が何と言おうと勇者に他ならない。

 

 だからこそ戸惑う。

 俺が憧れ、想像もとい妄想した勇者と魔王の戦いとはまるで違う。俺の妄想では光る剣で斬ったり斬られたりして、最後には強大な大魔法同士がぶつかり合う、そんな白熱した戦いなはずだった。

 

 だが。

 目の前の闘いでは山が空を飛び、火砕流が宙を染め上げ、暗黒の空間が全てを呑み込み、マグマの龍が降り注ぎ、天空と共に両断される……何が起きているかもよく分からない攻防。

 

「ぁ………………」

 

 ――そうか。人じゃ、なかったんだ。

 

 ふと気づく。

 俺が思っていた勇者と魔王の戦いとは、人の戦いだった事に。所詮は人間のそれ。俺の知っている勇者も魔王も、あくまで人の範疇で凄いだけの存在。

 

 それを証明するように。

 

『――原初の火(オリジア)

 

 放たれたが最後、決して消えない火が紅蓮大帝から地上一面に放たれ大地を覆い。

 

「――時間逆行ッ! 空間捻転!」

 

 即座にそれがなかった時間へ戻され、放たれるのを阻止される。

 

 目の前で当たり前の様に繰り出される神の奇跡の数々。

 

 ――次元が違う。

 

 きっとこの戦いに魔国の魔王や光の勇者が巻き込まれたら一瞬で死ぬ。

 数十キロに渡る空飛ぶ山に押し潰されれば魔王なんて即死する。城より巨大なマグマが天より降り注げば勇者なんて一瞬で蒸発する。

 

 じゃあ。

 

 じゃあよ。

 

「…………光の勇者ってなんなんだよ」

 

 誰かが俺の気持ちを代弁した。

 

 そうだ。

 五大女神様の神殿より選ばれたそれぞれの勇者。そして魔国に誕生した魔王。

 

 それがまるでハリボテに見える。

 

 どれだけの権威より、どれだけの高説より、どれだけの歴史より、目の前の死闘は雄弁に語るのだ。

 

 ――世界最強とは何なのかを。

 

「なんて……愚かだったんだ私は……人が神に勝てる訳がなかったのだ……なのに私は……ずっと神に挑もうと……」

 

 そうブツブツと呟いているのは、いつの間に近く置かれていた身なりの良い初老の男――チェスター侯爵閣下。

 

「だがそれでも、いた。来て下さったッ。あの悪魔と渡り合える存在が……彼こそが……あの御方こそが…………私が崇め奉らなければならないっ、本物の――であらせられたのだっ!」

 

 涙を流し、嗚咽し、感謝と畏敬を捧げるこの都市の主。

 

 一方その逆では。

 

「なんて……ことだッ! 公爵も姫様も間違えたんだッ……ああっ、我々は間違えていたんだッ。あの男は勇者ではなかった! 神殿に作られた偽者に踊らされていたんだ! このままでは当家の未来は……ッ!」

 

 なぜか眼帯が顔面を蒼白にし狂った様に頭を掻き毟っていた。

 

 他の周りの学生達もみな大体同じだった。

 夢か何かの様に呆然と見つめたり、半笑いになっていたり、祈り始めたりまともではない。

 

 それか或いは――。

 

「もういやぁ…………お願いっ、お家に帰して、許してっ、お願いだから誰か助けてよぉ……ひっぐ……」

 

 後方では自らの体を抱き締め震えながら泣き咽る者達がいた。

 彼女達は目の前の恐怖から戦いを見る事も出来ず、震え泣いていた。

 

 だがそれも仕方ない。

 俺たちは一度、数千度のマグマに皆殺しにされたから。

 

 ……建物が溶け出し、中の人間がドロドロに溶け、想像を絶する痛みの中で死んでいった記憶は決して拭い切れない。

 

「大丈夫、もう怖くないですよー。よしよし」

 

 ただそんな中、震える女子生徒をロックと一緒にいた女の道化師が抱き締め、あやしていた。

 

「そんなことないっ! もう終わりよ! 誰もあんな化け物に誰も勝てないっ、勇者様だって無理よ。それに火砕流は私達を素通りした! きっともう私達は死んで」

 

