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異世界で勇者をやることになりました  作者: 陽山純樹
幻術世界深淵編

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最後の説明

「少し話したいことがあるのだが、いいか?」


 心の内が知られてしまった割には、カインの言動はずいぶんと冷静だった。むしろルルーナの方が動揺しているようで、カインが話しかけてきたことで口が動かなくなった。

 彼女は少しして、俺に視線を送って来た。私の心情を話したのか――そういう意図があったと確信し、俺は黙ったまま首を小さく左右に振った。


 話していないという意思表示をしたつもりだったのだが……それはルルーナも理解できたらしく、小さく頷くのが見えた。


「……話とは、何だ?」


 ルルーナが問う。現状、カインの方はルルーナの気持ちを知らない。そして自身がどう考えているかを悟られてしまったため、それについて話をするつもりでいるのだろう。


「先ほどの、俺の幻術世界について」


 その言葉で、ルルーナの表情が強張る。不快、という表情では決してない。だが知られてどう告げる気なのか……それがルルーナも多少ながら気になったのだろう。


「別に、構わないが……ここで話すのか?」

「俺はそれでも構わないが、どうする?」


 問い掛けに、ルルーナは周囲を一瞥。人の多さからさすがにここではと思ったのか、


「……移動しよう」

「わかった」


 二人して歩き出す。さすがに追随するわけにはいかなかったので、俺やセシルは黙ってそれを見送ることにしたのだが――


「勇者様」


 リミナが近くに来て俺に声を掛けた。


「何か、あったんですか?」

「……いや」


 俺は何も答えなかった……というより、答えられなかったといった方が正しい。

 これ以上のことは、二人だけの問題。カインだってこの先の戦いでルルーナが必要なのはわかっているはず。きっと上手くやってくれる。ここは彼に任せるしかないだろう。


「……ひとまず、カインは救い出した。けど俺は魔法を使い切ったから、もう幻術世界に入ってもどうしようもないな」

「それなら、おそらく大丈夫です」

「大丈夫?」

「はい。残り二名……これらは私達と縁のない方だそうなので、後は任せるしかありませんし」


 そうか……もし二人が救い出されたのならば犠牲者は一人。その犠牲者は非常に悔やまれるが、今は考えても仕方がない。

 そして、この状況はいよいよ魔王との決戦が近づきつつあるということだ。それを自覚すると俺の心もにわかに緊張し始める。


 戦うのは数時間後か、それとも……俺は気になってフィクハを探す。彼女はすぐに見つかり、策についてどうかと質問を行うと、


「まだ少し、準備がいる」


 フィクハの言葉。次いで険しい顔を見せ、


「もし全員が救い出された後……魔族が来る可能性もあるから、それに備えないと――」

「――やれやれ、ですね」


 突如、女性の言葉が耳に入った。魔王城の入口方向であり、首を向ける。そこには――


「魔王……!?」


 魔王、アルーゼンの姿。人相を知る者達は全員が余すところなく警戒し、さらに見慣れていない者達もその気配に圧されたか、眼を見開き剣を抜こうとする。


「やめておいた方がいいですよ。下手をすれば強制排除されることになる」


 アルーゼンが話す。途端俺を含めた全員が固まり、魔王を注視する。


「まずは、褒めて差し上げましょうか……どうやら魔族と人間とでは多少なりとも考えが異なるようで、思った以上にあなた方の脱出が早かった」


 そこまで述べると、一転アルーゼンは微笑を浮かべる。


「残る二人も、そう長くはかからないでしょう……さて、全員を救い出したあなた方は次に興味がおありでしょう。説明いたします」

「ずいぶんと、丁寧じゃないか」


 セシルが好戦的に問う。するとアルーゼンはさらなる笑みを伴い、


「玉座に入れるのは五人だけ……ただその者達を倒すだけでは、私としても面白くない」


 面白くない――いや、その笑みの奥には何か別の意図が見て取れる気もする。


「とはいえ、何もしないまま説明するのは、あなた方も警戒するのは理解できます……そこで、一つ取引をしませんか?」

「取引だと?」


 今度はグレンが口を開く。近くにいたイーヴァも警戒の眼差しを見せており、それに対してアルーゼンは表情を変えぬまま返答する。


「といってもさしたる話ではありませんよ。私はあなた方に今後の戦いについて説明する。それと引き換えに、一つ教えて頂きたいことがあるのです」

「それは何だ?」


 俺が問うと、アルーゼンは視線を合わせてくる。気をしっかりと持たなければ、そのまま吸い込まれそうな気配。


「英雄アレスについてです。そう深く質問する必要はありません。ただ、一つだけ」

「何だ?」

「彼には、子供がいたのかどうか……現在死亡していても構いません。ただいるかいないかを訊きたいのです」


 ……どういうことだ? こちらが首を傾げると、アルーゼンは笑みを消した。


「その様子だと、知っているようですね」

「それを知って、何になる?」

「さすがに話すわけにはいきません。ただ、それを知りたい」


 何が目的なのか……俺には判断できなかったが、その間にもアルーゼンは視線で催促してくる。

 答えて意味があるのかどうか。そもそも英雄の血筋だからといって魔王を滅する力を持っているわけじゃないだろう。魔王に対抗できる要素は、聖剣の方にあるのだから……仮にアルーゼンがアレス達に何か応じる気なのだとしても、彼も娘であるエルザも今はいない。


 それが取引条件となるのなら……俺は、口を開いた。


「いる……これでいいのか?」

「それは間違いありませんか?」

「俺が直接確認した」

「ならば、信じましょう……そういうことですね」


 途端、アルーゼンの気配が僅かに濃くなった。それに僅かながら身震いする。

 やはり、内に秘める力は格が違うか……そんなことを思っていると、アルーゼンは気配を消した。


「なるほど、わかりました……では、こちらも話しましょうか」


 どういう意図があったのか――それが理解できないまま、魔王は俺達に説明を始める。


「まず、我が玉座に入れるのは最大で五名……ただし中で誰かが死んだ場合は、さらに五人になるまで人数を補充することはできます」


 ピクリ、と近くにいたフィクハが反応……何か、あるのだろうか。


「そして、この魔王城にいる魔族ですが……手出しは無用だと言ってあります。それに、もし私が敗北した場合、城にある魔力を用い魔界へ強制転移されるように魔法を掛けてあります。つまり、あなた方が私との戦いの後を気にする必要もない」

「ずいぶんと、大盤振る舞いだな」

「この城にいる魔族は非戦闘員が多いですからね。主人として従う者達の命を考えるのは、当然です」


 決然としたアルーゼンの言葉……確かにそうだ。


「もし残り二人が救い出されたとしたら、自由に玉座へ入ることができます。入ったその瞬間決戦開始です。ただ勝負は勇者レンが率いるメンバーとの戦いで決することは間違いないでしょう。もしあなたが敗れれば……この場にいる者達は全員死ぬことになる。城から出られず、そのまま朽ち果てる運命にあるわけです」


 陰惨なアルーゼンの笑み……なるほどな。


「さて、状況は理解できたはず。準備は滞りなくした方がよろしいでしょう。どのような手段を構築するのかわかりませんが――」


 一瞬、アルーゼンの視線がフィクハに向けられる。それは、彼女が施そうとする策を推察しているような雰囲気。

 こちらはわかっている――そんな心理的な駆け引きをするつもりなのか。魔王が俺達の目の前に現れたのは、こちらにプレッシャーをかけにきたと考えてもよさそうだ。


 その中で、俺は魔王には他に何か目的がある……そんな風にも思えた。


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