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異世界で勇者をやることになりました  作者: 陽山純樹
魔王城決戦編

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魔王との攻防

 計略があるのは間違いない……だが魔王の『領域』が完全に消失し、足元からの心配をしなくても済むようになった。これだけでも好材料であり、こちらが仕掛ける理由には十分だった。

 だからこそルルーナとイーヴァは、好機と見て走ったのかもしれない。


「さあ、来なさい」


 対するアルーゼンはやはり動揺一つ見せず、選抜試験の時とは打って変わり慎重になることもなく、迎え撃つ構えを見せた。

 さらに、両手に広げる。すると突如腕から漆黒が湧き上がった。


 おそらく武器の生成――考えた一瞬の間に、アルーゼンの両手には黒き剣が生み出された。


「ふっ!」


 僅かな息遣いと共に、アルーゼンが剣を薙ぐ。それをルルーナとイーヴァは弾き、力に押されたか後退した。


「見た目上、剣など使えないようにも見えるでしょう。ですが――」

「さすがに、一筋縄ではいかないようだな」


 ルルーナは呟くと剣を構え直す。


「とはいえ、剣で戦う以上私達にも勝機はある」

「そうですね。ほら、来なさい」


 挑発するように剣を揺らすアルーゼン。その表情はやはり余裕で満ちており、警戒感は少ない。

 こちらを誘い、何か事を成そうとしている……そう俺は思いながらも魔力を刀身に注いだ。


 全力を加えなければ勝てない相手なのは間違いない。だからこそ……俺は考えながら剣を強く握りしめ、


「――ルルーナ、イーヴァさん」

「ああ、私はいつでも構わない」

「レン殿、こちらも大丈夫だ」


 ルルーナとイーヴァが相次いで答え、俺は魔王を見据える。余裕の表情に多少ながら違和感を感じた。しかし――


「行くぞ!」


 それを振り払うように声を上げ、俺達は同時に魔王へ駆けた。


 対する魔王は立ったまま応じる。最初に打ち込んだのはイーヴァ。横薙ぎの剣戟が魔王を捉えたが、左手にある黒き剣であっさりと弾かれる。

 おそらくあれには『領域』と同じような効果があるはず。一撃たりとも食らってはならないと思いつつ、今度は俺が真正面から上段振り下ろしを放った。


 魔王はそれを右手の剣で防ぎ切る。剣同士が激突した瞬間一気に押し込もうかと力を入れたのだが――まったく効果を成さなかった。魔力強化なのか、それとも単純に力があるのかわからないが……力押しでどうにかなる相手ではないようだ。

 そこへルルーナが左側に回り込んで一閃。両手の剣は俺とイーヴァで塞いでいる。よって彼女の剣が当たる――と最初思ったのだが、そう単純な話ではなかった。


 突如、俺と合わせていた剣が動く。一瞬で俺は強制的に後退させられ、なおかつイーヴァも弾かれた。

 そしてルルーナの剣を魔王は受ける。それもまた押し返し、俺達は多少距離を置き魔王と対峙する。


 単純なやり取りではあったが――魔王の力の一端を見せられたのは間違いない。さすがに強行突破は無理のようだ。


「次はどう出ますか?」


 興味深そうに魔王が問う。どうにも怪しく、俺達は沈黙するしかない。

 一時、静寂が場を支配する。小手先の攻撃が通用しない以上、俺達も全力で応じる必要があるわけだが……先の攻防を振り返り考える。


 俺は手持ちの技が通用するのかを検討する。先ほど俺の一撃をアルーゼンは易々と押し返してみせた。腕力という観点では……いや、身体能力だけを考えれば圧倒的にアルーゼンの方が上だろう。こちらとしては自動防御を行う『時雨』があるので剣が当たるようなことはない……と思うが、一気に迫られたとしたらどうなるかわからない。


