とある騎士の願望
次に入った場所は、ずいぶんと見覚えのある場所だった。
「ベルファトラスか」
セシルが呟く。彼の言う通り、そこは俺もずいぶんと見慣れたベルファトラスの大通り。
人が多いが、闘技大会で混雑していた時ほどではない。大会など行われている時ではないらしい。
「ふむ、人も多いから探すとなると難儀だな」
ジオが口元に手を当て呟く。俺は内心同意しつつも、セシルに提案。
「候補となるべき人物はいくらかいるけど……まずは闘技場に行ってみるか?」
「候補、か」
セシルは呟きつつ左右を見回す。
「今回の戦いに際し、闘士も数人だがいたはずだ……代表的なのはマクロイドかな」
「そういうのを含めると、候補は多岐に渡るか」
「ああ。僕の屋敷を拠点としている以上、仲間である可能性も否定できないな」
確かに……魔王城へと突入した中で、ベルファトラスと関係のある人物は多い。もし俺達の仲間だとしたなら、マクロイドやナーゲンを始めとした、まだ捕らわれている人物が多数いることだろう。その中から誰なのかを判断するのは難しい。後回しにしても――
「なあ、セシル」
ふいに、横にいるルルーナが言う。その視線が後方にあったので、俺は反射的に振り向こうとして、
「あ、全員まだ振り返らないでくれ」
ルルーナからの言葉。それにより、俺の首は止まる。
「セシル、確認だが背後は確認したか?」
「え? いや、まだだけど……」
「私は後方に、この幻術に誰が取り込まれているか推測できる事例を発見した。ついでに言うと、鍵がなんなのかも理解できた」
「それほどわかり易いということ? なら――」
「とはいえ、だ。おそらくこの場にいる面々にこの事実は知られたくないと思う」
ルルーナは語る……俺はそこで眉をひそめた。
「えっと、つまりどういうことだ?」
「……この幻術に捕らわれている人物としては、おそらくセシルには知られたくはないはずだ」
「あ、なんとなく予想がついた」
するとセシルが得意げに呟いた。
「つまりあれだろ? 僕を打ち負かしリデスの剣を奪っているという話じゃないか?」
「……よくわかったな」
「魔王城に突入した闘士なんかには、レンの持つ聖剣か僕の剣を手にして……という願望があるんじゃないかと思ってさ」
「ああ、そうだな」
「僕が不快に思うから見ない方がいいと?」
「いや……セシルの語ったことで、まだ半分だな」
ルルーナは後方を見ながらさらに告げる。
ずいぶんと抽象的な説明……でも誰かが魔法を使わないといけないわけだし、ここで話しても仕方がないんじゃないか?
「で、だ……セシル。後方のことを見ても、その人物に対し今まで通り接する覚悟はあるか? という話なのだが」
「その言い回しで、誰なのかも見当がついたよ。ノディだね?」
沈黙。けれどそれは紛れもなく肯定を意味している。
「わかった。僕としてはノディに対し思う所もあんまりないし……普段通り、あるいは知らないフリをしようじゃないか」
「……ジオ殿もいいか?」
「私は別に構わない」
「……俺は?」
「レン殿はどちらでもいいが……まあ、知らないフリをしてもらった方がいいだろうな」
それはつまり、リデスの剣と一緒に聖剣も腰に差しているとかだろうか? まあそのくらいならさして関係がおかしくなるような話じゃないし。
「……こうやって語ってみたが、この幻術に入った時点で既に勝負はついていたのかもしれないな」
ため息を漏らすルルーナ。その表情は、まるで自身の秘密が露見した時のように残念そうだ。
「城に戻り別の人に頼んでもよさそうなものだが……」
「幻術によってどういう状況に陥るかわからない以上、助けられるのならすぐに対応するべきでは?」
ルルーナの言葉に、ジオが反応した。
「彼女は魔族の血が入っている。魔力量的な問題はそれほどないだろうが、魔族の血が入るからこそ、今後何か支障が出てくる可能性も考えられる――」
