従士の心
まず、幻術世界のリミナについて観察。格好については現実とそう変わっていない。そして現在は一人……単独で旅をしているのか、それとも別に仲間がいるのか。
俺としてはしばらく様子を見ようか……などと思っていたのだが、一つ奇妙なことに気付いた。
それは、ペンダント。明らかに魔力を発している。
「……鍵、だよな」
「そうだね」
ノディも同意。彼女が首から下げているペンダント……ただそれは、見たこともないものだった。
俺が彼女にあげた物とは違う。白銀の石が埋め込まれたキラキラと輝く物。
「あのペンダント、心当たりあるか?」
「……そういえば、以前リミナと買い物をした時、とある宝飾品のお店に入ってそれを眺めていたかな」
「宝飾品?」
「そう。何の力もないペンダント。戦い続ける身である以上、魔法に関する物しか普通は身に着けられないでしょう? だから何も力を持たないアクセサリというのは、逆に貴重だし欲しかったりするのよ」
へえ、なるほど……そう思う間にリミナは露店を見終え、その場を去る。
「追うよ」
「ああ」
同意し、彼女の後を追随する。
まだ、彼女以外に見知った人物とは遭遇していない……ここが彼女の郷里などでない限りは、現実世界の姿と同じなので旅をしている思うのだが――
考える間に、リミナの正面に見知った人物……というか、
「あ、レンだ」
「みたいだな」
現在の俺とまったく変わらない姿をした、自分自身……奇妙な表現だし、俺も鏡を見ているようでちょっと不思議な気分だ。
リミナもレンに気付いたらしく、左手を掲げ俺の名を呼ぶ。
「勇者様」
「ああ……一通り回ったのか?」
「はい」
「なら、どうする? 今日はさすがにここで一泊することになると思うけど」
……どうやら幻術世界の俺とリミナは旅をしているらしい。
「ふむ、やり方としてはあのペンダントを意識させることかな」
会話を行うリミナ達を見据えつつ、ノディは呟く。それに俺は同意しつつ、言及。
「単にあれを意識させる方法で、リミナが気付くかどうかだよな」
「そうだねぇ……とはいえ、他に方法はないし今まではそうやってきて成功しているんでしょ?」
「そうだけど……単に魔法で気付かせるだけで本当に成功するのかは、一行の余地があると思うぞ」
俺とノディが会話をする中、幻術世界の俺とリミナは並んで歩き出す。宿にでも戻る気なのだろう……そんな風に思いつつ視線を向けた。
それとまったくの同時だった。
突如、両者が腕を組んだ。
「お?」
ノディが興味ありげに呟くのが俺にはっきりと聞こえた。
同時、幻術世界の俺とリミナの顔が近づく。次いで――
その時点で俺は見てはいけない気がして視線を逸らした。
「……あれ、見ないの?」
のほほんとしたノディの声。それに反論しようとして……ふと、頭の中に疑問が浮かんだ。
それからしばし、ノディが「もういいよ」と告げたため首を戻す。腕は組んだままの状態で、二人は大通りを進む。
それを追う俺とノディ。直後、彼女が俺に口を開いた。
「まあ、こういうことだってなんとなくわかっていたんじゃないの?」
「……えっと」
言葉を濁す。まあ確かに、例えばノディがセシルのことをどう考えているとか、ルルーナがカインのことをどう考えているか、といった事よりは意外性はないかもしれない。
「ま、今後どうするかはゆっくり考えればいいんじゃない? 魔王とか、英雄シュウとの決戦もあるから」
そう告げたノディだったが……俺は一つ、半ば無意識の内に呟いた。
「……あれは」
「ん?」
「あれは、どっちなんだ?」
ノディが首を傾げる。言葉の意図を理解できていない様子。
「あれは……俺なのか?」
けれどこちらはなおも続ける。対するノディは「はあ?」と呟き応じた。
「俺なのかって……どう見ても、レンじゃない」
「いや、そういう意味じゃない」
「そういう意味じゃない……?」
「ノディは、聞いているだろ? 体はこの世界のレンのものだけど、意識は異世界の人間だって」
「ああ、そういえば言っていたね――」
彼女の口が止まる。俺が何を言いたいのか克明に理解した。
「つまり、今リミナと腕を組んでいるレンは、本来こちらの世界にいたレンなのか、今のレンなのか、ということ?」
「そうだ」
「……それこそ、レンが異世界に来て色々あったんでしょ?」
「本来いたレンとだって、色々あったよ。何せ、彼女の命を救ったりしたんだから」
こちらの意見に、ノディは沈黙した。
……この問題については、英雄シュウと初めて出会ってからの騒動により一定の結論を得たはずだった。しかし、あくまで勇者と従士といった関係性についてはっきりとしただけであり、恋愛云々とは別の話だと考えてもいい。
そもそも、リミナだって従士である以上そういう感情は押し殺していたはずで……当然本音の部分を俺にしっかり伝えているわけではない。
だからこそ、疑問に思った……リミナと共にいるレンは、俺なのか? それとも――
「レンとしては」
ノディが、一つ問い掛ける。
「当然、自分であってほしいよね?」
「……そうだけど」
「けど?」
「もちろん、俺であったなら嬉しいよ。けど……本来のレンとだって色々あったはずだ。リミナは従士となった経緯を教えてくれたけど……命を救われた以上、今も思う所はあるはずなんだ」
俺としても、少しばかり頭が混乱している。小さく息をつき、改めてリミナ達を見据える。
「……話を戻そう。ともかく、あのペンダントを意識させなければいけない。その方法は、単にペンダントに魔法を当て意識させることだけでいいのかって話だけど」
「いっそのこと破壊してみる?」
「できなくはないだろうけど……それをやって駄目だったら、どうなるんだ?」
「ああ、確かに。破壊して戻らなかったらお手上げかぁ」
「……ペンダントの鎖部分を斬るとかしたら効果がありそうだな」
「あ、確かに。じゃあそれでいこう」
なんだか話がすんなりと決まる……これでいいのかと思ったが、他に方法が思い浮かばないというのもまた事実。
「で、どこで仕掛ける?」
「身に着けている物だし、なおかつここだと人通りに邪魔される可能性もゼロじゃない……というわけで、宿に戻ってから――」
そこまで言いかけたノディは、一度腕を組んでいるリミナに目を向け、
「……そのままイチャイチャし続ける可能性は?」
「そうなったら、俺入れないぞ……」
頭を抱える。幻術世界だと割り切ってしまえばそれまでなんだろうけど。
「わかったわかった。それじゃあ私が宿に入ったら一人でどうにかしてみる」
「……大丈夫なのか?」
「だってレン、内心穏やかじゃないでしょ? さっき言っていたことも引っ掛かっているみたいだし、ここは私に任せてよ」
ノディはそう語ると、自身の胸に手を当てる。
「少し経っても反応が無かったら、レンが行くということでもいいんじゃない? でも、魔法は残り一回でしょ? 個人的にはまだ残しておいた方がいいと思うけど」
「……ノディが失敗した場合は、一度外に出ることを含めて考えることにするよ」
「よし、それじゃあそういうことで」
というわけで、決定……俺だけ離れていいのかと思う所だが、宿に入った状況ならば見失うこともないだろうし、いいだろうと無理矢理納得し……その時、リミナ達が立ち止まった。到着らしい。
「よし、待っていて」
ノディが意気揚々と告げる。リミナ達が宿に入り、それに続いてノディが宿の中へと入り込んだ。




