彼の頼み
控室に入って少しすると、アクアがやって来た。会話をしても良かったのだが、あまり無駄口を挟むようなこともなく淡々と時間が流れ、
『――さあ! いよいよ準々決勝となりました!』
実況の興奮した声が聞こえた。俺はそれに耳を傾けつつ、静かに闘技場へ続く通路の前に立つ。
『そして第一試合――! おそらくこの戦いが今日大一番だと言っても過言ではない組み合わせ! 勇者と闘技大会覇者……! そして何より、現役で活動する伝説的な戦士を破った双方が激突!』
熱狂が、控室にも聞こえる。そこで後方からアクアの苦笑する声が聞こえてきた。
なんとなく振り向くと、口元に手を当て笑みを浮かべるアクア。実況の口上が面白かったのだろうか。
「ああ、ごめんなさい」
彼女は笑みを穏やかなものに変え、俺へと告げる。
「今回統一闘技大会で実況を行っている人だけど……ずいぶんと興奮していると思って」
「そうですね……以前はそういうこともなかったんですか?」
「淡々と進める人もいれば、彼以上に興奮していた人もいるけど……」
そう言って、また笑う。言い方からすると実況のテンションが高いから笑ったというわけじゃないみたいだが……?
小首を傾げてアクアを見据えた時、ふとルルーナから言われたことを思い出す。そういえば呼びつけで敬語も抜きに、と言われていたな……けどなんとなく、ここでそれを出すのは気が退けた。
「……どうしたの?」
すると俺の顔つきに気付いた彼女の問い掛け。こちらは「何でもありません」と答えた後、
『それでは、登場してもらいましょう! 勇者レン! そして、闘技大会覇者、セシル!』
声が聞こえ――歓声が沸く。どうやら今回は名前が呼ばれそれぞれが出るのではなく、同時に言われて闘技場に入るらしい。
「頑張ってね」
歩き出そうとした瞬間、背中へアクアから声が。俺はそれに小さく頷いた後、通路を歩き始める。
――緊張はない。けれどこれから戦う相手がセシルだと思うと改めて不思議な気持ちとなる……やはり腐れ縁的なものが関係しているのだろうか。
その中で確実に言えるのは、彼には負けられないという気持ちが強くあること……シュウや魔王と戦うメンバーのリーダーだからというのもあるが、何より同じ剣士として負けられないという感情が胸の中にあった。
闘技場へと俺は出る。セシルもほとんど同じタイミングで出現し、さらに熱狂が渦を巻く。
それを半ば無視するように俺は歩を進め――セシルと、向かい合った。
正面にいるサーコート姿のセシルは、昨日までと一切変わらない雰囲気を持っている。てっきり殺意の一つでも向けられるのかと思ったのだが……違うようだ。以前広間で宣言した通り、挑戦者という心持ちだからかもしれない。
「……正直、こういう舞台で戦うと連呼していたわけだけど」
やがて、セシルが感慨深い面持ちで語り出す。
「半分冗談みたいなところがあったから、実際こういう形で戦うとなると、なんだかおかしな気分だ」
「……前は殺意を明確に出していたよな?」
「一言多いね、レンは。もう少し何か言いようはないのかい?」
セシルには言われたくないな……などと思いつつも、口には出さない。
「ともあれ、こうして闘技場の舞台に立ち、英雄の剣を握り戦うわけだ……正直、決勝戦じゃないのが大いに不満だ」
「そっちも一言多いだろ」
「……そうかな?」
肩をすくめるセシル。本来ならこちらは苦笑するか肩を落とすところなのだが、とりあえず反応を示すことはない。
「ま、どちらにしろこういう形で戦えることについては、喜ぼう……さて、レン」
「ああ」
俺は剣の柄に手を掛けようとする……が、
「一つだけ、質問をしてもいいかい?」
俺の所作を止めるような声。それにこちらは眉をひそめ、
「質問?」