 そして、やはり疑問が一つ……目の前の魔王はどこまで『待つ』構えのようだが、一体どういう意図があるのだろうか。


「来ないのですか? しかし、できるだけ早急に片をつけた方が良いと思うのですが」


 アルーゼンは告げると、その視線を俺達の後方……つまりリミナ達へ向けた。


「長時間維持できるとはいえ、人間が魔法を行使する以上限界がある。その魔法がなくなった瞬間あなた方は終わることになる」


 言われなくてもわかっている……時間制限のある状況で睨みあっているのはまずい。とはいえ、目の前の凶悪の力を持つ存在に対しこの時点で攻めあぐねているのも事実。

 それと、もう一つ疑問が生まれる。リミナの護衛があるとはいえ、アルーゼンは戦況を有利にすべくフィクハを狙ってもおかしくない。もちろんそうなっても対応できるようルルーナやイーヴァが動く算段にはなっている……しかし。


 いや、俺達の作戦については聞いていたはず……ルルーナ達が対応すると踏んでいるからあえて狙わないのか? それとも――


「……さて、どうしますか?」


 徹底して迎え撃つ構えのアルーゼンに対し、俺やルルーナ、そしてイーヴァも完全に硬直してしまう。

 俺の手持ちにある『吹雪』で相手に迫ることができるだろうか……いや、もし当てたとしても致命的なダメージにはならないだろう。むしろ膂力を利用し俺を引き込んで攻撃するなんてやり方も、考えられる。


 それに、連撃技が魔王に通用するとは思えない……こちらを凌駕する力を持っているなら、連撃を無理矢理でも押し留めることができるだろうし……候補としては単発技の『桜花』か、振動で体の内部に衝撃を与える『暁』か。


「いくらでも考えてください。私はどれだけでも待ちますよ」


 淡々と述べるアルーゼン。その顔にはこれ以上にないくらいの余裕が生じている。


 ……この態度が、どこまでも俺の中で違和感を形作る。何か考えがあるからこその動きであるのは間違いないが、それがわからなければ致命的な結果となりそうな気もする。

 先ほど、俺の質問に魔王は「事情が変わった」と言った。それはルルーナやイーヴァの耳にも入っており、だからこそ何か罠が仕掛けられていると断じたか、両者も動かない。


 膠着(こうちゃく)状態――ここからどう動くべきか。俺としては魔王にどういった技が通用するのか色々と試したいところだったが……正直、そんな余裕もないだろう。


 フィクハのこともある。魔法を長時間維持できるとはいえ魔王を相手に戦っている状況だ。体だって相当緊張しているし、場合によっては戦っている間もたないかもしれない――そんな考えも浮かびつつ、俺は一度深呼吸した。


「……さすが、魔王といったところだな」

「そうですか?」


 おどけるような声音で魔王は応じる。


「こうやって対峙してみてわかったが……本来なら、人間が総出でかからなければならない相手だ」

「褒め言葉と、受け取っておきます。しかしそう不安ばかり抱えていても、私には勝てませんよ?」

「……わかっているさ」


 剣を強く握りしめる。その動きにルルーナやイーヴァも僅かに反応。


「……ルルーナ」

「ああ」

「イーヴァさん」

「うむ」


 俺が仕掛けるならば、いつでもという態度だった。アルーゼンもそれを理解しているのか、二振りの黒き剣を握り、微笑を浮かべながらこちらに視線を送る。

 ……長期戦となれば、間違いなく不利となる。時間が経てばこちらの体力も削られるし、魔王が持っている策が発動するかもしれない。


 だからこそ、短期決戦……俺は静かに刀身へ魔力を込め始めた。魔王が動くかと一瞬思ったが、それでも超然と立ったまま。

 どこまでも待つ構えか……それを打ち払いカウンターで勝負を決めるつもりなのか。いや、他に俺の魔力を相殺でもする気か。それとも黒き剣の特性により、近づいてきたところに剣をかざし魔力を奪い取るのか――


 その時だった。俺の脳裏に、一つの推測が駆け抜けた。


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