彼女による発見
「こうやって少しずつ傷をつけるために、自らを犠牲にするのか?」
傷口を押さえ、シュウはルルーナとカインへ問い掛けた。
「確かに、私を再起不能にすればこの戦いは君達の勝ちだ。だが、リスクのある戦いには違いないぞ」
「元より、無事で済むとは思っていないさ」
カインが決然と言う。それと共に前に一歩踏み出す。
「ふむ、最後の戦いである以上覚悟は持っている、ということか」
そんな中で、シュウはどこまでも冷静に呟く。
「だが、それで本当に私を止められると?」
シュウが悠然と語る……ここで俺はまたも疑問に思った。
魔力をラキへ渡し、本来ならば俺達を食い止めることも難しいはずのシュウが、ここまで圧倒的にルルーナ達の攻撃を食い止めている……これまで把握した罠でそれを遂行するというのは、説明がつかないような気もする。
これが英雄の実力と言えばそれまでかもしれない。けれど、どうしても疑問に思える。
それを口にするかどうか……その時、
「そう、か」
隣でフィクハが呟いた。同時に俺達の周囲に張り巡らせていた、結界を解く。
「ルルーナさん、カインさん。シュウさんはまだ、何かこの部屋に仕込んでいる」
断定だった。それにシュウが僅かに反応。
「仕込んでいる?」
「いかにシュウさんであろうと、ルルーナさん達をここまで食い止められる以上、策があってもおかしくないでしょう?」
「もっともな意見かもしれないが、仮にそうだとしても解明しなければ意味はないぞ?」
シュウが言う――確かに、ルルーナやカインがこうまで攻撃を受け続けるのには違う理由があるのかもしれない。戦いの最初は壁際に寄り、なおかつ自身の魔力をラキに明け渡したことを伝え……時間がないこともあってルルーナ達が性急に攻めている面はあるだろう。だがもし、シュウがそれらを話した狙いは、何か別の策を隠していることが目的だとすれば――
おそらくそれが、ルルーナ達を苦戦させる理由となっているのだろう。しかし現状何であるかはまったくわからない。二重三重の罠でシュウはルルーナ達を苦戦させているとしたら……それを解明しない限り、突破は難しい。
「君達には選択肢が二つある」
シュウは俺達を見据えながら提言を行う。
「一つは私の仕掛けた罠を看破し、倒す事。そしてもう一つは、ダメージを顧みず力押しで倒す……見てわかると思うが、私は君達によって負傷を余儀なくされている。つまり、君達が猛攻を仕掛ければ、いずれ私も倒れてしまうというわけだ」
……言いたいことはわかる。問題は、罠の詳細を解明するのが早いか、力押しの方が早いのか。
おそらく今、分かれ道に差し掛かっている。ルルーナ達は負傷しながらシュウにダメージを与えている。なおかつ先ほどノディの攻撃は通用した。五人が猛攻を仕掛ければ、力押しでも倒すことが……けど、罠を解明できる可能性だってある。果たしてどちらがいいのか。
「……勇者様」
ふいに、リミナが小声で俺へと発言した。
「一つ、頼みがあるんです」
「頼み?」
「できる限りでいいのですが……シュウさんの視線を、追ってもらいたいんです」
何か、気付いたということか……? できれば詳細を訊きたいところだったが、俺は頷きシュウを真っ直ぐ見据えた。
その視線に気付いたか、シュウは俺と目を合わせ眉をひそめ――その間に、ルルーナが踏み込んだ。
なおも執拗に突撃。それは力押しで挑むという決意の表れか……次いでセシル達も動いた。またも五人でシュウへ仕掛ける。
その時、シュウの視線が変化する。視線の先には一人の人物。けれどすぐにルルーナ達へ目を戻し、迎え撃つ構えを見せる。
ルルーナの渾身の一撃。それに対するシュウは自爆同然の戦法。命を削るような戦いであることは間違いないが、見様によっては非常に単調な展開。そして状況はルルーナ達の不利。このままでは――
その中で、俺はシュウの視線を追って気付いたことがある。俺が視線を追えるということは、余程警戒しているのかそれとも癖にでもなっているのか……ともかく、彼の目は時折後方にいるノディへと向けられているのがわかった。
現世代の戦士ならば、おそらく視線でどこに注目しているのかなど察せられないよう上手くやるのかもしれない。しかし、シュウはあくまで魔法使いである以上、俺でも理解できる……そういうことなのかもしれない。
この情報からするとシュウは……推測を立てている間にまたも爆発が生じた。ルルーナ達がダメージと引き換えにシュウに手傷を負わす。とはいえ状況はこちらが不利だった。シュウの傷は出血しているが罠を平然と使用している以上それほど深くはないだろう。
一方ルルーナとカインは刻一刻と限界が迫っている。特にカインは戦闘開始からずいぶんとダメージを受けている。このまま戦い続ければ、途中で倒れてしまう可能性もある。
となると、二人の身体的な限界によりこの戦いのタイムリミットは近いのかもしれない……そんな風に考えた時、リミナの呟きが聞こえた。
「……やはり」
言葉と同時にまたもルルーナが攻勢に出る。シュウは最早それを避けることすらせず、一撃与えるのと同時に爆発に巻き込む――もう余裕はない。
「勇者様」
ここでリミナは言う。何かわかったのか。
「誰を、見ていましたか?」
「……ノディだ」
「わかりました」
どうやら彼女の言葉は俺の予想通りのものだった様子。
「一つ確認ですが、戦いが始まりシュウさんとどれだけ目を合わせたましたか?」
「……数えるくらいしかないと思うけど」
「わかりました……では」
と、リミナは槍を強く握りしめた。
「私が動きます」
「リミナ?」
「この戦い、おそらく……ルルーナさん達だけでは勝てない」
「なら、俺も――」
「いえ、勇者様はまだここにいてください」
するとリミナは微笑を浮かべた――それはどこか悲しげなもの。敵となった今でも、シュウに対する憧れは消えていないだろう。となれば、悲しさはその辺りから来ているのかもしれない。
「……私が」
そしてリミナは告げる。
「この戦いに、決着をつけます」
――そこまで言う以上、リミナにはシュウが行っている仕掛けの効果がわかったのだろう。ルルーナ達がシュウと距離を置いたと同時に、リミナは一歩前に踏み出した。
すると、シュウが目ざとく反応。同時に、苦笑した。
「……こちらとしてはそれほど警戒しているつもりはなかったが、どうやら視線で理解してしまったようだな」
「……あなたの罠は、人間の魔力に対し有効なものでしょう?」
問い掛けに、シュウは何も発しない。とはいえこの場にいる面々は無言で肯定していると誰もが認識できただろう。
「私達は魔族と手を組んでいてもそうした方から戦力を借り受けられるわけでもない……考えられるのはドラゴンの騎士達となりますが、この場に来ていないということは、何かしらあなた方も警戒し、来ないよう動いたということでしょう」
「つまり、人間相手に有効な何かを仕掛けているというわけか」
ルルーナが言う。合点がいった、という態度も同時に見せる。
「人間相手、と言えどもその魔力は千差万別……となれば、こちらの魔力を分析した上で、通用するよう調整が施されているといったところか。その制御にずいぶんと苦労していることと魔力をラキに明け渡したからこそ、罠に頼る必要があったというわけか」
「では、どうする?」
答えは決まっていた。リミナとノディがまったく同時にシュウへ足を踏み出す。
同時に俺は予感を覚える……おそらく次の攻撃で、勝負が決まる。