「ああ……本来闘技大会の中でこんなことを質問するべきではないかもしれない……が、この場でしか提案できない」
どういうことだ? 首を傾げているとセシルは一転、アクアが見せたような微笑を浮かべ俺に口を開いた。
「これから戦っていく中で……僕が取るべき立ち位置について」
「立ち位置?」
「この闘技大会で、全員が全員前衛を張れる能力を身に着けつつある……その中でまあ、アキについては後方支援に適した能力かもしれないし、フィクハなんかはまだ時間が掛かるだろうから完全じゃない。けど事実、誰もがそうした形で動いているわけだ」
「そうだな」
「その中で……仲間が成長していく中で、僕はどうすればいいか考えた。僕は魔法をほとんど使えない身だから、後衛なんてできない。かといって、レンのように強力な魔法を使ったり、盾を生み出す真似もできない……言ってみれば、攻撃一辺倒の人間なわけだ」
「それについて、何か懸念しているのか?」
「そんなところ……けどまあ、本題はそこじゃない。僕はどういった役割をすべきかを考え……そして」
セシルは言うと……俺へ、明確に宣言する。
「この戦いで僕が勝ったら、副リーダーということにしてもらおうかな」
どこか冗談交じりに……けど、瞳の色は強い。
「……リーダーじゃないのか?」
「それはレンのものだよ。英雄の聖剣に魔王を滅ぼせる力……そこは決して動かないものであり、動かすべきものでもない」
そしてセシルは俺と目を合わせ、続ける。
「けど、もしレンに勝ったのなら……英雄リデスの剣を持つ僕が、他の面々の先頭に立つくらいのことはしていいんじゃないかな、と思ってさ。もちろん、そうなったら相応の努力はするつもりだよ」
「……ノディが不満を言いそうだな」
ちょっとばかり茶化すと、セシルは「そうだね」と告げつつ、
「けどまあ、僕は本気だよ」
「……ああ」
雰囲気に気圧された、という面が少なからずあったかもしれない……本来は相談すべきなのかもしれないが、俺は頷いた。
「わかった。もし誰かが不満を言ったとしても、俺がどうにかするよ」
「ありがとう、レン。こういう時にリーダー権限というのは使うものだから、しっかり慣れないといけないね」
「他人事だと思って……」
「実際、他人事だよ」
互いに、小さく笑う――こんな熱狂に包まれる舞台の上で、ふさわしくない会話かもしれないが……ある意味、俺達らしいやり取りかもしれない。
「さて、会話も区切りがついたし戦うとしようか」
「……訓練みたいなノリだな」
「僕らの戦う相手を考えたら、準備運動にもならない気がするけどね……けど、まあ」
と、セシルは長剣を抜く。
「本気でやるのは間違いない……もし手加減したら、容赦なく斬るよ」
「わかっているさ」
俺も応じ剣を抜く。それと共に熱狂が少しずつ収まり始める……俺達が戦闘態勢に入ったため、観客が合わせてくれるらしい。
観客を味方にしているのはどちらかと言えばセシルかもしれないが……決して、こちらが不利だとは言えない。そして何気なくセシルの握る剣に目を移す。右手に握るのは、リデスの剣。
「この剣をジオ戦からお披露目して、色々な場で散々言われるようになったよ」
セシルが言う……それはまあ、当然だろう。
「それは覚悟の上で出したし、元よりこのくらい使わないと勝てない相手だとも思ったからね」
「……俺も、初戦の相手がカインだったから、出し惜しみはしなかった」
聖剣を握り締めながら俺は答える――すると、
セシルは途端、奇妙な表情をした。俺の剣を眺め、それを上から下へ流すように視線を移し、
「……ま、やるだけやってみようかな」
呟くのを耳にする……何事か言及しよとしたが、その前にセシルが構える。
ならばこちらも応じるしかない……両手に魔力を集め臨戦態勢を整える。そして、
『――始め!』
実況の声。それと共に、因縁の激闘が始まった。