「そうだな……加え、現状抜け出ているのは彼女の仲間やイーヴァ殿といった彼女を見知っている騎士……誰を呼んでも同じ事か……いや、ある意味ここにセシルが立ち会ったこと自体、意味のあることかもしれないな……すまない、振り返ってくれ」
ルルーナが言う。なんだかグチグチ言っているが……振り返り、
ノディを視界に映した――直後、
男性陣三人、揃って固まった。
「……え?」
呻くセシル。俺はその声を聞きつつ、目の前の光景を眺める。
まず、ノディがいた。ルルーナの言葉通り腰にはリデスの剣。そこまではいい。その、問題は――
なぜセシルと腕を組んで露店を見回っているか、ということだ。
「え、っとぉ……」
呻くセシル。それにルルーナがめざとく反応。
「知らないフリをするんじゃなかったのか?」
「……ルルーナがこの光景を上手く説明できなかったのは僕も理解できるけど、もう少しなんとか言えなかったの? これはさすがに……」
「ジオ殿の言う通り、幻術自体が変化する可能性だって考えられるし、すぐに解放できるのならそうすべきだろう」
会話をするノディとセシルを尻目にルルーナは淡々と語る……一方のセシルは相変わらず困惑し、あまつさえ俺に視線を向ける。
「……どうしよう?」
「何で俺に訊くんだよ……」
「いや、予想外の展開だったから」
「で、どちらが魔法を使用する?」
再度ルルーナが問い掛ける。そこで、今度はジオが口を開いた。
「待った。リデスの剣が鍵であるのは把握できる。問題はどのように魔法を使うかだが」
「やり方はいくつかあるが……腰に差している以上、単に触れただけで勘付いているわけではなさそうだ。私の案は、リデスの剣を吹き飛ばすか何かして、違和感を持たせることだが」
「確実ではないな?」
「どうやろうとも失敗する可能性はあるだろう。勘付く可能性が高まるとしたら、例えば弾いた剣を幻術世界のセシルが拾い上げるなどする……つまりセシルとリデスの剣を両方意識させることくらいか」
「そうか……ならばこちらには考えがある。セシルはどうだ?」
ジオの問いにセシルはなおも唸る。現状を見て首を捻っている。
「……何でこうなった?」
「困惑しきっているみたいだから、ここはジオが魔法を使うということでいいのではないか?」
「賛成」
ルルーナの言葉に俺は手を上げて同調。そして、
「セシル、一ついいか?」
ルルーナがさらに話を進める。
「残る場合は……知らないフリをするか、それとも事情を話すかの二択に迫られる。だが幻術の中に入って介入していると知れば、彼女が察する可能性もある」
「ああ、そうだね」
「セシルがこの場にいなかったということにすれば、一応この件については何事もないようにすることはできるが……その様子だと、さすがのノディも察しがつくだろう」
「つまり、僕に演技をするだけの余裕を持つか、きちんとノディと話をするか、決めろということだね?」
「そうだ。セシルが立ち会っていたことが露見し放置した状態が一番まずい。ただまあ、セシルもノディも仲間を救出するために魔法を使う可能性が高いため、魔王との戦いにそれほど影響があるとは言えないが……」
「わかったよ」
セシルは承諾。その顔は、踏ん切りがついたといった感じだ。
「話をさせてもらう……知ってしまった以上、放置するのは僕も納得できないし」
「ということだ、ジオ」
ルルーナの呼び掛けにジオは頷いて承諾。そして彼は静かに剣を抜いた。
「セシル、私からも一つ言わせてくれ」
ジオはノディに目を向けながら、口を開く。
「私にとってノディは部下の一人だ。だからこそ目を掛けている面もある。どういう結論に達するかは聞かないが……双方が納得する形にしてほしい」
「わかっているよ」
セシルは承諾。ジオは答えに大きく頷き、ノディへと歩み寄った。