「はいっ、ご注目っ」

 

 叫びそうになった女子生徒の前に、道化師が指を出しパチンッと鳴らす。

 すると突然クマのぬいぐるみが現れた。

 

「るに――えっ!?」

 

「はい、どうぞー♪」

 

「あ、はい……」

 

 突然の出来事に驚いたのは女子生徒は涙を止め、呆然と手渡されたクマのぬいぐるみを受け取る。

 

「……今、私達に私達以外が触れなくなったのは、死んだからではなく、きっとあの方の力で守られているからですよ」

 

 道化師はそう諭し、“あいつ”を見た。

 

 彼女に釣られて後ろの者達も縋る様に繰り広げられる人外の激闘を見る。

 

 ただ素人でも分かるのだろう。

 

 ――ずっと圧しているのは紅蓮大帝であることを。

 

 だから後ろの連中は怯えていたのだ。理屈も状況も分からないが、自分達の命運を握る“あいつ”が負ける、つまり再びの地獄を恐れて。

 

「――勝ちますよ」

 

 だが。

 道化師の彼女だけは、確信を込めて“あいつ”の敗北を否定した。

 

「あの方は勝ちますよ。あんなマグマ男なんかに、負けるはずがありません。なんたって彼には――」

 

 そう優しく。

 まるで聖女の様に慈しんで道化師は微笑む。

 

「誰にも負けない、夢があるんですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔くせぇッ!」

 

 だが道化師の願いとは裏腹に、ロック・シュバルエは刻々と追い詰められていた。

 

 彼は降り注ぐマグマの巨大柱――溶岩蛇竜(ラゴン)の集合体を、溶けた剣の代わりに予備の短剣に空間断裂を乗せてなぎ払う。

 

 こうして空間断裂により片っ端から切り裂く意味は一つ。

 

 ――マグマに消えた紅蓮大帝がどこにいるのか把握するため。

 

 マグマは所詮、紅蓮大帝の手から離れていればロックでも十分斬れるし暗黒空間でも何でも対処可能。それは先の攻防でハッキリした事実。

 

 しかしその中にもし、一度目にロックを殺した様にいつの間にか消えた紅蓮大帝が紛れ込んでいると、神気により空間断裂も暗黒空間も一気に通じなくなる。先の二の舞は確実。

 

 ――それが二人の力関係、この戦いのルール。

 

 だからどれが本命の攻撃なのか、どのマグマの中に大帝が存在するのか、確認の意味で切り裂くしか道はない。

 しかしその数は多く途切れない。さらに時折……。

 

 不意に足元から花が開く様にマグマが現れロックを呑み込む――そんな未来が頭に過ぎる。

 

「またかッ!」

 

 未来予知。

 それに従い、空間跳躍で地表を飛び回る。遅れて地面から噴出したマグマがロックのいた場所を呑み込む。

 

 この時折繰り出される地下からの攻撃が、ロックのミスをさらに誘ってくるのだ。そして飛んだ場所に上空からラゴンの集合体がマグマの柱となって下される。

 

「うっとおしい!」

 

 これが紅蓮大帝の対ロックの戦略。

 

 ――つまり手数による圧殺、いや、正しくはロックの人的ミスの誘発。

 

 どの攻撃が防御困難な本命か分からない。

 それを利用し、自身が入り込まず力を付与していない無数の空打ちでロックを幻惑、ミスを誘う……そして対処を誤った瞬間、本命の自分の直接攻撃で討つ。

 

 ただロックもそれはよく分かっている。だから全ての攻撃を捌いている、のだが。

 

 ――それだけでも今は不味いのだ。

 

 “ロック! もう時間ないぞッ!?”

 

「分かってる!」

 

 村松の叫びにロックが視線を上空から外へ向ける。

 

 迫るマグマの超巨大津波。

 

 もはや見上げる事しかできないそれは、空の四割を埋め尽くしている。もはや逃げ場は限られる。

 

「空間跳躍!」

 

 天へ跳ぶ。

 さらに空に飛び出したロックは両手を左右に広げ。

 

「時間停止――デッドストップ!」

 

 なんてことは無い。最凶の時間停止その最大出力。完全停止。

 

 世界が、津波が、綺麗に停止する。視界に映る山より巨大なマグマが全て世界を包む壁となって固まる。

 

 が、ロックは躊躇なくまだ上を目指した。

 なぜなら――。

 

 “急げ、時間の止まったマグマを登って別のマグマが来るぞ!”

