最強の相手
俺とラキはほぼ同時に動き、同じタイミングで剣を振った。
その中で俺は確信する。ラキは先ほどの言葉通り全力――マクロイド戦の最後に見せた魔族の力を乗せた一撃を、放った。
俺は対抗するため右手には一撃必殺の『桜花』――そして左手には自動防御の『時雨』を起動させる。
互いの剣戟がぶつかり――途轍もない衝撃が全身に伝わるが、俺は魔力を全身に加えてどうにか堪える。
結果は――双方の刃が止まる。完全に互角。ラキの言葉通りだとすれば、全力の一撃は同程度の威力だと解釈することもできるのだが――
「さすがだ」
ラキは呟くと刃の重心をずらしわざと押し負ける。そして剣を引くと同時に斬撃を放つ。その動きは一切の無駄がなく、俺が体勢を立て直すよりも、動きは速かった。
けれど、こちらはそれを『時雨』で弾く。本能的な動きでなくともラキの剣戟にはどうにか対応できる……内心では少し信じられなかったが、俺の技量がそこまで到達したのだとしたら、快挙といっていいかもしれない。
もっとも、それはラキと互角に戦えるようになったというだけの話でもあり……俺は、すぐさま反撃。刺突を放つがラキはあっさりと避ける。
「さて、どうする？」
ラキが問う。こちらは喋る余裕なんてないが相手にはある……剣を打ち合えるようになったとしてもまだそうした差が存在する。
だがそれでも勝つ――その言葉を胸に、俺は足を前に出す。
次に放ったのは連撃技である『吹雪』だ。これに相手は反応できるのか。考えながら放った右の剣に対し、ラキは待ち構えることを選択。その連撃を、真正面から受けた。
こちらの攻撃は、それこそセシルにも負けず劣らずのはず……だがラキはそれを平然と流す。やはりただ技を使用しただけでは難しい。
「それで通用しないのは――わかっているはず」
ラキはなおも語りつつ間隙を縫って剣を薙ぐ。俺はそれを『時雨』で弾いたが、左腕に少しばかり衝撃が走った。
アクアと似たような技……とは違うだろう。おそらく魔族の力により衝撃が伝わってくる。アクアの技は体の内側に衝撃を伝え攻めるものだが、ラキの場合は違う。魔力でコーティングされた腕を、強引に突破するという荒業。
とはいえ、それだけの力を持っている以上何度も剣を受ければいずれ限界がくるのは間違いない……ここに来て、俺はラキの魔力容量について大した考慮を入れていなかったことに内心舌打ちする。
ラキの圧倒的な剣技ばかりに注意を向け、魔族の力によって強化されたはずの魔力のことをあまり考えていなかった……どちらにせよ、ここで悟ったのは長期戦は難しいということ。ならばこっちは全力を振り絞り、ラキに押し勝つしかない。
俺は再度『桜花』を見舞うべく魔力を込める。一瞬『暁』という手段も考えたが、さすがにアクアと違い余裕のあるラキはあの技を収束させる時間を与えてくれるとは思えなかった。
そして渾身の一撃を放つ――が、ラキはそれを真正面から受けた。先ほどとは違い完全な防御の姿勢。剣戟が直撃すると、ラキの体が僅かに動き……刃が止まると、何事もなかったように微笑む。
「それで全力じゃないよね？」
ラキが問う。余裕があることに加え……俺は別のことも気付いていた。
真正面から受けた……というより、それはわざとのはずだ。ラキはこっちがどういう技を使ってくるのかある程度読んでいて、それに合わせ受け切る腹積もりでいるようだ。
加え、その表情からは俺の攻撃が一切通用していないのがわかる……ラキの剣をこっちが受けると衝撃が伝わるのだが、そうではなく彼は見事に威力を殺している。
まだ上の領域にいる……そう感じつつ俺は一歩引き下がる。