 

 村松の指摘通り止まったマグマの後ろから、重低音と共にまた別なさらに高いマグマの津波が姿を現す。

 

「全時間停止ですら時間稼ぎにしかならないのかよ!」

 

 ロックも分かっていない訳ではない。

 

 天を衝くマグマの超巨大津波も、止められるのは視界に映る範囲のみ。

 となれば溶岩蛇竜に時間停止が効かなかったのと同じ。次が来るのだ。マグマ連続性と無限に湧いてくる性質上、封じる事は不可能。

 

 だがそれでも時間は稼げる。

 もはや空の七割を覆うマグマの津波、その残された三割へと、ついにあと一息と言うところへロックは届く。

 下からマグマの龍が次々と迫るが距離はまだある。逃げ切りか。

 

 ――が、そこには陽炎が待ち構えていた。

 

「だろうなぁッ……ならばこじ開けるだけのこと――空間捻転!」

 

 ロックは再び足元の空気の時間を止め空中に一度立つ。

 下から龍達が届く前にその陽炎の発生源となる熱を捻じ曲げ、渦巻きの中心に活路を開き視界を確保。

 

 そこから見えた空へ、津波より高い場所へと跳躍するその刹那。

 

「空間跳や――」

『第七位階』

 

 突如、視界が黒に染まった。

 

『――新世界ノヴェル

 

 ロックの視界全面にいきなり出現した黒――流星。

 それが至近距離からロックへ堕ちてくる。

 

「跳や――切断っ!」

 

 間一髪。

 流星に激突死する直前に権能を切り替え、短剣で切り裂く。

 

 両断され左右に分かれロックの横を抜ける流星。

 

 ――だがそれはただの始まりに過ぎず。

 

 再びロックが顔をあげるもそこには巨大な魔法陣か浮かび、雨の様にロックただ一人へと無数の流星群が発射された。

 

 流星に埋め尽くされ逃れる視界などもはやない。完全な罠。

 

「空か――いや――時間停止!」

 

 凄まじい轟音と共に流星がロックへ激突。

 

 ……する直前、彼の眼前に出来た『時間の止まった空気』へと激突。

 地表を消し去る破壊力をわずか数メートルの空気の壁が弾き返す。

 

 だが。

 

『詰みだロック・シュバルエ』

 

 眼下から響いた声と共に“それ”は、流星のさらに上に魔法陣と共に現れる。

 

『最終位階――星に願いを《ヴォル・ティガス》』

 

「なっ――」

 

 ――星、いや、月。

 

 点ではなく面。現れる大地。

 

 かつて二万の王国軍を消し飛ばした一撃。あの時の力にさらに星の力が重ねられ、流れ落ちるはもはや――月。

 

 天空より乱れ飛ぶ流星群の比ではない。

 巨大な大地そのものが、空に浮かぶ月が、目の前から落ちてくる。

 

 ――バンッッ!!

 

 同時に。

 

「くっ!」

 

 紅蓮大帝の神気による流星の猛攻により、ついにロックの神気により作られた『時間の止まった空気』までもが砕け散る。

 稼げたのはわずか一瞬だけ。もはや迫る流星と月を防ぐものは何もなかった。

 

 無防備なロックへと死が迫る。

 

 ――だがまだだ。

 

「全部まとめて……飲み下せッ!」 

 

 ロックが眼前に迫る隕石へと手を翳す。

 

 小さな鍵穴ではない。

 出し惜しみなしの開放。

 本当の暗黒への門が開く。

 

「第六位階」

 

 翳す掌にその瞬間、宇宙が咲き誇った。

 

「――暗黒空間ッ!」

 

 漆黒の超巨大渦。

 

 すべてを呑み込む宇宙空間との空間連結。時空のズレによるブラックホール。無限の終局点。

 

 それがかつてヴォルティスヘルムを粉砕した数百の流星群を、今度は逆に一瞬で喰らい尽くす。

 まるで水没するかの様に数百発の流星は小石の様に黒が全てを呑み下す。

 

 ――が。

 

 それら全てを呑み込むと同時に今度は月が煌く。破壊する質量と消し去る質量の正面衝突。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」

 

 瞬間、世界が歪む。

 

 空中に存在する要の時計が軋み音を立てる。

 世界の境界が、時間の境界が曖昧になっていく。

 月と暗黒空間の境界面では稲妻が走り重力が歪み世界までもが変形をきたし始める。

 

 その戦いは完全な互角。

 いや、このまま行けばいつかは暗黒空間が星を呑み込むだろう。

 

 だがその最中――ゾクりとロックに悪寒が走った。

 

「……え?」

 

 ロックは月を受け止めながら見てしまった。

 

 背後から迫る紅蓮大帝に焼き殺される自分を。

 そうして再び時計が動き蘇生する姿を。

 

 未来予知である。

 

 だが問題ない。今この場で殺されても、ロックはまだ二回は蘇生できる。

 例え一度死んでもあの月だけは何としても回避する。

 

 そう考えた時だ。

 

「――え?」

 

 未来予知には続きがあった。

 

 ロックが死亡した後。その結果、暗黒空間が消えやがて地面と激突する月。

 その威力に耐え切れず、この多重世界と時計が崩壊。その結果“ロックが蘇生すらできず何もかもが消え去る”その敗北の結末が過る。

 

 そう。蘇生するはずが、それより先に世界の方が崩壊してしまったのだ。

 

「なっ!? そんなデタラメ――」

 

“駄目だロック、あの星だけは絶対に止めろ!”

 

「先代っ?」

 

“あれはっ、あれだけは強過ぎるっ、多重世界でも受け止めきれねぇ! 落ちたら最後ッ、この世界ごと崩壊して皆死ぬ!”

 

「はぁ!?」

 

 裏付ける様に村松の焦った声が響く。

 

 しかしこの空で暗黒空間で受け止めている以上、ロックはここから動けない。同時にそれは他からの攻撃に無防備になるという事。

 

『どうした? いつものように逃げ出さないのか?』

 

 下から打ち上がり迫る龍の中から紅蓮大帝の冷笑が聞こえる。

 

 ――もし、ここで月を受け止め続ければ背後から迫る紅蓮大帝に殺される。

 

 ――もし、紅蓮大帝に時間重複で対処しても側面からマグマの津波に呑み込まれる。

 

 ――もし、月を時間停止で留めて暗黒空間を消し去り、紅蓮大帝と津波を同時に対処すれば、今度は新たな流星群があの魔方陣より放たれロックは殺される。

 

 そうして未来予知によりロックは即座に自分が今取れる手を考え――そのすべてが全滅した。

 

「テメェ、まさかこの世界ごと……っ!?」

 

『それがどうした。誰が貴様の道理に付き合うと言った? 蘇生? そんなものはこの世界と貴様が勝手に決めたルール。ならばこの世界事すべて破壊するだけのこと』

 

 本来ならばあと三回、ロックを殺さなくてはならないはず。それがロックと村松により作られた道理。ルールだった。――だが魔王にそんなものは通じない。


 この世界の理によって何度も蘇生するならば、この世界ルールごと何もかも破壊すれば良いだけの事なのだから。


『――全ては我が大望へ全て破壊し突き進むのみ!』


 まさに豪腕。猛進。

 破壊の権化。

 圧倒的なまでの独善。

 

 だがそれは何よりも理性で戦っていたロックには効果的であり、この瞬間、彼は詰んだ。


 ――どう、すればいい?

 

 突然奪われた残りライフ。四方から押し寄せる危機。


 何もこの状況を回避し切る手立てを想像する事が出来ない。

 それが未来が予知できるゆえに至った結論。時空間魔術の、いや、【ロック想像力】の限界。

 

 ――負けるのか。

 

 敗北。死。

 

 頭に過ぎるは最悪。背後からの魔王の気配。周囲から迫るマグマの熱。空より今まさに押し潰そうとする星の圧力。


 ――ダメだ。このままでは。俺は……。


 その全てから感じるのは死の予感に、もはや起死回生は何も。

 

 ――宿屋になれない。

 

“次元超越を掛けて飛ぶんだ、ロック!”