やはり『暁』しかないか……魔力収束を行おうとした時、今度はラキが一転して攻め込む。
こちらの魔力を把握してかどうかはわからないが……少なくとも、時間的な余裕を与えるつもりはないのだろう。ならば――ここで俺は左腕にある氷の盾を意識する。物理的に動きを止めてしまえば、通用するのではないか。
ラキの剣が放たれる。こちらはそれを左腕で防ぎ――同時、氷を盾から放出した。
剣を凍りつかせ、さらには腕に――到達しようとした瞬間、刀身の氷が一気に砕け散る。
「っ……!?」
「それじゃあ駄目だね」
ラキは断ずると共に攻撃。俺は右手の剣で弾きながら再度後退する。
魔族の魔力……それはどうやら氷で動きを食い止める時間すら与えてもらえないらしい。こうなるとおそらく氷そのものが通用しないのではないか。ならば雷撃はどうかと思い再度盾に魔力を収束させる。
ラキはそれを把握したのかわからないが――執拗に追いすがる。先ほどと同じ流れ。この時点で左腕にさらなる衝撃が伝わり痛みに変わるかもしれないというところまで変異していた……俺は左腕に魔力を集め腕を保護しながら、盾から雷撃を放出した。
刀身に光が迸り、ラキへ――けれど体に到達した雷撃は一瞬にして消えた。通用していない。
なおも構わずラキの剣が放たれる。それを見た俺は、瞬間的に最初と同じような全力攻撃だと悟る。
すぐさま右手に魔力を集め、対抗。『桜花』のような技には至らなかったが、それでもラキの剣止めるくらいの力を引き出すことはできた。
甲高い金属音の後、俺達は立ち止まる。気付けば俺が後退しラキが押している形となる。
「ここまでの戦いでわかったはずだ……僕には今まで培ってきた技法では通用しない」
ラキは言う。それは俺に諭すような声音だった。
「けど僕は、レンの動きを読んでいるわけじゃない。闘士アクアのような微細な魔力を把握するなんて芸当、僕にはできないからね」
「……何が言いたい？」
「魔力量なんかを目で見て、僕が傷を負うかを判断しているに過ぎないんだよ。さっきの氷や雷……レンにとっては全力かもしれないけど、僕にとっては大した量じゃないんだよ」
魔族の力を得たが故の、圧倒的な魔力差……例えば同じようなケースはドラゴンの騎士と打ち合った時にあった。けれどあちらの場合は弱点を上手く利用して勝ったのに対し、こちらはそういうものがない。
それに、あの時は一瞬の力で俺が押し勝っていた……けれどラキには通用しない。
思えば、カインやアクアは確かに優れた闘士であり、技術的に俺を上回っていたのは間違いない。けれど魔力については……俺は人の中でも上の部類に入る魔力量を抱えている。そういう利点も、ラキの前には一切通用しない。
すべてにおいて、俺を上回る存在……それが、今目の前にいる相手。
「さて、どうする？」
ラキがさらに問う。有利な状況にいてなお、こちらの様子を窺う雰囲気。
俺は剣を合わせながら思案する……というより、ラキがわざと時間を与えているのか？ 先ほどのように受け流してもいいはずなのだが――
ラキが笑う。その態度が余裕を見せているようで癇に障るのは間違いない。
冷静になれ――自分に言い聞かせつつ俺は剣を強く握りしめる。流されたのならば一気に攻勢を掛ければいい。もし押し返したのなら、逆にこちらが力を抜いて後退すればいい。
思うと同時に――俺は、思考の全てが目の前の存在に集まっていくのを悟る。意識を集中させるのとは違う。そう、それは言わば、
「出たね」
ラキが認識したのか呟いた。
「そう……それと僕は戦いたかったんだ」
ラキが言う。同時に剣を弾き、
剣戟が放たれる。けれど俺はそれを、剣で弾き――ラキを見据え、
改めて、剣を振った。