 

「っ!?」

 

 だがその沈殿し掛けたロックの思考を叩き起こす様な村松の叫び。

 

“その二つを同時に使えば次元を飛び越えられる! もはやそれ以外にもはや道はねぇ!”

 

 その声にロックはなんの躊躇いもなく叫んだ。

  

「時間重複! ここは任せるッ、第七位階――次元超越!」

「はッ!? えっ、ちょお前!?」

 

 一秒前のロックが突然分離し、全てを押し付けられ叫ぶ間にも、背後から左右から熱が迫る。

 

『もう遅いッ、逃げ場などもはや』


「複合位階、超次元跳躍ッ!」

 

 月と流星とマグマの津波と紅蓮大帝の腕にロックが捕われる刹那。

 

『どこにも逃げ場など――なにっ?』

 

 現在のロックは忽然とこの世界から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして……。

 

“飛び過ぎだ馬鹿あああっ!”

 

 そんな村松の絶叫が耳元で聞こえた直後、不意にロックは訳も分からず建物の中に放り出された。

 

 二転三転する視界。

 昼夜が引っくり返ったかの様な酩酊感。

 

「なにここっ――おおおおおおおおっっ!!」

 

 一体ここが何処かも理解する暇もなく、安定しない感覚のまま落下し、木の床を転がり壁に激突してようやく止まった。

 

「っ、危なッ!? けど、ギリ生きてる! ここは……」

 

 転がった床からすぐさま顔を上げるとそこは見た事のある木造建築の内側だった。


「……時計塔、か?」

 

 そう、あの倒壊した時計と全く同じ場所。

 

 ――だがおかしい。学園の時計塔はもう既に倒壊していたはずでは?

 

 既にないはずの建物への脱出。

 そんな困惑はあるが、とにかく助かったのも事実。あのままでは確実に負けていたのだ。

 

“バッカ!! ほら言わんこっちゃねぇ! 回避できても完全にいろいろ飛び越えやがった! とにかく戻るぞ! 早く戻らないと多重世界が消滅する!”

 

 ただ依然と村松の声は焦りに満ちている。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 飛び越えたってなにをだ先代! そもそも戻れって、ここは“あの”時計塔なのか? しかし時計塔は倒壊したはずだろ!?」

 

“ここは過去だロックっ”

 

「……は?」

 

“本当なら別次元を通って、マグマの外側へ脱出するはずだったんだ。それをお前っ、力加減なしで飛んだから空間だけじゃなく『時間』まで飛び超えやがったんだよ! どんな才能だよ!?”

 

 その怒声でロックは何か、焦りから弄ってはいけない文字を弄った記憶が蘇る。

 そうして冷静になると、ようやく状況が掴めた。

 

「マジかよ……。じゃあこの時計塔は倒壊する前の俺達がいた? 紅蓮大帝もいないのか?」

 

 ――あれ?


 つまり、もしかしてまだ紅蓮大帝は紅蓮騎士のまま――。


“そうだ。なんにせよもたもたしてると、向こうの世界が取り返しのつかないことになる。さっきの飛んだ要領でなんとかして戻れ!”

 

「え? あ、ああ、それは分かるが……だが戻ったとして、紅蓮大帝を殺す武器もなければ、天より高い溶岩の津波なんてどうやって――って」

 

 不意にロックは視界の端で、血を流し倒れて動かない人物に気付く。

 慌ててその男に近づくロック。


“は? おい、待て、そいつに声を掛けるんじゃねぇ!”

 

 そこにいたのは――あの時点では死んだはずの人間。

 

 プティンと眼帯と共にロックが侵入した時計塔。

 

「しっかりして下さい」

 

 ロックが駈け出した先で心臓を貫かれ倒れていたのは他でもない。


「――教官!」


 ロックが『鬼神教官』とあだ名をつけた、金剛石の皮膚を持つスキンヘッドの半人半竜、ジンであった。



 

 




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